自分の力でできるよろこび、自分の力で表現するよろこび(その3)
 ー右手の親指の動きは言葉(気持ちの表現)なのではないか―

 前回は、倫治さんの視線入力への取り組みについて書きました。
今回は、出会った時から気になっていた倫治さんの右手の親指の動きについてです。
 道具(支援機器)として活躍してくれたのは、視線入力をするときも欠かさず使用していた抱っこスピーカーと、それに加えてピエゾスイッチです。

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1ヶ月に1回の授業の中で、この2つのアイテムが倫治さんの表現活動を豊かにしてくれるという確信を持つようになりました。

<抱っこスピーカーの聴覚・触覚へのフィードバックと
リラックス効果>

 聴覚触覚への入力については、抱っこスピーカーが欠かせませんでした。
 パソコンの音や電子キーボードの小さな音の音量が大きくなるだけでなく、抱っこスピーカーの高品質の音を耳だけでなく体全体で受け止めることができたことは、倫治さんの意欲を引き出すことにつながっていたと思うのです。
 抱っこスピーカーの音の響きは振動となって体全体に伝わっていき、倫治さんの筋緊張を緩める役割も担ってくれていたようです。

 私は、抱っこスピーカーは、どなたの家に訪問する時も必ず持参していますが、このスピーカーを体に当てて音を感じてもらって、不快な表情をされた方は今まで一人もいません。

 1990年代、私はろう学校の教員をしていましたが、聴覚障害のあるお子さんが音楽を楽しむときにボディソニック(体感音響システム)というものを使うことがありました。このシステムは、振動装置とつなげて、音楽を振動に変えるものでした。
 一方、抱っこスピーカーには振動装置は入っていなくて、音楽自体の響きをストレートに体に伝えてくれるのです。これが、リラックス効果の素ではないかと理解しています。

 重度の肢体不自由のある方の中でも、特に緊張の強い方に、抱っこスピーカーはリラックス効果があるのではないでしょうか。また、全身で音楽を楽しむことができることで、音楽の楽しさを倍増させているように思うのです。
 *少し前のニュースですが、以下の動画をご参照下さい




<右手の親指は、どういう時に動くのか?>

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 倫治さんの特別支援学校時代の記録には、「左腕を上げることができる」という記述もあったのですが、右手の親指の動きについては、始めは、偶然の動き、不随意の動きかもしれないと思っていました。それで、授業の時、どんな時に動くのだろうか注目していたのです。もしかしたら何らかの意思が込められているのではないか、と思い始めていました。

 
以下は、7月~3月の記録から、右手の親指の動きに関係している部分を抜粋したものです。

・お母さんから「ありがとう」(いきものがかり)が好きかもしれないと伺い、iPadでかけてみる。その時に確かに右手親指が上下に細かく動き出した。(7月)

・夏の間、長期入院があり、1回授業がおやすみだった。その間の親指の動きについて聞いてみると、お母さんの観察では、何もしていなくて人とのかかわりがない時は動くことがなかった。一方、人とのかかわりがある時に動いているようだったとのことだった。(8月)

・校歌を歌い終わり、「今日は右手の親指が動くかな?」という話をお母さんとしていた後に、親指が動き出していた。表情もいい。授業の最後によく動く右手の親指でピエゾセンサーを挟むようにして、親指の動きを促してみたが、今日は、覚醒レベルが上がらず(心拍が50を切ってしまう、通常は70以上)、残念ながら自発的な動きは見られなかった。でも薄目を開けたときに少し動き、音を出すことはできた。(11月)

・視線入力で、笑顔で「色を塗る」で絵を描いているときに動き出しているのにお母さんが気づく。(12月)

・葉加瀬太郎の「ツゴイネルワイゼン」を聞きながら「色を塗る」で絵を描く。その後に偶然iPadの音楽は、乃木坂46の「シンクロニシティ」にかわっている。お母さんがその時、右手の親指が細かく動きだしていることに気付く。お母さんが、こういう曲はあまり聞かせてこなかったけれど、これからは聞かせてみようかしら、と言われる。(1月)

・初めての「SOUNOS VALKA」は、短時間注視すると音が出ることに気付くのにさほど時間を要しなかったようだ。単音できれいな音が鳴り、花火のように画像が広がるのに気づいたと思えた後に、乃木坂46の曲で動いていた右手の親指と人差し指の間にピエゾを挟み込んだ。はじめの段階では視線の注視で単音が出る。そして、指の動きのスイッチでも単音が出る。指の動きについて、この日まで不随意か随意か断定できずにいたが、親指の動きが抱っこスピーカーのフィードバックで活発になった様子から意図的に動かしているように思えた。表情もとてもいきいきしてくる。
 この日、視線の動きがやや速かったことから親指の動き(=スイッチOn)と視線の動きが同時に起きると、アルペジオ演奏もできるようになっていた。また、指の動きをよく見ると親指の動きだけでなくピエゾの下の方のひとさし指が横に行ったり来たり動いていることも観察できた(1月)
    ⋆以下の動画は、2月12日のブログで紹介したものです。


・授業を開始する前に、「今日は右手の親指が動くだろうか」「おうちでは時々動いていますか?」と話をしているのが聞こえたのだろうか、かすかにだが、その時右手の親指が動き出していた。(2月)

・「パプリカ」をかけてみる。お母さんが反対の左手のマッサージをすると、右手の親指も動き出す。「パプリカ」をかけると、しばらく連続して演奏できるが、力が入りすぎている分、長続きしなかった。続けてSOUNOS VALKAも試してみる。視線の注視での単音と、スイッチ操作の単音、両方出せていた。始めだけだったが、連動して画面の隅でアルペジオ演奏もできた。この日は、心拍が40台まで下がり、活動が長続きしなかった。(3月)

<右手の親指の動きは倫治さんの表現(言葉)ではないか>
 7月に試したときは、親指の動きが一定のリズムで動いていることから、随意的とも言い切れないでいたのですが、その親指が動き出すときに必ず倫治さんの感覚(感情)・意思の力が働いているのではないか、と思うようになっていきました。

 倫治さんとの授業は、まだ時間にしても実質15時間位です。まだ、何か結論めいたことを断言しなくてもいいのかもしれません。

 でも、私は倫治さんの右手親指の動きは、倫治さんの発信であることを確信するようになりました。1回1回の動きは、まだコントロールできていないとは思いますが、親指で伝え、親指の動きで表現活動に意欲的に取り組む姿は素敵です。
 倫治さんの好きなことやその時の気持ちが親指の動きから伝わってくるのです。
 小さな動きですが、貴重な動きです。これからも、親指で気持ちを伝えたり、いろいろな活動を楽しんだりしてほしいと願っています。
(相澤純一)

⋆次回は、電子キーボードを演奏する2人の学生を紹介したいと思います。