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May 05, 2005

風景の浮かぶ一皿−ジャンルーカのつくるトスカーナ料理

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今から15年ほど前に毎年行われていた、イタリア料理の老舗リストランテ・文流の夏のフェスティバルにはイタリア人のシェフたちが招かれていた。そのうち、唯一残ったのがジャンルーカ・パルディーニ(Gianluca Pardini)である。今年は地元野菜とのコラボレーションということで楽しみにしながら国立に向かった。

ジャンルーカは日本にとても慣れているはずだが、寒暖の差が大きいなかで、かぜをずっとひいていると気の毒にちょっと凹んでいる。しかし、いただいた料理はどれも国立周辺の野菜と魚をうまくアレンジして、一口食べたときに、シエナのやさしい丘の風景を彷彿とさせて私たちを驚かせた。特に、ファッロ(スペルト小麦)とポモドーリ・セッキ(ドライトマト)のサラダは、以前いただいたトマトとミント風味のリゾットに負けず劣らずトスカーナの味わいそのものだった。細かく刻まれたチーズもてっきりもってきたのだろうと聞いてみると、こちらで手に入れたペッコリーノだという。少し大目のオリーブオイルがそれぞれの素材の塩味をうまく引き出してまろやかな風味を醸し出している。そのやさしさがゆるやかに続く丘の緑を脳裏に甦らせてくれた。

彼はフィレンツェの西のルッカという街の出身である。ルッカは丸い城壁の中に中世の教会が点在しており、重要な美術品も多い。美術史のドットーレだが、なかなか職業として成り立たないのでシェフの道に入ったのだそうだ。だからジャンルーカの一皿には見た目というよりも味わいのアーティスティックな創造が感じられるのである。それは、自分の原点にある風土を自覚できている料理とでもいえ、日本の素材を使ってもトスカーナの風土に根ざした味を作り出せるのである。イタリアンブームで留学したシェフたちの料理もよいが、どこかイタリアンジャポネーゼになってしまう。それはそれでしかたないのだが、それらが表現する風土はどこになるのかと疑問になるときがある。グローバルな味だという聞いたような言い回しでごまかしてほしくない問題である。

文流がシエナ郊外の古い館を利用して日本人のためのトスカーナ料理の学校チェンニーナを開校すると、ジャンルーカは永らくその指導者として多くの学生にトスカーナ料理の真髄を伝えてきた。日本に留学経験もあり、日本語に堪能だということもあって最後まで指導を務めたのはジャンルーカだった。2004年にその学校が終わる直前に訪ねたとき、一抹の寂しさもあるが、ルッカの郊外で後継となる活動を始めるため「新しい出発をする」と力強く語っていた。今はルッカにあるイタリア料理学院を主宰している。

ルッカで思い出深いのは、郊外の山の頂近くにある古い教会ピエーヴェ・ディ・ブランコーリを訪ねたときのことである。九十九折を車でようやく登ってたどりつくと、教会の扉が少し開いていて夕べのミサの前のそうじのため近所の人たちが立ち働いていた。夫の調査はいつもこうした教会の名も知れぬ画家の十字架形板絵やマリアとキリストの母子像を訪ねるもので、ノートや写真をとる間、少し寒いので私は車の中でまっていた。山の天気が変わりやすく、登ってくるときは晴れていたが、すぐに霧がかかった状態になった。その霧の切れ目から、セルキオ川の蛇行する光だけがちらちらと見えているのである。山並みの緑とうす白い霧、そして川の銀色の流れがなんとも印象的だった。それをながめながら、私はかつて暮らしたシエナの1年の出来事をなつかしく思い出していた。そうした情景もジャンルーカの料理とヴェルナッチャの黄金色のむこう側に透けてみえてくるのだ。

帰り際にとてもジャンルーカの似顔絵になっているポスターが気になってお店の人に聞いてみると、厨房にいる山澤さんの作品だそうだ。シェフへの尊敬と愛情あふれる表現をみて、お願いしたら特別にプリントアウトしてくださった。ジャンルーカが我が家を訪ねたときに見せて驚かせようと思っている。(山口順子・地名校訂小野迪孝)


onore at 16:17│エッセイ 
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