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那覇の久米町に来ています。

ここはかつて久米村(クニンダ)と呼ばれ14世紀頃より、
中国からの渡来人が住み、琉球王国の外交や交易を支えた場所です。

江戸時代の長崎の出島のような場所といえば内地の方にもわかりやすいかもしれませんが、
出島ができる実に300年前から、アジアとの交易の拠点だった先進的な場所です。


14世紀から16世紀にかけての「大交易時代」
琉球はヨーロッパでもレキオと呼ばれるほど、
国際的に栄華を築いていました。

ちなみにまだ日本は室町から戦国時代、
国内の内戦でゴタゴタしている時期です。

「日本」という概念の誕生より、

「琉球」という概念の確立の方が圧倒的に先でもあります。


沖縄のおじい、おばあが日本のことをいまだにヤマトと呼ぶ意味が、わかった気がします。


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久米町には孔子の霊廟である孔子廟もあり、

琉球初の公立学校、明倫堂(1718年より)もありました。


当時の政治、経済、教育、文化、学問の中心地でもあったそうです。


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1609年、薩摩による琉球侵攻以降、
日支両属(日本と中国の両方に属する)
という独特なバランスの政治体制を支えたのが、万国津梁の精神。
「琉球は世界を結ぶ架け橋であるという考え方」
それは、この村から育まれた出身地を問わぬ偉人たちの功績であると考えられています。


※沖縄のおじいおばあが時に「400年前の薩摩が攻めてくる前に戻りたいさあ」
というのは、笑い話にはできません、、、
まあ「おばあ、400年前生きてたの?」とツッコミますが。



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現在、その久米町から100mほどの場所に龍柱が建てられ、

世界中からの観光客を歓迎しています。
(那覇市と中国、福州市の姉妹都市提携30周年を記念して作られました)



現在、沖縄への中国、台湾、韓国からの観光客は下記の通りです。
台湾60万7300人、中国本土44万9200人、香港22万1千人。韓国43万1300人、


年間170万人以上に上ります。

一兆五千億円以上と言われる沖縄の観光収益の40%を担っているのがこの層です。

しかも311の影響で観光客が減少した2011年以降、5年連続急成長中です。

※911のあった2001年にも観光客は激減しました。
米基地や原発事故が観光に与える悪影響も見逃せません。


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【まとめ】

600年以上に及ぶ、沖縄と中国の歴史的関係性。

さらに、近年の観光産業の目覚しい発展を考えると、


一部のネット右翼が言うような、
「沖縄には親中派がいて中国共産党との連携を画策している」

などという言説は、歴史的背景を無視した、たいへんなデマであることがわかります。


沖縄、琉球は、中国が共産主義化する500年以上前から、

親中的であり、経済も文化も影響し合ってきた場所なのです。



琉球民謡の名曲「唐船ドーイ」の歌詞にも歌われています。



とーしんどーい さんてーまん いっさんはーえーならんしや(ゆいやねー)わかさまちむらぬしなふぁぬたんめー

(唐船だぞーい と言ったところで 一目散に走ることができない者は若狭村の瀬名波のおじいさん)

琉球王国時代、唐から来た船が港に着くと、皆、一目散に港に走ってお祝いをした。
という意味だそうです。


沖縄と中国はそのぐらい歴史的に密接な間柄なのです。




沖縄は地政学上、これからも万国津梁の精神で、

東アジアの多様性と平和の要になっていく場所なのです。


ぜひ、ネトウヨや歴史修正主義者たちのデマに騙されぬよう、

若い世代にも、本土の方にも、沖縄、琉球の歴史を共有してもらいたいと思います。




大袈裟太郎


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