2014年01月

episode 2

『バリアフリー』


次女サユリが、小学2年生から地域の学校で副籍交流をはじめました。

学校は、自宅から歩いて1分。1か月に2回程度、2時間目と、
 
長い休み時間と、3時間目を一緒に過ごして帰ります。

児童のみなさんは… お世話好きな女子たち、
 
周りでわざとはしゃぐ男子たち、興味津々なレポーターたち、
 
気おくれして、遠くからチラ見する子たち、
 
と、それぞれの反応で、歓迎してくれました。

先生方の多くも、なるべくサユリが他のお子さんたちと一緒になれるよう

授業の中でも、いろいろと配慮をしてくださいました。
 


しかし、毎回の難関は、階段を昇ることと、降りることでした。

教室は、すべて2階より上で、エレベーターはありません。

交流をはじめるときに、学校の主事さんが、車いすの持ち運びを
 
快く引き受けてくださいました。私がサユリを抱いて上がり、
 
学校の主事さんが2人がかりで車いすを持ち昇ってくださいます。
 
教室が4階のときなどは、はじめはおしゃべりをしながら
 
上がっているのに、サユリを抱いている私も、車いすを担いでいる

主事さんたちも、最後には無言で、ハアハアと息を切らせていました。

それでも毎回、「こんにちは!待っていたよ」と迎えてくれて、
 
「風邪、引かないようにして、また今度来てね」と
 
見送ってくれた主事さんたちに、本当に感謝!です。

手を煩わすことに、サユリと私が遠慮したり気おくれしたりしないように

との心遣いがあったように思います。
 


エレベーターがあったなら、もっと楽に交流ができたけれど…

バリアフリーになっていた方が、いいに決まっているけれど…

でも、もしエレベーターがあったら、
 
主事さんたちとは、会う機会がなかったかもしれません。

上階に上がることができない子のために、
 
快く協力してくれる大人たちがいることを、
 
子どもたちに知ってもらう機会もなかったかもしれません。

設備のバリアがフリーではないために困難だったことを、
 
心のバリアフリーで解決できました。
 
エレベーターがなかったからこそ、できた交流です。

3時間目が終わるころ、車いすを運ぶために、主事さんが教室まで迎えに

来てくれます。
 
 

そんなある日、隣に座っていた子が、

「もう帰るの?給食を一緒に食べて行けば?」

と、まるで自分の家の食事のように、誘ってくれました。

「ここの学校での給食費を払っていないから、食べないで帰るわ」
 
と辞退しましたが…

本当は、誘ってくれて、うれしかったです!
 
                                                                    執筆者:O
 
 
自宅で学習をしているサユリ
イメージ 1



                       
     

 
episode 1

『一緒に遊ぶ?』

私には娘が2人いますが、その2人とも
 
なかなか個性的なキャラの持ち主です。

特に次女のサユリは、希少難病を生まれ持ったために、
 
動かない・しゃべらない・食べないという、
 
外を歩けば多くの人が振り向く存在です。

そのサユリが特別支援学校の小学部に入学した年、
 
翌年に本格導入される副籍制度に向けて、学校では
 
保護者説明会や聞き取り調査などの準備が進められていました。

一緒に過ごすことができるのだろうか? メリットはあるのだろうか?
 
と悩みながら、ときどき地域の学校へ行って交流をすることを
 
ためらっていました。

そんなときのできごとです。

同じマンションに住んでいる、長女と同じ年の女の子2人が
ときどき
 
遊びに来るこがありましたが、
 
いつもサユリは、2歳年上のお姉ちゃんたちが遊ぶのを見ていだけで、
 
一緒に遊んだことはありませんでした。

あるとき、私は思いきって
 
「サユリも仲間に入れてあげてね」と言い、
 
3人のお姉ちゃたちがどうするか、見て見ぬ振りをしていました。
 
間もなく子どもたちは、狭い家の中で障害物競争(競走ではなく)を
 
始めました。
 
スタートからゴールまでの間に課題をクリアしてタイムを競うものです。

その課題というのが
 
「サユリちゃんに手袋をはめる」とか
 
「サユリちゃんにサングをかける」などの、サユリを使ったものでした。

お姉ちゃんたちが、かわるがわるサユリのところに来て
 
キャッキャッと騒ぎながらかしてくれるので、
 
サユリも楽しそう。

子どもって、簡単にイイコトを思いつくものです!

同じことができなくても、一緒に遊ぶことはできるのだ、
 
と気づかされたできごとでた。

そんな女の子たちの姿にあと押しされて、
 
「地域交流をしてみよう。」と、決めたのした。


                          執筆者:O
 

↑このページのトップヘ