2016年05月

支援者として ~私の原点 「君はうぬぼれている」と言われて

授業の最後に、聞いてくださった生徒さんたち1人1人から
言っていただいた感想をご紹介します。

介護される人の意見とかを尊重することで、介護する人もされる人も
幸せな気分になれるんだなぁと思いました。
 
沢山経験されているので、その経験が介護とかにも役立っていますと
言うことで、私も人の役に立つ仕事に行きたいと思っていて
色々経験したいです。
 
人との関わりを通して、しっかり相手の気持ちを考えたり、向きあって
コミュニケーションを取ったりすることでわかるみたいなことが、しっかり
ビジョンがあってすごいなぁと思いました。
 
私も一つの答えに考えがいってしまうんですけど、これからはもっと
柔軟に考えて、その人自身に合った接し方とかを考えていきたいと
思いました。
 
親子丼の話で思ったんですけど、してあげる側とされる側、と
いうんじゃなくて、一緒にやることって、何においても大切なんだなぁ
って思いました。
 
介護系の仕事でそういう話を聞くので、そこでちょっと共通してるよな、
って感じました。
 
来年受験で、だいぶ自分の実力よりも上の方が目標で、危なそうなんですけど、
本の人(恭嗣さん)も先生も、キャンプでも、「もしかしたら何かあるかもしれない」と
失敗することを恐れていない、ということを聞いて、浪人しても頑張るぞと。
(どっとみんなの笑い)
 
失敗したこととかうまくいかなかったこととかって、記憶に強く残ることなので、
何事にも恐れないで挑戦していくとか、
手助けする側とかされる側っていう受け止め方ではなくて、2人でやっていく
というふうに考えを変えられて、すごくよかったです。
 
あれぐらい多人数で、同じことを思ってやっていくことって、楽しそうだな
って思いました。
 
いろんなことにチャレンジしていて、介護する側もされる側もどちらも
気持ちを高める、関係もよくなるし気持ちもよくなる、お互いに高め合いながら、
お互いに利益になる、普通の生活をしているだけで、それが出来ててすごいな、
いいなと思いました。
 
今年受験なんですけど、2月に試験があって、色々悩んでいたり、
落ちるかなとか、友だちも落ちたんですけど、今日の話を聞いて
失敗を恐れないでとか、答えは一つじゃないよとか、結構励みになって、
障がいについてだけじゃなくて、とてもためになる話も聞けて良かったです。
ありがとうございます。
 
私は管理栄養士になって介護施設で働きたいと考えているんですけど、
今まで自分が利用者さんに喜んでもらえる食事を作るって思っていたんですけど、
今回の話を聞いて、利用者さんの話をしっかり聞いて、希望に沿った、
希望をとらえた上で、考えていくことが大切なんだなって思いました。
 
海に行くっていう企画で、結構沢山の人が来た、って聞いて、
やっぱり、そういう海で遊ぶ機会とか人と関わる機会を望んでいるんだろうな
って思って、今ちょっと規制とかで難しいことだと思うんですけど、
そういうのがもっと増えればいいなと思いました。
 
私は、障がいという言葉を聞くと、私とは違うなって思っちゃうんですけど、
キャンプの話を聞いて、少しの間でも同じ時間を一緒に過ごしたり、暮らしたり
することで、「別に、人間としてそんなに変わらないんだな」って思うことが
出来たのでよかったです。
 
自分はまだ介護したことがなくて大変さとかよく分からないんですけど、
話を聞いて、介護される方のその人らしさに合わせた介護とか支援や世話、
そういうのを実際に介護をする機会があったら、大切にしたいなと思います。



これで、「支援者として ~私の原点 「君はうぬぼれている」と言われて」を終わります。

明日は、「授業を終えて」を掲載します。

支援者として ~私の原点 「君はうぬぼれている」と言われて

3つ目は、チームワークです。
一人では、袋小路に入って身動きが出来なくなってしまう
ようなことでも、関心を寄せてくれる方々が集まれば、
思いがけない解決策や方向性が見えてきます。
目の前のその方の立場になって、柔軟に、
“障がいがあっても同じ「人間」として楽しくイキイキと
生きることができるようにするにはどうしたらいいか?”
という難問にでも、チームで話せば、いろいろな角度から
意見が出て、皆で考えようと、努めてくれます。
障がいが重い方ほど、何年にもわたって、何重にも
人の輪が重なっていて、そのネットワークの広さや強さに
驚かされることもあります。

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ご家族、学校の先生、ヘルパーさん、お医者さんなど
「それぞれの関係者がそれぞれの立場で関わる場面で、
各自、その人だけでなんとかしなくちゃいけない」
ということはなくて、先ほどの自閉症の男の子の例のように、
1人で抱え込まないで、どうしたらいいだろう、ということを、
可能であれば本人を含めてみんなで考えていくことが大事
だと思います。
そうすると、時間がかかることもありますが、必ず、
一番いい方法にたどりつくのではないでしょうか。
 
私もこれまでたくさんの失敗をしてきましたが、
みなさんにも失敗を恐れず、どんどん動いて、チャレンジして、
いろいろな人と関わり合いながら生きていってほしいな、
って思います。
今日は、こうして、皆さまに出逢えたことを、とても嬉しく
思っています。
どうぞ身体に気をつけて、頑張って下さい。
どうもありがとうございました。
 
生徒)拍手


では、今日は皆さんとせっかく出逢うことができたので、
一言ずつ、感想でもいいし質問でもいいし、自分の夢でも
いいですので、伺わせてください。



支援者として ~私の原点 「君はうぬぼれている」と言われて

1つは、相手のことを知る、理解することでしょう。
「あなたのことを知りたいという気持ち」と、
相手も「伝えたいという気持ち」が、その方らしい親子丼
生みました。

たとえば、障がいが重くて、その線が、糸のように細いことも
あるかもしれません。
言葉がなくても、目や表情や身体の動きで、とても豊かに
表現して下さる方もいます。
この関係の中で、お互いに伝えたいことが響き合った時の喜びは
ひとしおです。
ゆっくり時間を重ねて、少しずつ通じ合っていくことも
とても愛おしくて嬉しいものです。

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2つ目は、柔軟でいることでしょうか。
「その方らしい」ということに正解はないのです。
それは、私が「こうあるべき」と決めつけることも当然
出来ません。
たとえば、障がい者同士で結婚されている方もいますが、
ヘルパーさんが入って赤ちゃんの入浴をしたり、
食事の下ごしらえを手伝ったり、父親も作業所に通って
支援を受けたりしながら、彼らにとっての「普通の生活」が
イキイキと続けられています。
彼ら一家の周りには、子育て支援の専門員、保健師、保育園や
作業所の方々、医師や看護師など、多くの方々の支えも
あります。
色々なスタイルや考え方があっていいのです。
 
私は今、相談支援の仕事で出会う障がい者の方たちに対しても、
たとえば
「障がい者だからこれはさせてはいけない」
「これはできるわけない」
という思い込みを持って、「管理」するような立場にならないように、
意識しています。

今でこそ、こうして経験も積み、自分が若い時よりも
ずっと考え方が柔軟になっていると思いますが、
相談員を始めたばかりのころは、マニュアルとか常識にとらわれて、
「こうあるべき」という1つの正解を求めてしまったり、
押し付けてしまいそうになったりしたことも多かった
気がします。
でも今は、多くの障がいのある方たちに関わって、
先ほどの「好きな親子丼」をその人と相談しながら一緒に
作ったり、
自閉症の男の子に関する情報を、関わっている方々から
たくさん集めて、みんなで意見を出し合って考えたりする良さを
知りました。
 
なので、1人の障がいのある人に対してたくさんの方が関わって、
本人が好きなものを選べるくらいたくさんの考え方が提案
できればできるほど、障がいのある方が
「その人らしさを実現できる」ということを、私は実感しています。
ですので、みなさんも、もし、難題に直面しても、
答えは一つではないことを思い出して下さい。




支援者として ~私の原点 「君はうぬぼれている」と言われて

今日話したことをちょっとまとめて、終わりにしたいと思います。

まず、私がハレ・晴れ村合同キャンプで恭嗣さんと出会って得たことは、
自分の「福祉」というものに対する意識がどんなものであったかを
知る機会となった、ということです。
その、持っていた意識というのは、福祉の仕事は、人の面倒をみてあげる
特別な仕事であり、そこでの人間関係は、「してあげる人」「してもらう人」
という上下関係があるような感覚を、無意識に持っていた気がします。
恭嗣さんに、その自分の「うぬぼれ」を言葉で直接突き付けられたわけ
ですが、そこからさらに関係を深め、友人となり、その自分の意識が
大きく変わり始めた(筋ジスという病気が特別なものではなくなった)のも、
その出会いでした。
 
ハレ・晴れ村では、障がいが重くても「その人がその人らしくいられる」
こと、障がいがあっても「普通の生活を送りたい」と望んでいること、
それを、私たちは友人として、小さな手をさしのべることで、
一緒に実現することができる、ということを体験しました。
それは、キャンプというイベントでなくてもよくて、むしろ、
そういう「イベント」ではない、「日常」の生活の中で、いろいろな人が
関わりあって、共に生きることで実現出来たらいいなぁと、
そんな社会になったらいいなぁと、私にとっては、今でも宿題であり、
原点となった出会いでした。
 
障がいがあっても、「その人らしくいられる」「普通の生活を送る」には、
障がいのある方たちが管理されたり、いろいろなことを禁止されて
生きるのではなく、1人1人の気持ちを尊重し大事にすることですが、
それは、どういうことなのでしょう。

支援者として ~私の原点 「君はうぬぼれている」と言われて

学校の方からは、
「自分のトレイに載っている物以外は食べてはいけない
ことが理解できていますよ」
と先生がおっしゃると、
ヘルパーさんは、
「外では、信号が赤だよと言えば、止まって待つことが
できます」とか
「電車を降りたあとも見えなくなるまで嬉しそうに
見送っています」など、
お互いに情報を交換することもできました。

「もっと色々なことを体験させてあげたいね。
きっと、もっと好きなことがあるかもしれないね」
と、夢も膨らみました。
集まった方々の表情も和らぎました。
私は、彼の笑顔が増えるといいなと思いました。
 
このように彼らしい楽しみ方が出来るように、
関わっている方々をつないだり、制度も
もっと使いやすくなるような働き掛けをしたりしています。
そうして一緒に喜びあえること、「ありがとう」の言葉を
頂くことは、私にとっては、なによりも嬉しいことです。

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私はこの、学生時代に恭嗣さんたちが教えてくれたことと、
そして自分が気づけたことを、よりどころ・原点として、
多くの方々と関わってきました。
勤める場所が変わっても、私がしてきたこと、大事にしたいことは、
やはり
「その人がその人らしく生きるために」「小さな手を添えたい」
ということだったと思います。
こうした関係が、もっと普通に、どんな職業についても、
みんなが生活の中で自然にできたらいいなと思っています。


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