2019年12月

視線入力で描いた「でんでんむしのかなしみ」が受賞
―日本肢体不自由児協会第38回肢体不自由児・者の美術展

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 「27歳からの視線入力への挑戦」の雅也さんが上記の美術展のコンピューターアートの部で賞を頂きました。
 
 「でんでんむしのかなしみ」は、1935年に発表された新見南吉さんの創作童話です。
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 2016年春からお母さんと2人3脚で視線入力に取り組み始め、日常的な努力の積み重ねがこのような形で認めていただけたという意味で、今回の受賞は大きな足跡になったといえると思います。
 また、障がいの重い方、支える方の気持ちが前向きになっていくことにつながるとうれしいです。

 雅也さんは聴覚情報処理に優れていて、感受性がかなり高く、音量についても少し大きい音には過敏に反応してしまい、ボリュームを下げるのを忘れた私が謝ることが時々ありました。一方、目からの情報処理は苦手で、脳症の後遺症の状態から医学的にも視覚からの入力は難しいと言われていました。

 確かに、マイトビーの障がいの重い方向けの見やすく分かりやすいターゲットを使ったキャリブレーションでも、はじめの2年間は成功することはありませんでした。

*キャリブレーション=ターゲットを注視したり、追視したりすることによって、画面の見たところが正確に反応するようにする補正作業。

 だから、視覚からの入力をあきらめて聴覚だけに頼るという選択もありえたと思います。でも、テクノロジーの進歩により、視線入力が身近になってきた20代後半にあえて苦手なことに挑戦してみるという冒険をすることを決心します。
 視覚へのアプローチが他の感覚と統合されていく過程については、「視線入力への挑戦―その5―」で触れました。

 お母さんは、冒険のための装備を整えるために、情報収集から始まり研修会への参加も含めて、入念に行ってきました。そして、ご家庭で日常的に視線入力に取り組める環境を整えていかれました。(「27歳からの視線入力―その2―」)

 では、訓練のように取り組んだのかというとけっしてそうではありません。学習的なことや訓練的なことは、雅也さん自身が拒否することもできていました。当初私が訪問して、視線入力で形合わせや色合わせのようなマッチングの課題を画面に出すと、すぐ寝たふりをすることができたのです。

 お母さんの話によると、4歳で受傷され、笑顔を取り戻すまで10年かかり、自分の感情を表出できる段階から、その後さらに10年位かかって、してほしいこと、やりたいこと等をアピールしている様子が見られるようになったそうです。
 しかし、音声言語での発信は難しく、もっと分かってあげたい、ストレスを取り除いてあげたいという気持ちが視線入力への挑戦につながります。

 今回の受賞に至るまでの道のりは、果てしなく長かったのです。
 表彰式に参加したお母さんからコメントを頂きました。

    


 今回の受賞は、現在までの軌跡をあらためて振り返る機会にもなりました。
「視覚からの入力をあきらめて聴覚だけに頼るという選択もありえたと思います。」
 そうならなかったのは、雅也が拒絶するようでいてしなかったからです。
 視線入力導入の段階ではけいれん発作が誘発されたため慎重に進めていました。
 雅也が取り組みたくないときに選ばない(逃げられる)環境も必要かと思いました。
   
 私のゆるい姿勢に安心できたためかはわかりませんが、雅也はけいれん発作を乗りこえて、チャレンジし続けてくれました。
 ワクワクすることを求めるのは障害の有無や重さに関わらないのだなと思います。
 「生きる喜びを感じていますよ」と雅也自身が発信していることを、皆さんが受け取ってくださったらいいなと思っています。

 息子が生きることにひたむきであるゆえ、親もできるだけの応援をしてあげたいと考えて過ごしてきました。
 それでいいですよと言っていただけたような気がしています。
 感無量です。

 *今回の絵「でんでんむしのかなしみ」が生まれるまでの足取りを次回「―その8ー」では、たどってみたいと思います

                       (相澤純一)

 皆さんは、ご自宅の車のナンバーは何の数字にしていますか?うちは「なんでもいい」ということでランダムに割り当てられる番号なのですが、好きな数字にする方たちは、ご自身や奥さま、だんなさま、またはお子さまの誕生日など、大切な人、大切な日にまつわる数の組み合わせを選んでいる方が多いのではないかと思います。ちなみに私の実家では、父と母が共同で乗る車は母の誕生日、弟夫婦の車は子どもたちの誕生日の組み合わせです。

 訪問大学おおきなきの学生さんのご家族が、先日ご自宅の車を買い換えました。そのナンバーは「 10-01 」

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「なんの数字かわかりますか?」とお母さまはおっしゃいました。すぐに気づき回答することができたのですが、それを知って私たちは、驚きと感激で胸がいっぱいになりました。2017年に開催した、第1回訪問大学おおきなきの文化祭が、10月1日だったのです。
 
 日常的に気軽にいろいろなところへ外出したりたくさんの人と触れあったりすることが難しい生活をしている訪問大学の学生さんたち。その皆さんに、文化祭の会場で発表をしてもらったのですが、それは学生さんにとっても企画した私たちにとっても、大冒険でした。会場まで来てもらう、大勢の人の中、初めての場所、それも一般の施設の建物内で半日を過ごす、そのこと自体、大きなストレスになったり、それどころか命を削ってしまうかもしれない…そんなことを考えると、どんなに綿密にあらゆることを想定して準備をしても、最後まで不安は尽きることはありませんでした。そして、終わったあとも、反省はたくさん残りました。でも、「講師のみなさんと授業でそれぞれに取り組んでいる学習の成果を来場者のみなさんに直接見ていただき、学生さん同士や来場してくださった皆さまと交流できる場を作りたい!」ということを胸に、必死の想いで開催したのです。
 
 その文化祭が、学生さんとそのご家族にとって「自分の家の車のナンバーに選ぶ」ほどの大切な1日になった、ということを知り、ようやくはっきりと「やって本当によかった」と確信することができた気がしています。そして、なにより日ごろの授業で学生さんとかけがえのない時間を重ねていってくださる講師の皆さんと、活動を続けていくために支えてくださっている会員の皆さまへの感謝も、改めて深く深く噛み締めた、この夏の出来事でした。

 訪問大学おおきなきの文化祭は、4年に一度の開催を目標にしています。次は2021年。そのときも学生の皆さんが、来場者の方たちの前で授業の成果を発表し、キラキラ輝く大切な記念日になることを目標に、気を引き締めて準備をしていきたいと思っています。 
      

(事務局:ゆうこ)

 講師:三科聡子

 私たちは情報の95%以上を視覚と聴覚から得ていると言われています。その視覚と聴覚の両方に制限がある礼さんとの学習は、触覚を活用した一つ一つの小さな経験の積み重ねです。

   礼さんが大好きな公共交通機関を利用した外出も、目的地に行くだけではなく、電車に乗るための一つ一つの行動が礼さんとの学習になります。その学習の、ある場面をご紹介しましょう。 

「電車にのってA駅に行きましょう。大人の切符が240円。割引切符はいくらですか?」 
「120エンデス」
    礼さんの右手がローマ字式指文字で正解を伝えてくれます。理数系女子の礼さんはニヤッと笑って答えます。
    まずは、券売機で切符を購入。右手に持った500円硬貨を礼さんは硬貨投入口に水平に入れたいのです。投入口に硬貨を置きたいのです。でも、投入口は「硬貨は立てて!」と要求してきます。そこで、手首を90度立てて、硬貨の向きを垂直方向に変えます。硬貨を入れる場所の位置を礼さんと確認をしますが、硬貨から手を放すタイミングって、なかなか取りにくいのです。何度も何度もタイミングを図る礼さん。礼さんにとっての「ちょうどいい塩梅」を探っているのでしょう。     
    券売機の多くがタッチパネルになっているため、残念ですが、触ってもわかりません。でも、触ってもわからないから、触らない・・・では、面白味がありません。大切なのは、特定の場所を触ったあとに起こる変化、つまり、切符が出てくる、切符を買うことができることです。そのために、礼さんの右手人差し指を介助しながら一緒にボタンをおします。
                                  
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 礼さんの人差し指を軽くつまんで合図を了解しあってから、手の甲を包み込むように三科の手で覆って、押すべき位置に指先を誘導します。どこの位置でどの方向に向けて操作をするのか、を明確に伝えます。タッチパネルを押すのは、あくまでも礼さんの人差し指です。押すべきボタンは2箇所。割引のため左端にある子ども料金設定ボタンを押してから、右中央上にある120円の金額ボタンまで一直線に指を移動します。そして、指をほぼ真下に移動させて、右下から出てくる切符を、礼さんは人差し指と親指でそっとつまんで、そしてそっと引き抜きます。この“そっと”という力加減がなかなか難しいのです。「切符をつまんだ」という実感がなければ、その次に引き抜くという行動は生まれてきません。切符をぎゅっとつまんだら、手前に引き抜くことが難しくなります。その「そっと力を抜く、いい塩梅」を何度も繰り返しながら探っています。四角い切符を四角いままに、礼さんはそっと抜き取ることができるようになりました。今では券売機の前で手の甲に触れると、人差し指にちょっと力を入れて、「準備OK」を伝えてくれる礼さんです。         
礼さん電車授業

 さて、次は駅に入りましょう。自動改札機には、水平に切符を挿入します。ここでも、挿入口で切符から手を放す「ちょうどいい塩梅」なタイミングを礼さんは何度も繰り返しながら探っています。挿入口に切符を差し込んだら、改札機の機械の上を手でまっすぐにたどりながら、切符の排出口の位置を確認します。これから電車に乗るときには切符を抜き取りますが、これから改札を出るときには切符は回収されるので、抜き取る必要はありません。挿入口で切符を手放した礼さんの右手がそのまま機械の上をそっと撫でるようにたどりながら、その次に切符を抜き取とろうとするか、抜き取らないで通過するのか・・・その動きの違いで礼さんの意識の違いを私たちは知ることができます。そして、挿入口の位置を確認するために、礼さんの左手がそっと挿入口にのびると、礼さんの確実さを知ることができます。
 
 これら一つ一つの経験が、礼さんにとっての「当然なこと」を築いていきます。それまでは「特別だったこと」が、「ごく普通のこと」になり、そして「新たなちょっと特別なこと」への挑戦にとつながっていくのだと思います。私はそんな小さな一つ一つを、礼さんと一緒に丁寧に積み重ねていきたいと思います。    
 あら、まだ駅のホームにたどり着いていませんね。このあと、どんな「一つ一つ」と出会うのか、皆さんも礼さんと一緒に外出を楽しみませんか。

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