風景の浮かぶ一皿−ジャンルーカのつくるトスカーナ料理ガンで逝った友人のこと

May 22, 2005

文化資源の意味を再確認する会話

春のある日曜日に収録しました。

jy:イタリア中世美術がご専門で、日本の古典芸能にも造形が深く、また山梨県立美術館の準備段階から現場で実践的な経験をおもちですので、この際伺ってみたいのですが、文化財と文化資源あるいは、文化資産という場合の定義づけの違いについてどうお考えになりますか?
mo:まず有形文化財、ものとして物体としてある文化財は、滅びることを必至としている。時間を経た時に現在の状態より良くはなり得ないもの。路傍のパブリックアートも同類です。これに対して財を生むことを期待されまた可能性をもつものが文化資産なのではないか、人間国宝とか無形文化財は、今後現状より優れたものに発展する可能性を持っており資産に入りうると思う。
jy:滅びることを必至というのは、そのままでは朽ち果てるとか、変質するとかいう意味ですか?物体としての文化財がそのままでは財を生まないということですが、そこに実際の物体と人間との関係づけが介在することによって、例えば効果的な展示であるとか解説とかによって、新たな財や知を生むということも考えられると思いますが・・・。その場合の財は必ずしも経済的な価値のみをいうわけではないですね。共有財としての知といっていいのではないか。
mo:保存価値が稀少ということで政策的に指定されたものが指定文化財ですから、無形文化財の場合は、共有財として成長を保持していく可能性ももっているということ。
jy:一方で個人でもコレクションとして有形文化財の保存活動が新たな知をうむこともあるようです。
mo:例えば?
jy:最近発刊された『与論方言辞典』の共著というより原著者といってよい、菊千代さんは30年前以上から民具を家族とか地域とかで集めて個人資料館のようにしていたのですが、それが発展して与論民俗村になっている。一方で方言も集めて85年に著作を出しそれが今回の辞典に結実したということです。集めて保存展示する過程から知的活動として発展したよい例ではないでしょうか。有形、無形とかで切り離されない生活世界から菊千代さんが共有財としての方言の研究をされていったわけです。そうして新たな知を生んだという最近では珍しい佳話なんですが。
mo:なるほど。しかしそれは民具そのもの、方言そのものが生なかたちで文化財的価値を持ったというよりも、それらを収集あるいは研究するという行為を通して新たな意味づけがなされたという点で、行為のほうに多分に価値が存するように思える。
jy:では上位概念として文化資源があるのでしょうか?東大の文化資源学教室などもありますが・・・。
mo:文化資源とはどういう定義づけをしているのか僕は知らない。
jy:東京大学大学院文化資源研究室サイトの説明では、「(略)「文化」と呼んできたものを根源に立ち返って見直し、多様な観点から新たな情報を取り出し、社会に還元する方法を研究することが求められるようになった。それが「文化資源学Cultural Resources Studies」(resourceは泉に臨むという意味)であり、とくにその後半部が「文化経営学」と呼ばれるものである。具体的には、史料館、文書館、図書館、博物館、美術館、劇場、音楽ホール、文化政策、文化行政、文化財保護制度などの過去と現在と未来を考えようとするものだ。」とありますが、よくわからない。ただ、ものだけ見つめていると滅びは食い止められないから社会還元するということかしら?この社会が市民社会なのか市場なのか驚くほど緊張度は薄いですね、文化経営学といったときには・・・。すでに国立文書館も独立行政法人だし、美術館でやっている大規模美術展は新聞社やテレビ局といったマスメディアという資本権力によって展開される大衆動員イベントにすぎないという現状に対して最初から問題意識がみえてこないような感じもするんですけど・・・PFIなどの動きにもうまく対応できる技能としての学問領域なのでしょうか。文化への市場の侵食が政策的に進められていることへの批判は全く見えません。
mo:今述べた有形文化財を活用する行為ないしは知恵といったものが少なくとも文化資源と呼ぼうとしている学問領域の一端であるようには思う。そして、ほかの人はどう考えるかはわからないが、僕は文化資産の根本に言語と食文化を置く。その民族のものの考え方の基本を造っているものとしての言語と、生きていくための必需品である食べ物をその民族の嗜好と結びつけた食文化が、知性と感性の基本を成している。ともに生活文化の根源を成すものであり、ひいては文化創造全体の根幹を成すと考える。その上で、純粋美術、応用芸術としての工業デザインなど、そしてパフォーミングアーツ、音楽、演劇などが展開されていると考えるなあ。文化財と文化資産で文化資源なんじゃあないかな。
jy:なるほど非常にわかりやすいですね。ユネスコの世界歴史遺産などは面としての地区指定だったりするわけだから、財と資産をとりこんで観光にのせやすくしているわけですね。
mo:例えば、イタリアだとラヴェンナでモザイクの最高峰をみる、そのあと白トリュフのリゾットを食うと、ああこういううまいものを食ってたからああいうすばらしい造形感性が生まれた、と納得できるでしょう。トスカーナのシエナの料理も同じだよ。いのししの生ハムとか、トマトのこってりした煮込みを食ってモンタルチーノの赤ワインじゃないとね。これがアメリカンピザのような立ち食いですませたんじゃあ、文化資産も資源も総体として理解できないね。
jy:白トリュフのリゾットは5,6年越しで食べそこなったことを後悔していらっしゃいましたからね。あのモザイクの道具のあるリストランテでついに食べたときはどんな感想をもったんですか?
mo:もう何時死んでもいい感じですね。地上の楽園といった感じだったね。
jy:小さな夢(il sogno del cassetto:イタリア語でたんすの引き出しのなかにそっとしまってある夢)のリゾットが食べられたんだっていったら、お店の人もとっても喜んでましたね。日本でいうとどういう例がありますか?なかなか少ないかと思いますが。
mo:成功例は山梨県立美術館で、美術館をみてぶどう狩り、ワインと組み合わせることができて日帰りだから、ミレーの絵の前は床が減っているんだよ。美術と食事の片方だけではなかなかツアーが組みにくいと旅行社の人がいっていたんだ。
jy:そういえば、山梨県立美術館のシンボルマークはぶどうでしたね。やっぱり文化施設としては食べ物をシンボルマークにしたほうがよいということですかね。さしずめ茨城は梅干か納豆、千葉は房総のお魚か落花生、横浜はスープ中華まんじゅう、栃木は餃子ときて、埼玉は何でしょうか?
mo:埼玉は・・・むずかしいね。それに美術館のシンボルマークを直接食べ物に結びつける必要はないと思う。食べ物は飽くまで文化の根元を成しているものであって、発達した文化にあってはもちろんそれが全てではないのだからね。
jy:浦和に有名な鰻屋があったはずですけど、良いものをみて、佳話を聞き、ご当地のおいしいものを食べて帰るということですか。
mo:それが人生の楽しみってものじゃあないのかね。
jy:どうもありがとうございました。大変勉強になりました。


山口順子より、小野迪孝氏(東海大学教員、オノーレ情報文化研究所顧問)へのインタビューをまとめたものです。

onore at 21:32│エッセイ 
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