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辺野古ゲート前500人行動、初日。
奇跡の一週間、500人集まって機動隊も来ない工事車両も来ない、
やったねー!カチャーシー踊ろう!指笛ぴーぷー、、、

そんなふうになったらいいなという僕の甘い考えは、
午前9時、早々にぶち壊された。

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市民が330人集まったところへ、機動隊はいつもの3倍以上の人数で強制排除を仕掛けた。
あいかわらず、人間と言うよりボロ布のような手荒な扱いに傷だらけになり、
途方も無い怒りが込み上げたが、
そこは山城博治さんの言うように冷静に、タコのように柔軟に。
石原岳さんが言うようにおだやかに、
体力の限り、撮影を続けた。


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次から次に市民が排除されるが、どうやら機動隊の作戦ミス、
排除された市民が次々に人間の檻の中から復活してくる。

そして一箇所ではなく、有機的に、
機動隊の先を読み、裏をかき、新たに座り込む。
まるで将棋でもしているかのようだった。
 

運ばれては這い出し、運ばれては座る。
 

僕も何度、人間の檻から出たか記憶にないほど繰り返した。

まるでスイミーの絵本のようにまとまったり散らばったり、
皆で永遠に繰り返すかのような錯覚に陥る。

その光景は僕の眼には群舞のように見えた。
もっとも切実で、卒倒しそうなほどに美しい群舞だった。
 

ああ、小魚たちの群れきらきらと海の中の故郷を越えていく、
という中島みゆきの一節が浮かんでは消えた。

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お金じゃないもの、それを守るために行動してる人間たちの真っ直ぐな表情、瞳は、
月給で動く機動隊員たちを、時に、完全に飲み込んでいた。

 

気温も上がり、ふらふらになる。
気づくと1時間、2時間と時が刻まれ、
歓声が上がる。

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途中、完全に市民が「帰れ」コールで押し返した瞬間があり、
機動隊撤退か!?とも頭をよぎったが、
すぐに機動隊員を増員し、また襲いかかった。


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3時間を過ぎたあたりか、

気づくと、座り込んでいる市民を機動隊が囲むという陣形が組まれていた。

 

その中に山城博治さんと稲嶺進さんの姿があった。


機動隊に囲まれながらいつも通りの笑顔で演説する稲嶺進前市長の姿に僕は涙した。




 

米国退役海兵隊員ベテランズフォーピースの面々も駆け付けた、沖縄県内からのバスもたどり着き、合流した。

市民が機動隊を押し返した。

陣形が崩れ、工事車両がゲートぎりぎりで止まった。
いけると思った。
日没までいけると思った。
本当に止められると思った。


郷土を想う民の想いの強さが嘘だらけの国家権力を上回る瞬間を僕は見たんだ。

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14時をまわった。
山城博治さんが撤退を宣言した。
なぜだろう?と思った。


確かに5時間止めたし、普段300台のところを2台しか入れてなかった。
せめて今日は勝ち切りたいと思った。
まだまだ市民は勢いがあった。
今、やめれば、あと98台は入ってしまう。
博治さんなぜだ!?おれたちはもっとできます!と思った。


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しかし、その理由はすぐにわかった。
機動隊との押し合いの中で、ある女性が骨折をしていた。
もう1人の女性は肋骨にヒビが入っていた。

これ以上、けが人を出さないための撤退だった。
さすがは博治さんだと思った。英断だろう。
あと5日あるのだ、余力を残すのも大事だった。


 

名護市街に戻り、ブルーシールで横川圭希さんとスパゲッティを食った。
緊張の糸が切れると身も心も疲れ果てていた。



僕は決して座り込みを美化しようとは思わない。
ただ、理解しておいてほしいのは、
現状ほぼこれしか有効な手段がないということだ。

誰も好き好んで座り込みたくもないし、
機動隊と押し合いもしたくはない、
機動隊だって排除したくないだろうし、
僕だって、できれば国となんか闘いたくない。
しんどい。もう二度と捕まりたくない。


 

だけど、選挙で結果を出しても、住民投票で結果を出しても、
粛々と工事が進んでしまう今、
藁にもすがるような気持ちで、座り込む人々なんだ。

右とか左とかのイデオロギーなんて僕には関係なく思える。
というか、そんなの反対運動に色をつけて、無関心層が参加できづらくする陰謀みたいなもんだと思う。
翁長知事が中国共産党のために知事になったとかいう荒唐無稽なデマの類だ。

 

沖縄で、高江、辺野古で座り込む人たちの大多数が、
ただただ、静かな沖縄を、当たり前に安全に暮らせる沖縄を望んでいる人たち、
子どもや孫の世代にそんな沖縄を残したい人びとなんだ。

そういう人びと、
そして人生の艱難辛苦を乗り越えた先輩たちの言葉や汗、涙を、
僕は何より美しいと感じる。
 

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名護で仕事帰りの石原さんの車で送ってもらった。
「正直、どうしたらいいかわからないよ。って気持ちになりますよね」
と僕が言うと、

「でも、そのどうしたらいいかわからないよって気持ちがすべてのスタートだよね
と石原さんは答えてくれた。

本当にそうだなあと思った。

だから今日の僕の発信で、
どうしたらいいかわからないよ
って気持ちになった人もたくさんいるかもしれないけれど、

それはきっとスタートラインなんだ。
理解の入り口。
それぞれがそれぞれのやり方で歩んでいく道のスタートライン。
積み上げていく何かのはじまり。

 

そう、2016年8月に初めて高江に来た僕も、
やっぱり、「どうしたらいいかわからないよ
がはじまりだった。

そして僕は可視化を始めた。

 

沖縄を琉球を見て見ぬフリしてきたやまとんちゅうのひとりとして、
少しでもその罪を償うために。

そう、もう誰にも見て見ぬフリをさせないための、
可視化なんだよ。

 

沖縄と内地にはもう、橋が架かっているんだ。

それは個人個人の友情の橋であり、
インターネットであり、
言葉であり、
心の橋だ。

だから僕は明日も辺野古へ行く。
その橋をより強くしたいから。

まあほんとは、風呂場で叫んじゃうぐらい疲れているんだけどね、笑

いつでも愛とユーモアを
血圧ファースト
オールおだやか

みなさん、長文読んでいただき有難う。
大袈裟太郎でした。
おやすみなさい。

大袈裟通信CMです。
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ぜひこれからも可視化を続けさせてください。
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運ばれた。