21P 鯉(祭神)
大宝2年(702年)に、御祭神が京都嵐山の松尾大社から大堰川(保津川)を亀の背に乗り
遡って来られたが、八畳岩の辺りから水勢が強くなって進めなくなり、そこへ現れた鯉に
乗り換えて勝林島の在元渕(河原林町)まで来られ、後に大井へ遷られた。

最初に在元渕に建てられた社を在元社と呼び、この社を建てた大工が住んでいた里は、
今でも「宮前町神前(みやざきちょうこうざき)」という地名としてのこされている。

大井神社氏子地内では、この鯉の大功を崇め敬い大切にし、鯉を食べないばかりか
触れることもせず、本物の鯉だけでなく絵や人形でさえも触れようとしなかった。
後の世に「鯉のぼり」の風習が全国的に広まっても、やはり例外ではなく、現在でも
五月の節句に鯉のぼりをあげない風習が残り継がれている。

また古老の中には、鯉のことを呼び捨てにせず「お鯉さん」と呼ぶ者もいる。