『網膜剥離告知から手術へ』


校長先生への話の中で、「もう、ご両親には話したのかい?」と聞かれましたにゃ。

私は、短く「いいえ・・・。」と答えただけでしたにゃ。

校長先生も何かを察してか、それ以上はなにも言わなかったですにゃ・・・。



しかし、、、いずれにしても、健康保険証は必要でしたにゃ。

しかも、セカンドオピニオンと合わせて2回も・・・。

非常にそれを持ち出すことは困難でしたにゃ。

さらに、私は、眼科から帰って来た際の反応や、行動をその後も怪しまれていましたにゃ・・・。





眼科を受診してから、2日経ち・・・


こちらから話す決意をしましたにゃ。。

しかしにゃがら、やはり迷惑はかけたくない。

だからこそせめて私は、この件に関しては私が一切の処理を一人で行うから、関わらないで欲しい。

そう言って、先ず断るつもりでしたにゃ。






私は、言葉どおり、『さらり』と両親に伝えましたにゃ。

網膜が、すでに半分ほど剥がれていること。

剥がれてからの期間経過も長いために、視野の回復がどこまで可能かハッキリしないこと・・・。

2日経った、私には、それを伝えることは容易になっていたのですにゃ・・・。

自分でも不思議でしたにゃ・・・自分はこの状況を受け入れられたのだろうかと。。

しかし・・・これは後に間違いだったことに気づきますにゃ・・・。








伝えた両親の顔は曇りましたにゃ・・・。


「またしても、病気か。」という・・・にゃ・・・。


私が、、、一番して欲しくなかった顔ですにゃ・・・。


私が、、、一番言われたくなかった言葉ですにゃ・・・。


私だって・・・病気を望んでしているわけではないですにゃ。。。


私にとって、このときの一年は、実はとても大切なものでしたにゃ・・・。


高校生のときに病気で倒れ、失った時間を、取り戻そうと必死になっていたときだったのですにゃ・・・。


そんなときに、目が見えなくなるかもしれない、仕事や勉強の他にもヨーロッパへ海外旅行に行きたい、


そんなことにゃども思っていた私にとって、


世界が片方しか見えなくなることは、とても、とても怖かったのですにゃ・・・。


だから、、、誰からであっても、かわいそうであるという顔をして欲しくなかったのですにゃ・・・!!


ただ、「頑張れ!」とそう応援してくれる顔を見たかったのですにゃ・・・。








私「やっぱり、、、ね。」






私はたった一言、両親の反応に対して、そう思いましたにゃ・・・。

前の手術のときもそうでしたにゃ・・・。

いえ・・・いつも重い病気になったりするとそうでしたにゃ。。

この遺伝はどっちから来た、この病気は夫婦のどちらの血統のせいか、

いえ、どちらの遺伝かなどだけならまだいいですにゃ・・・。

そうではなく、、夫婦どちらかのせいにしたがるのですにゃ・・・。

どちらかにその責任をなすりつけるまで。。。。。

幼い頃から私はそうでしたにゃ・・・。私は、病気がちだったにゃ。

だから、そのなすりあいを・・・いつも、いつもいつも、

見てきたのですにゃ!

聞いてきたのですにゃ!!










そこで、私は、そうなる前に、話をそらすためでもあり、セカンドオピニオンの話を始めましたにゃ。

セカンドオピニオンは、本来、受けなくてもよかったかもしれませんにゃ。

しかし私は、何事も一点からの視点だけでみるのではなく、多方面からも見ることによって、

より良い答えを選び出すことに、特に病気については、狭い視野にどうしてもなりがちにゃので、

広く視野を持つために、そのことをなにより心がけていましたにゃ。

家族の中で、意見を出し合って・・・否、

不毛な夫婦の言い合いで、、私の病気が改善したことなど、にゃいのですから・・・。。。







そうして、両親に伝えた結果、近所の噂で根強いお話がある、

TN眼科病院にセカンドオピニオンに行こうということになりましたにゃ。


TN眼科病院は、この地域ではかなり有名な眼科で、隣の県などからも、

来院者が訪れるほどの眼科病院なのですにゃが、そういったこともあり、

そのTN眼科病院で一度診てもらうことにしたのですにゃぁ。


TN眼科病院には、その翌日すぐに行きましたのにゃ。

個人が設立した病院である私立病院のために、

非常に検査機器も新しく最先端のものが多くあり、

治療もレーシック手術がまだあまり認知されない中(当時)だったにも関わらず、

そこではすでに多くの患者さんに行われていましたにゃ。


驚いたのは、眼科専門のフロアが存在しているだけでなく、そこに溢れんばかりの患者さんが居たことですにゃ。

眼科の患者だけで、ここまでの人数を集められるのは、全国でも数は限られると思いましたにゃ。

玄関には、他県からの車や、他県から来たタクシーなどが多く止まっていましたにゃ。



そこで私も、検査をし、診察となりましたにゃ。

診察の結果、ほぼ私が手術の告知を受けた病院の結果と酷似していましたにゃ。

ただし・・・ただ一点の決定的違いを除いて・・・ですにゃ。

それが、私が最初に告知を受けた病院で手術を行う決定打になったのですにゃぁ。


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