2014年03月

~『エレベーターの中から見える風景(1)』によせて~
 
 

エレベーターの中のできごと、

車いすの私も、外出するたびにある、といえば大げさですが、

いつでも、そういう場面になりそうだな…という

緊張を感じることがあります。

とても長ーーい数秒間。

episode4のママは、その場から逃れたい一心だったのでしょう。

そして、逃れたあとは、どうしたらよかったか、というのは考えない、

または、考えたとしても、答えを得るのは難しかったことと思います。

 

最近エレベーターの中で、こんなことがありました。

やはり子どもが私をじっと見ていたのですが、

その周りのご家族が、「こんにちは~」と声をかけてくれたのです。

そして私も「(お子さんのことを)かわいいですね~」

と会話ができ、最後はバイバイして別れるという、

和やかな雰囲気になりました。

そんなときは、心からホッとして気もちがあたたかくなります。

episode4のようなことがあると、心と体が固まります。



社会の中では距離感が取れるのですが、その距離感が

偶然なくなってしまうエレベーターの中では、

「子どもは、ごく自然な疑問をぶつける。

大人は、それまでの距離感を保とうとする。」

そういうことが起きてしまうことは、よくあるできごとです。

この、episode4のエレベーターの中のできごとで、

今の「社会」が目の当たりに見えてくるのではないでしょうか。



私は、おおきなきの中で、社会の中で作られている

このような距離を縮めていくための試みを

積み重ねていきたいと思っています。

               執筆者:T(おおきなき事務局)

episode 4
 
『エレベーターの中から見える風景(1)』
 
 
車イスを使用している人が外出するとき、今やエレベーターは、欠くことの
 
できない設備のひとつとなっています。
 
・・・でも・・・エレベーターは、逃げ場のない、狭い密室(怖)。
 
あなたはそこで、目を背けたくなるような光景を、目の当たりにしたことは
 
ありませんか?
 
 
 
一目みて重度の障がいがあるとわかる私の娘、サユリと一緒に
 
エレベーターに乗ったときのことです。
 
3歳くらいの男の子とママが乗ってきました。
 
当然その子はじーっとサユリを見つめたまま動きません。そして
 
「ねー、ママ、この子どうしたの?どうしてこんななの?」
 
と言い始めたのです。
 
 
 
すると、その子のママは、こちらを一度も見ずに「静かにしなさい!」って
 
子どもを叱ったのです。
 
それでもめげずに「でもママ・・・」と食い下がる男の子。
 
「静かにしてなさいって言ってるでしょ!!」とすごい剣幕で
 
子どもを黙らせようとするママ。
 
ママが勝ち、静寂がおとずれました。
 
 
 
子どもが失礼なことを言わないように思って、子どもを黙らせることに
 
したのでしょうか。
 
狭い部屋のなかで、その原因を作っているサユリと私。
 
身の置き所のないような、いたたまれない気持ちになって、
 
1階まで十数秒のはずなのに、数十秒もの長い時間に感じました。
 
でも、そのママは、私以上にその時間を長く感じていたのではないかと
 
思います。
 
 
 
私はサユリが生まれるまで、障がい者ってそんなにいないと思っていました。
 
それまでの人生で、あまり障がい者に会ったことがなかったからです。
 
障がい者は、就学前から学校〜卒後の生活の場に至るまでずっと、健常者と
 
同じところで社会生活を送っていないから会ったことがないのだということも、
 
サユリが生まれてから知りました。
 
 
 
私が「この子は小さいときからおしゃべりしたり動いたりできないのよ」って
 
言ってあげればよかったと思うのですが、突然のことで思いつかず
 
何も言ってあげられなかったのを、少し後悔しました。
 
大人はそれまでの障がい者との間に保ってきた距離を保とうとし、
 
子どもは素朴に目の前の珍しい、奇異存在について疑問を持ち、
 
知りたがっただけに違いありません。
 
 
 
どんな奇妙さも、恥ずべきことではなく、悪いことでもない。
 
サユリがしゃべれなくて動けないことが、私たちの普通の生活。
 
せっかく聞いてくれたのに、それを伝えられなかったのが残念でした。
 
見てもいいんだよ、話しかけてもいいんだよ、ということを発信するには、
 
エレベーターという狭い空間は、逆に、よいチャンスを与えてくれるのかも
 
しれません(笑)。
 
                           執筆者:O
 

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