2018年10月

トックン、これからも一緒にいてほしい
―「トックンのアート館」いつまでも―(第5回・最終回)

  トックンの月命日(13日)です。
    NHKの朝ドラの「半分、青い。」は9月で終わりましたが、
私は録画して主人公の漫画家としての生活が始まった頃から、
毎回見ていました。そして、放送終了後、亡くなった方とともに
生きていくというテーマが強く心に残りました。
  特に最終回につながる3回での「(亡くなった人達も)ここに
おるよ」というセリフが耳にリフレインしています。

  トックンもここにいます。これからもずっといてくれると思います。
  このトックンの追悼記事の連載は、今日で終わりますが、
「トックンのアート館」は、おおきなきが続く限り、そのままにしておく
つもりです。
  どうぞよろしくお願いいたします。

トックンのお母さんに対しての感謝の表現
  やはりトックンを一番身近で力づけていたのは、お母さんの
不変の深い愛情であり、お母さんの絶え間ない支えです。
  トックンはお母さんに対しての「ありがとう」の気持ちをいつも絵で
表現してきました。
  ごちそうしたい物を描くことが多かったのですが、その中の1枚
です。
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                    『親子丼定食』 Tokkun's Art Museum<68>

その日、一番雄弁になり目を輝かせて喜びを表現してくれたトックン
 
   トックンと最後に会って話した日は、1月14日(日)で、天国に
旅立つ3か月前でした。日本肢体不自由児・者の美術展に
初めて応募し、東京都都知事賞に選ばれたものの
外出許可が下りるのが2時間以内だったため、表彰式への
出席は断念していました。
   郵送でおおきなきに届いたメダルと賞状を届けるのは1か月
遅れとなってしまいました。
   
   その日、トックンは初めてお母さんと待っていてくれました。
   お母さんは、平日にいつも面会されていたので、病院でお会い
することは1回もありませんでしたが、トックンがお母さんに話し
てくれて、その日は特別に休日に面会に来てくださったようです。
   2人で、その日が特別な日であることを意識してくれたのです。

生きてきた証しと、認めてもらえた自信を胸に

  
特別支援学校時代の教員4名で表彰式に近い形で、メダルと
賞状を手渡しました。
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その時に、トックンにブログにも掲載するからと説明し、一言
話してもらいました。それまで、気管切開もしているため声は
小さく、発音も聞き取りにくかったので、聞き直すことが多かっ
たし、長い会話をすることもありませんでした。
   この日のトックンは違いました。一つ一つの言葉に力があり、
話している内容を1回ですべて理解できたのです。表情も自信
に満ちていました。


  私の脳裏には、この時の元気で目を輝かせていたトックンの
姿が残っていたので、3か月後の4月13日のお母さんからの電
話には、耳を疑いました。この日、トックンが33歳で人生のゴー
ルのテープを切りました。

  自ら「絵描きの卵」と称し、絵を描くことを生きる証しとしてきた
トックンが、社会的に認められて、亡くなる前に表彰されたことは、
本当によかったと思うのです。「間に合ってよかった!」とも思い
ました。
   トックンは天国に心の勲章をかけて旅立つことができたのです。
この時のトックンの笑顔を思い出し、新たな一歩を踏み出してい
ます。
                                 (相澤純一)

 
★昨年度の「日本肢体不自由児・者の美術展全入選作品は、

★最後に、秋の私のお気に入りの作品を2つ。
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           『お月見をするカタツムリの夫婦』 Tokkun's Art Museum<7>

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               『みのむし君と銀杏の妖精』Tokkun's Art Museum<106>

・お母様からもご承諾いただき、引き続き、トックンのアート館に掲載しているイラストを絵はがきにして販売いたします。
  ・今まではトックンに売上の一部を渡せるように80円に設定しておりましたが
今後は材料・印刷費のみにして一枚50円でお分けいたします。
詳細につきましては、下記をクリックしてください。

https://blogs.yahoo.co.jp/ookinaki_koramu/55354959.html

★「トックンのアート館」いつまでも―第1回~第5回は下記で読むことができます。



目で描く喜び、目で奏でる喜び(その3)
ー視線入力を始めて4年目ののぞみさんー
       
~サウノスヴァルカの演奏と詩の朗読のコラボの試み

  始めは、こちらが用意したプログラム通りに、のぞみさんに
やってもらうことばかり考えていた。
 たとえば改造キーボードを1スイッチで演奏する。音楽は、当時、
プロジェクトに参加していたので、OAK(オーク)を取り入れて、
キネクトというカメラセンサーで、器用に動く舌の動きをとらえて
空間でスイッチにし、内蔵曲を演奏してもらった。
 なかなか気持ちが乗らず、1曲を演奏するのに時間がかかった。
CASIOのサイトから、のぞみさんの好きな嵐の曲を取り込んでも
あまり楽しそうでないことが多かった。
  でも、気持ちが乗った時の舌の動きは巧みで速く、すごかった。
私にはとても真似できない動きだった。
  長く続けていると、決められた曲を演奏できることが楽しいとは
限らないことが分かってきた。

  こちらの予想と学生さんの反応が違うことはよくある。ここまで準
したから、これは楽しいはずだからと思い込んでいるとすれ違う
ことがある。
   OAKをスイッチで試してみたかった私のこだわりは、のぞみさん
思いとずれていってしまっていることに気づくのにだいぶ時間が
かかった。

 その後、視線入力を試してみる環境が整い、絵を描くことにのぞみ
さんが没頭するようになって、4年になる。楽しいことは続けられる。

   音楽は、SOUNOS VALKAを視線入力で演奏できることが分かって
から、スイッチ併用で試してみることにする。これが、のぞみさんの
羽根をはばたかせることになる。自由に好きな音を出せるSOUNOS
VALKAは、のぞみさんの心をとらえた。
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   この日は、私が、機器をセッティングしている間に、のぞみさんは
りえさんと盛り上がっていた。
 「今日はりゅうのめのなみだを読むから、りゅうのところで声を
出してね。その後、絵を描こう」
 「それから、サウノスヴァルカの演奏で詩を読むよ」
と言われると期待が膨らんだのか、目が輝き、呼吸器から息が漏れ
大きな喜びの声なっていた。

   「詩を朗読するのは、私がいいかな? りえさんがいいかな?」
私がのぞみさんに事前に確認したが、はっきり頷いて「りえさんと
やってみたい」と意思表示した。

   おおきなき事務局のりえさんは、 5年前からヘルパーとしても
のぞみさんにかかわっていて、最近は訪問大学の授業の方にも
サポートに入ってくれている。家から谷川俊太郎の詩集を何冊か
用意してくれていた。


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  この日は、「朝のリレー」「朝の祭り」「おはようの朝」の3篇、りえさんが
朗読し、のぞみさんが視線入力と首の動きで演奏した。
のぞみさんの表情は意欲に満ち溢れ、二人の息が合い、すてきなコラボになった。

目で描く喜び、目で奏でる喜び(その2)は、こちらから。
*SOUNOS VALKAについては、こちらから
*この授業では、ノートPCTobii Eye Tracker Cを装着し、GazePointまたはmiyasuku EyeCon LT使用している。Tobii Eye Trackerのドライバーで常時バブルが出るが出るように設定している。このバブルがあることで、支援者ばかりでなく本人が自分の視線の動きをフィードバックできて、とてもいい効果が

                                                         (相澤純一)

「おおきなき」の願いよとどけ!
            ~恭嗣(やすつぐ)と共に歩んできた晃子さんからのエール
        ―生きて生きて生き抜いた*恭嗣を想う(その4)―

     
 *岡部健氏(医療法人社団爽秋会理事長が本の帯に書いた表現

 「おおきなき」という団体名は、シルヴァスタインの絵本「おおきな木」
に由来しています。この絵本を私に贈ってくれたのは、恭嗣でした。
1982年3月24日のことでした。この日は、5年間暮らした仙台を私が去
る日の前日です。
                      
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  おもちゃと絵本の部屋では、この本は、本棚の多くの本と一緒に並
られていますが、実は私の人生にとって、とても大きな意味を持つこと
になった特別な本で、今も、自分の生き方を問う本になっています。

 2008年7月1日に恭嗣が天国に旅立ってから10年たった今も、伴侶
である晃子さんは、恭嗣と共に生きています。その証しとして、恭嗣が
生前書いた物語をもとに絵本を作っています。『世界にたったひとつ
の絵本福袋企画』に2017年、2018年と2年続けて当選し、見事に2冊
の絵本を完成させ、増刷して1冊を「おおきなき」に寄贈してくださいま
した。貴重な本です。写真は、恭嗣の墓前での2冊目の本「おかあち
ゃん大好き」のささやかな贈呈式です。

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晃子さんは、「おおきなき」をいつも支え続けてくださり、特に、恭嗣
と同じ難病を持つ絵描きのトックンを仙台から応援し続けて下さいま
した。

 今回は、晃子さんが、2017年3月に所属する教会の機関誌「更生」
に投稿した原稿を引用させていただきます。 
                                   (相澤純一)

 
 「おおきなき」の願いよとどけ!        阿部晃子

  シルヴァスタインの「おおきな木」の絵本を教えてくれたのは主人で
ある。絵本が好きで多くの絵本を教えてくれた。「ビッグオーを探しに」
「星の王子様」等、心に沁みてくるものばかりだ。

  主人は、進行性筋ジストロフィー症で、20年にも及ぶ闘病生活を病
院で過ごしてきた。重度の障がいを持っていても社会で共に生きたい。
その思いから自立に向けての活動を始めた。
  その活動を支援してくれたのは、A君を始めとする大学生だった。
活動を共に行い、夢だった自立ホームの立ち上げにつながっていった。
自立生活の挑戦は、24時間体制のボランティア探しから始まり、多くの
方の協力を得ながらも、その前向きな生き様は、多くの仲間たちに影響
を与えた。そして、20年にも及ぶ自立生活をおくることになった。

  A君(*相澤のこと)は、東京へ戻ってからも毎年主人の元へ来てくれ
ている。それは、主人が亡くなった今も続いている。そして、A君は、長年
勤めた支援学校の教諭を退職し、東京で「おおきなき」という障がい者
援活動を担っている。社会の中では、障がい者と非障がい者との溝が
まだまだ大きい。その溝を埋めるべく架け橋となりたいと、思いを同じくす
る仲間たちと立ち上げたのだ。

 今、A君達は「共に学び、共に生きる」ことに結びつく活動を始めている。
主人との関わりの中で得たものを育て、新しい種をまき、その1粒の種と
して、育っていきたいと言っている。障がいを持つ人々が何らかの支援に
よって、社会との関わりを持つことができれば、社会に向けて自分の意志
を発信していくことができる。そのサポートをしていきたいと、熱く語って
くれた。

 「おおきなき」の「き」は「木」でもあり、「希」や「生」「喜」「輝」「祈」など、
いろいろな願いが込められている。その中で、主人と同じ難病で、
ベッドの上で自分の思いを絵に表している若者がいる。動かせる機能を
用いて、絵はがきを作り、販売までこぎつけた。始めたばかりだが、これ
からも与えられた能力を発揮し、多くの人たちに希望の光を照らして
いってほしい。

 「おおきなき」が思い描く「全ての人達が共にいきいきと生活し、豊かに
自分を表現できる社会」、シルヴァスタインが「おおきな木」で語ろうとした
無償の愛、それは神様の大いなる愛に他ならない。
  私たちも、「おおきな木」に成長していきたいものだ。

(「更生」2017年3月26日発行 第805号 発行 塩釜キリスト教会 より転載)
私は書かずにいられない
    ―生きて生きて生き抜いた*恭嗣(やすつぐ)
を想う(その5)―

に続く
                                 

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