2007年10月31日

世界で一番やさしいゲロ

梅ちゃんの運転する梅ちゃんの親父さんの車に乗って、一路大阪へ。
待ち合わせ場所に向かう途中で梅ちゃんが事故を起こした為、出発は大幅に遅れてしまった。
そのせいもあってか、東京を出発して数時間後、もうすぐ大阪に到着するという頃には、既に日はとっぷりと暮れていた。
そんな時、ハンドルを握る梅ちゃんが何やらブツブツと独り言を呟いている。

「……何? どうしたの?」
「ね、眠い。何か話して」

また事故を起こされてはたまらんと、僕らは何とか梅ちゃんが寝ないように、その場で思いつく限りの話題を披露した(否、でもホントおつかれさま)。
大阪に着いた頃、僕は風邪をひいてしまった。

夜の大阪は、光る看板が空に踊っていて、初めて訪れた場所なんだけれど僕は何だか懐かしいような感じがした。
高層ビルのすぐ上を、飛行機が低く飛んでいる。
近代化された街並みとはうって変わって、翌日訪れたドヤ街の一角では、放し飼いの犬の横で浮浪者が得体の知れない肉を食べている。
日本橋も新世界もそれぞれに独特の熱気を帯びていて、通天閣はそれらを見下ろすようにそびえ立っていた。
あぁ、そうだ。80年代サイバーパンクだ。
僕の求めていたアノ風景が垣間見えたような気がした。
でも、鼻水は止まらないし、喉は痛い。体がダルい。
僕的にはもっと大阪を満喫したかったのだけれど……。
機会があったらまた行きたいなぁ。

それにしても、今週の「深夜のバカ力」。
レギュラーコーナー「リストカッターケンイチ」冒頭での、伊集院光の「岡田斗司夫が大嫌い」発言。
最近話題の「レコーディングダイエット」を取り上げたTV番組で、伊集院光と岡田斗司夫が共演しているのを見たばかりだった。
話はやはりそのTV番組の事に及んだ。
「痩せてから娘が一緒に歩いてくれるようになった」という岡田斗司夫の発言について。

「それはてめぇの育て方の問題じゃねぇかよ!自分を育ててくれた親を、太ってるとか痩せてるとかで判断するその価値観をもっと問題視しろよ」

伊集院光は憤っていた。

「痩せるのはてめぇの勝手だけど、自分の価値観を他人に押し付けんじゃねぇよ!」

確かにそう言われても仕方ないくらい、ダイエット成功者・岡田斗司夫の言葉の端々には、「デブ=悪」という価値観の一方的な押し付けが感じられた。

話は変わるが、僕の出演している「童貞。をプロデュース」という作品はフィクションである。
作品を観た多くの人が勘違いしているが、それも無理はない。堂々と「ドキュメンタリー」と銘打っているのだから。
監督から言わせれば「ヤラセとか仕込みがあってもドキュメンタリーはドキュメンタリー」ということなんだろうけれど、多くの人が「ドキュメンタリー」というその言葉をしてそれを事実として捉えようとするのが現状であろうし、出演した僕としては何の説明もないまま単に「ドキュメンタリー」と銘打たれることは、はっきりいって誠に不本意である。
というか、作品自体不本意だけど。
現場では無理矢理言わされていたが「AVは汚い」なんて僕は全然思っていないし、「女性器を見たことがない」というのも嘘だ。
というのも、僕はしばらくの間AVの仕事でご飯を食べていたし、その結果、色々な女性器を嫌というほど見てきたワケだし。
再三に渡って出演をお断りしたにも関わらずゴリ押しされた挙句、2部の冒頭では僕をステレオタイプな悪役に仕立てる為に、監督の連れて来た見知らぬ女性と並ばされて、あたかも僕が童貞を喪失してヤリチンになったかのような画を撮られた、というのも隠された事実だ。
それに、初対面の人たちの視線の中、パワハラ的な状況下で恫喝され性暴力を受けた結果、好きな女性への告白を決意するなんて、そんなアホな話ある筈がない。
告白シーンも嘘。ただのヤラセだ。
確かに、カンパニー松尾さんの「迷惑はかけるものだ」という言葉は説得力があって、実に良い言葉だと思う。
しかし、実際のところ迷惑をかけていたのは僕ではなく、監督の松江さんに他ならない。
僕は松江さんの顔をたてる為に、わざとああいう風な言い方をしたのであって、僕と松江さんとの間の話で言えばそれは全く別な話だ。
「取材に行くだけで何もしない」と嘘をついて僕を連れてきたのは松江さんなワケだし、土壇場で僕が拒否したところで、そのケツを持つのは松江さんというのが本来の筋だろう。そこを履き違えてもらっては困る。
本当のヘタレはどっちなんだ?
いくら大の男だといっても、密室で知らない大人に囲まれた非常にアウェーな空気の中で、苛立ちをあらわに「早くしろよ!」と恫喝され、パワハラ的な状況下に追い込まれたらどうか?
あれを暴力でなかったと言い切れるのか?
人として卑怯な行為ではないのか?
それをコミックリリーフとして使うその神経が僕には理解出来ない。
まー、イジメる側の人間にはイジメられる側の気持ちなんてわかんねぇんだろーけど。

あれは、一方的な価値観の押し付け以外の何ものでもない。

それは2部のラストシーンでも同じようなことが言える。
あそこに映されているのは梅ちゃんの表面的な愛想笑いでしかなく、あのシーンには本質的な意味で梅ちゃんの意思はどこにも介在していない。
梅ちゃん自身があの作品の中で導き出した答えやたどり着いた場所、そういったものはどこにもなく、松江さんの用意した押し着せの答えしかそこにはない。
結局、梅ちゃんのゴールは見えないままストーリーは迷走を続け、画づらだけが帳尻を合わせたように幕引きの合図を出す。
そこに本当の感動はあるのだろうか。
僕には見えなかったし、本当の意味で被写体と向き合っているのだろうか、という疑問だけが残った。

そこには、文化人類学的な傲慢さだけが見え隠れしている。
分かり易く表現すると「上から目線」。
非童貞の、童貞に対する同情と蔑視。
そこに「共感」とか「理解」などという言葉は存在せず、登場人物はただその嘲笑の対象でしかない。
フィクションであろうがノンフィクションであろうが、本来のドラマトゥルギーに乗っ取って描けていればそんなこともなかったろうに。そこは力量不足ということか。
フェイクドキュメンタリー大いに結構。ただ、「フィクション」と「無責任」を履き違えてもらっては困る。
作品に関して表に出て評価を受けるのは監督である松江さんだ(逆に酷評や誹謗中傷の対象となるのは出演者の方だ)。
しかし実務レベルの話でいえば、あれだけ出演者に依存した制作スタイルをとっておきながら、もっと乱暴な言い方をすれば、他人のフンドシでスモウをとっておきながら、出演者をただの素材としてしか見ていないようなこれまでの言動の数々にはさすがに目に余るものがあった。
強い者には弱く、弱い者にとことん強く出るその姿勢は改めるべきだ。
僕が受けたモラルハラスメントを挙げればキリがないが(それに僕にもデリカシーというものがあるし)、その恩着せがましい態度も何とかして欲しい。
松江さんに「誰のおかげでお前の映画の宣伝が出来たと思ってるんだ」なんて一方的に言われる筋合いはないし、誰のおかげかといえば勝村さんをはじめとしたシネマロサの皆さんのご厚意によるものであり、僕と松江さんとの間の話でいえばそれはお互い様の話だ。松江さんは勝村さんたちに謝るべきだ。
そこを勘違いしてもらっては困る。
雑誌インタビューでの発言に見られる多くの嘘にも、その偽善的な表情が窺える。
別に博愛主義者になる必要はないが、もう少し人の気持ちを考えるべきだ。
都合のいいように事実を歪め他人の人権を弄ぶのも甚だ問題ではあるが、それ以前に、作品がモチーフとしている出演者の僕一人を未だ納得させられていないという事実が、作品の脆弱さを示す一つの答えなのではないか。

人の気持ちを尊重出来ないならドキュメンタリーをやめるべきだ。

単なる価値観の押し付けでは、本当の意味で人を変えることは出来ない。
そこにドラマとしての弱さがあり、それが事実であるという前提の下でしか説得力を持たないほど松江さんの描いたプロットは実に独善的且つ偽善的で、しかも陳腐だ。
松江さんが「ドキュメンタリー」と言い切らなければならない必然がここに存在するのかもしれない。

僕を本当に変えてくれたのは、決して変わることのないものの存在だ。

劇中で描かれてはいないが、あのクリスマスの日。色々あって、僕はとても落ち込んでいた。
そんな僕を見かねてか、同居人の大西くんはバイト帰りにケーキとワインを買ってきて、酒なんか全然呑めないクセに僕と一緒にそのワインを呑んでくれた。
たったコップ一杯のワイン。
それで大西くんはトイレに駆け込み一晩中ゲロを吐いていた。
あのゲロは、松江さんがローションとスポーツドリンクを混ぜて梅ちゃんに吐かせた偽物のゲロなんかじゃなくて、本物のリアルゲロだ。
僕の為に買ってきてくれたワインで吐いた、世界で一番やさしいゲロだ。

僕はあの日大西くんが吐いてくれたゲロを一生忘れない。

さみしくて死にそうで死ねない夜を、大西くんはいつも付き合ってくれた。
だから、僕に彼女が出来た時も真っ先に報告したのは大西くんだった。
早朝、迷惑極まりないのも覚悟で寝ている大西くんを叩き起こした。

「何だよ、寝てんだよ。邪魔すんじゃねーよ!」

眠気眼の大西くんに「彼女が出来た」と告げると、大西くんは黙って布団から体を起こし、煙草に火を着けて一言。

「……話してみろ」

僕は話した。
それを大西くんはいつもと変わらずに聴いてくれた。



つづく

onosendai at 04:36│Comments(13)clip!

この記事へのコメント

1. Posted by コガミ   2007年10月31日 20:11
さぞ勇気と心的労力のいる告白だったでしょうに。敬意に伏します。
2. Posted by 増田孝幸   2007年10月31日 22:08
いろんな事情はあるにせよ、結局一緒に映画を作ったのは事実だから、そんなこと言うのはおかしいよ。観ててヤリチンになったなんか今言われ無ければわからなかったです。
第一、舞台上で遊ぶ女の子の募集したり、映画の告知したり、良い意味で利用してる分にはいいですが、それなのにこれっておかしい。真剣に映画を見て来た人に対してもっとも失礼なのではないでしょうか?
3. Posted by 加賀   2007年11月01日 00:48
>コガミさん
ご理解いただけて恐縮です。
こういうコメントは本当に嬉しいです。
ありがとうございます。

>増田さん
真剣なご意見ありがとうございます。
僭越ながらお言葉を返させていただきますと、僕は失礼なことや間違ったことを言っているとは思いません。
ご理解いただければ幸いです。
4. Posted by 小松   2007年11月02日 03:13
興味深く読ませていただきました。
ここまで書かれるということはきっと並々ならぬ決意と怒りだったということはお察しします。
ただ「今更なぜ?」という感は否めません。
思った以上に映画が評判になってしまったからでしょうか。
撮影時は「陽の目を見る作品かどうかもわからないからとりあえず言うことを聞いておくか」という感じだったのでしょうか?その時点では出演を断れなかったのでしょうか?

残念ながらあの映画のおかげで加賀さんと加賀さんの作品の認知度が上がったのは事実だと思います。公の場であれだけ告知をさせてもらってるのですから…。
それを松江さんが恩着せがましく言って来る事に関しては確かにどうかと思いますが、加賀さんは松江さんのこの作品を利用してさらに自分の名前を売っていくことに関しては関心が無いのでしょうか?<続く>
5. Posted by 小松   2007年11月02日 03:14
趣味で映画を撮られているのでしたら関心が無くても問題は無いと思いますが、そうでないならばもっとしたたかになってもいいと思います。
現在第一線で活躍している俳優や映画監督の多くはそうやって世に出てきたものだと私は思います。

多くの中の一意見としてお考えください。
そして「童貞。」を見た者として、この告発は決してがっかりするようなものではなかったことも心に留めておいてください。少なくとも私にとっては。

今後のご活躍を楽しみにしております。

長々と失礼しました。
6. Posted by gurou   2007年11月10日 09:21
加賀さんの怒りに始めは驚きつつもとても共感しました。こういうこともあるんですね。このままDVDが出たり、なしくずしのように事態は進展いくのでしょうか・・・?
7. Posted by Nena   2007年11月17日 12:28
こんなことを書いていても、新潟で11/23に「童貞。をプロデュース」上映時にトークをするとは理解不能です。ここに書いてあることはネタなのでしょうか?
8. Posted by 藤堂香貴   2017年08月29日 16:38
10年越しのリベンジに乾杯。
9. Posted by ゆん   2017年09月01日 05:02
10年苦しんで、ずっと辛かったんですね。勇気ある行動だったと思います。
10. Posted by のの   2017年09月02日 01:30
僕も勇気ある行動だったと思います。
11. Posted by ホッチ   2017年09月03日 01:44
この状況、面白いですか?と問われたあなたの言葉が胸が沁みました。
10年越しのリベンジに乾杯。
12. Posted by りっちー   2017年09月04日 09:21
ネットでこの件を知り、動画を見て最初は加賀さんが悪者なのかと勘違いしてました。本気で怒ってる加賀さんに詰め寄られた松江監督はあきらかに動揺してましたよね。
ブログで真実を知り、また独特な映画界の実情も垣間見ることが出来ました。
これからも頑張ってください。応援します。
13. Posted by はなだりょう   2017年09月04日 13:12
加賀さんの行動に対して「正しい」とか「間違いだ」という意見がちらほらあるけど、どちらも不適切だと自分は思う。

彼は別に「完璧聖人として正しい事がしたくて」ああいう行動を起こしたわけじゃない。

他者の行いに100%の正しさを求めるのは、残念だけど「あなたが正しい観念の持ち主だから」ではなくて「あなたが実は卑しい人間で、その卑しさと幼稚さに無自覚だから」なんだ。

そして彼をヒーロー扱いするのもやっぱり違うと思う。

彼に「正しい振る舞い」を要求する事自体、新興宗教にドハマリして狂信者になっちゃう人達のそれと本質は同じなんだ。

加賀さんは、言っちゃえば「ただの人間」で、彼があの日あそこでやったことは、ただひたすらに人間らしい姿を晒しただけのこと。

「人間の、最も人間らしい姿」を目の当たりにした僕らがすべき事は、その拙さを手前勝手な理想論と照らして責め立てる事でもなく、彼の拙い提言をヒーロー扱いしてもてはやす事でもなく、もう少し奥の、事の本質を辿る事なんだと思う。

加賀さんが示してくれた「人間らしさ」から学ぶべき事柄は本当に沢山あると思う。

それを、受け手がありがちな綺麗事と履き違えて自己完結しちゃうのはとても勿体無いと思う。

僕は加賀さんの姿から本当に多くの事柄を学んだし、とても感謝してる。

不正を正したヒーローとしてじゃなく、様々な苦悩や葛藤の中で、それでも人間らしさを失わず生きる加賀さんの姿に、だ。

ありがとう。

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