大袈裟太郎の大袈裟通信アーカイブ

高江、辺野古、沖縄、日本、アメリカ、オスプレイ

DSC_0694



「20年闘い抜いてきた辺野古の運動の集大成を見せる時です!」
と、山城博治は辺野古ゲート前で叫んだ。
明日、14日はいよいよ辺野古の土砂投入予定日だ。
20年続いてきた運動の岐路に、僕は立ち会わなくてはならない。
この重みに、僕は耐えられるだろうか。

20年前、
山城博治はまだ40代前半、今の山本太郎ぐらいの歳だったはずだ。
玉城デニーは30代後半、今の村本大輔ぐらいの年齢だった。
稲嶺進は50代前半、今の横川圭希ぐらいの歳だった。
目取真俊は30代中盤、ちょうど今の僕ぐらいの歳だっただろう。
石原岳は20代中盤、今のアツシぐらいの歳だった。


20年前、僕はまだ16歳だった。
アツシはまだ6歳だっただろう。

辺野古で排除する機動隊員たちもほとんどがまだ、幼稚園か保育園児だったはずだ。

2018年12月14日。

辺野古に土砂が投入される予定日だ。
僕らはそこから何を学び、何を得て、また何を失うのだろう。

辺野古の沖縄の日本の、そして僕やあなたの、
これまでの20年とこれから先の20年のために、
僕は眼を見開き、その全てをこの眼に焼き付けよう。この心に刻みつけよう。

この完全に狂ってしまった国の片隅で。


大袈裟太郎


aBy5pXeY.jpg-large


 

DSC_0030
DSC_0046
DSC_0022
DSC_0045
DSC_0070
DSC_0092



病み上がりの山城博治が今日も辺野古のゲート前で吠えていた。
文字通り全身全霊を使い、座り込む人々を鼓舞し笑わせ和ませ、勇気づけていた。
20年の闘いの総決算を見せる時だ!と国家の理不尽に対し雄叫びをあげた。

土砂投入予定日は14日に迫った、ぜひより多くの人々に #辺野古 に集ってほしい。

山城博治「全県の皆さん県民の皆さん!ウチナーンチュのすべての仲間の皆さん!20年闘い抜いた辺野古の海にいよいよ土砂が入ろうとしています!  中略  民主主義と人権と平和と暮らしと命と、人々のありったけが今潰されようとしています」
心臓のカテーテルが痛むなか、鬼気迫る演説だった。



今日も強制排除は過酷だった。県知事選挙の結果という民意を背負った人々が軽々しく、物のように運ばれていった。
それを若い沖縄の機動隊にやらせているこの残酷さ。
これだけ機動隊員がいたらデニーさんに投票した人もきっといるはずだ。
300台の工事車両がゲートに入っていった。 


DSC_0209
DSC_0173
DSC_0183
DSC_0169
DSC_0162
DSC_0157
DSC_0140
DSC_0105
DSC_0117
DSC_0126
DSC_0300
DSC_0274
DSC_0318
DSC_0742
DSC_0777
DSC_0783
DSC_0845
DSC_0850
DSC_0849
DSC_0870
DSC_0875





強制排除9時


12時


15時





大袈裟通信支援先はこちら
aBy5pXeY.jpg-large


 

DSC_0352
DSC_0350
DSC_0329
DSC_0334
DSC_0336
DSC_0356
DSC_0359
DSC_0363
DSC_0366
DSC_0369
DSC_0371
DSC_0376
DSC_0389
DSC_0398
DSC_0413
DSC_0416
DSC_0424


【緊急通信】ぬか喜びでした。
国は琉球セメントから辺野古への積み込みを1日で再開しました。

撤去されたはずのカミソリ有刺鉄線も国道側だけで海側は残っていました。
国家のよる欺瞞を目の当たりにしました。
明日は朝4時半から琉球セメント、名護安和桟橋に集まってください。
行動があります。

早すぎて来れない方は6時でも8時でも10時でも集まってほしいです。とにかく見に来るだけでも来てほしいです。
この場所からは今のこの国の詐欺的な姿がはっきり見えます。

臆することはありません、民意は私たちの側にあります!!!!







aBy5pXeY.jpg-large



DSC_0328DSC_0324
DSC_0250
DSC_0259
DSC_0265
DSC_0270
DSC_0266
DSC_0276
DSC_0278
DSC_0286
DSC_0306
DSC_0304
DSC_0292
DSC_0318
DSC_0319



辺野古への土砂が搬出されている名護市安和、琉球セメント桟橋。

一民間企業の施設がなぜ軍事基地のようにカミソリ付きの有刺鉄線で囲まれているのだろうか?
高江のヘリパッド周辺と全く同じ状況だった。

監視カメラも複数設置され、防衛局の関与を疑わざるを得ない。

カミソリ付き有刺鉄線に囲まれたその中に、
辺野古へ投入予定の土砂が悠々と鎮座していた。


この日、沖縄県の迅速な対応により、土砂搬入の作業はストップした模様。

一昨日は座り込みも行われた。

施設周辺で抗議するある女性は「どうにか首の皮一枚つながったという感じ、デニーさんが当選して本当に良かった」

と話してくれた。


14日の土砂投入予定日を前に政府がどんな策を使うのか、予断を許さない状況が続いている。

また、琉球セメントが安倍首相と親族的なつながりがある山口県宇部興産の関連企業だということも今回明るみになった。

琉球セメント、一皮むけば宇部興産 - 山口県の国策会社に沖縄の海を埋めさせるな ! 何百という命を海にうずめてきた宇部炭鉱の100年の歴史を振り返るとき、いまもかわらず死と戦争のために人々を働かせる国策会社の姿がそこにある

http://ospreyfuanclub.hatenablog.com/entry/2018/12/03/034536



そこに見え隠れするのは、国民のため防衛のためなどと常に言い訳をしながら私腹を肥やしてきた軍産複合体企業の姿、戦前と変わらぬ利権構造なのかもしれない。

辺野古、高江の新基地建設の現場で今、民主主義も人権も、すでに踏みにじられている。
14日に土砂投入予定日が迫る、全国からより強い注目と行動をお願いしたい。






テレビには映らない生々しい現場から引き続き通信を続けます。
みなさんの支援で可視化が続けられます。
ぜひ支援をお願いします。

aBy5pXeY.jpg-large




DSC_0964
DSC_0942
DSC_0510
DSC_0482
DSC_0283
DSC_0289
DSC_0053
DSC_0002
DSC_0678
DSC_0900
DSC_0938
DSC_0073
DSC_0232

DSC_0883
DSC_0217


DSC_0099


DELIさんの松戸市議会選挙 
明日です。
「無関心でいても無関係ではいられない」
体も心も器も大きいDELIさんのもとに、集まるのはあらゆる枠にとらわれない刺激的な面々。
そして松戸のママさんパパさんたち。
「脱被曝、脱カスタマー」
311以降、右でも左でもなく、
ただただ愚直に人々を、子供たちを守るための行動を積み重ねてきたDELIさん。
ひとつひとつ、ひとりひとり、できることから現状を更新していく。松戸市内の300か所以上の公園のすべての放射線を計測した唯一無二の市議。

HIPHOPを背負い、そして地方自治を背負う、その大きな背中に、僕はとてつもなく学ばせてもらっています。
松戸の皆様、松戸市に友人をもつ皆様、
ぜひともよろしくお願いします!!!







大袈裟通信への支援をお願いします。
DSyl3u6VwAEv3ML



沖縄の民意を無視し、工事が再開した辺野古。
大浦湾からその様子を撮影していたら突如、海保に囲まれぶつかられ、結果、船ごと両脇からロープで拘束されました。※船長は無理やりエンジンの鍵を奪われたそうです。

僕の他にマスコミの記者も載っていたんですが容赦なかったです。
揺れまくって海に落ちそうだし、怖すぎて混乱してこの直後にゲボを吐きました。
そのままぐったりと海保のボートで倒れてました。
ずぶ濡れになりました。

DSC_0875
DSC_0881
DSC_0902
DSC_0904
DSC_0922
DSC_0923
DSC_0930
DSC_0943
DSC_0953
DSC_0964
DSC_0971
DSC_0984
DSC_0986
DSC_0988
DSC_0991
DSC_0995
DSC_0998
DSC_0999


ロングバージョンはこちらで見られます⬇︎
https://youtu.be/TOYIhwMF4yQ




大袈裟太郎 取材基金はこちらよりお願いします。
aBy5pXeY.jpg-large





自民公明維新がその全勢力をあげて沖縄を天領にしに来た今回の県知事選挙。

衆議院議員 下地幹郎氏はそのツイートで「自公維合わせ、国会議員から地方議員まで5000人の議員が沖縄を訪れている」と語りました。また全国から沖縄に集った創価学会員の数は6000人とも言われています。
 

名護市長選挙に続き、出どころ不明のデマや印象操作が飛び交う異様な状態もありました。
自公系企業には期日前投票の名簿が配られ、投票用紙で写真撮影まで強要していたとされる今回の選挙。(投票用紙撮影の真偽については後ほど触れます)

民主主義の根本を破壊するほどの官邸からの圧を玉城デニー陣営はいかにして跳ね返し、8万票もの大差で圧勝したのか?

関係者の証言を混じえ、時系列で解き明かしていこう思います。




デニーしか勝てない しかしその可能性は0に近かった

【8月8日】翁長知事、急逝。その直後、後任候補の調整会議はまだ混沌とし、玉城デニー氏の名前は挙がっていませんでした。
 

私見ですが2月の名護市長選挙以降、那覇や沖縄全域の若者、特に無党派層の意識調査に力をいれてきた感覚として「オール沖縄」のイメージはおとしめられていると感じていました。

今回の選挙で沖縄にまつわるデマのひどさを初めて自覚した方も多いと思いますが、実は翁長知事誕生以降のこの4年「オール沖縄」「翁長知事」「辺野古、高江の基地反対運動」に対する悪質なデマや印象操作は常態化していて、

その結果として「オール沖縄」という言葉は沖縄県内の若者にとって、古ぼけて信用ならないというイメージが刷り込まれていました。

 

翁長知事の命を賭した承認撤回や、安室奈美恵氏からのメッセージなどによって、

その印象は若干回復傾向を見せましたが、旧来の「オール沖縄」体制で選挙に勝てるかどうか、厳しい予測がされていました。

相手候補の年齢を考えても若返りが急務でしたが、保革党派を超えてまとまれるそんな存在は見当たらない状態でした。





【8月10日11日】翁長知事の通夜や県民大会で、複数の県民たちが「デニーさんしか勝てない」と囁き始めたのを私は耳にしました。2月の名護市長選挙での国からの圧を痛感している県民たちの声でした。「各党派が腹6分でまとまれる候補はデニーさんしかいない」その声に私も膝を打ちました。
 

翁長知事急逝直後の県民大会でタオルを回し聴衆に応える玉城デニー氏






【8月13日】翁長知事の告別式の後、内地から駆けつけた著名なキャスターやジャーナリストたちに当たってみました。

「市井の県民からデニー氏を推す声が上がり始めているがその可能性は?」

私の質問に在京ジャーナリストたちは「擁立の可能性は無いだろう、小沢氏が首を縦にふるとは考えづらい」「自由党の関係者がその可能性は無いと断言した」などと答えました。

この時点でもまだ、デニー氏立候補の可能性は0に近かったのでした。
 

翁長知事の告別式ですれ違う玉城デニー氏と辺野古の工事を推し進める中嶋浩一郎 沖縄防衛局長





【8月17日】辺野古埋め立ての予定日でしたが翁長知事の死と県知事選への影響を鑑み、官邸は埋め立てを延期したと考えられます。






【8月18日】

翁長知事の肉声テープが見つかったことによって状況は急激に変化していきます。保革、党派を超えてまとまれる存在、そして短期決戦で無党派層に訴求し選挙に勝てる候補者は誰か?翁長知事の残した想いと県民の声がぴったりと一致した展開でした。
さすがは選挙に圧倒的な強さを誇った翁長知事、病床にありながらも現状を鋭く認識していたのです。

この日、調整会議のメンバーがデニーさんの自宅に訪れ、音声があったことを報告すると彼は前向きな返事をしたそうです。

すでに県民のあいだで「デニーしかいない!」との声が高まっていたことを本人も自覚していたのかもしれません。
 

昨年10月、衆院選時の玉城デニー氏と翁長知事の貴重な2ショット


【8月21日】玉城デニー氏と小沢一郎氏が沖縄で会談したと言われています。

【8月24日】候補者調整会議が正式に出馬要請

【8月25日】小沢氏再度沖縄入り 

【8月26日】予定していた出馬受諾会見は延期。

【8月27日】デニー氏上京、小沢氏と出馬に向けた最終判断。

【8月28日】野党各党と大詰めの調整。


めまぐるしく状況は変化していきます。デニー氏の後継である沖縄3区の人選も含め、厳しい調整が行われていたと推測できます。







「オール沖縄」から「新時代沖縄」戦略的に行われたイメージの更新
 

【8月29日】出馬表明会見 

「ハイサイグスーヨーチューウガナビラ」翁長知事が広く浸透させたウチナーグチでの挨拶から始まりました。翁長知事のために用意された席、その前のテーブルに置かれた翁長さんの青い帽子。翁長知事の想いを引き継ぐことをしっかりアピールしながら「新時代沖縄」という言葉でしめました。

注目してほしいのは、この演説中にオール沖縄という言葉が使われなかった点です。これ以降デニー氏は選挙中「オール沖縄」という言葉を控え「新時代沖縄」という言葉を多用していきます。

 

デマによってゆがめられた「オール沖縄」の古いイメージから脱却し、

「新時代沖縄」という白紙の上に新しいイメージを積み上げていったこと。

実は今回の選挙の重要戦略だったと感じています。

多くの無党派層に波及したデニー氏圧勝の土台はここにあったのでないでしょうか。
 

さらにこの会見で、創価学会、公明党支持者に対しても「誰ひとり排除することなく一緒に新時代沖縄を作っていきたい」と呼びかけました。

今、振り返ると、創価学会員の大量離反につながる重要な布石でした。


また同日、立憲民主党の沖縄県連立ち上げがあったことも重要です。

今回の知事選にともない立憲県連は立ち上げの予定を前倒しました。

沖縄入りした枝野代表が、今まで態度を明確にしてこなかった「辺野古基地建設反対」を初めて表明。ようやく野党の足並みが揃いました。
 

昨年10月の立憲民主党発足時、新橋街宣にまで足を運び、枝野代表に直接「辺野古についての見解を教えてください」と聞いて完全に無視された私にとっても、

「なぜ、野党第一党である立憲が辺野古についての態度を表明しないんだ!」と、不信感を抱えていた沖縄県民にとっても、心の中の霧が少し晴れた瞬間でした。

 

出馬表明会見後、徒歩で翁長知事の自宅へ向かうデニー氏と呉屋氏





独自の生い立ちを最大のストロングポイントに換えた
 

【8月31日】

沖縄県謝花副知事が辺野古の埋め立て承認撤回を表明。
その日辺野古には大きな虹かかかったそうです。

玉城デニー氏事務所開き。ここで重要な演説がありました。
 

「自分は米海兵隊員の父とウチナーンチュの母の間に生まれた、母が自分を身ごもっている時に父は本国に帰った。いつか母子でアメリカに渡り父と共に家族で一緒に暮らすことを夢見たが、その願いは叶わなかった。
 

母は父の手紙や写真を燃やしてしまった。私は父の顔を知らない」

今まで、衆院選挙でさえ語られることのなかったその生い立ちについて初めて言及したのです。プライベートにまつわる繊細な内容を、胸を張って毅然と語ることでそのたくましさ、正直さに聴衆は共鳴しました。
 

まさに占領に翻弄された戦後沖縄の体現者であり、その代表であることを明確にした瞬間でした。

そして「私は米国人の父を持つ。だから米政府に半分は私の言うことを聞いてもらう」と辺野古の新基地建設中止の交渉をするストロングポイントとしてその生い立ちを活かせることを強く明言しました。
 

「ミスター・タマキはアメリカ系沖縄人で父親は元米兵だ。対応が難しい」

これは2015年に翁長知事の親書を携え単身ワシントンを訪れたデニー氏との面会を拒否したマケイン上院議員の言葉です。

「米国で英雄視される海兵隊員の息子であることで、米政府もデニー新知事の存在を丁重に扱わざるをえない」

当選後、ニューヨークタイムズ紙の社説でも、デニー氏が米海兵隊員の息子であることが大々的に報じられました。


デニー氏の人生を賭した「覚悟」の表明。これ以降、彼の歩んできた「運命」や「因果」のようなものが有権者を巻き込んでいきます。









「デニーを知事にして沖縄の戦後を終わらせる」ギターを弾いた瞬間

月に一度スタジオに入っているという盟友、塩せんべいバンドとともに歌うデニー氏




【9月9日】名護市議選挙投開票日

この日の昼間に地元うるま市で行われた「玉城デニー ライブ&トーク」ここで披露された曲が、

❶ボブ・ディラン(ジミヘンver.)「見張り塔からずっと」

❷ベック・ボガード&アピス「sweet sweet surrender」

❸スティービー・ワンダー(BBA ver.)「superstition」

 

この演奏も、ひとつの転期だったように感じます。

1曲目がボブ・ディラン、しかもジミ・ヘンドリックスのカヴァーバージョンであったこと。その瞬間に「この人は僕らと同じ地平にいる」というような共感が、確信に変わりました。

僕らと同じ庶民の代表であること。揺るがぬ反骨精神を胸に秘めていること。

そして、わくわくする存在感。

まさに言葉通りの「新時代沖縄」という空気が支持者の間に広がっていきました。

この3曲についてデニー氏本人は「たまたまバンド全員がコードを憶えていたから、笑」とさらっと語りましたが、それ以上の深読みを生んだこと、そしてそんな憶測をも込みで旧来の選挙にはない活気や注目につながっていきます。




翁長タケハル氏のSNSでもこの動画は爆発的に再生され、デニー氏の新しいリーダー像が拡散されていくこととなります。

ポジティブキャンペーンをしやすいSNS向きの候補者であることが支持者にとってもグルーヴを生みました。

そしてこの日の山内末子氏(知事選と同日の県議補選に勝利)の「デニーを知事にして沖縄の戦後を終わらせるんです」という言葉。

出自も含め、沖縄の戦後史を体現したデニー氏だからこそ、それを背負っているからこそ、更新していける。
単なる知事候補の枠を超えた意味合いがデニー候補にはあるのだ。
と聴衆に自覚させた重要な言葉でした。

新時代沖縄というパワーワードを構成するパズルのピースがひとつひとつ埋まり始めて行きます。

このイベントの企画がー市民団体によるものであったことも重要です。選対本部からトップダウンで運営されるのではなく、まさに県民たちの草の根のアイディアがこの選挙に多様性をもたらしました。

 

告示日、母の故郷である伊江島から第一声を始めたデニー氏



【9月13日】告示日

選挙告示日のスケジュールは意外なものでした。人口密集地である那覇から2時間以上離れた人口4000人の離島、伊江島でデニー氏は第一声をあげました。

なぜこの伊江島を選んだのか?デニー氏は大挙した報道陣に語りました。
 

1、母が生まれたこの伊江島が自分のアイデンティティのはじまった場所であること。(伊江島タッチューのふもとの御嶽に拝むことからデニーさんは選挙を始めました。これは常日頃から先祖を大事にするウチナーンチュとして至極、まっとうな始まりでした)
 

2、高校のないこの島、生活のためには島を出て基盤を築かなければならない。

自分もそんなひとりであること。

沖縄本島のみならず、たくさんの離島で形成されている沖縄のそのひとつひとつの島々の人々へ敬意を示したい。
 

3、県民の4人に1人が殺された沖縄戦で、この伊江島の死者数は島民の2人に1人という激戦の島であること。戦後、銃剣とブルドーザーで米軍が島の土地を奪った、それに反旗を翻し、当たり前の人権を取り戻す運動「島ぐるみ運動」の発祥の地であること。
 

選挙の定石をくつがえすこの辺境からの出発は「誰一人取り残さない政治」という彼の政治姿勢を明確にする象徴的な始まりでした。




大宜味村の海辺にて遊説するデニー氏


【9月20日】沖縄北部やんばるを回る街宣に1日密着しました。

沖縄北部と一口に言っても、広大で各地域ごとに問題も様々です。

ヘリパッド建設問題を抱える高江も含まれています。

驚くことにデニー氏はこの日回った13箇所すべてで内容の異なる演説をしました。
その内容も、各地域の抱える問題に的確にフィットしたものでした。

引き出しの多さと表現力に、脱帽しました。演説を繰り返すことで、表情や弁舌も研ぎ澄まされ、凄みを増していきました。
 

常に笑顔を忘れないというその姿勢も、表面的なものではなく「信念」と呼べるものだと気づきました。彼はその笑顔、いや「笑顔であること」で、困難な現実を乗り越えてきたのかもしれません。

その笑顔、ポジティブなエネルギーが各地域の支持者たちに伝播していくのを目撃しました。

ある支持者の方は言いました。
「翁長知事の後継者は誰であろうと応援した。だけどデニーさんだから1歩2歩より強く応援できた。そういう人は多いと思う。」そんな支持者たちの勢いがさらに候補者本人にフェードバックし、水を得た魚というか、もうほとんど、スーパーサイヤ人のように覚醒して見えました。

選挙戦中盤、デニー氏の魅力は神懸かり的に爆発していきます。





読谷の事件

読谷村で起こった米兵の家宅侵入事件がこの日、明るみになりました。生まれたばかりの妹を抱え、半裸の米兵から逃げた女子高生は「殺されるかと思った」と語りました。一歩間違えれば、、、という恐怖と、こんな現実を終わらせなきゃならない、という怒りが投票行動に与えた影響は少なくないと感じます。




36万人のフォロワーを持つ芸人、村本大輔氏もデニー氏支持を隠さなかった








青年局の奮闘 多様性の体現者たち

那覇 桜坂セントラル デニーナイトにて 集った若者たちと


【9月21日】デニーナイト

那覇の老舗ライブハウスを貸し切って行われた青年局主催のDJイベント、デニーナイト。
Tシャツ姿で現れたデニー氏、その若々しさと多様性を許容する柔軟な人柄が若者たちにも親近感と共感を生み出しました。
 

このイベントで初めて生でデニー氏の話を聞いたという若者は「基地問題だけじゃなく、この人なら応援したいと素直に思った」と語りました。

デニー氏の存在感、候補者としてのセンスや求心力。選挙後の分析であまり語られないことですが、あらためてその点は最大限に評価されるべきだと感じています。
 

この日をきっかけに多くの無党派の若者たち、ごく普通の若者たちが青年局に合流していった印象があります。

彼らは動画を作りSNSにアップするなどのいわゆるネット上の空中戦だけではなく、街に出て地道に汗をかき、マンツーマンのコミュニケーション(ドブ板、地上戦)で支持を広げていきました。

その熱は、ある種のネトウヨ的言説が蔓延し「あきらめ」のようなものを抱えた若年層に対して、新たな評価軸、新たな可能性を提示することに成功したと感じます。

辺野古の問題すら超えた沖縄の未来像を共有していったのです。
 


青年局街宣で裏方に徹する翁長タケハル氏 お笑い好きの冗舌な一面も持つ


#デニってる などのハッシュダグでSNSを盛り上げた青年局長、翁長タケハル那覇市議。
今回の選挙の助演男優賞と言えるでしょう。
いわずと知れた翁長知事の次男ですが、その存在は2世という枠を超えていました。
軽やかでいてどっしりとした独自の存在感は、多様性に満ちた青年局の要でした。

鋭さと柔らかさを併せ持つそのキャラクターで多様な人々や世代をつなぐ「接続詞」のような働き見せました。

31歳、これからの新時代沖縄に欠かせない、楽しみな人物です。










沖縄を取り戻す!ウチナーのチムグクルに火をつけた選挙終盤

【9月22日】うまんちゅ大集会 新都心公園中央広場

演説一部抜粋

 

私たちは今回のこの県知事選挙で改めて誓いましょう

この選挙で、玉城デニーとともに 日本政府から アメリカから 

沖縄を取り戻す!

ウチナーンチュの手に取り戻す 青空を子どもたちのために取り戻す

そのことをしっかり誓いましょう

平和あっての経済、そして経済あっての発展

さらには多くの皆さんにその喜びを分かち合うために

私 玉城デニーは先頭に立ってがんばります


(演説全文の文字起こしはこちらhttp://blog.livedoor.jp/oogesataro/archives/12438377.html


この演説を現場で見ていて、ウチナーンチュではない私も涙がこぼれてしまいました。
沖縄を取り戻す!その場にいた8千人の誰もが身震いするような言葉でした。
総毛立つような熱狂と切実さ、時代が変わる瞬間に今、立っているというような気分で放心状態になりました。
小雨が降る中の野外という、翁長知事急逝直後8月11日の県民大会と同じシュチュエーションだったことも人々の心に皮膚感覚に大きな影響を与えたのかもしれません。
 

「ウチナーヌグスーヨー マキティナイビランドー!!!」

(沖縄の人々よ、負けてはなりませんよ!)

デニー氏は壇上からそう叫びました。
その瞬間の聴衆の歓声、爆ぜる拍手、鳴り響く指笛。今でも忘れられません。
 

ああ、沖縄県民は、保守だろうが革新だろうが、基地反対だろうが基地で働こうが、創価学会員だろうが、若者だろうが高齢者だろうが、

皆、ウチナーンチュなのだ。と深く深く納得する瞬間でした。
 

そのアイデンティティに火をつけた。心の奥の奥にあるチムグクル(肝心)に火をつけた。それぞれの胸の内に眠っていたものに火がつき燃え上がっていくのがわかりました。間違いなくこの国の民主主義の歴史に刻まれる名演説でした。


故翁長雄志知事のつれあいである樹子夫人の「翁長が恋しいです」から始まる演説も、生々しく聴衆の心を震わせました。


この日の注目ポイントは本土から来た著名な政治家がひとりも登壇しなかったことです。
これは街宣でも徹底されていました。枝野氏が来ても蓮舫氏が来ても山本太郎氏が来ても、小沢一郎氏であっても選挙中、街頭演説でデニー氏と肩を並べることはありませんでした。

このような繊細な配慮が
イデオロギーよりアイデンティティという言葉に最大限の説得力を与えることになったと考えています。












はためいた三色旗 雪崩を打った創価学会員の離反

創価学会員としていち早くデニー氏支持を表明した野原氏 文字どおり旗振り役だった



選挙中盤から終盤にかけて、デニー氏の街宣で見かける三色旗の数が目に見えて増えていきました。表立って顔を出してデニー支持を表明する創価学会員たち、この存在が葛藤を抱える学会員たちに勇気をもたらしました。
「学会員の25%がデニーさんに入れたということはフレンド票まで入れると5万票は変わるかもしれないよ。25%の人が選挙運動に力を入れなかった。無党派層の友人への投票依頼もしなかったはずだからね」と、ある創価学会員は語りました。
 

デニー氏当選後に行われた豊見城、那覇市長選挙では公明党は早々と自主投票を決めました。自公連立に無理があることをその支持母体である創価学会員自体が突きつけ、結果を示したこと。本土への波及効果を考えると今回の選挙の生んだ大きな副産物と言えるでしょう。







自民党の誤算 勝利の方程式など無かった

3度駆けつけた小泉進次郎氏と菅官房長官 携帯値下げの公約はフェイクだと話題になった


官邸、自民党は番狂わせを演じた2月の名護市長選挙とまったく同じ策を講じました。
青年部長にも名護でスターバックスを招致するとの公約を発案したとされる嘉陽宗一郎氏が就きました。小泉進次郎などの有名議員を本土から投入し、街宣や企業回りをさせ、関連企業の社員には期日前投票の名簿を作り厳しくチェックしました。
 

冒頭で触れた投票用紙を携帯で撮影させる手口も、実際に行われていることを確認しました。実際、いくつかの投票所の外で張り込んでいたところ、20名に1人ほどの割合で撮影音が聞こえました。ただその疑惑がメディアによって報道されることで選挙中盤以降、投票所における撮影禁止は徹底されたようです。


名護市長選挙と同じくデマビラや印象操作ビラ、ネット上にも複数のデマサイトが立ち上がり連日、根拠の無い流言をばらまきましたが、名護の敗北を踏まえた市民たちが県内県外問わず、徹底的なファクトチェックを行ったこと、さらにマスメディアがそれに瞬時に対応し問題化することで、デマの拡散をブロックすることに成功したと感じています。
遠山デマ彦などというトレンドワードも生まれました。)
 

また、6万人の名護市では渡具知市長の娘が作ったLINEグループがメインメディアとなり選挙を凌駕しましたが、140万人の沖縄県全体の規模ではLINEよりTwitterやFacebookが力を発揮することも明確になりました。
今後のネット選挙において重要な参考資料となると思います。
 

デマや印象操作の象徴が菅義偉氏が街宣でドヤ顔で語った「携帯料金4割値下げ」のフェイク公約でしたが、沖縄県知事選で佐喜真候補が負けた今も、その取り組みを官邸はドヤ顔でアピールし続けるので、語るの落ちるというかあっけにとられてしまいます。


大人気小泉進次郎ちゃんが那覇入りして熱心に語ったことといえば「沖縄にも雪が降ったことがあるんです!」だったので意味がわかりませんでしたし、大阪の松井府知事がまだ台風被害で停電の続いていた大阪府民を放り出して、わざわざ沖縄入りしたのも大阪人特有のツッコミ待ちのボケなのかな?というぐらいの感じでした。
小池百合子東京都知事に至っては、かつて国会議員時代のデニーさんに差別発言をしたことをデニーさん本人からつぶやかれ済みなので、オウンゴールしに来たという印象しかありませんでした。



現場レベルでも不満の声は多くありました。沖縄県内の病院で理学療法士として働くある男性は「リハビリの施術中にある内地の自民党議員が来ましたが、限られた時間内でリハビリしている人間とそれを指導している人間のところに国会議員が突然、握手しに来て誰が喜びますかね?正直、邪魔でしかなかった。」と語ってくれました。

 

そういえば佐喜真候補の街宣に来ているのも作業着を来て会社ごと駆けつけたという方が多かった印象です。これがなかったら早く帰れるのにとか、これがなかったら現場の納期も急がずに済むのにと思いながら動員された彼らは佐喜真候補のうまくない演説を見て何を思ったでしょうか?私だったらグッタリしちゃいます。
 

ちなみに佐喜真候補は公開討論での「女性の質」発言など、無自覚おじさんぶりを発揮していましたが、私の見た移動中のネット配信では「当選後の若者向けのアイディアはありますか?」との質問に「うーん、基地にボン・ジョビを呼んでライブしてもらう」と答えていて思わずズッコケました。

ボン・ジョビって今聞くの40代以上が中心では?というツッコミに加え、

「普段、基地の被害に苦しんでいる人たちを基地の中のボン・ジョビのライブに招待する」と豪語していたので、ああ、この人は沖縄県民が米軍基地から受ける苦痛がボン・ジョビのライブぐらいで癒せるとの認識なのか、、、と悲しくなりました。
というか、選挙中に、そんな実現性の低いことをポンポン語っちゃうこと自体、すげー危ないなとその無自覚おじさんぶりに打ち震えました。



沖縄県内各地で自民党が様々なオウンゴールを生み出した結果が8万票の大差につながったと考えられます。

スタバを誘致する(未だその予定も見えませんが)と語り漠然とキラキラしたイメージで勝利した名護市長選挙でしたが、そのやり方を踏襲しても、すでに沖縄県内には読谷以南石垣島にまでスタバは20店舗あるのです。

菅義偉はこの事実を知らないんじゃないかなと思います。

というか、勝利の方程式と言いつつ、その実、なぜ名護市長選挙に勝ったのか?自民党自体が分析できていなかったというのが本当のところかもしれません。





自立と共生の新時代沖縄へ

当選し安堵の表情を浮かべるデニー氏



台風で停電や断水が続く中行われた県知事選挙で玉城デニー氏は実に8万票の大差を当選しました。

その後に行われた豊見城、那覇と市長選挙でも勝利し、新時代沖縄は3連勝の快調なスタートを切りました。

しかしながら国は早くも辺野古承認撤回に対する対抗措置を取り、一刻も早く工事を再開すべく現時点で海上工事のフロートを県中部付近に待機させているという疑惑が浮上しました。


民主主義の基盤である選挙。そこで圧倒的な民意を突きつけても無視される。沖縄県民だけにこれ以上の理不尽を押し付けることは、同じ日本に生きるものとして恥ずべき行為だと私は考えています。


この状況を好転させるには、本土の政治状況を変えるしかありません。沖縄はもうじゅうぶんに答えを出しているのです。

今回の選挙をきっかけに、沖縄について当事者意識を持った本土の方も多いと思います。
ウチナーンチュが出し続けている答えの重みを真正面から受け止めて、ぜひ本土の方々も一歩踏み出してほしいのです。
今回の選挙でたくさんの学びがあったはずです。



デニー氏当選後、ある支持者の男性は言いました。

「これからが闘いだね。始まりだね。だけど4年後、菅義偉はもういないさ」

沖縄には今、真新しくあたたかい風が吹いています。
それはウチナーンチュの勇気が巻き起こした風です。
その風が本土に届く時、次は本土のあなたが勇気を出す番です。
あきらめないでください、笑顔を忘れないでください、新時代はもうすぐそこです。
今回の選挙から得たヒントを活かすのは、本土のあなた方なのです。



<取材・写真・文/ラッパー 大袈裟太郎(Twitter ID:@oogesatarou)>

大袈裟太郎●ラッパー、人力車夫として都内で活動していたが、2016年の高江の安倍昭恵騒動から、沖縄に移住し取材を続ける。オスプレイ墜落現場からの13時間ツイキャス配信や籠池家潜入レポートで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。新しいメディアを使い最前線から「ポスト真実」の時代にあらがう。



国は辺野古の工事を進めると先ほど発表しました。
8万票の大差をつけた選挙結果を無視し辺野古の工事は再び強行されていきます。
これが本当に民主主義国家の姿なのか?
その有り様を現場最前線から伝えていきます。
大袈裟通信はみなさんの基金で成り立っております。
引き続き、下記より支援をよろしくお願いいたします。
通信1139
 DSyl3u6VwAEv3ML


DSC_0181
DSC_0183
DSC_0182
DSC_0186
DSC_0196
DSC_0276
DSC_0323
DSC_0336
DSC_0357
DSC_0358
DSC_0363
DSC_0366



那覇市長選挙

城間みきこ 候補 演説会の上空をオスプレイが飛び去っていった。
この日、辺野古の承認撤回に対し国から停止請求が行われた。
玉城デニー知事は終始、厳しい表情を見せた。




演説会動画


大袈裟通信は皆様からの受信料で成り立っています。
支援を宜しくお願いします。
DSyl3u6VwAEv3ML

DSC_0010DSC_0016
FullSizeRender 304
FullSizeRender 30 のコピー
FullSizeRender 31
DSC_0987
DSC_0997
DSC_0998

当選から3日後の10月3日水曜日午後。
 
#玉城デニー 新知事が辺野古のゲート前を訪れました!
キャンプシュワブの中の軍警にも手を振りながら登場しました。
さすがです。沖縄県に暮らす、すべての人の代表です。


「新知事の玉城デニーです!」と自己紹介するとドッと歓声が湧きました。

デニってる!のレクチャーで、皆、笑顔が溢れました。

DSC_0078
DSC_0094

DSC_0101
DSC_0104
DSC_0106


島袋文子さんと抱擁を交わしました。
山城博治さんも #デニってる という言葉を気に入ったみたいで、
なんども連呼していました、笑


初登庁を翌日に控えたデニー新知事、10分少々で風のように去って行きましたが、


ゲート前の皆さんは皆、カチャーシーを踊り、喜びを表現しました。

DSC_0119
DSC_0120
DSC_0121
DSC_0122
DSC_0153

山城博治さんの初デニってるの姿がかわいくて、お腹を抱えて笑いました。


しあわせな風が、辺野古ゲート前を包みました。
動画はこちら。
 


新時代沖縄、今、沖縄はその喜びと希望に満ちています。



【大袈裟通信CM】
これからも可視化を続けます。
これからも草の根の民意とともに、民の側に寄り添った通信を続けていきます。
支援をよろしくお願いします。

DSyl3u6VwAEv3ML




DSC_0739
DSC_0738
DSC_0820
DSC_0852
DSC_0863
DSC_0864
DSC_0870
DSC_0879
DSC_0892
DSC_0906
DSC_0913
DSC_0952
DSC_0966
DSC_0978



実に396632票。

自公維が推す候補と8万票の差をつけ、

沖縄県知事選挙史上最多得票数で、

玉城デニー氏は当選しました。


歓喜に沸く、その夜の表情です。




しかしながら、すでにSNSで玉城デニーと検索すると壮絶なネガキャンが始まっています。
選挙の時だけじゃなく、ずっと支え続けましょう。
ウチナーンチュと沖縄県民がみんなで作る新時代沖縄!!!
全国からも後押しをお願いします!!


当選翌日のラジオ、デニーさん生出演部分です!!!
「オラに元気玉を〜!」
あの伝説の演説の時の気分をドラゴンボールでたとえてます、笑笑
ほんと、新時代だ👍🏽👍🏽
RBCラジオスペシャル「県知事選当選者に聞く」


#デニってる
#新時代沖縄
玉城デニー





選挙情勢の分析などは追って記事化していきます。
引き続き全国から受信料の支援をお願いします。
みなさんの受信料によってしがらみのない通信が続けられます。大感謝

DSyl3u6VwAEv3ML






Dnsj7lDUUAA8p5m.jpg-large

DSC_0983

DSC_0840
DSC_0873
DSC_0906
DSC_0923
DSC_0944
DSC_0945

DSC_0967
DSC_0986
DSC_0006

DSC_0008

動画はこちら

【玉城デニーさん 9.22 うまんちゅ大集会in那覇 スピーチ文字起こし】

はいさいグスーヨーチューウガナビラ!

県知事候補 ナヌーアギトール 玉城デニーインデーちょービーン

ミーシッチョーチィ きみセーミリ

県知事候補に名乗りを上げています 玉城デニーと申します

お見知りおき下さい、そのようにご挨拶をさせていただきました

今日は本当にこの土曜日のお忙しい中

しかも少し雨模様のこういう状況でも

傘の用意雨具の用意 用意してない方はそのまま 雨に打たれながらお話を聞いていただく

この皆様が寄せる玉城デニーへの想い

私、玉城デニーへの強い思い シッカリと受け止めさせていただきます

翁長雄志知事が亡くなられ、私たちは二期目の当選へ向けてその用意を進めていました、そんな中で様々な会議の調整によって

私の名前が翁長雄志知事から度々語られていたこと、

そして、皆さんができれば本人の意思を、私、玉城の意思を確認した上でそれで決めようじゃないかと、固めてくださったこと

全てが私は今回の県知事選挙の皆さんのお一人お一人の思いに対して真剣に答えていく

沖縄の未来がかかった県知事選挙に対する 使命感からくる出馬の決心だということを今改めて お伝えしたいと思います

拍手

トーヌイービや ユヌタケーネーヤ 10本の指は同じ長さではない

これは母子家庭として生まれた私が 2歳から10歳ぐらいまで 預かって

育てていただいてくれた家庭のお母さんが 私に教えてくれた沖縄の言葉です

10本の指は同じ太さでも同じ長さでもない、

しかも人間の指紋は一人一人、それぞれの指で全部違うんですね

しかし大正生まれのそのお母さん、私はおっかあと読んでおりましたが

おっかあは、度々いじめられて泣いて帰ってくる私に対して   

なんでねー?と聞き返します

見ためがこうだからねーと だからねーっていったら

なんでねー あんたどこが違うの? というんですね

どこが違うの?と言われて 小学生の私には 理解ができませんでした

そこで出てきた言葉が

ツーヌイベーいうイヌタケーネーランドー

みんな違ってるよ 
なんで違っていることをあんたがこんなして泣かなきゃいけないの

教えてくれたんですね

沖縄はそのように多様性を持って 本当にいろんな人たちが暮らしている

それは戦前戦中戦後 貧しいからみんなで助け合いしようと言って

畑に出てさとうきびをみんなで手伝ったり、

昔は茅葺の屋根でしたからその茅を吹き替えをするのにその地域の皆さん総出で出て

茅の吹き替えをした

そういうところから みんなで心を寄せて手伝うことを 

イーマールー と言ったそうです

イー これは今でいうと結 結ぶという字を当てますね

ユイマールー  マールーというのはみんなで

代わりばんこに助け合うというマールーです

相互扶助の精神は貧しい集落に住んでいようとも

みんなが同じように助け合える そういう豊かな心を持っていた

大正生まれのおっかあは、そういう生まれ そして戦中に旦那さんを南洋で亡くされ

南洋から引き上げてきて3人の娘息子たちを育てた

そういうたくましい自分の体験から、静かに私玉城デニーに

人と人は違って当然だよ、でも一緒さあ、一緒に生きてるさあ

ということを教えてくれたんですね

ですから私は実は アメリカ人の父親を持ち

ウチナーンチュの母親を持っている この生まれで

おっかあから ツーヌイベイユヌタケネランドート

人はみんな違っていいんだよーと教えられた、幼い頃から

差別をする区別をするということが私の気持ちの中に芽生えませんでした

おっかのおかげです

小さい頃そうやって豊かに育てられた子供たちは

多分私の年代、私は昭和34年1959年生まれですが、

その頃いっぱいいたと思います、私と同じような生まれの

2つの国3っつの国をルーツに持つ そいうい子供達もいっぱいいたと思います

しかし沖縄という社会は そういう生まれの私達であっても

寛容性を持ってその可能性を見つめてくれました、見守ってくれました

それが私はこれから未来にもう一度見つめ直す沖縄の政治の原点でありたいというふうに思います。

拍手

先ほどないご挨拶させていただいます言葉の中には

ウチナーンチュのチムグクル という言葉があります

チムグクルというのはチム というのは肝です
くくるというのは心

考えたり思ったりすること

それをチムグクルという自分の中でしっかりと受け止め そしてそこから湧き上がってくるものが

その人の行動であればそれはもうその人の正義なんだ、信念なんだ理念なんだ

そういうことを私たちはこれからも大切にしていかなければなりません

翁長雄志知事はそのことをイデオロギーよりアイデンティティという言葉に込めました

イデオロギーはそれぞれの考え方 思想信条です

それをお互いに尊重する、決して分け隔てするものではない

しかしイデオロギーだけでどうしても解決できないような問題が生じたとき

私たちはでは 何をもってお互いを理解する、その根本的なものを持てるのか

それがアイデンティティ

つまり私たちは沖縄のためなら 沖縄の将来のことなら

沖縄の子供達のためなら

思想信条乗り越えて 右も左も関係ない

富める人も貧しい人も関係ない

みんなで一つになって大きな力を発揮することができる

これが翁長雄志知事が残してくれた未来への確かな遺言だと思います

歓声

私は生まれ持ったその私の信念として

翁長雄志知事の理念を全うして貫いてまいります

拍手

子どもの貧困の問題は翁長雄志知事にとって一丁目一番地の課題でした

全国で初めて子どもの貧困居ついての調査を行った沖縄県

実に3人に1人の子供が貧困の環境にある

しかし貧困は子供や家族だけの問題ではない

これは社会の深い問題でありそのために生活をしている人たちのあらゆる場面に

心を傾けていかなければならない

そういうことを改めて私たち県民に教えてくれました

そして真っ先に子供貧困対策の計画を立ち上げ

そのための予算30億円の基金を積み上げ

まずそれを実行しようと奮い立ってくれました

ウチナーンチュにとって子どもは宝です

子供が生まれたらみんな喜びます

子供がその家にいたら

童うぐっちゅ10人がえ

子供が一人いれば大人10人の賑やかさにも勝るもんだよ

幼い子供であってもこの命の存在にみんながよろこぶわけです

翁長雄志知事はこれからの沖縄はその子供たちが育まれ

大切にされ

それを見守っているお父さんお母さんも大事にされ

それを支えている社会全体がもっと力をつけていこう

そういうことを言っていたんだと思います!

拍手

アジアのダイナミズムを取り入れる、そこでどんどん沖縄の可能性を伸ばしていく

しかしそれはただ可能性を伸ばし利益を得るだけではない

そこから得られた原資、利益は必ず沖縄の社会に還元させていって

沖縄のやさしい社会を作る

そういうことを翁長雄志知事は政策のなかに盛り込んでいました

私も今回の政策の中に 赤ちゃんを宿したお母さんが赤ちゃんを産む前から

母子手帳を交付されたその時点から

赤ちゃんが生まれそして就学に至る

今度は学校に通ったら子供の居場所を作ってあげる

中学高校生になったら今度は家計費の負担にならないように

バス賃を無料にしてあげる

そういう風に行政ができること それを子供が生まれる前から

決して貧困が発生しない そういうことをきちんと理念を持って

それをお父さんお母さんが働く環境を整え
おじいちゃんおばあちゃんが安心して子供を見ることができる

その安らかな生活につなげていく

教育 福祉 雇用

様々な沖縄の生きとしいける人達が誰一人取り残されない

そういう政治を、翁長雄志知事の理念をしっかり引き継いで

玉城デニーは実行してまいりたい!

誰一人として取り残さない

みんなが輝く

みんなが空を見上げて

青空の中のまぶしい太陽に眼を細める

そして時には雨が降ってくることを喜び

ああこれで ウリーグワアが降りたねえ

農作物もこれで順調に育つよ

いかなる場面であってもみんながその喜びを分かち合う

そういう政治を私はこれからしっかり実行していきたい

そして今日お集まりの皆さんと改めて

約束をしたいと思います

私たちが安らかに生活をすること

安心して仕事を励みそして 子供たちと晩御飯を囲み

おしゃべりをし 明日また元気で笑顔で頑張ろうねという

その生活 生業を立てるためには

平和でなければならないということです!!!!

大拍手

翁長雄志知事は平和と経済を両立させるこのことをしっかりおっしゃっていました

想像してみてください

毎日が紛争やテロで追われている国の皆さんのことを

その日の自分たちの命を守るために追われ

子供たちを守るために追われ

明日の自分お身の上すらわからない

しかし私たちは少なくとも

今日お互いのこの喜びを分かち合い

明日また頑張ろうねというこの平和の基盤にいる

しかしそのことに決して甘んじたり軽んじてはいけない

だからこそ平和であることを希求する追い求める

その行動その理念は決してやめてはいけない!

立ち止まってはいけない!

辺野古の新基地建設はその理念と真っ向相反するものです!

拍手

辺野古に新しい基地は絶対に作らせない

そのことを改めて約束しましょう!

大拍手

普天間第二小学校の子供達、昨日

この子供達がグラウンドで体育の授業をしているこのあいだの誘導員の皆さんは
もうその期限を終えて

その方たちの仕事は解雇されました、、解雇というか解かれました

これからは学校の校長先生や先生が

飛んでくるヘリの真上なのか それとも飛んでこないのか

それを判断してシェルターに逃げるか逃げないかを判断しなさいと言っています

こんな小学校が世界のどこにあるんですか?

普天間は閉鎖返還です

戦争で奪われた土地は沖縄県民に返すべきです

私たちは今回のこの県知事選挙で

改めて誓いましょう

この選挙で、玉城デニーとともに 

日本政府から アメリカから 沖縄を取り戻す!

ウチナーンチュの手に取り戻す

青空を子どもたちのために取り戻す

そのことをしっかり誓いましょう

平和あっての経済、そして経済あっての発展

さらには多くの皆さんにその喜びを分かち合うために

私 玉城デニーは先頭に立ってがんばります

今日は県外からも大勢の方々が来ていただいています

そしてこの方々が今日、街頭でも私に

東京から来ました、大阪から来ました、熊本から来ました

皆さんが私の手を握って頑張りましょうと言ってくださいました

それはなぜか?沖縄の県知事選挙の勝利が

自分たちの明日の勝利につながるということを信じているからです!

その全国の県民の皆様に明日の希望をもたらすのは沖縄県民 私たちです!

私たちでこの県知事選挙を勝利しましょう!

この勝利を全国の皆さんに届けましょう!

玉城デニーに力を貸してください!

玉城デニーは全力で頑張ります

共に勝利しましょう、宜しくお願いします

ありがとうございました!

大歓声


【文字起こし終わり】



DSC_0479
DSC_0491
DSC_0581
DSC_0575
DSC_0573
DSC_0512
DSC_0489
DSC_0472
DSC_0461
DSC_0484
DSC_0512
DSC_0598
DSC_0614
DSC_0617
DSC_0621
DSC_0622
DSC_0643
DSC_0687
DSC_0725


DSC_0011

DSC_0012


雨のなかデニーさんを見つめる人々の眼に、
希望と誇りが灯っていくのを感じた。
「沖縄を取り戻す!」
デニーさんの演説に8000人が大歓声を上げた。
まるで映画のように、
時代が変わる瞬間の音が聞こえた気がした。
 

いや、実は僕はこの2年間ですでに時代が変わると思う瞬間に2回立ち会っている。
1度目は選挙フェス最終日の光景。
2度目はオスプレイが墜落した光景。
でも時代はそんなに簡単には変わらなかった。

だからこそ、ここで気を抜いてはいけない。
デニーさんの本気を、僕らひとりひとりが伝導していくしかない。
 

投票箱の蓋が閉まるその瞬間まで、
汗をかき、走り回り、手を振り、
笑顔をふりまき続けるしかない。

新時代は決して向こうから歩いて来はしない。
僕らが新時代に向かって歩き続けるしかない。

アイディアとイマジネーションを膨らませ続けよう。 

ウチナーもナイチャーも、兄弟姉妹!
愛とユーモアを忘れず、
今一度、抜かりなく集票に走ろう!

新時代はもう近くまで来ているはず!逃さないYO!



玉城デニー
新時代沖縄
#沖縄県知事選挙 

集会全体の動画はこちら

 




大袈裟通信は皆様の受信料によって成り立っています。
ぜひ支援をよろしくお願いします。
DSyl3u6VwAEv3ML




DSC_0250

DSC_0300

DSC_0266


9月20日
沖縄県知事候補、玉城デニー氏が県北部、やんばるを回るということで、
そのハードな1日を追いかけました。


【名護】
9時45分、名護市役所前からスタートしました。

朝から、爽やかで毅然としたデニーさんの演説を聞いて背筋がピンとなりました。

稲嶺進前市長も現れ、当選したばかりの名護市議たちも多く集まりました。

演説は土地柄、辺野古の新基地建設反対について強く言及するものでした。

「デニーさん、辺野古の新基地って100年200年使うんでしょ?だったらその間100年200年国が補償するお金を出すって国は約束してるんですか?」と高校生に聞かれたと言う話が印象的でした。

動画



【本部町】

残念ながら大袈裟は間に合いませんでした。




【今帰仁村役場前】11時ごろ

気温が33℃を越えるなか、地元の農家の方など多く集まっていました。
たいへんに力強い演説、ウチナーンチュの誇りについて熱弁しました。





【今帰仁村天底公民館前】11時30分ごろ


DSC_0326

DSC_0328

翁長知事の母の地元であるここ今帰仁村天底(あめそこ)。

青い空にさとうきびが風に揺れ、沖縄の原風景という風情の土地。


祖母の故郷ということで、翁長タケハルさんの演説も熱がこもります。

デニーさんはこの沖縄3区から国会議員になったことへの感謝と、
さらに県知事としての決意を述べました。

翁長知事が奥さんに対して弱気な発言をした話など、涙を誘う話もありました。


高齢化が進む地域ですが、
集まったおじい様おばあ様もきらきらした眼でデニーさんを見つめていました。

心のこもった演説に、僕も引き込まれてしまいました。




【屋我地】12時すぎ


DSC_0353

DSC_0358

DSC_0361

いかにも沖縄らしい赤瓦の家にハイビスカス、屋我地島。

住民の方々が首を長くしてデニーさんを待っていました。

時間がなく、タケハルさんが演説している間にデニーさんがひとりひとり握手して回りました。

デニーさんの挨拶も、集まった世代に合わせてウチナーグチが多めでした。






【昼休憩】
デニーさんは羽地の道の駅で親子丼を食べたそうです。

翁長タケハルさんがカラオケで銀杏ボーイズを歌うという情報もゲットしました、笑

ちなみに好きな芸人はチョコレートプラネットだそうです、通ですね、笑

DSC_0366






【国頭海邦銀行前】13時すぎ

DSC_0372


DSC_0384


デニーさん、稲嶺さん、タケハルさんが並ぶと、なんだか安心します。

知事選に出ることは、国会議員として送り出してくれたこの沖縄3区の方々の想いを裏切ることになるのではないかと心配したが、
国頭の方が「そんなことないさ、その力を県民のために使ってください」と背中を押してくれたという話が印象に残りました。

普天間基地の成り立ちについて話しました。

おじいさんの乗った軽トラが大声で応援しながら通りました、笑





【大宜味村】13時45分ごろ

DSC_0388

DSC_0389

DSC_0404

DSC_0405

DSC_0419

DSC_0429

DSC_0439

DSC_0443

DSC_0491

DSC_0492

DSC_0517

DSC_0527

DSC_0535

DSC_0593

DSC_0619

DSC_0621

DSC_0638


大宜味村は海と山に囲まれたとても美しい場所でした。

集落ごとに誰かが待っている。そして丁寧にひとりずつ握手をして話をする。

選挙とは何か、すごく基本的なことを学んだ気がしました。


演説はウチナーンチュの人権、誇りある豊かさについて。

保守、革新を越えていく、壁を越えていくウチーナンチュのアイデンティティのついて。

凄みのある演説でした。玉城デニーここにあり!といった迫力でした。







【東村郵便局前】14時半ごろ

DSC_0668

DSC_0677

高江のある東村です。

と言っても高江は東村のいちばん北にあり、ヘリパッド問題は東村の中でも無関心な人が多いようです。保守の強い地域ですが先日当選した高江在住の伊佐村議も駆けつけていました。

演説では、観光と農業を結びつける地産地消について。
パインの里、東村にとってとても重要なお話でした。

平和であるから経済が回る。印象的な言葉です。

高江について、もっと言及してほしかったというのは僕の率直な気持ちです。

「誰ひとり取り残さない県政」を目指すデニーさんですから、
きっと高江からの声も受け止めてくれるはずだと思います。



名護 瀬嵩公民館前は時間の都合で立ち寄れなかったようです。

辺野古新基地の建設が進む大浦湾。

県が承認撤回をしたため、
オレンジのフロートが撤去されとてもすっきりして美しい姿でした。

DSC_0679



15:10 名護 JAモーレ前
15:35 名護 JAファーマーズ前交差点
16:15 名護十字路
16:35 名護市営市場近隣 道じゅねー


DSC_0796

DSC_0756
DSC_0780

DSC_0788

名護市街地に戻り、演説と道ジュネーでした。

ここでの一票の重さと価値についての演説も素晴らしかったです。

人権とは何か、民主主義とは何か、

母子家庭として社会に助けられて生きてきたからこそ、

この社会に還元していくということ。

だからこそ笑顔で進むということ。

本当に鳥肌が立つ、素晴らしい演説でした。








【名護やんばる総決起大会】18時


DSC_0818

DSC_0827

DSC_0846





満員の会場に割れんばかりの拍手と指笛が響きます。

笑った後に、涙がこぼれる。選挙演説というより、もはや人間賛歌。

玉城デニーさんの全身全霊がこもった、歴史的な名演説です。



【やんばる街宣まとめ】

やんばるを回る さんを10時間近く追っかけて、
気づいた時にはもう完全に惚れてました。 沖縄のすべてを集めて、人間の形にしたような人です。 沖縄を背負うにふさわしい人物だと思います。

お気づきでしょうか?
その土地ごとで細かく違う内容の演説をする。
いつも民の側にいる。庶民の代表。 こんなやさしくてタフな言葉を持った知事が沖縄を新しくしていく。
基地の問題だけじゃなく、こんなに素敵な人、
絶対に落としちゃいけないと心から想いました。



さて、選挙まで残り1週間です。
それぞれがどれだけ一歩踏み出せるか、恥もプライドもちょっとだけ置いて、
票になる優先順位を一瞬一瞬、選んでいけるかが勝負です。


さあ皆さん、街に出ましょう。

知らない人と話しましょう。

自分の身内の輪から飛び出して、心を込めて伝えましょう。

表現に困ったら、ほら最高のお手本がいるじゃないですか、

もちろんデニーさんです。

デニーさんのいいところ、とがらない言葉、笑顔の力、前向きさを見習って、

僕らひとりひとりが表現力を高めていきましょう。


僕らひとりひとりが玉城デニーなんです。


皆さん、よろしくお願いします。


大袈裟太郎






大袈裟通信はみなさんの受信料で成り立っています。
ぜひ支援をよろしくお願いします。
DSyl3u6VwAEv3ML









41467877_1797012867041537_7793155456364445696_o

41337687_1797008333708657_8570740821240840192_o

41244144_1797011787041645_5177640091018854400_o


41527462_1797016687041155_3859676402114625536_o

玉城デニー ライブandトークショーinうるま市地域交流センター
雨のなか、ギターをかき鳴らし歌うデニーさん、
最高でした!!!
1曲目、ボブ・ディランの「見張り塔からずっと」
2曲目、ベック・ボガード&アピス「sweet sweet surrender」
3曲目、スティービー・ワンダー「superstition」

ほんと選曲も最高!!!

一応ミュージシャンの端くれの自分としては、
ワイヤレスシールドとエフェクターの数で、
おおおお、この人、本物だ!!!と感じました。

デニーさん、水を得た魚のように活き活きしてましたね。
輝いてた。魅力爆発!!!聴衆からも大歓声!!!
ギター弾きながらそのまま客席に突入していきました。笑


41384888_1797015673707923_3511333560608882688_o


山内末子さん(県議補選候補予定)とのトークも、
ほぼ夫婦漫才のように爆笑でした。
駆けつけた同級生とのクロストークも笑顔がはじけてました。


 41413774_1797024443707046_1865973018765819904_o

41446560_1797024050373752_324330370843541504_o



 41353192_1797026650373492_5491090016916471808_o

41303380_1797025553706935_8635468740055531520_o


知事候補予定者だってことを忘れちゃうぐらい、
(忘れちゃいけませんね笑)
心から踊って笑って、最高に気持ちの良い時間でした。


当選したらまたライブすると約束してくれたんで、
オーディエンスも拍手喝采でした。

デニーさんの政策「誰ひとりも取り残さない政治」
彼のやさしさと反骨精神と自由な心。

それは音楽によって培われたものなのかも知れない。
と、とても納得しました。

DSC_0629
41363488_1797016333707857_4418406966779445248_o

 

こんな人が知事になったら、わくわくします。
まさに 新時代沖縄
デニーさんの魅力も、沖縄の魅力も爆発すると思います!!!
「沖縄の戦後をデニー知事誕生で終わりにしたい」
末子さんが力強く語ってくれました。

僕らも笑顔と明るさと音楽で、
デニーさんとともにこの激動の時代を乗り越えていきましょう。
 

終了後に奥様から、
若い頃、伝説のバンド、紫のジョニーさんとデニーさんがバンドをやっていたというお話やコザのライブハウスで奥様と出会ったというお話を聞きました。
ちなみに奥様はどんな音楽が好きなんですか?と聞くと、
「レッドツェッペリン!」と即答だったので、
わお!とまたうれしくなりました。
41365675_1797014957041328_2875888652334923776_o

 ポジティブであたたかい風が今、沖縄から吹きはじめています。

沖縄県知事選挙
玉城デニー




大袈裟通信は皆様の受信料によって成り立っています。
下記より支援をよろしくお願いいたします。

DSyl3u6VwAEv3ML


 

DSC_0437
DSC_0445


いよいよ9月9日に迫った #名護市議会議員選挙

その応援に #玉城デニー 氏が駆けつけました。
名護市議会のバランスが崩れれば、今よりも速いスピードで辺野古の工事が進むと予想されるため、重要な選挙です。



DSC_0362

デニーさんの演説にもありました。
「ユクシムニーヤ ジョウマデートウラン」
「嘘をつく人間は家の門までたどり着く前に、嘘がバレてしまうよ」


あえて言えば、この選挙も、#沖縄県知事選挙 も、
#辺野古 にYESかNOかの選挙であると同時に、
嘘を放置するかどうかの選挙だと感じます。
これ以上、政治の場に嘘を持ち込ませないための選挙。
私はそんなふうに感じています。
嘘との闘いなのです。


DSC_0354


DSC_0342

DSC_0321

DSC_0207

DSC_0194


稲嶺進前市長の姿もありました。 あと1日。
14名の稲嶺陣営候補者の全員当選を祈願しています。

40566872_428049407720220_4290169954969321472_n








大袈裟通信は皆様の受信料によって成り立っています。
下記より支援をよろしくお願いいたします。

DSyl3u6VwAEv3ML





 

DSC_0650

DSC_0649


DSC_0561

DSC_0588

DSC_0576

DSC_0553

DSC_0543
DSC_0363


DSC_0438

DSC_0479
DSC_0472

DSC_0453

DSC_0512

DSC_0652



DSC_0669
DSC_0681
DSC_0671
DSC_0685
DSC_0687
DSC_0692
DSC_0712

先週、3年に1度の大行事である辺野古の大綱引きの見物に行ってきました。
圧倒されました。

いろんな意見があると思いますが、
老若男女、米兵も含め、
皆、いい顔をしていました。

この島には、
まだまだ僕らの知らない可能性が秘められていると感じ、
熱くなりました。


 

来賓席に中嶋防衛局長がいたことも、、一応書いておきます。

DSC_0753

DSC_0400

DSC_0357











大袈裟通信へ支援をよろしくお願いします。
DSyl3u6VwAEv3ML







翁長知事告別式。
あえて何も書かない。
その表情から受け取ってほしい。

DSC_0929

DSC_0947
DSC_0003
DSC_0010

DSC_0930
DSC_0931
DSC_0932
DSC_0933

DSC_0938
DSC_0939

DSC_0969
DSC_0975
DSC_0980



DSC_0022
DSC_0026

DSC_0028
DSC_0030
DSC_0031

デニー議員とすれ違う沖縄防衛局長、中嶋氏

DSC_0040
DSC_0912


在日米海兵隊からはトップのエリック・スミス中将。

そして仲井眞前知事も駆けつけた。


安室奈美恵さんからの花もあったが写真を撮ることはできなかった。




会見動画はこちらより。




大袈裟通信はみなさんの受信料で支えられています。
ぜひ下記まで支援をよろしくお願いします。


DSyl3u6VwAEv3ML





DSC_0745
DSC_0744
DSC_0748
DSC_0750
DSC_0717
DSC_0789
DSC_0800

DSC_0812

DSC_0757

DSC_0706
DSC_0688
DSC_0884


沖縄県民大会。
雨のなか、7万人が集まったという。
人々の祈るような目線に心を奪われた。

昨年より人数が増えていた。



DSC_0783

DSC_0819


DSC_0823

DSC_0831
DSC_0850
DSC_0878



ウーマンラッシュアワーの村本さんも来ていた。
タクシーで「県民大会の会場まで」と言ったら、
「ありがとうございます」と運転手さんに言われたそうだ。
「東京都民が休日に、都のことを考えて7万人集まるか?
せっかくの休みの日に、自分の県のために7万人集まる県が他にあるか?
感動しましたよ」 と独演会で吠えていた。 



辺野古の埋め立て予定日まで残り6日。

DSC_0891



中継アーカイブ




大袈裟通信はみなさんの受信料で支えられています。
ぜひ下記まで支援をよろしくお願いします。

DSyl3u6VwAEv3ML






 

DSC_0476
DSC_0473

DSC_0453

DSC_0465

DSC_0482
DSC_0483

DSC_0490


翁長知事のお通夜。
沖縄に来て2年、かりゆしの喪服を初めて買いました。
喪服というのはできれば買わずに過ごしたいものです。
でも現実はそれを許しません。

香典に自分の名前を書いたのも生まれて初めてで、
我ながらこういう場所にそぐわない名前だな、と少々申し訳ない想いで筆を走らせました。



粛々と菅義偉官房長官を撮ろうとしていて、
なんかどうも撮りづらいと思ったら、県警とSPに囲まれていました。
おかげで何を言っているか聞こえませんでした。
お通夜の間じゅう、撮影してるだけなのにSPにずっとマークされていました。



三脚を置いていたら、あるメディアの方に
「ここはくじ引きして決めてるんだよ、あんたマスコミじゃないだろ!」
とかなり高圧的に言われました。確認したらRBCの方でした。
「あんたらマスコミが腑抜けた仕事してるせいで、ラッパーのおれまでメディアやらなきゃいけなくなってるんだろうよ」
と言い返したくなりましたが、こういう席なので自重しました。
オスプレイの墜落現場にもマスコミがこの数と勢いで駆けつければ、少しは世の中変わるんじゃないかと思います。

DSC_0522

DSC_0550


DSC_0518



DSC_0532

DSC_0555


DSC_0566

DSC_0572


DSC_0562

DSC_0565

DSC_0584

DSC_0588

DSC_0597

DSC_0600

DSC_0607


たくさんの人々が途切れることなく訪れていました。
見知った人々の悲しげな姿。
迷惑にならないように翁長雄治さんに目だけで挨拶しました。
糸数慶子さんも金平さんも山内末子さんも泣いていました。
 

テレビや新聞でしか見たことのない人々もたくさんいました。
知事選の自民候補予定、佐喜眞淳宜野湾市長の姿もありました。

有田さんや辻本さん姿。
泣くのならば、立憲民主党は早く沖縄への逃げ腰な態度を改めてほしいと感じました。

世耕経産大臣もたくさんのSPに囲まれていました。
僕のカメラと世耕大臣の延長線上に的確に入って、大臣の表情を撮らせないようにするSPの仕事ぶりに驚きました。

DSC_0624


DSC_0626


末席を汚すという言葉がありますが、少しでも汚さぬように、通夜の時間の終わり頃に自分も参列しました。

お堂の中に入ってすぐ、生前の知事の満面の笑みの写真があって、僕は知事のそんな笑顔見たことがなかったので、
涙が湧き出しました。

お焼香の列で、偶然にも僕のうしろに安里繁信氏が並びました。
数奇な縁を感じました。

DSC_0621




 

祭壇に満面の笑みの翁長知事の写真。
かみ手に男性のご親族。しも手に女性のご親族。
その中央に翁長さんが横になっていました。

 

翁長さんは真っ白でした。比喩ではなく本当に真っ白でした。
すべての生命力を使い切って燃え尽きているように見えました。
ただ、穏やかな表情で、口が少し開いていました。
まだまだ僕には、話したいこと、伝えたいことがあるんだ。
ねえ君、僕はまだ話し足りないよ。
そう言っているように感じました。


DSC_0668

DSC_0669

夕暮れが燃え盛っていました。
激動の季節を予感させていました。

明日は県民大会です。
翁長知事の最後のメッセージが発表される予定です。
台風はまだ来ないようです。

燃え盛る沖縄の夏、これからの激動の季節を。
僕は見つめ続けようと思います。

DSC_0646

DSC_0674





大袈裟通信はみなさんの受信料で支えられています。
ぜひ下記まで支援をよろしくお願いします。


DSyl3u6VwAEv3ML







この記事を書き上げて1時間後に翁長知事の訃報が届き、取り乱しました。
こんなタイミングになってしまい残念なのですが、
辺野古にまつわる内地の誤解について、初心者にもわかりやすく書いてみました。入門編です。
ハーバー・ビジネス・オンラインに初めての寄稿でランキング1位になりました!!
どんどん読んで、どんどん拡散してほしいです。
僕は筆のちから、ネットのちから、
音楽のちからで故人の遺志を継いでいきます。
みんな、それぞれの方法で前に進んでいきましょう!

https://hbol.jp/172403

DSC_0992

DSC_0993


沖縄北部、本部町塩川港。

辺野古に搬入される土砂が台船に積み込まれています。
それに抗議するためにトラックを止める市民。
暴風雨の中、赤土が海に漏れ出していました。
辺野古だけではなく県内各所でこうした運動が日々行われていること。
そこには民意の後ろ盾があること。
内地の人に知ってほしいです。

DSC_0919


DSC_0937

DSC_0917

DSC_0926

DSC_0910

DSC_0886



DSC_0885

DSC_0957

DSC_0976

DSC_0985


DSC_0983



DSC_0846

DSC_0852


DSC_0833


DSC_0996


DSC_0915

DSC_1038

DSC_0887



大袈裟通信へ支援をお願いします。
DSyl3u6VwAEv3ML


本日の中継映像。
 

このページのトップヘ