November 03, 2001
「芸術文化振興基本法案を問う〜憲法政策論の観点から」 山口順子
第151回国会より「芸術文化振興基本法案」が継続審議中となっている。
山本育夫氏主催によるメーリングリストaw-ml上の11月2日付の宮崎刀史紀氏の発言によれば、WEB上において公明・保守党案及び民主党の案も参照できるものの「自・公・保のいわゆる「与党案」がWEBでは見られません...(これがだいぶ問題があるとされている案です)この法案は、現在、音楽議員連盟(超党派)が検討をすすめていて、11月1日には音議連の特別委員会で、与党案からさらなる検討が行われたようです。とりあえず、与党案がそのまま国会に上程されるということはなくなった模様です。」ということである。この法案がその活動形態から美術分野に比較して共同体的性格をもちやすい音楽関係者中心に進められてきたことから、美術関係者を中心とした同メーリングリスト上では、にわかに法案策定に関する市民的議論の必要性について関心が高まりつつある。
ここで、小林直樹教授の『憲法政策論』(日本評論社、1991年)を元にしながら、芸術文化に関する基本法(以下、「文化基本法」と省略する。先の法案の対案を想定)の位置について少しく考察してみたい。
同書p30では、「基本法秩序のあり方に関係するために、憲法政策論は高度に政治的な性格を有する。」ということが述べられているが、文化基本法は、現行の憲法の規範的理念=恒久平和、主権在民、基本的人権の尊重の3つの原則いずれにも深く関わり、憲法政策の一端をなすと考えられ、むしろこの憲法理念と現実の乖離を埋めることを目的とすることにその意義があると考えられるので、政治性を強く有し、それゆえ、できるだけ広範な市民的議論が必要であることは明らかである。ここで国民的議論といわず市民的議論とする理由は、高度情報化や国際化に伴い、芸術文化の創造の場が国という範囲をすでに超えており、市民であるかどうか問わず、さまざまな時空のなかで生きられる場としてのアイデンティディの模索と芸術文化が深く関わることによっている。
小林教授は、憲法政策論の整理の基準として多々あるなかで、改正を要するか要しないかという分類に則して、憲法秩序の中で各政策の位置や意味を概観させている(同書p14-23)が、もし、新しい人権として文化基本法が「文化権」を盛り込むことを考える場合は、人権条項への新たな付加として憲法の部分改正を必要とする。(環境問題に関して「環境権」を確立させたい場合にも同様)改憲を要しない場合の文化基本法の位置は、思想・表現の自由や信教の自由、社会権といった領域にまたがり、憲法の根本原理との複雑で深い関連を考えざるを得ない。
より善い立法実現に向けての実践的戦略としては、生涯学習との連携を視野に入れつつ、文化基本法に基づく文化政策が、社会権の拡張原理をもつような構成を法の中に求めていくことになるだろう。
また、小林教授は、政策をめぐる諸理念の調和と方向性について、「個人の「人権」と「公共の福祉」、「自由」と「統制」又は「秩序」、「進歩」と「安定」という対概念は、日本の法政策の場合、ほとんど後者に重点がおかれ、前者は軽視もしくは抑制されているが、前者に重点をおく理念論的枠組みは憲法の要請と合致すると思うと述べられている。
(p27-30)
すでに、80年代以降、すでに展開されてきた文化政策及びそれに隣接した国際文化交流や観光政策においてはどうか。とりわけ、国の文化機関の独立法人化と地方への波及(これ自体、地方分権の本旨から大きくはずれていると思えるが)を考えた場合、新自由主義に基づく経済効率優先のアプリオリな政策原理が浮かび上がってくる。そうした政策を方向付け、あるいは後押ししてきた文化経済論並びにその周辺の論説を、筆者は強く疑問視せざるをえないのは、その基底に政策原理として憲法の理念が置かれているかどうかという点からである。
とりわけ、憲法の私人間適用ノ間接適用説(注)が有力な国内において、文化創造の基本原理中の基本にある「表現の自由」が、公益「法人」を通じて確保されるのか、きわめて疑わしい。公立施設においてさえ、その確保が難しい現状があることは、富山県立美術館収蔵作品をめぐる争いと裁判によって明らかになったところである。
文化基本法では、この基本的権利に深く注意した構想が必要となる。
さらに、2つの国立文化財研究所が法人化されたこと、地方自治体の考古資料の整理が進まない一方、遺跡捏造事件が起きている事などを考慮しながら、文化財保護法との整合性を問う視点も重要である。
では、実際に、この基本法の立法を含めて法政策が展開される場合、そのプロセスに市民的参加をどう挿しはさんでいけるのか、ということになるが、小林教授は、法政策の全過程を、政策立案=決定過程と実施過程があり、前者の決定過程に3つの段階があることを平井宣雄論文(注)に基づきその過程モデルを提示している。以下数記号を省略しつつ引用すれば次のようになる。(p30-31)
・問題形成過程:問題の探索→問題の確認→問題の分析→問題の定式化
・対策立案段階:代替案の探索→各代替案から生じる事態の予測→代替案の評価→代替案の選択
・行動計画段階:実定法体系との接合→解決案の実施
そのうえで、小林教授は、問題の分析・定式化のプロセスに、他の諸問題との比較による優先順位の検討、必要性の計測を、可能な限り民意を導入する手続きが要請されると述べている。
対案立案段階でも代替案の検討を広く討議していく制度的保障をおくべきという。
行動計画段階では、憲法政策については、憲法との整合性を問題形成過程と対案立案段階で十分に検討されるべきであり、最終段階の実定法との調整は立法技術的処理にとどめるべきだと述べている。(p31)
しかし、この文化基本法を考える場合、現行文化政策を規定している実定法との調整無く、国立の文化諸機関の独立法人が誕生し、同様の趨勢が地方公共団体にも及ぼうとしている以上は、出発点の問題形成段階の視野になかに実定の文化関連法との調整を含めざるをえないと考える。具体的には博物館法、文化財保護法、図書館法、教育基本法、社会教育法、いわゆるNPO法等である。
以上まとめれば、すでに文化立国をめざして文化政策が展開されている現状の問題を深く分析し、憲法の3つの原理との整合を改めて問い、その理念と現実との乖離を埋めるべく、対案法案を早急に練っていくほかない。その場合、芸術文化の領域を問わない、広範な議論フォーラムが必要なことはいうまでもなく、その設置役割は、文化事業をメディアイベントとして利用し、とりわけ美術文化振興においてそれが顕著になっているマスメディアが負っていると考える。(2001年11月3日)
注)例として簡単にいうと、aw-mlなどメーリングリスト上での発言について争いがおきた場合は、国や地方自治体といった行政府が関与しているわけではないので、直接的に憲法を根拠として争うのでなく、民法の不法行為を争点として争う。
注)平井宣雄「法政策学序説」『ジュリスト』(1976年)及び『法政策学』(1987年)
初出(2001.11.3)山口順子が著作権所有者です。
onore at 08:08│エッセイ