いろんな情報があると思うが、自分が201711月9日朝9時頃、

辺野古ゲート前にて逮捕された件について、

率直な事実を書いてみようと思う。

また、釈放はされたものの現在もまだ起訴についての処分は決定され

ていないため、
 

捜査にかかわることや微妙な部分については後日メルマガに書こうと

思う。

 







https://www.youtube.com/watch?v=YKVQVkYHKnw&feature=youtu.be


自分のツイキャス映像を元に記憶を整理していこう。
 



その日は実は、久しぶりの辺野古ゲート前だった。


高血圧で医者からストップがかかっていることもあり、

一ヶ月半ぶりだった。


内地から、古い友人のラッパー、静勲が来ており、

前日から
1日たっぷり沖縄北部を案内した後、


帰る前に辺野古のゲート前の座り込みを見ようと8時過ぎに家を出

た。


 



辺野古に着くとすでに強制排除が始まっており、


撮影を始めながら慌てて工事用ゲートに向かった、


撮影開始から130強制排除の現場に到着する。



400ごろ

県警本部Sに「押した」と言われ機動隊に排除されゲート横、

人間の檻に入れられる。
 


650ごろ、横のフェンスに登り人間の檻から脱出する。



745ごろ、再び拘束されそうになり道路を横断し対岸に渡る。



750ごろ、

目の前に出た県警交通課の誘導棒を危ないと思いとっさに手に取る。

 

(この認識は翌日、検察に見せられた警察側の動画とは微妙に食い違

いがあるので、後ほど触れる)
 


755、5mほど歩いたところで誘導棒を警察に返すが、

10人前後の機動隊に拘束され、
 

工事用ゲート内に運ばれ、叩きつけられる。

僕が誘導棒を持っていたのは5秒ほどである。




ゲート前到着から、実に6分半ほどで拘束されたことがわかり、

映像を見て自分でも驚く。




ゲート内で数名に囲まれ、
 

「動画配信してますので」「挑発やめてください」

と県警Sに言われ、言葉を返す。


 



9:50「なんで?拘束した?」との私の問いに、


県警が「道路に出るからだよ」と答えている。


「警察が嘘つくなよ」「うるさい黙れ」などの問答があるが、


この時点で県警もまったく「窃盗」についての言及はない。



 


1148 ゲート内に次々とトラックが入る。


ゲート内で微妙な時間が流れる。


機動隊に「熱くなってすいませんと謝り」、おとなしくする。

 

 


1500ごろ、マスクとサングラスの県警が突然、
 

「基地内だから撮影はできない」と忠告に来る。


ゲート内に入れられて7分すぎて初めての指摘だった。


「じゃあ出して」との僕の発言に、


 

「トラック終わったら出すよ」と県警が明言している。


しかし、撮影を続けることで言い合いになる。

 


「法的根拠を示したら撮影をやめる」と言っても県警は、
 

「あんたが示せ」という謎の返答をする。
 

「警察手帳を見せろ」「あんたには見せない」


警察法を守らない県警に苛立つ。


 


1750、手錠を持った警官が現れ「窃盗の現行犯で逮捕する」


と手錠をかけられる。


あまりに唐突で、「窃盗?」と僕も意味がわからなかった。

 


意味がわからないので「映像を消すからよ」と僕も叫ぶ。


スマホとカメラを奪われ、映像が停止し音声だけになる。






今、時系列でみると、

僕が誘導棒を手にとって5秒で返してから約10分が経過していた。



2110スマホの電源を切られて配信が止まる。


4066380110
ちなみにこれが誘導棒。







パトカーに乗せられ、両脇に機動隊員。


名護署へ移送された。



パトカーの窓から、ゲート前の人々を見たが、

あまり誰も気づいてないように感じて不安だった。
 


なんせ来て6分でゲート内にひきづりこまれた、

僕が捕まったことを誰か知っているのか?


 

僕の荷物や財布はゲート横に置き去りだし、

一緒に来た友達も誰もまだゲート前の人たちに紹介していなかった。
 


ぽっかりと世の中から消えてしまった自分の存在に、

誰か気づいているのか?
 


あまりにちっぽけな自分が悲しくなった。

 



僕というパズルのピースがぬけたままでも、

この社会は余裕で回るのかもしれない、、、




ただ、突然の別れになったラッパーの友と、

今日の昼から合流し案内するはずだった作家の方と石原岳さんが気が

かりだった。










名護署で取調室に入れられ、

手錠と腰ひもを椅子にくくりつけられた。

 

その椅子がまた紐でテーブルと繋がっていた。
 

まず、部長クラスのAが逮捕された事実を伝える。

 


ゲート前でも見かけるふてぶてしい男だ。


ゲート前では絶対名前を名乗らないがここではあっさり名前を名乗っ

た。


というか、

何時何分、誰がこの手続きをしたかという書類にいちいちサインさせ

られるので、

捜査員の名前はいちいち覚えてしまった。







弁護士を呼ぶかどうか?みたいな問いがあった時、

宇都宮健児さんのことが一瞬浮かんだが、

辺野古の運動の弁護士が来てくれるだろうと信じてみることにした。



しかしながらまったく、


逮捕時の振る舞いについて知識のない自分に気がついた。



黙秘すべきなのか?なんなのか?
 


まったくわからなかった。


名前は、いつも通り大袈裟太郎と名乗った。


 


書類には自称大袈裟太郎と書かれた。


よく逮捕時に自称ミュージシャンとかで揉めてる例は聞いたことある

けど、

もはや名前にまで自称がついて、自称大袈裟太郎。

滑稽の上に滑稽を乗せた感じだなあと書類を見ながら思った。


 


ぶっちゃけた話、仲良しの人だって最近じゃ僕の本名を知らない、笑











昼食の時間、留置所に入った。173番と番号で呼ばれた。

 


手錠を外す時「手錠外しましょうね〜」と言う刑務官のウチナーグチ

はやさしすぎると思った。



 


壁に手をつき足の裏、口耳、手のひらと身体検査された。
 

血圧が高いことを伝えると刑務官が血圧を測ってくれたが、

上が200を超えていて、彼らも驚いていた。


 


「拘留延長になるようなら薬をもらおうね」

と丁寧に対応してくれた。







四畳半ほどの檻の中、小窓からトレーに乗った昼食が渡された。


ご飯と、よくわからない味噌汁と麦茶。だけど味は悪くなかった。






食事の時間だけ房内にラジオ、FM沖縄が流れていた、


EPO、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、と流れて、

 

次に、むぎ(猫)の「アガってく音頭」が流れた。

 

高江音楽祭では那覇でも京都でも一緒にやっている仲間の歌声に、

軽く涙ぐんだ。


むぎちゃんありがとう。おれ大丈夫そうだよ。と思った。







午後の取調べ。


誘導棒を手に取ったことは認めた、
 

しかし、自分の身を守るためだったことと、


 

5秒間にも満たなかったこと、窃盗する意図はなかったこと
 


まして、ゲート内にひきづられてから逮捕まで10分ほど

(当時正確な時間はわからなかった)あってなぜ現行犯なのか?
 

という話をした。





カメラとスマホを押収されたが、

ロックの解除の暗証番号については教えなかったし、

 

電話番号さえも教えなかった。


iphoneのロック解除は、FBIでさえ解けないものだと知っていた。

 



「解除の番号教えないと返却する日数が伸びるよ」

と警官に言われたが、
まったく教えなかった。
 


結果、翌日の釈放時に返ってきたし、

中には一切、手をつけられてなかった。


これは今後、誰か逮捕された時も参考になる話だと思う。

 


というか、共犯のいる事件じゃないので

わざわざロックを解除する捜査の許可も降りないのだ、


あくまで僕は「窃盗」の容疑なのだから。




あとは、調書を取る時、生い立ちから何から話すことを拒否したが、


なぜ沖縄に来たかだけは、丁寧に話した。
 


高江のゲート前で機動隊が市民を殴る動画をネットで見て、
 

10日間の予定できたが、あまりにネットにデマがはびこり、
 

反対運動の人々が暴力集団だとか中国のスパイだとか、

言われている状態と現実とのずれのひどさに驚き、

少しでもこの沖縄の真っ当な人たちの役に立ちたいと思ったから、
 

世の中の認識の偏りを少しでも現場から変えていきたいと思ったから

だと話した。





ここから先、5、6人の名護署員と会話したことの詳細は彼らの警察

内での立場もあるので詳しくはメルマガに書くが、

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大まかにまとめると、

 


名護署員から感じたのは、

できるだけ中立でいたいという地元警察の想いだった。

 


実際に、「県警と運動の間に立ちたい」と言った警官もいた。


しかし、ゲート前には名護署員は毎日、2人ほどしかいないという内

部情報も聞いた。
 


あとの警察は全部、国の圧のかかった県警本部と機動隊なのだ。





 

踊る大捜査線というドラマを見たことがあるだろうか?


所轄と本庁の対立などをコメディタッチで描いたドラマだったが、


名護署員から感じたのはそれに似ていて、

しかしもっと切実なものだった。








基地反対運動が流されているデマについて、

明確に否定する人もいた。

 


日当デマの根深さには一緒にため息をついたし、
 


高江での大阪府警の「土人」発言には「ひどいですよ」と言った。


「あんな言葉今時出ないですよ」とも言っていた。

 


「ゲート前の人々がテロリストなら、

テロリストの概念がおかしくなりますよ」
 

とも言っていた。


 

僕が百田やネトウヨ、産経のひどさを語ると、


「ネットの変なデマは見ないほうがいいです」と言った。




警察がネット上のデマを明確に否定した。

これは僕にとって大きな収穫だった。


 



別の名護署員は

「ゲート前で座り込むより、内地に行って選挙運動したほうがいい、


この国の政治を変えないと結局、何も変えられない」と言った。


 


「でも、あの座り込んでいる沖縄のおじいおばあたちが、

今から内地で選挙運動できますか?

だから僕このゲート前の現状を撮影して、

内地に届けて少しでも内地の政治状況が変わるように日々発信してる

んですよ」



と僕が言うと、「確かにそうだね」と理解を示してくれた。









また、何人かの名護署員から聞かれたのは、


 

「ラッパーとかミュージシャンて安定してない仕事だと思うけど、

どうしてなったの?」



と言う素朴な疑問だった。


確かに雇用の限られた沖縄で警官になっている名護署員たちは、

皆、第一に安定志向の人々だと感じた。





僕はそれを丁寧に説明した。


「30代の今になっては、

安定した仕事が重要なのは理解できるんですが、
 

職業を決める20代前半まで、

牢獄みたいな環境で暮らしたそれまでの僕を救ってくれたのが音楽だ

ったし、たぶん音楽がなければ死んでいたんです。

 

だから、僕は自分に似た、

行き場のない誰かの役に立ちたいと思った。

 

安定した仕事に就けない環境や精神状態の人間、


あの頃の僕のような人間を勇気づけるために音楽をやってるんです」

と語った。


 
 


「なるほど、確かに自分も、辛い時とか車で浜省とか聴いて、

立ち直ったりするもんね、

音楽の力って確かに人を救えるよね、大事だよな」


ある名護署員が言ってくれた。


 


「ちゃんと治安を守ってくれてる警察官もいて、

おれらみたいなミュージシャンもいて、持ちつ持たれつの人間社会だ

と思うっす」



と僕が優等生気味に答えると、名護署員も笑っていた。



 


名護署員と心の交流ができた気がした。
 


もしかしたら、

浜田省吾が辺野古の基地反対に足を運んでいると知っていて、

彼は言ったのかもしれないと後で思った。













一度、県警Sが取調室に顔を出した。


おれは急に態度を変え「Sが来るなら何もしゃべりません」と言っ

た。


「何でですか?」と聞かれた。
 


S間や、A嶺、AりDめ、なんかはゲート前で、無茶をするから、


「警察の職を超えて、感情で執行してくるからおかしい」

と言った。

 


「確かに、警察の職を超えて行動するのはまずいです。

彼は調室には来させません」

 

と名護署員が約束してくれた。

Sが名護署員ではなく県警本部だということもわかった。

 


ここで気づいた、普段僕らに変な仕打ちをしている警察官は、
 

ほとんど県警本部の人間だということ知った。

 



国から直接圧力をかけられている県警本部と、

 

一介の所轄である名護署員との違いを、僕は明確に感じ取った。

 


そこにあるのは、

国と県の間で板挟みにされている、

うちなーんちゅ警察たちの葛藤ではないだろうか?
 


甘いと言われるかもしれないが、

名護署員が僕を人間として真っ当に扱ってくれたことに感謝してい

る。



そして、そんな気分をTwitterに書いたところ、


おまえは警察に懐柔された馬鹿だ。


などという匿名の意見が多数寄せられたが、


そんな内地のあなたに言いたい。


沖縄県民の7割が辺野古新基地建設に反対しているという現状を本当

に理解できているのだろうか?



警察の中に新基地反対の人間がいるのはすでに、

こちらに暮らせば当たり前の感覚だ。



まして、僕は自分の情報以外何一つ警察に語ってはいない。



スマホすら解除されていない。

仲間の名前も一人も出してはいない。





大袈裟太郎が懐柔された、スパイになる、

などと語ること自体が古ぼけた左翼運動の因習であるし、


あなた方、

内地の先輩方がそのくだらない対立思考を続けているから、

僕らの世代がこんなに苦しい日本を背負わされているのではないか?


自民から共産までが、葛藤しながら、党派を超え、

「イデオロギーよりアイデンティティ」と、まとまった、


オール沖縄の理念を少しは理解してほしいと思う。




カタルーニャの消防士とまではいかないが、それに似た心、

うちなーの警察はまだ、
まぶやーまで落としてはいないと感じたんだ。








外から、叫び声がした。


朝、ゲート前で離れ離れになったラッパーの静勲だった。


驚くほどに声は聞こえた。


「おおげさたろー!がんばれよー!また必ず来るからよー!」


心がぎゅっとしまるような想いがした。








取調べが終わって、留置場に戻った。



本を三冊選べるというので、
 

「ゴルゴ13」と、仲村清司さんの「本当は怖い沖縄」と

「戦国武将に学ぶ処世術」を選び取った。


百田の本と幸福の科学の本もあったが、

燃やしちまえ、

と心の中でつぶやいた。

 


寝転がってゴルゴを読んでいた。
 


名護署裏手からシンゴ西成の曲が聴こえてきて、
 


なんだろう?

と思ったらヤスさんが流してくれていたと釈放後に知った。







表から、仲間を返せが少し聞こえたが、


前日逮捕された人の釈放を祝う声のようだった。


トランペットでアメージンググレイスが聴こえたが、

それは僕に対して吹かれているものではないと知っていたのでまだ不

安だった。



正直、弁護士さんがくるかどうかも不安だった。




 


高江ならまだしも、一ヶ月以上辺野古に行ってない僕が、

運動の仲間と認識されているのか、とても不安で、、、
 

たとえば僕がいなくても、

この僕というパズルのピースが抜けたままでも、
 

世の中は通常通り、回っていくんじゃないか、、、




 


ゴルゴ13を読んでも集中できず、

もしこのまま博治さんや籠池さんみたいな長期拘留になったら、

僕は耐えられるのか、、、


なんて恐怖で、進まなすぎる時計を見るのも嫌になった。







突然、刑務官が来て弁護士の接見だと告げられて、

小部屋に誘導された。



その小部屋に入った時、外から爆音で流れる僕のラップが聴こえた。


あまりの爆音で、

弁護士さんが僕の声なのか外から聞こえる僕のラップの声なのかわか

らなくなるほどだった。笑





誰かが捕まるとその人の好きな曲を流すのが、

仲間を返せ!のお約束だが、



ラッパーの僕が逮捕されると、自分の曲を流されるのだなあ。


ラッパー冥利につきる、勲章のような瞬間だった。







外から聞き覚えのある声がいくつも聴こえた。


みんなの顔が浮かんだ。

この僕の曲を流してるということはヤスさんが絶対いてくれる。



ヤスさんがいるということは、僕の大切な人たちには皆、

僕の逮捕が伝わっている。と思い、安心した。





 


大丈夫だ、大丈夫。みんな僕がここにいることを知っている。

 


こんなにも、こんなにも仲間の声のありがたいことか!


腹の底から熱くなった。

 


ひとりじゃない。


社会というパズルのピースから、僕だけぽっかり抜けてしまっても、


仲間たちがそれに気づいてくれる。


声をあげてくれる。

 
「自己責任じゃ運動は成り立たない、

ひとりひとりを最後まで守るんだ」

山城博治さんの声が聞こえた気がした。

 


沖縄の大衆運動の底力を僕はかみしめていた。
 


外の見えない磨りガラスの窓の向こうから差し込む光が、

とても眩しかったという
記憶が、僕の脳裏に焼き付いている。




 

七尾旅人さんのこの曲も聴こえて、いろんなことを思い出した。





その日は、夕食の焼うどんを頰ばり。


硬い畳の上で、消灯の前に眠ってしまった。



いつでも愛とユーモアを、


そう、留置所でもいつでも愛とユーモアを。


呪文のように唱えながら眠った。
 



留置2日目、釈放までの話はまた後ほど。



大袈裟太郎




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