大袈裟太郎の大袈裟通信アーカイブ

高江、辺野古、沖縄、日本、アメリカ、オスプレイ


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辺野古ゲート前500人行動、初日。
奇跡の一週間、500人集まって機動隊も来ない工事車両も来ない、
やったねー!カチャーシー踊ろう!指笛ぴーぷー、、、

そんなふうになったらいいなという僕の甘い考えは、
午前9時、早々にぶち壊された。

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市民が330人集まったところへ、機動隊はいつもの3倍以上の人数で強制排除を仕掛けた。
あいかわらず、人間と言うよりボロ布のような手荒な扱いに傷だらけになり、
途方も無い怒りが込み上げたが、
そこは山城博治さんの言うように冷静に、タコのように柔軟に。
石原岳さんが言うようにおだやかに、
体力の限り、撮影を続けた。


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次から次に市民が排除されるが、どうやら機動隊の作戦ミス、
排除された市民が次々に人間の檻の中から復活してくる。

そして一箇所ではなく、有機的に、
機動隊の先を読み、裏をかき、新たに座り込む。
まるで将棋でもしているかのようだった。
 

運ばれては這い出し、運ばれては座る。
 

僕も何度、人間の檻から出たか記憶にないほど繰り返した。

まるでスイミーの絵本のようにまとまったり散らばったり、
皆で永遠に繰り返すかのような錯覚に陥る。

その光景は僕の眼には群舞のように見えた。
もっとも切実で、卒倒しそうなほどに美しい群舞だった。
 

ああ、小魚たちの群れきらきらと海の中の故郷を越えていく、
という中島みゆきの一節が浮かんでは消えた。

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お金じゃないもの、それを守るために行動してる人間たちの真っ直ぐな表情、瞳は、
月給で動く機動隊員たちを、時に、完全に飲み込んでいた。

 

気温も上がり、ふらふらになる。
気づくと1時間、2時間と時が刻まれ、
歓声が上がる。

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途中、完全に市民が「帰れ」コールで押し返した瞬間があり、
機動隊撤退か!?とも頭をよぎったが、
すぐに機動隊員を増員し、また襲いかかった。


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3時間を過ぎたあたりか、

気づくと、座り込んでいる市民を機動隊が囲むという陣形が組まれていた。

 

その中に山城博治さんと稲嶺進さんの姿があった。


機動隊に囲まれながらいつも通りの笑顔で演説する稲嶺進前市長の姿に僕は涙した。




 

米国退役海兵隊員ベテランズフォーピースの面々も駆け付けた、沖縄県内からのバスもたどり着き、合流した。

市民が機動隊を押し返した。

陣形が崩れ、工事車両がゲートぎりぎりで止まった。
いけると思った。
日没までいけると思った。
本当に止められると思った。


郷土を想う民の想いの強さが嘘だらけの国家権力を上回る瞬間を僕は見たんだ。

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14時をまわった。
山城博治さんが撤退を宣言した。
なぜだろう?と思った。


確かに5時間止めたし、普段300台のところを2台しか入れてなかった。
せめて今日は勝ち切りたいと思った。
まだまだ市民は勢いがあった。
今、やめれば、あと98台は入ってしまう。
博治さんなぜだ!?おれたちはもっとできます!と思った。


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しかし、その理由はすぐにわかった。
機動隊との押し合いの中で、ある女性が骨折をしていた。
もう1人の女性は肋骨にヒビが入っていた。

これ以上、けが人を出さないための撤退だった。
さすがは博治さんだと思った。英断だろう。
あと5日あるのだ、余力を残すのも大事だった。


 

名護市街に戻り、ブルーシールで横川圭希さんとスパゲッティを食った。
緊張の糸が切れると身も心も疲れ果てていた。



僕は決して座り込みを美化しようとは思わない。
ただ、理解しておいてほしいのは、
現状ほぼこれしか有効な手段がないということだ。

誰も好き好んで座り込みたくもないし、
機動隊と押し合いもしたくはない、
機動隊だって排除したくないだろうし、
僕だって、できれば国となんか闘いたくない。
しんどい。もう二度と捕まりたくない。


 

だけど、選挙で結果を出しても、住民投票で結果を出しても、
粛々と工事が進んでしまう今、
藁にもすがるような気持ちで、座り込む人々なんだ。

右とか左とかのイデオロギーなんて僕には関係なく思える。
というか、そんなの反対運動に色をつけて、無関心層が参加できづらくする陰謀みたいなもんだと思う。
翁長知事が中国共産党のために知事になったとかいう荒唐無稽なデマの類だ。

 

沖縄で、高江、辺野古で座り込む人たちの大多数が、
ただただ、静かな沖縄を、当たり前に安全に暮らせる沖縄を望んでいる人たち、
子どもや孫の世代にそんな沖縄を残したい人びとなんだ。

そういう人びと、
そして人生の艱難辛苦を乗り越えた先輩たちの言葉や汗、涙を、
僕は何より美しいと感じる。
 

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名護で仕事帰りの石原さんの車で送ってもらった。
「正直、どうしたらいいかわからないよ。って気持ちになりますよね」
と僕が言うと、

「でも、そのどうしたらいいかわからないよって気持ちがすべてのスタートだよね
と石原さんは答えてくれた。

本当にそうだなあと思った。

だから今日の僕の発信で、
どうしたらいいかわからないよ
って気持ちになった人もたくさんいるかもしれないけれど、

それはきっとスタートラインなんだ。
理解の入り口。
それぞれがそれぞれのやり方で歩んでいく道のスタートライン。
積み上げていく何かのはじまり。

 

そう、2016年8月に初めて高江に来た僕も、
やっぱり、「どうしたらいいかわからないよ
がはじまりだった。

そして僕は可視化を始めた。

 

沖縄を琉球を見て見ぬフリしてきたやまとんちゅうのひとりとして、
少しでもその罪を償うために。

そう、もう誰にも見て見ぬフリをさせないための、
可視化なんだよ。

 

沖縄と内地にはもう、橋が架かっているんだ。

それは個人個人の友情の橋であり、
インターネットであり、
言葉であり、
心の橋だ。

だから僕は明日も辺野古へ行く。
その橋をより強くしたいから。

まあほんとは、風呂場で叫んじゃうぐらい疲れているんだけどね、笑

いつでも愛とユーモアを
血圧ファースト
オールおだやか

みなさん、長文読んでいただき有難う。
大袈裟太郎でした。
おやすみなさい。

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運ばれた。

国会まわり、新潟と慌ただしい時勢ですが、
4月1日より辺野古に新しい警備会社が参入してきました。
人員を現地採用にすることで、人件費を抑え、ゲート前と海上を警備するようです。
新基地建設のために特化した警備体制が敷かれるおそれがあります。

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名護市内某所で、この会社の役員とおぼしき面々に遭遇したので、
探りを入れてみました。
「辺野古と海上を警備するんや、 辺野古からはじめて沖縄じゅうに支社作るねん、よろしゅう頼むわ」 ごりごりの関西弁と、利権の匂いがする佇まい、、、
沖縄はこうしてまた、内地の食い物にされるのか、と 内地出身者として、吐き気を覚えました。
要警戒です。


https://the-guard.co.jp/news/


久しぶりに辺野古に座り込みに来ました。
機動隊に声を荒げることなく、おだやかに抗議しようと思ったら、涙が出てきました。

誰も好きこのんで座り込みたい人はいないし、
好きこのんで排除したい機動隊もいない。

向き合うべくはこの構造だと、
内地の人にも知ってほしい。
辺野古では毎日の光景です。

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100台以上の工事車両が雨の中、ゲートに入って行きました。
これが1日3回。
朝昼夕行われています。
疲れるに決まってるでしょう。
悲しいに決まってるでしょう。

ここ沖縄からは、
日本の本当の姿が、はっきりと見えます。




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辺野古で座り込みしてるあるおじい様。 「僕は若い頃、たいへんにがちまやー(食いしん坊)だったわけさ。だからね、歯まで食べてしまったよ、笑」そう言うと、ほとんど無い歯を見せて笑ってくれた。This is ウチナージョーク🤗🤗🤗



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ちなみに本日の辺野古ゲート前の警官。 官邸前のデモにこんな警官いませんよね?






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昼まで沖縄県議会で石原さんたちと軍特委を傍聴してたんだけど、
気づいたら飛行機に乗って大阪拘置所にいた。
 

ほんとは頭数になりにきたんだけど、マイク握ったら叫んでた。

「携帯返せー!」
「家のなかのものがない」

去年の夏、籠池のお母さんが安倍晋三に叫んでた言葉だ。

「お父ちゃんかえせ!」
「お母ちゃんかえせ!」

「籠池出して、昭恵を入れろ!」
「野党はがんばれ!」

みんなはおれのことプロ市民とか活動家とか思ってるかもしんないけど、
おれはこれが人生で初めてのコールってやつだ。膝がふるえた。
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たくさんの人が集まってくれた。
みんなが同じ想いってわけじゃないけど、
民意ってやつは今、高まってる。


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ふいに沖縄のしいじゃーが現れて、まぼろしかと思ったけど、
ホンモノだった。
こんなことができるようなったのは、ぜんぶ、沖縄の人たちに教えてもらったタフな心持ちのおかげだ。

大阪府庁前にもたくさんの人が集まった。

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キャスで見る官邸前でも、たくさんの人が機動隊と対峙してた。
高江、辺野古と似て見えた。
 

うちなーんちゅの声を無視してきたツケが、
今、やまとんちゅにふりかかる。

見て見ぬふりしてきた歴史の分だけ、重く冷たくのしかかる。
 
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田中龍作ジャーナル より http://tanakaryusaku.jp/2018/03/00017830


やまとんちゅよ、

うちなーんちゅの声に耳を澄ませ、
その、行動、歴史、に敬意を払え。
深く深く謝罪を繰り返して、
明日の糧に変えるしかない。
 

おれたちはずっと当事者なんだ。
 

自らの国を自らで壊すのは、
もう終わりにしようじゃないか。
 

おれたちの声は確実に世界を変える。確信した。
無力じゃないんだ。

今日はみんなありがとう。
確かめて、分け合って、
また歩き続けよう。

大袈裟太郎

NEWS23の様子。





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明日は官邸前に19時、
これから一週間が山です。

おれも東京行くかもしれません。
 

なんかみんな客観的だなあと感じます。
冷静というか他人事というか、、、
きっと、自分が何かしても変わらないとか、
自分にできることは無いとか、思い込んでるのかもしれません。
おれも2016年まではそんなふうに思ってた、

だけど、そんなことない。


おれは沖縄で体験した。

あなたの一歩は、確実に届いている。

社会に、政治家に、そしてあなたの隣の誰かに。
 

この街はもともと荒野だったはずだ。
誰かひとりの言葉がきっかけになり、
いつか荒野は都市になった。
ならば、誰かひとりの言葉をきっかけに、
この都市の景色も変わりうる可能性を秘めている。

 

声を上げる誰かがいるから、
隣の誰かも声を上げる。
人々の心が動いていく。
その積み重なりがいつか営みとなる。
 

原発が爆発する前から、
原発は危ないと言ってきた人たちがいる。
オスプレイが落ちる前から、
オスプレイは危ないと言ってきた人たちがいる。
その意味を、もう一度考えてほしい。

 

311から7年がたった。
あの惨状のあと、みんな気づいたはずだ。
誰がおれたちを騙していたのか、、、
 

ある役人の自死。
この悲しい現実に直面して、潮目は変わった。

御用評論家たちも、政権をかばうロジックを失って無口になってる。
マスコミも風見鶏のようにパタパタと向きを変えている。
 

今、与野党問わず、政治家も民の声を気にして動いている。
今まで無視してきた分、その耳はとても過敏になっている。

 

コールしなくてもいい、プラカードあげなくてもいい、
マスクして素性を隠してもいい、
ただじっと見守るだけでいい。
頭数になってほしい。



それでも熱は伝わる。

あの冷え切ったように見える国会で蠢いているものたちも、
所詮は人間だ。
 

人間ひとりが持ってる熱を届けに行こう。
その熱で、この国を少しでも好転させるんだ。

 

おれは生きている、私は生きている、と、
やつらにその熱を届けるだけでいいんだ。
ちっとも難しいことじゃない。

 
 

あきらめることをあきらめた人々よ、集おう。
今、やつらをあきらめさせる時だ。
 

もちろん、愛とユーモアを忘れずに。
#0312官邸前抗議 

※文章の転載、コピペOKです。
自由に拡散してください。


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名護市議会、傍聴に行ってきました。
先週は、与党(とぐち陣営)が少しでも議決権を減らしたくないと副議長の選任でゴタゴタしていましたが、
今日は、あっさり副議長が決定。

と思ったら、屋比久議長(辺野古反対陣営)が突然の辞任。

とぐち陣営から追及されるも、
堂々たる答弁で辞意を表明し、とてもカッコ良かったです。
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これにより、とぐち陣営から宮城弘子新議長が選出され、
議決権のバランスは、

与党(とぐち陣営)12名
野党(辺野古反対陣営)14名 
となって、
 

どうにかトグチ新市長の暴走を許さない議会のバランスが維持されました。拍手!!!
 
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議会の傍聴は初めてでしたが、傍聴席からの視線や熱、
vibesが市議さんたちへの届き、
時に支えとなり、時に圧となり伝わることがわかりました。
すごい緊張感でした。
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9月の名護市議選挙、
そして4年後の名護市長選挙へ向けて、
名護市議会watchを続けていきます。
選挙期間以外からの政治参加がこれからの時代の鍵です。
皆さんもぜひ、議会傍聴に行きましょう!!!

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動画


岸本洋平議員からの辺野古関連の質問を
ぬるぬると誤魔化すトグチ市長。

市議会ミラーキャス。





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僕たちはススムさんを守れなかった。

なぜだろうか?


尋常じゃない量の嘘と金が、自民党により地元にばらまかれた。


僕らがその構造に気づいて声を上げた時(このひと月ほど)、

それはネットなどを通じ全国的には届いたと感じたが、


地元名護では、すでに手遅れとなっていたのだ。


相手候補は実に4か月前から、
地元の若者を中心とするLINEグループを広げていた。

まだ自民系候補者が決まる以前からだった。

それも、「辺野古基地はもちろん容認できない、しかし今の市長では経済的に取り残される、対立や分断ではなく新しく輝く名護の未来を作ろう」

という恐ろしく狡猾な広げ方だった。

対立や分断を生んでいるのは官邸、自民党のせいではないか!

このまっとうな論調すら、無効化されるほど、

無党派の人々には届いた。

なぜならば、
名護の市民はもう20年以上対立に疲れ果てていたからだ。


基地も容認しない、対立や分断を望まない、

そして名護の経済を輝かせる。

難しいことはわからないけど、それって良くない?

と、ことの本質を考えられない無関心層はなびいていった。

まるで、DV被害者がDV加害者をかばうような構造が、

すでに出来上がっていたのだ。


僕らがこの一ヶ月闘っていたデマや金のばら撒き、芸能人の投入は、

官邸からすれば、最後の一手に過ぎなかったのだ。


とぐち候補の娘が現役高校生だったことも、

自民党が彼を擁立した大きな要因だったのかもしれない。


地元の高校生たちが頑張って応援しているとぐち
対、
小難しく粗暴な基地反対派(これも誤解であるが)が応援する稲嶺。


このイメージ戦略は徹底された。

どちらにしても基地反対ならば、

地元の無関心層が前者になびくのは自然なことかもしれなかった。



いずれにせよ、莫大な資金力とデマを使った印象操作戦略に、

名護は屈した。

人口6万の名護市に、国家が全力で襲いかかった。

地方自治は踏み潰された。

討論会に出ないという民主主義の根底を否定する候補者により、

民主主義は毒されたのだ。


いや、民主主義の国でありながら、

民主主義とは何か、人権とは何かを浸透させずに来た、

そんなこの国の戦後史の敗北であったのかもしれないし、


義務教育では、詰め込み型の教育で従順な人間を作り、


家庭では、子供にテレビ、スマフォを手渡し、

教育に向き合うことを避けてきた大人たちの敗北なのかもしれない。


相手候補の青年部は、ロレックスをしてプラダのリュック背負って、オープンカーに乗ってる大学生たちだった、、、
日本中が六本木になればいいとでも思っているのか、、、 全国に蔓延している反知性主義の化身のように見えた。
郷土愛や教育の敗北。


自分だけ稼げればいい。勝ち組と負け組みがいる社会を変えるより、

自分だけが勝てれば、あとの他人や社会はどうでもいい。

難しいことは置いといて、一緒に稼いでキラキラしようよ、、、

まるでネットワークビジネスのような選挙だった。

小学生のなりたい職業が、
キャバ嬢やyoutuberになってしまった時代を痛感した。

清貧って言葉の対極にある軽薄な世界、、、


ただ、東京でそんなもののダサさを浴びるほど味わってから名護に来た僕とは違い。
名護の若者たちが、そんな虚像に憧れるのも無理もないことかもしれない。


青い海を見ながらさんぴん茶を飲むより、

スタバに行きたい、、、


地方都市にとって、いつも隣の芝生は青く。

若者たちはインスタの中の架空のTOKYOに夢中で、

郷土の素晴らしさは見落とされる。

日本全土が抱えている自信のなさ。

そこに小泉進次郎はささやく。

この街を輝かせましょう、、、、イチコロになる。

(実際に菅義偉は、青年部の若者にまで直接、電話で連絡したという)

やはりこれは戦後のこの国の教育のあり方の敗北なのかもしれない。




「教育とは、いい市民を作ること」と以前、ススムさんは言ったが、

今、量産されているのは「いいなりになる市民」なのかもしれない。





ススムさんのこんな顔を見たことがなかった。


まだ暗い翌朝6時に、ススムさんを待っていた。

ススムさんはこんな日も走るような気がした。

いや、いつも通り走ることで自分を保つような気がしたんだ。


やはりススムさんは来た。

はじめは、硬い表情だったが、

「ありがとうね」
それがススムさんから僕らへの第一声だった。


走りながらとつとつと語ってくれた。

「常識という言葉も、死語になってしまうかもしれないね、、、」‬
‪とススムさんがさびしそうに言った。


それでも走りながら、ススムさんは少しづつ笑顔を取り戻していった。

選挙の打ち上げ式が行われた青山の交差点を過ぎる時、

「つわものどもが夢の跡だね」とつぶやいた。

「いやいや、これからです、これから!

今回は卑怯な戦略に負けただけで、

僕は人間、稲嶺進の圧勝だと思います!」

僕は涙をこらえて言った。



途中で学生たちも合流した。

偶然だが、不思議な、映画の演出のようだった。

この人のようになりたい。

少しでもこの人の背中を追いたい。

皆の活気がススムさんにも伝わっていると思った。


5km走り終える頃にはススムさんも笑顔を見せた。





「イマジネーション、そういうことをできる人が減っているのかもしれないね」

5km走った後、息も上がらず冷静に語る72歳のススムさんに、

僕らはまた、心底のリスペクトを感じた。


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全力の握手をして、皆でススムさんを讃えた。

ちなみにススムさんはその朝も交通安全おじさんを務めていた。





退任式、さよならの言葉が切ない、、、




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退任式、ススムさんは盛大な人数に讃えられ送り出された。


こんなに愛された市長がかつていただろうか。


国から再編交付金を絶たれながら、
名護市政を復興させたその手腕は沖縄の歴史、
いや、日本の歴史に残る功績だと僕は思う。

胴上げで送り出されたススムさん。

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いや、ススムさんは名護市長という枠におさまらないほどの、

偉大な人物なのだと思う。

他者のために生きることを徹頭徹尾、貫いた、僕らの心の師だ。

僕らはその背中から、「良心や自立」を受けとり、

次の時代を作っていくと約束した。

次は僕らの番なのだ。


この街の希望は引き継がれた。

僕らひとりひとりが、ススムさんのように、

強くなり、やさしくなること、

そうしてこの名護を、沖縄を、日本を、やんばるを、

もう一度、温めていくしかないのだ。


辺野古の工事はまだ1%に過ぎない。

新市長も新聞に「辺野古容認ではない」と一応答えた。

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地元名護の民意は基地容認では無いと胸を張り続けることは変わり無い。



まずは、9月の名護市議選で議会のバランスを保つこと、

そして沖縄県知事選挙もある。


4年後の次の名護市長選挙まで、いかにして工事の進度を食い止めていくか、

それが今、僕らに試されている。

そしてそれは、
この名護とやんばるを経済的にも文化的にも活性化することと、
同時進行で行っていくのだ。

対立や分断ではない、次の時代の個人たちのために。


これからは僕らひとりひとりが稲嶺ススムになるんだ!


ススムさん本当に本当にありがとう。

これからもゆたしくうにげーさびら!


大袈裟太郎

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高江、辺野古の米軍基地反対運動、墜落したオスプレイ、
籠池夫妻、歌舞伎町の出会い系バー 、
そしてウーマンラッシュアワーの村本さんなどなど、


気になるもの、気になる人にはなんにでも肉薄してきた
我が大袈裟通信ですが 、

今回のテーマは名護市長選挙です。

辺野古の新基地建設を国が強行していることによって、

ー地方自治体が国家と対峙する構造となっています。

日本とアメリカと沖縄のこれから100年に関わる重要な選挙なのです。


国家、自民党vsオール沖縄、稲嶺進



そんな過酷な選挙に過去2回勝利し、

辺野古新基地建設中止を公約に掲げ、
年に20億円の基地交付金を断りながら、
7年間でなんと市の予算を500億円増やした現職、

稲嶺市長に3度にわたりお話を伺ってきました。

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まずは単独でインタビューする機会に恵まれました。


対面した第一印象は「健康なひと」でした。

血色がよく、心も体も健康です!
と絵に描いたような顔色で、朗らかで、
今ように言うと、「good vibes 」 バイブスが良すぎる人でした。


「基地の補助金を断り、市の予算を500億円増やした方法はどんなですか?」

と率直に聞くと、わかりやすく簡潔に話してくれました。

「基地予算20億円を断っても、他の補助金をやりくりして、

それ以上の経済効果を生み出したんですよ。

ずっと市職員として勤めてきた経験と、

父に先立たれ貧しくて、小学3年から働いてきたからね、

節約は得意なわけです。笑」 


端的な説明に、本物の知性を感じました。

毎朝5キロ走ってから出勤する進さん、

名護ハーフマラソンで号砲を鳴らし、
市長自らも走り出し完走した伝説は本当でした。




座右の銘は、「一隅を照らす」

社会の片隅を照らすための光でありたい。


母子家庭で育った幼少時代が、

社会的弱者に対しての壁のない姿勢につながっていると感じました。


「一番大事なものは健康ですよ!

考えるのも勉強するのも話し合いするのも結局、

体力がないとできませんからね!」


ああもう、バッチリ、大好きです。

72歳にしてこの頭の回転と、
good vibesと朗らかさ。 

完全に尊敬しました。憧れの人になりました。


誰かに似ていると感じました。
宇都宮健児さんでした。




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以下、名護市民との勉強会でのお話をまとめてみました。

実際に市民と同じ目線に立ち、
質問や提言を受ける稲嶺市長の様子に感動してしまいました。



市長への質問 基地の交付金を断りながら財政を増やした秘訣は何ですか?
基地関連以外の当たり前の補助金を申請し、
丁寧にやりくりしている。


前の市政でできず、稲嶺さんができたのはなぜ?
再編交付金、国から20億円の交付金がある。
辺野古を作るなら、国から20億あげます。
お金ありきで、あるお金を使うのに一生懸命になる。例えば箱物行政に使われてしまう。文科省、厚生労働省、本来ならばメニューを探して補助金をとっていく。何が本当に必要か、というのを抜きにして考えてしまう。子育てに使うとか、医療費に使えない。経費には使えない。補助対象外。 対象経費にしか使えない。

浦添、宜野湾も貰ってる。昼食費はタダにすると公約で言っていたが、両市も無料になってない。再編交付金ではそれを経費には使えない。 例えば辺野古、数久田、北部振興策で作ったり島コン事業で作ってる。事業主体は市。
公民館としては建てられない。補助率は低い。文科省のメニューがある。 島コンは80%もらえる。 公民館という名前は付けられなくて、コミュニティセンターという名前になる。
再編交付金の対象になるのは? ←公共事業、土木など。学校は対象外。保育園も。 名前を変えて、事業をするということをやってる。
再編交付金以外のメニューを取るにあたり、名護市は独自に名護方式を生み出した。
枠配分方式。部長で事業計画を立てて、プレゼンにして出して
職員が競走みたいな、民間のやり方のようにして自主性を育てている。 各省庁がもってるメニューから選んでする。

役所の職員としての長年の経験がその方式を生み出した。
枠配分方式でやろうと思ったのは?
←再編交付金というぼた餅で来ても、探さなくてもくる。探さないと行けないとしたから、この方式になった。 執行できなかったものは、お金を次年度にくりこしてする。繰越でいいと言われていたものがあり、予算もあったが、国から始めてもいいという内示をもらうのだが、7月や8月、12月になっても内示がこない。予算があるのに。また時期になると事故?繰越になると大変。12月27日くらいに文書がきた。繰越事業がゼロという文書がきた。ゼロ回答。予算が入ってこない。 公民館を作ると言ったのに作れない。この時期になって、すみませんと言わざるを得ない。別のメニューで探してやりますと説明をして、大東、内原地区は別メニューで探して着工した。年明けて繰越して、建てた。 ゼロ回答は、何の理由もなく? ←稲嶺市長が、辺野古施設について協力しないから、という理由があったのではと。
精査した結果そうだと結論づけた。
ゼロ回答は初めてだ。役所の職員はびっくり。 そこから、メニューを探した。これに代わるものはないのかと探した。
←それが名護方式に結びついた。
その時に約束したものは、1つだけナシにした。ある地域の施設。その地域には、図書館も体育館もある。他の字に比べると、おかしいのでは?と。なければならないものについては、やる。あった方がいいというのは、余計なものまで作ってしまう。そのお金があったら、他の自治に回した方がいい。急ぐべき事業ではないから、と取り下げたことがある。 いつも役所で構造改革、財政改革をやる。行政、財政改革を100あるものを、90.80でやりましょうと、財政改革をやる。改革は削るではない。なくてはならないものではない。なくてはならないものの所に回す。 整理をして余裕のできたのは、ほかの事業にまわす。

18歳から選挙有権者 市政は何が出来るの?と思ってる青年も多い。 有権者に伝えたいことは?? ←政治に対してというより、社会に関心を持ってもらいたい。投票することは政治と関わるが、想いや要求、社会の構造や成り立ちがわからないと、そういう要求も出てこない?筋の通った要求。そうでないと現実とかけ離れた要求になってしまう。
地域に溶け込んでいって、地域の成り立ち状況を教えていかなければならない。教材で教えられないことを、学校や地域が協力して、直接間接的にとっていくことで、子どもたちにかたりかけていく。 隣に誰がいるか。隣のおじーは、こんなことがすごい。先生は、地域にたくさんいる。 地域コミュニティから、社会に対する関心、要求の段階に変わっていく。その為には、新聞を読む。四コマやスポーツ欄だけでなく。社会の動きが分かる。一人前の人間に育つのでは。
教育って何なのかな?何が目的?と考えた時、
教科書、辞典や詰め込むのも教育なのかもしれないが、
基本的には、いい市民をつくること。それが教育。

=社会に関心があり、判断能力も高い市民を育てることだと思う。


若い人たちへの特効薬がない。訓練されずに18歳になる。お年寄りの気持ちがわかるとか。社会に関心を持つことから、当たり前の疑問や要求、提言ができるようになる。それが教育ではないか。
市長はどんな子供だったか?どんな夢があったか? 名護市東海岸、三原出身。夢を見る余裕なんてなかった。極貧だった。 5名兄弟。親父が下の子が6ヶ月の時に亡くなった。
母は子供にご飯を食べさせるので精一杯。
教育はできない。親に教えてもらったというより、兄弟で子供が子供を教える。
小学三年生
から、やまちゃーした。(焚き木取りに行って働いた。)
それで家計を支えた。



川でよく遊んだ。エビやウナギを取ったりした。
それは遊びと同時に
食料調達だった。

田んぼの稲は自分で食べず、作った米は売った。
そのお金で、かしう米(
豚のエサ)を買い飢えをしのいだ。 母はずっと忙しく、精一杯働いていた。 母親が子守唄を歌うのを初めて聞いたのは、
老人クラブに入ってからだった。

極貧状態で、中にはお金に執着する人に育つの人も多い。
子育て支援や子供に力を注ぐほうにいったのはなぜ?
←そういう中で大学に行かせてもらった、
合格したのも、お母さんの顔を立てるためだった。
女手一つで育てたから子育てに失敗したんだと周囲に言わせないためだった。 コザの職安に集団就職の面接を受けに行ったら、
その夜、ラジオ放送で自分の名前が呼ばれ、大学に合格したことを知った。(琉球大学法学部卒)

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自分の同年20代の人や幼馴染が。 名護に働くという選択肢を持てない。県内に根付きたいという人に対して、選択肢を持たすにはどうしたらよい? →それにはまず仕事。雇用の拡充しかない。雇用の吸収力があるのは、製造業。
企業誘致もしたが、結局は製造業は来ない。ここで作るにしても、材料は本土へ、作ったのはまた本土へ。なので、これからはITに力を入れる。日本は地震国で、どこで起きるかわからない。
現地で処理をし許可をする。沖縄は、地震が少ないので、ITをつくると危険分散で置いておける。光ファイバーに県も力を注いだ。
今までIT、そして
株や金融勉強する機会がなかった。
学べる場所を作り誘致していく。

現在、観光についてはハワイに迫りつつある。観光の質を高めていく。 これからは交流、体験、癒し、食観光のメインになる。
沖縄の大自然は、北部にしかない。観光や農業をメインにして、それも雇用に繋がっていく。



成人式で、成人した若者と話す機会はなかったが、伝える上でこれからこんな名護市にしたいとか、成人式で語った言葉は? ←羽地中の出身の子は、名護はナンバーワンと言っていた。産まれた所に誇りを持つ。  素晴らしいコミュニティや、人間関係密度が濃いとか、ユーモアであるとか、自信を持って誇りを持つ街と実感できれば。
伝えるということをやってこなかった自分たち世代も良くないけ
れど、
人を責めたり批判するのではなく、
一緒にやっていく、そういうことを共有できれ
ば。自分の故郷になるのではないか。 自分の世代には、そういうのがある。ばーばやー?(お節介)
お節介というくらいが、
隣近所の世界を作っていく。

今は関わりたくない。お節介を受けたことがないから、お返しをしようとか、煩わしいというように受け止めてしまう。人間関係の希薄化につながる。 リンスー?(ゆいまーるとおなじ)隣近所の人が亡くなった場合、亡くなった家族は悲しみに打ちひしがれる。弔問客がいる、悲しみで手につかないのに弔問客がくる。それを周囲の人達がやってくれる。出すお茶や急須も持ってくる。おもてなしもする。墓の掃除に行って開けてちゃんと骨壷が入れれるように、隣近所が全部する。その為に、500円とか1000円を集める。参加出来ない人もいるので、全部その集めたお金でせったいすることをりんすーという。ゆいまーるの極意。


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健康の秘訣は?? ←自分で出来ること
毎朝のジョギング5キロ。 朝は意外と忙しい。5.時くらいに起きて、腹筋をして、ストレッチをして、走る準備。起き出して新聞を1時間かけて2誌を読み、走りに行く。5キロを33分くらいで。 朝から強い運動をすると、仕事に影響するのでほどほどに。 子供の交通安全の緑のおじさんをして、シャワーを浴びる前にごはん。
自分でできないこと、
妻が用意。毎朝起きたら、生姜湯に、黒糖を入れたもの。朝ごはんはシークワーサーの原液に、リンゴジュース?を入れて飲む。スムージー、青汁の粉をかけたヨーグルト、というのが朝ごはん。スムージーは、バナナ、リンゴとか、庭の野菜が入っている。
座右の銘 『一隅を照らす』万光は世を照らす 片隅を照らす。自分が立っている場所を照らすのは自分が元気でなかったらできない。まずは心と体を健康にして自分がいる所を照らす。
2名なら倍。1万なら1万倍になる!

辺野古の新基地建設問題について 表面で見ている人は、お金をもらって基地を建てるのは何が悪いという人もいるが、、、 ←貰って楽した方がいいという思いがち。
貰ったのは、家族でいうと、世帯主毎に配られる。
もらったおじいちゃんはあと何年生きる?もらった後、基地は100年使う。
遺された人は、貰うものは貰わず、基地だけが残る。
騒音。昼、夜となく。
日米合同委員会で、米軍は飛ぶコースを守ったことはない。

辺野古の人がもらったから、ではなく、西側、うちなー中飛び回ることができる。
もらった人はその時はもういない。子どもたちだけが被害被る。 親は子供のために、なんとしても自分を犠牲にするはずだ。
大人、人として、社会人としてあってはならない。 再編交付金は一時的なこと。
子供たちに、おじいちゃん、おばあちゃんは、何をしてくれたのかと。
72年間つらい想いをしてきたのに、
また100年つらい想いをさせるのかと、、


何歳くらいに米軍基地に違和感を感じたか?
←小学生の時に、キャンプ・シュワブから野球道具をプレゼントされた。クリスマスには、大きなチキン、アイスももらって食べた。いいな、美味しいな、アメリカは羨ましいと思った。

その傍らで、米兵がリュックや銃を背負って県道を歩くのは異様な光景だった。 高校に行ってから、交通事故、殺人事件があると情報が入ってきた。

東海岸地域でコミニティバスの運用 なくてはならないものではあると思うが? ←運行する。実証実験中。名護市として運行する費用。
それを解決するため、走る距離により補助金を出すようにする。
2年前からバスの回数券廃止になっている。バス代が高いから親が送迎している。
学生に対する補助。名護の話だけではなく、大宜味や国頭の話にもなる。
現在は買い物支援で、お年寄りのためのものをやっているがその拡大が必要。 区で10名乗りくらいの車を持ち、それぞれの用途で使えるようにするのはどうか??? ←そういう意見もこれから重要になる。
東海岸に住んでいる 空き家がある、活用されていない。観光客、若者が住みたいけど空いてない。サポートすれば、民泊とかも、利用価値につながるのではないか。 東海岸の開発と空き家対策。そのへんはどう?
←週明けに空き家対策事業がある。審議会もある。 区長を通して、情報をもらいやるけど、仏壇があり、貸せないのも多い。改築して民泊する。 条例が12月にできて、審議会がら1月からスタート。

前回の選挙に比べて、今回の選挙、今回はここを訴えたいことは? ←子育て環境は、成果がでている。待機児童は今年4月で0になる。 アパート借りていたり公民館使ったり、幼稚園跡使ったりできるように。
若い親が、子どもを産んで育てる中で、一番はじめに考えるのは、病院と学校ではないか。
遠くまで行かなくてもいい環境を作らなければならない。
北部病院、医師会病院を統合し、機関病院とする?などのアイディアがある。
経済を活性化するために、鉄軌道を整備することで、定時定速でいける。那覇と名護が近くなる。観光客を運ぶ。 名護湾に、客船を呼ぶ。 湾の中の漁港は、人を運ぶ船を持ってこれない。漁港特区で一般の船も入れないか。

8期の間に、市民の声を聞いていくというのをどんな形でするのか?拾っていこうとするか?市の職員の反応は? ←お出かけ市長室をやっている。どんなグループでもお出かけしていくよー。
こういうことで話をしたい、という内容を申請してくれればどこへでも行く。
市長への手紙は相当な数がある。必ず目を通している。
部や課に案件を回し、処理や進捗をまた伝えてもらうようにている。 ネットやホームページ、日本中から書き込みをできるようにするとひどいことになる。
米軍基地があるから収入がある、とか
沖縄人が戦争の盾になれとかひどいことを書き込まれたこともある。

名護市役所を課題解決型組織にしてゆく ←ガチンコ市長室というのがある。テーマを市長が出してやり合う。
採用されて3年目、5年目の人と。多くて10名で、市長、副市長、部長。
なぜやり出したか。
10名採用するのに400名くる。試験だけなら、その人がわからない。

面接する時、なぜ名護市を選んだかといいこといっぱい言う。
市民のために、発展のために。時間が経つにつれて忘れてしまうので、もう一回思い出してごらんよ、ということで
ガチンコする。初心に戻させる。1年の間に5回やる。
具体的な課題は?
例えば……役所は良く敷居が高い、縦割りと言われる、たらいまわしと言われる。
課題解決型組織とはどういうものか。という課題を出す。
日常、当たり前のことが、外から見たらおかしいこと。それを見つけ出してくる。 課題図書などを与えて、その中から問題を出して議論する。

さいごに
大都会の選挙はネット発信しながらやっているが、田舎では使いこなすことができなかった。
靴がダメになるまで、というのが今までのやり方だった。
それが弱点だった。 20代までの人に対しての、情報の使い方のノウハウを持っていない。
言葉でやろうとすると、大人からの説教を受けたとか、ネガティブになりかねない。


誰でもネットを使いこなす時代になっている。
名護市民の側から、そこに対応してくれる人たちが現れてとてもうれしいです。

ネットを使って、
私自身がどんな人間か伝えてもらえると、とってもありがたいです。


これまでもやってきたのは、市民目線!!
子供たちから見て普通のおじさんでありたい。
役所の政策であったり、政治的判断であったり、
自分の生き様のすべて、
ベースは
市民目線!それを崩さないようにやっていきたい。
この選挙、相手は候補者ではなく、国!政府なのです。
どんな手でどんな広報でやってくるかわからない。
いつどんな卑怯な爆弾が落ちてくるかわからない。
一緒にがんばりましょう。

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盛大な拍手とともに2時間にわたる勉強会は終了しました。

人間味に溢れる稲嶺市長に触れる、とても朗らかな時間でした。

たくさんの金言が聞けて、心の財産になるような体験でした。

この想いを、ぜひ名護市民も、沖縄県民もそして、日本本土の方々も共有し、


名護市長選挙、
1月28日の告示、
2月4日の投票日に向かって助走をつけていきましょう!



おのおのがた、抜かりなく!!!!

大袈裟太郎


投票日は2月4日!

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平成30年。年明け早々から沖縄は騒がしくなってます。

辺野古で米軍の射撃訓練が原因とみられる山火事があったり、

この3連休でも、

伊計島、読谷と米軍機の不時着が相次ぎました。
 

何か歯車が狂っているのか、、、

はたまた、米軍内部に沖縄から撤退したい一派でもいるのか、、、

もしくは沖縄県民を不時着に慣れさせようとしているのか、、、

兎に角、この1ヶ月で落下物2回の不時着2回と異様でした。

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思えば、一昨年12月のオスプレイ墜落から14ヶ月で16回の事故
という異常な状態です


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いちばん落ちると言われてたオスプレイが墜落し、
それでも日本政府は何もしなかったんだから、もう何やっても大丈夫だろ。って、

緊張の糸が切れちゃったのかな?

にしても、おかしい、、、


と思ったらいよいよ海兵隊が沖縄が基地に向かないことを認め始めたというニュースです。


沖縄 米軍機の腐食加速 海兵隊が機体循環計画 塩害や強風「環境過酷」 | 沖縄タイムスhttp://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/192138 


米海兵隊が米軍機を守るため、
沖縄に駐在するスケジュールを減らすというすごいニュースです。


ならばいよいよ、
辺野古に新基地なんていらなくなるはずなんですが、、、


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この記事を見ればわかる通り、(この通訳ミスも何か匂いますが、、、)
そもそも、米軍は辺野古である必然性を主張しておらず、


日本側が、辺野古の工事をすることで安保関連企業(安保村)
でお金を回し合うという安保詐欺の構造が見え隠れしています。


「辺野古基地事業費の8割、730億円分を防衛省の天下り先企業が受注し、うち10社は自民党に献金している」

と国会答弁を元に発覚しています。

10
琉球新報より、

「辺野古基地事業費の8割、730億円分を防衛省の天下り先企業が受注し、うち10社は自民党に献金している」~政府が辺野古に固執する「理由」を山本太郎議員が沖縄で暴露!

こちら、IWJの記事にも詳しく書かれています。

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/282297


こちらは赤旗の記事もあります。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-06-13/2017061301_03_1.html



しかしなぜ大手マスメディアはこの構造の闇を報道しないのでしょうか???
(訂正、朝日新聞は報じていました。)

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そればかりか、この事実に触れるとデマ屋扱いを受けます、、、

僕が沖縄で座り込む大きな理由のひとです。

 


ただ、今回米軍が沖縄の環境は基地に適さない」と認めたことで、

この国家ぐるみのFAKE 安保詐欺について語りやすくなりました



辺野古の新基地建設をしたいのは日本で、

結局、安全保障の名を借りた 税金の私物化なんです!



そしてこの問題を包み隠しているのが日米地位協定であり、

温床になっているのが日米合同委員会です。

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いよいよ名護市長選挙、立候補予定者の稲嶺進氏も

公約の中で「日米地位協定の改定を両政府に強く求める」と明言しました。


その後のぶら下がりで翁長知事も
「日米合同委員会のやりたい放題で県民はおちおち眠れもしない」と、


今まで、タブーとされてきた日米合同委員会の存在に言及しました。


時代が矢部宏治さんに追いついていた。そう感じました。


日米合同委員会の闇についてはこちらをぜひ、
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http://book-sp.kodansha.co.jp/topics/japan-taboo




そんなわけで、沖縄の政治家は動き出しております、

内地の政治家もぜひ、動き始めてほしい。


「日米地位協定」「日米合同委員会」

この二つの言葉を日本人の50%ぐらいの人が知れば、

確実にこの国は変わると思います。


辺野古の工事の完成度はまだ1%です。

止められるんです。みんなが気づいて、小さくても動き出せば。



引き続き取材を続けます。

大袈裟太郎

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体調不良です。
年末の仕事はすべてキャンセルいたしました。
各方面にご迷惑おかけしております。
すいません。

来年のことを言うと鬼が笑うと言いますが、
来年はどうにか健康な年にしたいですね。
 

さて、イベントが2件。
1月18日、新宿ロフトプラスワン
2月12日、宮城県栗原市です。
 

初めて東北に呼んでもらってうれしいです。
この日程周辺で、他にも呼んでいただけるところあれば、
ご連絡ください。調整してみます。

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「大袈裟太郎とは何者なのか?」
【ゲスト】久田将義(TABLO編集長)、静勲(ラッパー)他
【司会】座間宮ガレイ(日本選挙新聞代表)

OPEN 18:30 / START 19:30

前売り(予約)¥1,500/当日¥2,000 ※要1オーダー(500円以上)

http://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/79184


 
「安倍昭恵、籠池夫妻、菅野完、山城博治、山本太郎、宇都宮健児、三宅洋平、村本大輔…時代の寵児たちの傍に、いつもなぜかひょっこり顔を出す謎の男、大袈裟太郎」
 

沖縄、高江、米軍基地反対運動/機動隊の横暴/安倍昭恵高江来訪/オスプレイ墜落現場中継/ゆうちょ口座の凍結/歌舞伎町出会い系バー潜入取材/こんな人たちの裏側/籠池家居候生活からの史上初、家宅捜索生配信/高江米軍ヘリ墜落現場/そして辺野古での逮捕

既存のマスメディアが入れない現場最前線から 常に発信を続けてきた彼の眼を通し、
時代の実相をゆるやかに語り明かす実験企画。
大袈裟太郎とは何者なのか?

・彼が撮りためた映像を振り返りながら、当事者にしか知りえな い生々しい裏話や体験談を語り合っていく。
・彼が触れ合った人物たちの素顔をユル〜く語る。
・メディアでは発信出来ない部分も含め大袈裟太郎と共有し、来場者 皆様が目撃者に、当事者になれる夜。
※当日のトーク内容はノーツイートです。是非現場にて味わって下さい。


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NEW!!!さらにライブ追加です!!!


1/22 (月) @創徳庵 「ケイキとジョージの音楽夜話」ゲスト大袈裟太郎 soutokuann.com
1/23 (火) @新世界たこ焼き マルサスタジオ 大阪府大阪市浪速区恵美須東2-3-22
1/25 (木) @京都ビレッジ 「ケイキとジョージの音楽夜話」ゲスト大袈裟太郎
tabelog.com/kyoto/A2601/A2







「大袈裟太郎の沖縄 高江報告会 in栗原」

2018年2月12日(月祝)
会場:栗原市市民活動支援センター(築館総合支所2階)
宮城県栗原市築館伊豆二丁目6−1

時間:設営開始12時/開場12時30分/開演13時/終演15時頃/
資料代:1,000円
主催:栗原憲法九条の会 
問い合わせ:kurihara_info@yahoo.co.jp

https://www.facebook.com/events/2203072399718623/

 


ゼひお越しください!!! 

留置場は6時起床だったが、5時には目覚め、
まどろみながら6時を待った。


思えば昨晩19時ぐらいか、外から軍歌のようなものが聞こえたが、
わざわざ右翼団体も僕の逮捕に駆けつけたようだ。

まあ、お得意の五月蝿いマイクパフォーマンスもなかったので、なんのダメージも感じなかった。




6時になると、刑務官の号令があり、就寝時に使っていた3枚の毛布を畳むように促され、それを倉庫まで運ぶ。

その時に他の房に前を通り過ぎる。
視線を送らないようにしながら、視界の端に集中して、他にどんな留置者がいるのか注目しながら歩いた。

2名でひとつの房にいる者もいて、ああ、僕はひとりでよかったと思った。


「いびきかいてよく眠っていたね、疲れていたんだねえ」
と刑務官が声をかけてくる。

あまりに普通の接し方なのでこちらが拍子抜けする。


バケツと雑巾が部屋用と便所用(あれはトイレではない紛れもなく便所だ)の2セット、 さらにホウキと塵取りが配られ、簡単に房内の掃除の仕方を説明され、掃除の時間が始まる。


4畳半の房にホウキをかけると、
髪の毛や皮膚のかけら、糸くずなどが塵取りに少しだけ集まる。

ああ、これが僕が1日ゴロゴロしているだけで体から出る新陳代謝の証か、、、 などと、まじまじと眺めていた。



きっと拘留が長引けば、
この朝の掃除で塵取りの中に集まったものを見るのが娯楽になったりするのだろうか?


山城博治さんはまさにここで、どんな気分だっただろう?

今、籠池さん夫妻はどんな気分だろう?






掃除が終わると歯磨きと洗面。

「今日は入浴があるので、入浴するものは洗面はカットだ」と告げられる。
よくわからない理屈だと思った。



6時45分頃、朝食が配られる。

クリームパンと森永ヨーゴ、
森永ヨーゴというのは沖縄でしか見かけないヤクルトのような乳飲料だ。

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「森永」と聞くとどうしても安倍昭恵私人の顔が浮かぶ。


思えば、昨年8月に高江のテントで安倍昭恵と会ってから、
僕の人生はまったく変わってしまった。




今年の8月に籠池さんの家に行ったのも安倍昭恵の影を追ってのことだ。

そして、この留置所ですする、森永ヨーゴの甘さ。

むせるような甘ったるさ。

「甘いものは信用できないな、、、人も言葉も」

なぜかその時思った。

ボーッとする暇もなく朝食は3分ほどで平らげた。




入浴は外からしか開けられないタイル張りの浴室で、
シャワーというか高めの蛇口から湯が流れ出すのを滝のように浴びる15分間。


ちょうどタイのカオサン通りの150バーツぐらいのゲストハウスと同じような水まわりだったが、それでも湯の温度が気分を換えてくれた。


中からノックすると刑務官がドアを開ける。




運動の時間。


微妙に空が見える名護署裏の一角。

雑巾などが干してある。

ああ、ここが吹き抜けだから外からの声がよく聞こえるのかと位置関係を把握する。


運動といっても、
入っている房ともそんなに変わらないサイズなので、
走るわけにもいかないし、柔軟体操などしていた。



残念ながら曇り空だったが、海の匂いが少し感じられた。


刑務官がやたら話しかけてくる、
「あんたはここじゃ優等生だからね」などと優しい。


173番、なぜ番号で呼び合わなければならないのか?

房の中で知り合って外でまた結託して悪さをするのを防ぐためだ。
という話。

出世するヤクザは、若い頃から静かだ。という話。


「思ったよりご飯が美味しいですね」と言うと、

「ここに慣れてまた来ないようにね」


と裏表なく人間で接してくれたベテラン刑務官だった。


僕の血圧のこともとても気にかけてくれて、

「拘留が長引くようなら、薬をもらいに行こうね」と約束した。



運動の時間と言うより雑談の時間だった。





15分ほどで運動が終わり、 房に戻ると新聞。


琉球新報だった。

3面の僕の部分らしき場所だけ切り取られていたが、

1面の「辺野古に奥港から海上搬入が始まる」と言う記事などはそのままだった。



数十分したか、
突如、怒涛のように3名の刑務官が房内になだれ込んでくる。

刑務官の交代とともに部屋の隅々が調べられ、
声を出しての確認があった、 僕も壁に手をつき、足の裏、手のひら、口の中、耳の中までチェックされた。


刑務官が交代すると今日の読書、3冊が選べる。


この日もゴルゴ13と、
あとは「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田 俊也)のコミック版。
東海林さだおのエッセイを選んだ。

午前中は何もなさそうなので、ひたすら読書していた。



東海林さだおのエッセイは食にまつわるものだったので、つらくてすぐにやめた。


「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を夢中で読んだ。


力道山が国民的スターになるまでの計略やカラクリに胸が躍った。

ブームや風というのは、一朝一夕で作られるものじゃない。

綿密な計算や下準備、試行錯誤が時代の運気と絡み合って爆発するものなのだ、 と改めて学び取った。


一世を風靡した空手チョップがインパクトの瞬間だけ、
音を大きく出すために張り手になっていたことも知った。




また唐突に、署長の巡回というのがあって、
ああ、この人が名護署長なのか、と初めてわかった。





時間が長く、重たい。
この3冊の本で、どうやって今日1日もたせるか、、、
それが課題だった。


紙とペンがあればラップでも書こうと思ったが、
どうやら紙は差し入れがないと入手できないことがわかった。





今日の午後たぶん、身柄が那覇の地検に送られ、
そこで拘留延長の有無が決定される。

拘留が延長されたらまず10日伸びることになる、
もしそうなったら紙とペンを差し入れしてもらう件を弁護士に伝えようと思った。




動物園の白熊の気持ちがわかったような気がした。


読書に疲れると房の中をうろついたり、壁に逆立ちしてみたり、
まあ、外に自由な見物人がいないだけ動物たちよりはマシかもしれないと思った。




力道山が横綱になれなかったコンプレックスを抱えた関脇からプロレス中継で一躍、国民的スターになった頃、 昼食になった。



今日も、よくわからない味噌汁とご飯と麦茶。



ポーク(内地の言葉でスパム)が味噌汁に入っているところを見ると、 沖縄のお母さんが作っているのだろう。

味は美味しかった。




クセの強い寿司職人が自分にだけスパムの寿司ばかり出すという千鳥の漫才を思い出して、 ひとりニヤついていた。



「昼食が終わったら地検に行くから」と刑務官が告げに来た。


また手錠と腰ひもをされ173番は房から出された。

署を出るまでの廊下で、20人前後の名護署員の目にさらされて送り出される、大袈裟だなと思った。




護送車に詰め込まれる寸前、一瞬だけ外の空気を吸った。


外の世界は輝いていると思った。


護送車の窓から名護の海を見た。



沖縄自動車道に乗り、
これまでの15ヶ月を巻き戻すかのような郷愁に襲われた。

この15ヶ月、那覇から名護、名護から那覇と何度この道を往復したことだろう。

いろんな人の顔が浮かんだ。

スモーク越しの海や山々に、いろんな人の顔が流れては消えた。






一時間半ほどで那覇地検に着いて、
また少々、弁護士さんと面談があった。

前日は黙秘した本名と生年月日を検事に告げる件を約束した。






検事の部屋に入った。

正面に検事、右手に書記官(?)

僕の背後に警官が座る。


風邪気味だと言いマスクを外さない検事は高圧的だった。

面談の様子は全て録音録画されている。



窃盗に問われている件の位置関係などを、図に書いて説明した。

すると検事は激昂した。

警察が撮ったビデオを僕に見せながら、

「あんたの認知は歪んでいる」とブチギレていた。


確かにビデオを見ると、
僕が誘導棒を手に取った位置や、顔の前に来たからとっさに手に取ったという証言は食い違って感じた。



だから法的根拠を示さない機動隊とのもみ合いの中で興奮状態だったと正直に言った。



「あんたは昨日ハンバーグ食ったか、カレー食ったかも覚えてないのか? この映像とあんたの証言はそれぐらい違うんだよ!」



と検事さんは激昂していた。



「しかし、機動隊に囲まれながら、もみくちゃにされながら、
ハンバーグ食ったか、カレー食ったかなんてわからないと思いませんか?」
僕も食い下がった。



(この辺りはまだ捜査中のため、メルマガに書きます。
登録よろしく。)
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調書を作成し、窃盗の意思がないことは釈明した。



誘導棒を持って20m逃走したという件も、
検事さんとの協議の結果10mになった。
まあ、5、6mだと僕は思っているが、、、


そして、誘導棒を手に持ってから10分後の現行犯逮捕だったこと、 当初は警察も「トラックが通ったら基地から出す」と言っていたことなどは、 釈然としないままだった。







また護送車に乗せられ名護へ。

疲れて眠っていた。
許田のインターを降りると、警官が名護署に電話を入れる。

名護湾が見える。

名護湾の青が見えると、帰ってきた気分になる。



世冨慶の交差点から名護署に向かう、
車の中から、名護署前のJの顔が見えた。



ひとりで生きてきたわけじゃない。


友がいる。

また強く。毅然と背筋を正す。





護送車から出て、名護署に入る一瞬、
僕は手錠のかかった不自由な腕を彼らに少しだけ掲げて見せた。

門の外から歓声が上がった。




また、全身、手足のひら裏表、眼、鼻、耳、口の入念なチェックの後、留置場に入った。


夕食の時間だった。

カレーだった。

夕食を食わされるということは今日も出れないのだと思った。

今日出れないということは10日間拘留が延長されたということだ、と察して暗くなった。


カレーにスプーンをくぐらせると、
またポーク(スパム)が入っていて、 スパムよ!とひとりでツッコんでいた。

小さな喜びを見つける訓練を始めたんだ。


拘留は長くなる。


まずはペンと紙、
それに血圧の薬をもらおうとこれからのことを考えた。

僕はどこまで胸を張っていられるだろうか?
これは自分との闘いなのだと覚悟した。


修行なのだと自分に言い聞かせ、深呼吸した。




18時半ぐらいか、

カレーを食べ終わると唐突に刑務官が来た。


「釈放」と言われた。


頭の中で誰かの指笛が鳴り響いた。

房から出され、手錠を外された。


元の服に着替える時、
外からはすでに爆音で僕の曲が聴こえていた。


お世話になりました。僕は刑務官に頭を下げた。

身支度を終え、房を出ると、
一階で、昨日取り調べをした警官との手続きがあった。


供述の内容と、警察のカメラの内容に食い違いがあったことを素直に謝罪した。



iphoneも一眼レフも返ってきた。
パスコードも解除されていなかった。



お世話になりました。僕は担当の警官に頭を下げた。
「あまり熱くならないようにね」名護署員は最後まで丁寧だった。
もしかしてこの人は稲嶺進市長に投票しているんじゃないか?
とさえ思った。






自分の歌声が響く中、名護署から外に出た。


アツシやなーなの声がした。
友人たちが囲んでくれた。

泣いてはダメだと思った。

博治さんは半年以上拘留されたのだ。


まして籠池さん夫妻は今も大阪拘置所の中なのだ。



沖縄のお母さんが、一晩中名護署前で夜鍋してくれたことも知った。

震えるように有難たかった。

いろんな人が塀の外で走り回ってくれていたことを知った。

僕はこの体験を少しでも前向きなことにつなげようと思った。

みなさん本当に心配かけました。外の皆に挨拶をした。


僕はこれからも折れずに、
沖縄と内地に心の橋を架ける活動を続けていきます。



帰り際に、名護署員が寄ってきた。
「昨日、署の前で叫んでた友達に電話してやって、心配してるから」 ありがとうございます。お世話になりました。


僕は心より、名護署員に頭を下げた。




産経のデマ報道や、流言には今後、対処していきます。


産経の記事についてOsprey Fuan Clubさんが
ファクトチェックしてくれています。下記より

http://uyouyomuseum.hatenadiary.jp/entry/2017/11/12/094728





また、僕の釈放後の発言により、
「大袈裟太郎は名護署に懐柔された、警察の犬になった」
などの声も聞かれますが、 それは元々、僕のことを嫌いな一部の人たちが言っていることです。



ご心配なく。


だって僕は、高江に来た初日から、安倍昭恵の付き人というレッテルを貼られ、

「逃げ遅れた人」と揶揄され、白い眼で見られながら、

ほぼ四面楚歌のなか、ひとりで自転車をこいで、
ひとりひとりとの誤解をといて、信頼関係を築いて暮らしてきたのです。



元々、マイナス500ぐらいの逆境から、沖縄でスタートしたのです。

あの昨年夏、高江の新川川の小魚とエビしか話し相手がいなかった日々を想えば、
今はどれだけの仲間に、理解者に恵まれていることでしょう。



これからも、言葉ではなく、行動で示していきます。


たとえひとりでも、
やるべきことを地道にやっていくだけです。



まずは籠池さん返せ!を大阪拘置所にやりにいきたいです。


外からの声が支えになると、身を以って痛感したからです。

これからも、沖縄、内地、世界中問わず、

心ある仲間を増やしていきましょう。

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長い長い闘いです。

海辺のゴミを拾うように、ひとつひとつ着実に、丁寧に、
この心無い社会を作り変えて参りましょう。

みなさん、どうかよろしく。

ゆたしくうにげーさびら。


いつでも愛とユーモアを!


大袈裟太郎
(病気療養中は、おだやか太郎になります)
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これからも大袈裟通信支援とメルマガ登録、
よろしくお願いします⬇︎

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いろんな情報があると思うが、自分が201711月9日朝9時頃、

辺野古ゲート前にて逮捕された件について、

率直な事実を書いてみようと思う。

また、釈放はされたものの現在もまだ起訴についての処分は決定され

ていないため、
 

捜査にかかわることや微妙な部分については後日メルマガに書こうと

思う。

 







https://www.youtube.com/watch?v=YKVQVkYHKnw&feature=youtu.be


自分のツイキャス映像を元に記憶を整理していこう。
 



その日は実は、久しぶりの辺野古ゲート前だった。


高血圧で医者からストップがかかっていることもあり、

一ヶ月半ぶりだった。


内地から、古い友人のラッパー、静勲が来ており、

前日から
1日たっぷり沖縄北部を案内した後、


帰る前に辺野古のゲート前の座り込みを見ようと8時過ぎに家を出

た。


 



辺野古に着くとすでに強制排除が始まっており、


撮影を始めながら慌てて工事用ゲートに向かった、


撮影開始から130強制排除の現場に到着する。



400ごろ

県警本部Sに「押した」と言われ機動隊に排除されゲート横、

人間の檻に入れられる。
 


650ごろ、横のフェンスに登り人間の檻から脱出する。



745ごろ、再び拘束されそうになり道路を横断し対岸に渡る。



750ごろ、

目の前に出た県警交通課の誘導棒を危ないと思いとっさに手に取る。

 

(この認識は翌日、検察に見せられた警察側の動画とは微妙に食い違

いがあるので、後ほど触れる)
 


755、5mほど歩いたところで誘導棒を警察に返すが、

10人前後の機動隊に拘束され、
 

工事用ゲート内に運ばれ、叩きつけられる。

僕が誘導棒を持っていたのは5秒ほどである。




ゲート前到着から、実に6分半ほどで拘束されたことがわかり、

映像を見て自分でも驚く。




ゲート内で数名に囲まれ、
 

「動画配信してますので」「挑発やめてください」

と県警Sに言われ、言葉を返す。


 



9:50「なんで?拘束した?」との私の問いに、


県警が「道路に出るからだよ」と答えている。


「警察が嘘つくなよ」「うるさい黙れ」などの問答があるが、


この時点で県警もまったく「窃盗」についての言及はない。



 


1148 ゲート内に次々とトラックが入る。


ゲート内で微妙な時間が流れる。


機動隊に「熱くなってすいませんと謝り」、おとなしくする。

 

 


1500ごろ、マスクとサングラスの県警が突然、
 

「基地内だから撮影はできない」と忠告に来る。


ゲート内に入れられて7分すぎて初めての指摘だった。


「じゃあ出して」との僕の発言に、


 

「トラック終わったら出すよ」と県警が明言している。


しかし、撮影を続けることで言い合いになる。

 


「法的根拠を示したら撮影をやめる」と言っても県警は、
 

「あんたが示せ」という謎の返答をする。
 

「警察手帳を見せろ」「あんたには見せない」


警察法を守らない県警に苛立つ。


 


1750、手錠を持った警官が現れ「窃盗の現行犯で逮捕する」


と手錠をかけられる。


あまりに唐突で、「窃盗?」と僕も意味がわからなかった。

 


意味がわからないので「映像を消すからよ」と僕も叫ぶ。


スマホとカメラを奪われ、映像が停止し音声だけになる。






今、時系列でみると、

僕が誘導棒を手にとって5秒で返してから約10分が経過していた。



2110スマホの電源を切られて配信が止まる。


4066380110
ちなみにこれが誘導棒。







パトカーに乗せられ、両脇に機動隊員。


名護署へ移送された。



パトカーの窓から、ゲート前の人々を見たが、

あまり誰も気づいてないように感じて不安だった。
 


なんせ来て6分でゲート内にひきづりこまれた、

僕が捕まったことを誰か知っているのか?


 

僕の荷物や財布はゲート横に置き去りだし、

一緒に来た友達も誰もまだゲート前の人たちに紹介していなかった。
 


ぽっかりと世の中から消えてしまった自分の存在に、

誰か気づいているのか?
 


あまりにちっぽけな自分が悲しくなった。

 



僕というパズルのピースがぬけたままでも、

この社会は余裕で回るのかもしれない、、、




ただ、突然の別れになったラッパーの友と、

今日の昼から合流し案内するはずだった作家の方と石原岳さんが気が

かりだった。










名護署で取調室に入れられ、

手錠と腰ひもを椅子にくくりつけられた。

 

その椅子がまた紐でテーブルと繋がっていた。
 

まず、部長クラスのAが逮捕された事実を伝える。

 


ゲート前でも見かけるふてぶてしい男だ。


ゲート前では絶対名前を名乗らないがここではあっさり名前を名乗っ

た。


というか、

何時何分、誰がこの手続きをしたかという書類にいちいちサインさせ

られるので、

捜査員の名前はいちいち覚えてしまった。







弁護士を呼ぶかどうか?みたいな問いがあった時、

宇都宮健児さんのことが一瞬浮かんだが、

辺野古の運動の弁護士が来てくれるだろうと信じてみることにした。



しかしながらまったく、


逮捕時の振る舞いについて知識のない自分に気がついた。



黙秘すべきなのか?なんなのか?
 


まったくわからなかった。


名前は、いつも通り大袈裟太郎と名乗った。


 


書類には自称大袈裟太郎と書かれた。


よく逮捕時に自称ミュージシャンとかで揉めてる例は聞いたことある

けど、

もはや名前にまで自称がついて、自称大袈裟太郎。

滑稽の上に滑稽を乗せた感じだなあと書類を見ながら思った。


 


ぶっちゃけた話、仲良しの人だって最近じゃ僕の本名を知らない、笑











昼食の時間、留置所に入った。173番と番号で呼ばれた。

 


手錠を外す時「手錠外しましょうね〜」と言う刑務官のウチナーグチ

はやさしすぎると思った。



 


壁に手をつき足の裏、口耳、手のひらと身体検査された。
 

血圧が高いことを伝えると刑務官が血圧を測ってくれたが、

上が200を超えていて、彼らも驚いていた。


 


「拘留延長になるようなら薬をもらおうね」

と丁寧に対応してくれた。







四畳半ほどの檻の中、小窓からトレーに乗った昼食が渡された。


ご飯と、よくわからない味噌汁と麦茶。だけど味は悪くなかった。






食事の時間だけ房内にラジオ、FM沖縄が流れていた、


EPO、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、と流れて、

 

次に、むぎ(猫)の「アガってく音頭」が流れた。

 

高江音楽祭では那覇でも京都でも一緒にやっている仲間の歌声に、

軽く涙ぐんだ。


むぎちゃんありがとう。おれ大丈夫そうだよ。と思った。







午後の取調べ。


誘導棒を手に取ったことは認めた、
 

しかし、自分の身を守るためだったことと、


 

5秒間にも満たなかったこと、窃盗する意図はなかったこと
 


まして、ゲート内にひきづられてから逮捕まで10分ほど

(当時正確な時間はわからなかった)あってなぜ現行犯なのか?
 

という話をした。





カメラとスマホを押収されたが、

ロックの解除の暗証番号については教えなかったし、

 

電話番号さえも教えなかった。


iphoneのロック解除は、FBIでさえ解けないものだと知っていた。

 



「解除の番号教えないと返却する日数が伸びるよ」

と警官に言われたが、
まったく教えなかった。
 


結果、翌日の釈放時に返ってきたし、

中には一切、手をつけられてなかった。


これは今後、誰か逮捕された時も参考になる話だと思う。

 


というか、共犯のいる事件じゃないので

わざわざロックを解除する捜査の許可も降りないのだ、


あくまで僕は「窃盗」の容疑なのだから。




あとは、調書を取る時、生い立ちから何から話すことを拒否したが、


なぜ沖縄に来たかだけは、丁寧に話した。
 


高江のゲート前で機動隊が市民を殴る動画をネットで見て、
 

10日間の予定できたが、あまりにネットにデマがはびこり、
 

反対運動の人々が暴力集団だとか中国のスパイだとか、

言われている状態と現実とのずれのひどさに驚き、

少しでもこの沖縄の真っ当な人たちの役に立ちたいと思ったから、
 

世の中の認識の偏りを少しでも現場から変えていきたいと思ったから

だと話した。





ここから先、5、6人の名護署員と会話したことの詳細は彼らの警察

内での立場もあるので詳しくはメルマガに書くが、

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大まかにまとめると、

 


名護署員から感じたのは、

できるだけ中立でいたいという地元警察の想いだった。

 


実際に、「県警と運動の間に立ちたい」と言った警官もいた。


しかし、ゲート前には名護署員は毎日、2人ほどしかいないという内

部情報も聞いた。
 


あとの警察は全部、国の圧のかかった県警本部と機動隊なのだ。





 

踊る大捜査線というドラマを見たことがあるだろうか?


所轄と本庁の対立などをコメディタッチで描いたドラマだったが、


名護署員から感じたのはそれに似ていて、

しかしもっと切実なものだった。








基地反対運動が流されているデマについて、

明確に否定する人もいた。

 


日当デマの根深さには一緒にため息をついたし、
 


高江での大阪府警の「土人」発言には「ひどいですよ」と言った。


「あんな言葉今時出ないですよ」とも言っていた。

 


「ゲート前の人々がテロリストなら、

テロリストの概念がおかしくなりますよ」
 

とも言っていた。


 

僕が百田やネトウヨ、産経のひどさを語ると、


「ネットの変なデマは見ないほうがいいです」と言った。




警察がネット上のデマを明確に否定した。

これは僕にとって大きな収穫だった。


 



別の名護署員は

「ゲート前で座り込むより、内地に行って選挙運動したほうがいい、


この国の政治を変えないと結局、何も変えられない」と言った。


 


「でも、あの座り込んでいる沖縄のおじいおばあたちが、

今から内地で選挙運動できますか?

だから僕このゲート前の現状を撮影して、

内地に届けて少しでも内地の政治状況が変わるように日々発信してる

んですよ」



と僕が言うと、「確かにそうだね」と理解を示してくれた。









また、何人かの名護署員から聞かれたのは、


 

「ラッパーとかミュージシャンて安定してない仕事だと思うけど、

どうしてなったの?」



と言う素朴な疑問だった。


確かに雇用の限られた沖縄で警官になっている名護署員たちは、

皆、第一に安定志向の人々だと感じた。





僕はそれを丁寧に説明した。


「30代の今になっては、

安定した仕事が重要なのは理解できるんですが、
 

職業を決める20代前半まで、

牢獄みたいな環境で暮らしたそれまでの僕を救ってくれたのが音楽だ

ったし、たぶん音楽がなければ死んでいたんです。

 

だから、僕は自分に似た、

行き場のない誰かの役に立ちたいと思った。

 

安定した仕事に就けない環境や精神状態の人間、


あの頃の僕のような人間を勇気づけるために音楽をやってるんです」

と語った。


 
 


「なるほど、確かに自分も、辛い時とか車で浜省とか聴いて、

立ち直ったりするもんね、

音楽の力って確かに人を救えるよね、大事だよな」


ある名護署員が言ってくれた。


 


「ちゃんと治安を守ってくれてる警察官もいて、

おれらみたいなミュージシャンもいて、持ちつ持たれつの人間社会だ

と思うっす」



と僕が優等生気味に答えると、名護署員も笑っていた。



 


名護署員と心の交流ができた気がした。
 


もしかしたら、

浜田省吾が辺野古の基地反対に足を運んでいると知っていて、

彼は言ったのかもしれないと後で思った。













一度、県警Sが取調室に顔を出した。


おれは急に態度を変え「Sが来るなら何もしゃべりません」と言っ

た。


「何でですか?」と聞かれた。
 


S間や、A嶺、AりDめ、なんかはゲート前で、無茶をするから、


「警察の職を超えて、感情で執行してくるからおかしい」

と言った。

 


「確かに、警察の職を超えて行動するのはまずいです。

彼は調室には来させません」

 

と名護署員が約束してくれた。

Sが名護署員ではなく県警本部だということもわかった。

 


ここで気づいた、普段僕らに変な仕打ちをしている警察官は、
 

ほとんど県警本部の人間だということ知った。

 



国から直接圧力をかけられている県警本部と、

 

一介の所轄である名護署員との違いを、僕は明確に感じ取った。

 


そこにあるのは、

国と県の間で板挟みにされている、

うちなーんちゅ警察たちの葛藤ではないだろうか?
 


甘いと言われるかもしれないが、

名護署員が僕を人間として真っ当に扱ってくれたことに感謝してい

る。



そして、そんな気分をTwitterに書いたところ、


おまえは警察に懐柔された馬鹿だ。


などという匿名の意見が多数寄せられたが、


そんな内地のあなたに言いたい。


沖縄県民の7割が辺野古新基地建設に反対しているという現状を本当

に理解できているのだろうか?



警察の中に新基地反対の人間がいるのはすでに、

こちらに暮らせば当たり前の感覚だ。



まして、僕は自分の情報以外何一つ警察に語ってはいない。



スマホすら解除されていない。

仲間の名前も一人も出してはいない。





大袈裟太郎が懐柔された、スパイになる、

などと語ること自体が古ぼけた左翼運動の因習であるし、


あなた方、

内地の先輩方がそのくだらない対立思考を続けているから、

僕らの世代がこんなに苦しい日本を背負わされているのではないか?


自民から共産までが、葛藤しながら、党派を超え、

「イデオロギーよりアイデンティティ」と、まとまった、


オール沖縄の理念を少しは理解してほしいと思う。




カタルーニャの消防士とまではいかないが、それに似た心、

うちなーの警察はまだ、
まぶやーまで落としてはいないと感じたんだ。








外から、叫び声がした。


朝、ゲート前で離れ離れになったラッパーの静勲だった。


驚くほどに声は聞こえた。


「おおげさたろー!がんばれよー!また必ず来るからよー!」


心がぎゅっとしまるような想いがした。








取調べが終わって、留置場に戻った。



本を三冊選べるというので、
 

「ゴルゴ13」と、仲村清司さんの「本当は怖い沖縄」と

「戦国武将に学ぶ処世術」を選び取った。


百田の本と幸福の科学の本もあったが、

燃やしちまえ、

と心の中でつぶやいた。

 


寝転がってゴルゴを読んでいた。
 


名護署裏手からシンゴ西成の曲が聴こえてきて、
 


なんだろう?

と思ったらヤスさんが流してくれていたと釈放後に知った。







表から、仲間を返せが少し聞こえたが、


前日逮捕された人の釈放を祝う声のようだった。


トランペットでアメージンググレイスが聴こえたが、

それは僕に対して吹かれているものではないと知っていたのでまだ不

安だった。



正直、弁護士さんがくるかどうかも不安だった。




 


高江ならまだしも、一ヶ月以上辺野古に行ってない僕が、

運動の仲間と認識されているのか、とても不安で、、、
 

たとえば僕がいなくても、

この僕というパズルのピースが抜けたままでも、
 

世の中は通常通り、回っていくんじゃないか、、、




 


ゴルゴ13を読んでも集中できず、

もしこのまま博治さんや籠池さんみたいな長期拘留になったら、

僕は耐えられるのか、、、


なんて恐怖で、進まなすぎる時計を見るのも嫌になった。







突然、刑務官が来て弁護士の接見だと告げられて、

小部屋に誘導された。



その小部屋に入った時、外から爆音で流れる僕のラップが聴こえた。


あまりの爆音で、

弁護士さんが僕の声なのか外から聞こえる僕のラップの声なのかわか

らなくなるほどだった。笑





誰かが捕まるとその人の好きな曲を流すのが、

仲間を返せ!のお約束だが、



ラッパーの僕が逮捕されると、自分の曲を流されるのだなあ。


ラッパー冥利につきる、勲章のような瞬間だった。







外から聞き覚えのある声がいくつも聴こえた。


みんなの顔が浮かんだ。

この僕の曲を流してるということはヤスさんが絶対いてくれる。



ヤスさんがいるということは、僕の大切な人たちには皆、

僕の逮捕が伝わっている。と思い、安心した。





 


大丈夫だ、大丈夫。みんな僕がここにいることを知っている。

 


こんなにも、こんなにも仲間の声のありがたいことか!


腹の底から熱くなった。

 


ひとりじゃない。


社会というパズルのピースから、僕だけぽっかり抜けてしまっても、


仲間たちがそれに気づいてくれる。


声をあげてくれる。

 
「自己責任じゃ運動は成り立たない、

ひとりひとりを最後まで守るんだ」

山城博治さんの声が聞こえた気がした。

 


沖縄の大衆運動の底力を僕はかみしめていた。
 


外の見えない磨りガラスの窓の向こうから差し込む光が、

とても眩しかったという
記憶が、僕の脳裏に焼き付いている。




 

七尾旅人さんのこの曲も聴こえて、いろんなことを思い出した。





その日は、夕食の焼うどんを頰ばり。


硬い畳の上で、消灯の前に眠ってしまった。



いつでも愛とユーモアを、


そう、留置所でもいつでも愛とユーモアを。


呪文のように唱えながら眠った。
 



留置2日目、釈放までの話はまた後ほど。



大袈裟太郎




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雨が降る那覇に、
山本太郎さんが現れた。

沖縄1区、共産党、
赤嶺政賢候補の応援に訪れた

 

太郎さんがマイクを握り近づいてくる選挙カー、
太郎さんは僕を見つけると僕の名を呼んでくれた、笑

普通にうれしかった。

思えばあの日、選挙フェスのほぼ三宅くんの落選が決まった深夜、

選挙事務所の横の路上で、

「選挙期間以外にどう動いていけるかが、勝負や。これからも頼むわ!」

と山本太郎に言われて以来。

僕の選挙フェスは今だに毎日続いているのかも知れない。






 
赤嶺政賢候補、共産党で唯一、選挙区で当選している議員だ。

先日の高江の米軍ヘリ墜落現場にも駆けつけた。

沖縄1区は、今まで自由投票だった公明が、
自民についたこともあり、激戦区だ。

絶対に落とせない場所。



その緊張感とは裏腹に、
雨の中、太郎さんと政賢さんの笑顔が柔らかだった。






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続いて沖縄4区、

ナカザト利信候補

糸満の交差点で辻立ちが行われた。

柔和でありながら、シメるとこはきっちりシメる太郎さんの演説が冴え渡っていた。

現政権の不正をわかりやすく丁寧に、低姿勢に語った。
 

この人が本当の保守です!とナカザト利信候補を紹介した。

元自民で現在は無所属。自民党への怒りからオール沖縄に転身した。

「畑を守る」と書かれた帽子に、
現役のはるさー(農家)であるというプライドを感じた。

80歳という年齢を全く感じさせない毅然とした演説だった。

現在の国会議員で唯一の戦争体験者である。

相手候補は年齢を弱点として突いてくるかもしれないが、むしろ、あの沖縄戦を体験した人間が国会議員である必要を、今だからこそ、強く感じた。

無所属ということもあり、比例復活のないナカザト候補、
しかし激戦を勝ち抜くちからは、じゅうぶんだ。


太郎さんのウグイス(カラス)が微笑ましかった。元気が出た。

太郎さんは沖縄のお母さんたちにも人気だった。



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中部、うるまに移動する最中、

58号線沿いの米軍基地から虹が出ていた。





沖縄3区、玉城デニー候補支持のお母さんに飴玉をもらった。 地元の方がぞくぞくと集っていた。 いろんな想いが乗った大切な選挙なんだ。
 



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沖縄3区、玉城デニー候補。無所属。

希望の党から出ないことをいち早く表明したデニーさん。

二箇所で同時に集会が行われているため、
本人が来るまで太郎さんや糸数慶子議員、
山内末子前県議などが登壇した。

太郎さんとデニーさんは同じ自由党仲間、
名刺の配り方から教わったと、心温まる話をした。
 

山内末子前県議のお話はいつもとてもわかりやすく、チャーミングだ。

太郎さんが足早に別会場に向かい、
入れ替わりで翁長知事が会場入りした。
 

翁長知事が、高江に墜落したCH53が明日から飛行再開すると、
聴衆に告げると、
聴衆から憤りの声が上がった。

知事も珍しく素直に怒りを表した。

現政権にはアメリカとの交渉能力がない、

こんな状況こそが国難だ。と語った。


 

会場にWE WIL ROCK YOUが鳴り響き、

まるで試合前のボクサーのように華々しく、
戦闘態勢の玉城デニー候補が登場した。
 

さすがはラジオDJ、まくし立てるように、
ノンストップの怒涛の演説で、
現状への怒りをぶちまけた。

鬼気迫る演説だった。

会場はひとつになり、拍手喝采が巻き起こった。

オール沖縄の全勝を誓って、
がんばろー三唱が行われた。

熱く熱く、聴衆が雄叫びを上げた。

今、再び、沖縄の民意を見せつける時だ。

国家に意見する側が与党という、

この沖縄の政治状況は、この草の根の民の動きが源泉だ。

民主主義の辺境より、今、ふやけきった内地に、

民主主義を見せつけよう。沖縄の民意を叩きつけよう。
 

わくわくするような、民主主義がここにはまだ生きている。
沖縄は負けない。


高江、辺野古、日米地位協定の問題に終止符を。 



ール沖縄、衆議院候補。

1区、赤嶺政賢 共産

2区、照屋寛徳 社民

3区、玉城デニー 無所属

4区、仲里利信  無所属



最後に山本太郎さんの応援演説をどうぞ。





大袈裟太郎
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2017年10月11日夕方、沖縄県国頭郡東村高江に米
軍、普天間基地所属のCH53が墜落した。
法的根拠のない規制線が張られる中、
僕たちは日の出を計算し、やんばるの森に入り、墜落機に接近した。

けもの道をかき分けながら、真っ暗な森の中を30分歩くと、
突如、目の前に草原が広がり、黒い塊が見えた。

日の出と共にその全貌が明るみになり、僕はあわててシャッターを切った。


想像以上に大きな機体は焼け焦げ、溶けていた。尾翼の機体番号は隠されていた。

あいかわらず汚い、米軍と日本政府のやり口。



米兵に見つかり、追いかけられた。
「ヒア is 沖縄!!」
そう叫ぶと、米兵も一瞬たじろぐのがわかった。

僕らはやんばるの森へと逃げ帰った。
なんの違法行為でもないのだが、、、、
日米地位協定の真っ暗闇の中を僕らは全力で逃げ惑った。

自分の国の土地で米兵に追われる、、、

不可思議な現実をまたひとつ痛感した。




fbに動画などもあります。
https://www.facebook.com/oogesa/media_set?set=a.1429664517109709.1073741897.100001985243462&type=3&pnref=story


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午後、自民党の岸田政調会長が視察に訪れ、比嘉なつみ候補を伴ったことで、抗議が巻き起こり現場は混沌とした。
機動隊が制圧した。

翁長知事が初めて高江を訪れた。
これが国難だ。と小さな声で言った。


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高江は僕にとっても、大切な場所だ。
政治的な場所というより、
素敵な友人や先輩たちが住んでいる、
生活の場所。


しかも落ちる落ちる、危険だ危険だと、
言い続けてきた場所。

そこに案の定、米軍ヘリが落ちた。

あっけにとられるというか、
力が抜けていくというか、
あきれて物も言えない。

とにかく公然と繰り返されるいじめの構造。

莫大な人権侵害の上に成り立つ日米安保の構造。

黄色いテープ一本でアメリカ領土を作れる日米地位協定について、
日米合同委員会の存在について。

戦後72年続くアメリカの支配構造について。

より多くの日本人に知ってもらわないと、
何も変わらない。

沖縄だけじゃ、沖縄は変えられない。

そのために今は可視化を続けるしかない。


大袈裟太郎


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以下メルマガより抜粋です。


 まずは昨日のこのブログを読んでほしい。

通信673「立憲民主党 新宿街宣動画 本当の希望」

http://blog.livedoor.jp/oogesataro/archives/4136067.html


元シールズなどの若者達が、

市井の民が、沖縄についてちゃんと言及する土壌が今の東京にはある。


裏から表から、ここ数日間働きかけてきたことは無駄じゃなかったと思うし、


立憲民主党のビラにも一応、辺野古、ゼロベースの文字が入った。



枝野氏も福山氏も、演説で言及しなかったことに、一抹の不安は残るが、


ならば僕は草の根の民として、彼らのまわりにいる市井の者たちと共闘しようと思う。



奥田愛基くんとも、数年来の微妙な敵対関係を解消できた。握手した。


たぶん、ほんの少し前に進んだ。


5年後10年後の主導権を握るのは間違いなく、僕らだ。


この選挙にしても、


長い長い、助走期間、その滑走路を少しでも整地しているにすぎない。



なんせ、日米の規定ラインはこの通りだ⬇︎


誰が首相になっても、総選挙後に必ず起こる「2つの重大な出来事」

『知ってはいけない』著者の警告  矢部 宏治

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53127


戦後70年に渡るアメリカによる支配構造の闇。


ようやく光がそこに当たり始めた。


山城博治さんが言う「長い長い闘いです」


その意味がようやくわかり始めた。


中略

=============================================


さて選挙である。


噂レベルでも、公式にでも情報が溢れてくる。


公示日だというのに、すでに選挙鬱の自分もいたりするが、笑


いくつかまとめてみる。


小池新党、希望の党は、都市部で人気を落としつつある、


これはネットで、希望の党の排他性が広まったことが原因であろうと思う。



このネットから都市部への民意の広がりが、

選挙中にどれだけ地方にまで拡散するかが鍵となる。


自民と希望の保守の派閥抗争のドンパチの中で、


いかにしてリベラルが票を守っていくか、


結局、個々の選挙区を着実に勝たせるしかない。


リベラルはいかに負けないか、の守備的な苦しい選挙になる。


それにはまず、地元や地元周辺の、感覚があう候補者の事務所に10分でも訪れてほしい。


証紙はり、ビラ配り、街宣の手伝い。


人手はいくらあっても足りないはずだから。


それがまず、自分の1票を2票、3票に増やす試みだ。


ネットでも井戸端会議でもかまわない。



選挙はたぶん、机上の空論では測れない。


あなたが勉強して知識を深めるより、


今は、その知識をまわりに広めてほしい。


もちろん、丁寧なコミュニケーションという花束を添えて届けてほしい。


僕は、去年の選挙フェスで、一生ものの友達がたくさんできた。


友達は人生の宝だ。


この選挙を通して友達を作ろう。


これは世代を超えて、案外、重要なテーマかもしれない。



「希望がない。どこの党に入れても変わらない」


そこで思考停止する時代はもう終わりだ。


あなた自身が、一歩、外に出ること、

少しだけいつもと違うアイディアを利かせることで希望が生まれる


本当の希望は、あなた自身のなかにあるのだ。



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東京で乗ったタクシーの運転手さんが中国人で、

15年前に留学して、こっちで帰化したという。


最初はこちらで働いた経験を生かして中国に帰ろうと思ったんですが、

どうも日本の風土が気に入ってしまって、と微笑んだ。


差別の問題などを語り合い、

「どの土地にもどの人種にも、悪い奴も良い人もいますよ」

と達観した様子で言った。

また現在の東アジア情勢について、

「アメリカは日本と中国と韓国が仲良くして、支配できなくなることが怖いんでしょうね」

としみじみと語ってくれた。


降り際に、「次の選挙、どこに入れますか?」と聞いてみた。


「共産党ですね、笑 中国の共産党が嫌で日本にきたのに、皮肉ですよね。

でも、中国の共産党と日本の共産党は違いますから」


彼はまた微笑んだ。


街の声が、少し聞こえた気がした。


希望はまだ、人々のなかにあると確信した。






さて、沖縄に帰り、オール沖縄の選挙について多角的に見つめたいと思う。

特に1区と4区、かなり厳しい選挙が予想される。

まだ受信料を収めていない方、ぜひこのタイミングでお願いしたい。


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公示前日、本日18時からの新宿アルタ前。
立憲民主党の街宣を中継しました。

枝野氏の演説までの間、

若者たちが皆、揃いも揃って沖縄について全力で言及している姿に、心が熱くなりました。
(しかも安室ちゃんがBGM)
 

なかでも元山仁士郎くんの
「はいさーい!」から始まる演説には涙が出ました。

「沖縄にも日本国憲法を実現してほしい!
72年に返還された沖縄には、今も日本国憲法が適用されていない現状がある」

その言葉は重く、切実でした。
それはまさに、僕が見てきた沖縄の姿でした。
 

枝野氏、福山氏の演説ももちろん力強いものでしたが、

政治家の彼らに若者の声を届けた、

彼らに草の根の、市井の民の声を届けた、

そこに最大の価値があった街宣だと感じました。

 

枝野氏の言葉に沖縄への言及はなかったけれど、

この若者達が立憲民主党を支持している、
 

沖縄のことを語らずして何が立憲か!
という東京の若者達の声を感じ、

僕はそんな彼ら若者たち、市井の民たちの側に立ち、

立憲民主党を応援しようと思います。

 

終了後、今まで微妙な関係だった奥田愛基くんとも、

がっつり握手を交わし、共闘を約束しました。

 

3年後、5年後、10年、20年後の本当の希望はどちらにあるか?

それは僕らの中にあるのです。

僕らが腐らず、あきらめずに、一歩、外へ踏み出すとき、

そこに希望が生まれるのです。

長い長い闘いです。

内地に政治家に沖縄を無視させない。

この国に本当の民主主義を根付かせる。

僕らの草の根の共闘は今夜、新たな段階に入ったのです。


 

※演説は28分ごろより、
通信673


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沖縄から今日駆けつけ、

できたばかりの立憲民主党、枝野代表の街頭演説を聞きに行きました。
有楽町イトシア前、
5、600人の聴衆が枝野代表を見つめていました。

すごい熱気でした。

「草の根から民主主義を作っていく!

政治は今、左右の対立ではなく、上下の対立構造の時代である!」

力強い言葉が並び、聴衆は歓喜しました。

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演説の後、広場をひとまわりする枝野氏、

たくさんの感性が飛ぶ中、僕も握手をしながら、

「辺野古の中止、お願いします!」と2回言いました。

しかし2回とも、あれ?という反応でした、、、


報道陣が集まり会見が始まりました。

僕も真後ろに陣取りました。


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マスコミからの質問が飛び交う中、

辺野古は?沖縄は?高江は?オスプレイは?

との疑問が湧き上がり、僕が勇気を出して質問しようとした瞬間、

TBSの金平キャスターが、


「沖縄の米軍基地問題や原発の問題にはどうお考えか?」

と質問してくれました。

すると枝野氏は、
「民進党の政策を引き継ぐ形で進めていきます」

と曖昧に語りました。

????????


「民進党の政策を引き継ぐ????
それって辺野古もオスプレイも容認では???」


私はとても不安になりました。

枝野さんは米軍基地問題が、
沖縄の問題ではなく、日本の問題であるという自覚があるのでしょうか??

混沌の中で会見が終わりました。

会見終了後、金平さんと、
「衆院沖縄選挙区、1区と4区が心配だ」という話をしました。

私と同じ見立てでした。



その後、関係者の方に事情を聞くと、

「立憲民進党の政策についてはまだ、調整中であり、

ネットなどの声が決め手になる。
」との回答が得られました。


というわけで、こんなアクションを始めました!


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立憲民主党と名乗るなら、

まず、沖縄で日々行われている憲法違反や人権侵害を
中止する公約を発表してほしいと思います。

みなさん、ツイート拡散など協力をお願いします。

本人たちに直接、声を届けましょう。

沖縄に押し付けてきた米軍基地問題はこの国の民主主義の根幹に関わる重大な問題です。

僕は石にかじりついてでも、立憲民主党の公約に、



辺野古の移設、白紙撤回。

オスプレイの撤去。高江のヘリパッド使用中止。


を入れてもらおうと思います!!!!!!!!!!

お願いし続けます!!!!!!!!!!!!!!!!!

沖縄の大衆運動から学んだ鈍角の闘いです!!!!!!

ぜひぜひぜひ、
みなさんもご協力お願いします!!!!!!!!!!!!!!!!


※会見の映像は20分頃より




大袈裟太郎

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那覇の久米町に来ています。

ここはかつて久米村(クニンダ)と呼ばれ14世紀頃より、
中国からの渡来人が住み、琉球王国の外交や交易を支えた場所です。

江戸時代の長崎の出島のような場所といえば内地の方にもわかりやすいかもしれませんが、
出島ができる実に300年前から、アジアとの交易の拠点だった先進的な場所です。


14世紀から16世紀にかけての「大交易時代」
琉球はヨーロッパでもレキオと呼ばれるほど、
国際的に栄華を築いていました。

ちなみにまだ日本は室町から戦国時代、
国内の内戦でゴタゴタしている時期です。

「日本」という概念の誕生より、

「琉球」という概念の確立の方が圧倒的に先でもあります。


沖縄のおじい、おばあが日本のことをいまだにヤマトと呼ぶ意味が、わかった気がします。


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久米町には孔子の霊廟である孔子廟もあり、

琉球初の公立学校、明倫堂(1718年より)もありました。


当時の政治、経済、教育、文化、学問の中心地でもあったそうです。


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1609年、薩摩による琉球侵攻以降、
日支両属(日本と中国の両方に属する)
という独特なバランスの政治体制を支えたのが、万国津梁の精神。
「琉球は世界を結ぶ架け橋であるという考え方」
それは、この村から育まれた出身地を問わぬ偉人たちの功績であると考えられています。


※沖縄のおじいおばあが時に「400年前の薩摩が攻めてくる前に戻りたいさあ」
というのは、笑い話にはできません、、、
まあ「おばあ、400年前生きてたの?」とツッコミますが。



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現在、その久米町から100mほどの場所に龍柱が建てられ、

世界中からの観光客を歓迎しています。
(那覇市と中国、福州市の姉妹都市提携30周年を記念して作られました)



現在、沖縄への中国、台湾、韓国からの観光客は下記の通りです。
台湾60万7300人、中国本土44万9200人、香港22万1千人。韓国43万1300人、


年間170万人以上に上ります。

一兆五千億円以上と言われる沖縄の観光収益の40%を担っているのがこの層です。

しかも311の影響で観光客が減少した2011年以降、5年連続急成長中です。

※911のあった2001年にも観光客は激減しました。
米基地や原発事故が観光に与える悪影響も見逃せません。


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【まとめ】

600年以上に及ぶ、沖縄と中国の歴史的関係性。

さらに、近年の観光産業の目覚しい発展を考えると、


一部のネット右翼が言うような、
「沖縄には親中派がいて中国共産党との連携を画策している」

などという言説は、歴史的背景を無視した、たいへんなデマであることがわかります。


沖縄、琉球は、中国が共産主義化する500年以上前から、

親中的であり、経済も文化も影響し合ってきた場所なのです。



琉球民謡の名曲「唐船ドーイ」の歌詞にも歌われています。



とーしんどーい さんてーまん いっさんはーえーならんしや(ゆいやねー)わかさまちむらぬしなふぁぬたんめー

(唐船だぞーい と言ったところで 一目散に走ることができない者は若狭村の瀬名波のおじいさん)

琉球王国時代、唐から来た船が港に着くと、皆、一目散に港に走ってお祝いをした。
という意味だそうです。


沖縄と中国はそのぐらい歴史的に密接な間柄なのです。




沖縄は地政学上、これからも万国津梁の精神で、

東アジアの多様性と平和の要になっていく場所なのです。


ぜひ、ネトウヨや歴史修正主義者たちのデマに騙されぬよう、

若い世代にも、本土の方にも、沖縄、琉球の歴史を共有してもらいたいと思います。




大袈裟太郎


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2017年10月10日に公示される衆院選沖縄選挙区について、
取り急ぎ、前回(2014)のデータとともにまとめてみました。
投票日は10月22日です。


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まずは沖縄1区。
激選区。 オール沖縄の共産、赤嶺氏を自民、国場氏が追う。
前回はわずか4000票差。
ここに希望への鞍替えが噂される下地幹郎氏がどう絡んでくるのか。
希望の党の勢いを考えるとあなどれない存在になりそうだ。
さらに幸福からも立候補者があり、基地容認票の割れが起こる見込み。 那覇を含み沖縄の要となる選挙区。




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沖縄2区。 オール沖縄、社民、照屋氏と自民、宮崎氏の一騎打ち。
前回は30000票以上の差がついている。

沖縄の良心からリベラルの良心となりつつある照屋寛徳氏。

この勢いを比例九州ブロックにも結びつけ、
自民、希望以外のリベラル候補を一人でも多く誕生させることが期待される。






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沖縄3区。 昨日、希望の党との決別を宣言した玉城デニー氏を自民、比嘉氏が追う。
県北部、高江のある東村や、辺野古、オスプレイ墜落の安部を含む名護市があり、 米軍基地問題がとくに焦点になる選挙区。 自由党が希望へ合流すれば、玉城氏は無所属での選挙となる。





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沖縄4区。
今回の最激選区。 オール沖縄、無所属、仲里氏を自民、西銘氏が6000票差で猛追する。
比例復活の無い仲里氏、八重山など離島を含みオール沖縄としては絶対に落としたくない選挙区である。
仲里氏の年齢も踏まえると反自民票の取りまとめが急務である。

幸福の立候補で基地容認票が割れるとしても、
激戦は必至だ。








まとめ、

現在、沖縄はオール沖縄の4選挙区全勝体制である。

オール沖縄とは、自民穏健派から共産、社民、自由、社会大衆までが、

2013年の建白書、

・普天間基地、県内移設反対(辺野古新基地建設反対)

・オスプレイの即時撤去


を基本にして、
「イデオロギーよりアイデンティティ」の旗印にまとまった沖縄独自の政治体制だ。


一貫して基地反対(反自民)であり、民進党の影響もない。(公明も自主投票である)

したがって、話題の希望の党の影響も受けづらいと予想される。

しかしながら、自民党はその潤沢な資金力によって、中央から攻勢をかけてくるであろう。

(今井絵理子の不倫スキャンダルによる無力化は、実はとても重要な要素。
彼女の保育園まわりによる無党派ママ票取り込み作戦は驚異的であったのだ。)

オール沖縄にとってすべて落とせない、選挙。

全勝必至の苦しい闘いである。


そのためには、基地問題以外への積極的な言及。

基地問題について食傷気味になっている、若者層、無党派層をいかにして取り込んでいくかが鍵になる。(ネット対策も急務である。)

オール沖縄が県民に対してより細やかな信頼関係を築いていけるか?

これは沖縄の未来だけではなく、

希望の党の台頭によりリベラル勢力が壊滅的な状態にある本土にとっても、

切実な影響を及ぼす重要な選挙である。

自民か希望かの地獄の二択ではないのだ、本土の人々も眼を見開いて選択してほしい。



沖縄は民主主義の最前線であり最後の砦。

日本の民主主義を問い直すのは、沖縄からの風である。

そんな気概をもって、オール沖縄はこの衆院選を勝ち切ってもらいたい。

もちろん私もそんな気概で沖縄に寄り添い、伝えていこうと思う。
全国からも注目を続けてほしい。


大袈裟太郎


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SMAPがあった頃、僕は彼らの歌で泣いたことは一度も無かった。
彼らの演技で泣いたことも一度も無かった。

だけど解散して干された3人の決意が込められたこの動画で泣いてしまった。

 

戦後70年かけて腐敗しきったズブズブの利権構造、支配構造に、
果たして個人は風穴を開けられるのか?

持たざる者に勝機はあるのか?

 

これはまるでジャニーさんや今の芸能界、
この息苦しい社会の搾取のシステムに、
投げかけた挑戦状のようだ、、、

 

ブラック労働の頂点の芸能界の
そのまたブラック企業の頂点に君臨するJ事務所に対して、
反旗を翻した彼らに、
爽やかな未来が訪れることを切に願う。

僕も彼らの側に在りたい、
現状を打ち破る、希望の匂いがするんだ。

 

逃げよう。
 

自分を縛りつけるものから。

ボーダーを超えよう。

塗り替えていこう。
 

自由と平和を愛し、武器は、アイデアと愛嬌。
 

バカにされたっていい。

心をこめて、心を打つ。

さあ、風通しよくいこう。
 

私たちは、新しい地図。
 
 

WEBサイト
https://atarashiichizu.com

朝日新聞記事より
http://www.asahi.com/articles/ASK9P6H8XK9PUCLV00T.html


新しい地図=NEW(S)MAP???
今後も注目を。
 

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