おおきなき交流広場~言の葉(ことのは)~

「どんなに重い障がいがあっても伝えたい気持ちがある」ー障がいのある人の想いを形にする試みを続けています。就学前のお子さんから特別支援学校卒業後の生涯学習にいたるまで、障がいのある人の生き生きとした姿をお伝えしていきます。

カテゴリ: 訪問大学おおきなきのひととき

ー2017年10月1日 訪問大学おおきなき 第1回文化祭での発表―
        訪問大学おおきなき講師 鈴木麻依
 訪問大学おおきなき1年目の入学生の有咲さんの、私が担当した音楽の授業の始まりから文化祭までの取り組みと当日の演奏発表、そして有咲さんの人となりと私達の音を通した心の交流をご紹介したいと思います。

楽器を通してのコミュニケーション
    有咲さんはいつも人懐っこい満面の笑顔で、私を迎え入れてくれました。とてもかわいいワンピースを着て、ちょっぴりお化粧もして待ってくれていたのを昨日のことのように思い出します。ご家族で授業を準備してくださっていました。

    有咲さんは、常に生活の中で好きな音楽に囲まれていたと思いますが、音楽の授業にも大きな期待を寄せてくれていました。特に楽器演奏に興味が強く、初回から早速ツリーチャイムやギロに取り組みました。楽器をただ鳴らすだけではなく、有咲さんが出した音に合わせて私が音を返したり、休符を作って有咲さんの音を待っていると、「なんだろう?」と私の意図を想像し、いつの間にかそのやり取りが楽しくなり笑いへと変わりました。その反面、期待に応えようと、頑張りすぎているような気がして、心配にもなるほどでした。

    1回目の有咲さんの様子を見て、有咲さんの表現したいものを自分の力でより自由に表現できるようになったらうれしいだろうと考え、2回目の授業よりスタンドにつけてツリーチャイムの演奏に挑戦してもらうことにしました。固定したツリーチャイムのバーの高さや向きに合わせて手を動かすことは有咲さんにとって容易なことではなく、相当な集中力を要し、鼻の頭にいっぱい汗をかきながら、とにかく一生懸命取り組んでくれました。

    当初習得するまで数か月かかるかなと私は想像していたのですが、驚いたことに次の3回目の授業でツリーチャイムのバーに沿って鳴らすのはもちろんのこと、私が弾く音楽に応えるように強弱までも鳴らし分けることができるようになりました。例えば、一緒に盛り上がりたい時には、バーの端の方を上から豪快に押し下げて大きい音を、そっと鳴らしたい時にはチャイムをゆっくりなでて静かに鳴らすことができました(私は何一つ鳴らし方を伝授しませんでしたので、有咲さんが工夫して発見した演奏方法です)。更に4回目の授業以降では、有咲さんが演奏を先導していくこともありました。

    このようなやりとりを通して、有咲さんにとっては楽器を奏でる事は自分の感応力を発揮してコミュニケーションをとる事、また自分の表現力を高めるものとして、その可能性を探り挑戦することが充実感につながっていると感じました。その意欲と習得スピードに私は驚き、毎回感心していました。

   5回目の授業で私はシンバルを持参しました。有咲さんの明るく元気なエネルギーがシンバルの音のイメージと重なったこと、また楽器自体が少しの接触で豊かに響くので、有咲さんにぴったりなのではないかと考えたからです。まずは鳴らす道具(様々な素材・長さ・太さ・重さのバチやマレット)や手を上から固定するものを様々に試し、最終的には先が玉になっている短めの木製バチと指先部分がない毛糸の手袋で覆うことにしました。
 なかなか腕の挙げ方が安定せず、空振りしたり、こするだけだったり、思い通りに鳴らすのは難しそうでしたが、それでももう1回もう1回と諦めずに何回も、毎回チャレンジし続けました。
1c26db28

有咲を叫べ
 このようなシンバルの練習を継続する中で、14回目の授業の時にCD制作を私から提案しました。それは有咲さんの自由な発想力と表現力、そして練習の成果を何か形にしたいという私の思いからでした。今まで撮りためてきたツリーチャイムの演奏とシンバルの演奏をCDに収め、有咲さんと有咲さんのお母さんにタイトルを考えていただきました。
 『有咲を叫べ』―いつも全身全霊でまっすぐに表現する有咲さんにぴったりで、これ以外にない素晴らしいタイトルがつきました!
 スクリーンショット 2024-03-20 140600
ジャケットの表紙の写真
 私を驚かそうと仮装をして待ってくれていた2017年10月の授業写真です。(ツリーチャイムの上に乗っているのは三科先生の授業で作製したかぼちゃです。有咲さんが「これも!」と言って。)

一番やりたい楽器は?
   新しい年度が始まると、早速、秋の文化祭に向けて練習を始めることにしました。
「どんな発表にしたい?」「楽器演奏にする?」と聞くと『はい!』とすぐに大きく口を開けて答えてくれました。お母さんと私は、より自由に思った通り演奏できる「ツリーチャイム」を選ぶだろうと予想していました。
   しかし、本人の答えは『シンバル』でした。実はその時点では、まだ打ち方が安定せずシンバルの高さや角度も毎回微調整が必要でした。脇や腕の下に入れるクッションもまだベストのものが決められていませんでした。
 それでも有咲さんは『絶対シンバルがやりたい!』と。私は、有咲さんの強い気持ちに必ず応えなければ!と思いました。

一緒に歌詞を作る
    楽器を決めた後は、「どんな曲にしようか?」と話し合いました。前年度終わりのアンケートで『自分で曲を選びたい』『世界のいろんな音楽を学びたい』と有咲さんからリクエストがありました。文化祭の曲も複数のジャンルの曲を聴き比べして、最終的に『今日はどこに行こうかな』(北島直樹作曲)に有咲さんが決めました。ラグタイムの雰囲気を持つこの曲は明るく軽やかでその時の有咲さんにぴったりだと思いました。
実は、ちょうど少し前の相澤先生の授業の中で有咲さんは『買い物に行きたい』と話し、ご家族を驚かせていました。
(参照:手足の不自由な子どもたち はげみNo.393「事例3 どんなに重い障害があっても伝えたい気持ちがあるー障害の重い方の想いを形にする試み」より)

 その希望を叶えるため、ご家族でアウトレットモールにショッピングにいくと聞きましたので、この曲に乗せて作詞もしようと私から提案をしました。

  「出かけるには何が必要?」「どんな準備をする?」「誰と行く?」「何を買う?」そうやって私が質問を投げかけ、お母さんが答えをいくつか言い、ありささんが『はい』『いいえ』で答え、できあがったのがこの歌詞です。

 有咲さんは3つ子で生まれたのですが、日常生活の中で何かやってほしいことがある時に姉の優ちゃんには「お願い」し、妹の春ちゃんにはちょっとからかいながら「命令口調でお願い」します。その関係性がうかがえる、なんとも微笑ましい歌詞になりました。(歌詞の通りに、ご家族で写真も撮ってきてくださいました!)

きょうはどこへいこうかな
▲歌詞カード「きょうはどこへいこうかな」
 
有咲さんの渾身の一打
 曲が出来上がると授業の時にも本番を想定してリクライニングをフラットにした車いすに乗って、練習を重ねました。ベッドよりも肘の可動域が広がり、入れるクッションも無事決めることができました。有咲さんがシンバルを鳴らすには、ぐぐぐぐっとかなり力を入れて腕を伸ばすので大変な大仕事ですが、繰り返すうちにだんだん距離と速さをつかんでいきました。また、練習していく中で、有咲さんが必ず音を入れるところが3つー1つ目は「みんなでレッツゴー!イェーイ!」、2つ目はソロ、3つ目は曲の最後の最後です。その3か所は本番も鳴らすことに決めました。

 そして、文化祭当日。お天気にも恵まれ、有咲さんと有咲さんのご家族も晴れやかな笑顔でご来場くださいました。そして、待ちに待った有咲さんの演奏の順番になりました。

 もし万が一シンバルの向きや高さを途中で変える必要が出てきた時のために、お母さんに横についていただきました。私が始めに有咲さんの紹介をしている間にシンバルをシャーン!続けてシャーン!2回も鳴らして心も身体も準備OK、ばっちり整いました。歌が始まるとすぐに肘を曲げて、シンバルを叩く準備に入り、「♪おさいふわすれず~」では『はーい』と口を開けて答え、余裕がある有咲さんでした。

 「♪ゆうちゃん!はるちゃん!」で1回目のシャーン!約束の場所ではなかったのですが、有咲さんの想いが強い場所です。「♪みんなでレッツゴー」は約束のところがきたきた!と思ったのかな、一瞬真剣な顔になりもう一度振りかぶりしなおして、笑顔で腕を伸ばし見事に命中。有咲さんの一打を会場の全員が固唾をのんで見守り、シンバルを鳴らせたときには自然と大きな拍手が起きました。「♪ありちゃんソロ~」と私が声をかけるとすかさずシャーン!今度は音もはっきり出ました。「♪あたらしいかばん~」でもシャーン!そして曲の最後の最後、勢いよく振りかぶり、可動範囲も広く、今日一番有咲さんが鳴らしたかったタイミングでそして一番大きな音でシャーーン!と渾身の一打でした。会場中に温かい笑い声と大きな拍手が広がり、有咲さんもほっとしたようでした。
f48b757d
 見事にやってのけた有咲さん。決めていた箇所以上に見事音を入れられました。有咲さん自身も自分を誇らしく思えたことでしょう!


今でも私を支えてくれている
 有咲さんと過ごした時間の中で、今でもよく思い出すことがあります。それは、演奏の過程で生まれた満ち足りた感覚が有咲さん、お母さん、私の中で演奏後も余韻として長く続いた時の味わいです。お互いを感じながら、自分を惜しみなく表現し合えた時の心に広がる充実感は何事にも代えがたい私の宝物の一つになって、今でも私を支えてくれています。
   有咲さん、「この自分で生きる」という実感を一緒に味わわせてくれて、本当にありがとう!


ー雅也さんのことを中心にー
                                         訪問大学おおきなき講師 奥山 敬

雅也さんブログ
    雅也さんの英語の学習の時の集中力はすごい。2時間に及ぶ間、英語の音声を聞き取ることに集中している様子だ――

    運動の制約が大きいために、タイミングよく指し示したり表情で合図を送ることが難しい場合、そしてお話しすることができないという場合、一方的に「わからないだろう」と思い込むことは少なくありません。学校教育の現場で。
   それが私たちの思い違いであると実感したのは、「障がいの重いお子さんのコミュニケーションのマナー」について学ぶ機会を得てからでした。ここでは詳しくは説明しませんが、子どもたちの選択と自己決定に最低限必要な「どこ」「なに」「だれ」ということに関して「いちいち」言葉で予告して説明するような環境でこそ、子どもたちのことばの理解が広がるという内容でした。

    この話を聞いた翌日からマナーの効果を実感したのは今から20年くらい前のことでした。それ以来「わからないだろう」という思い込みから抜け出すことができるようになりました。子どもたちはひとり残らず知りたくてうずうずしているのだというところから出発できるようになりました。
    こうなると出会うお子さんの耳もとで囁いてみたくなるのです。「字の勉強してみたい?」「いま流行っている音楽のこと知りたい?」そういう問いかけの中のひとつが「英語の勉強してみたい?」という「囁き」です。この囁きに年齢相応に返してくれる方はとても多いです。

    英語に対する苦手意識がとても強く、学校での英語の授業に1ミリも興味を持てなかったという方は少なくありません。だから自分が学んだやり方では到底英語の面白さを伝えることはできません。そこで「覚える」ことではなく「興味を持つ」ことを考えました。それが英語の歌の聞き取り教材です。
    簡単に説明すると、英語を英単語や英語の発音を「覚える」ことではなく、音を「ひらがな」に置き換えてどう聞こえるかということを提示し、そのように聞こえるかどうかを確かめていくという進め方をします(多分、英語の時間を苦痛に感じている中高生にも達成感を感じてもらうことができるだろうと思っています。試してみたい方は気軽にお声掛けください)。

    当初は青年期に聞いておきたいロックの名曲を中心に教材を作っていましたが、ここ数年は「最新」をターゲットに、BTSやNewJeans(アイドルグループ)の楽曲の聞き取りの学習を作っています。

雅也さんブログ2
    雅也さんは、聞き取りの初回は緊張した表情(でも瞳の奥に期待感を感じる)ですが、数回繰り返しているうちに思わず笑い声が漏れてきます。「予想したとおり」「聞き取ることができた」と受け止めています。まずは私が「〇〇って聞こえる?」と音声で提示するのですが、言葉のリズムが難しい(最新の楽曲はとても多いです)ところで間違えると、笑います。雅也さん、本当に難しいのよ。
   2時間の学習時間で特に休憩は取らず、以前取り組んだ「聞き取り済み」の楽曲を復習する時間が雅也さんの休憩になっています。
 ほとんどの人がなんとなくメロディーとリズムで捉えている流行の英語の楽曲をちゃんと聴き取ることができる喜びを共有しているのだと思っています。
 (おおきなき通信 NO.19 2023年12月号より転載)

~指先で奏で、視線でも奏で、音と音のやりとりが心をつなぐ~
    鈴木麻依(音楽療法士・訪問大学おおきなき講師)

 0134

*2017年10月1日、訪問大学おおきなきの第1回文化祭で、楽器アプリの「ドラム」と「ギター」を使って視線入力で演奏する渉さん (この記事の中に、リハーサルのYouTube動画があります)

ギターが「特別な楽器」になった日

渉さんが訪問大学おおきなきに入学した、2015年の4月から私は音楽療法の授業を担当させていただいています。
*渉さんは訪問大学を4年で卒業後、生涯学習コースの受講生になられ、早いもので音楽療法の授業も今年で9年目になります。)

入学前に初めて渉さんに会いに伺った時、渉さんの好きなことやお母さんの思いをお聞きしているうちに、「ギターの音が渉さんに絶対に合う気がする!」と私の中に強いひらめきが起こりました。
 このひらめきは確信に近かったので、初回の授業で早速ギターを試してもらうことにしました。渉さんにクラシックギターのナイロン弦1本をつま弾いてもらうと、初めはとても驚いた様子でしたが、私の弾き語りを聴いてもらったり、曲に合わせてゆっくりと一緒に鳴らしていくうちに、渉さんに笑顔が見られるようになりました。
 それはその日1番の笑顔で、私は授業記録に「渉さんにとって、ギターは特別な楽器になっていく気がする。」と記したのでした。そしてその直感通り、今では授業で欠かせない楽器になり、毎回ギターの演奏を軸に授業を行っています。

 

原曲のイメージよりも大切にしていること

渉さんは、視線で演奏したい楽器を選んだり、演奏に対する意欲や感じ方は醸し出す雰囲気で伝えてくれます。また、渉さんの心拍数の増減やあくびなどからは覚醒してきたのか、またはリラックスしてきたのか等を推察することができます。

演奏方法ですが、渉さんは随意的に腕や手指を動かすことは難しいため、お母さんか私が渉さんの手指を支え、一緒に鳴らしています。演奏する曲の原曲のイメージを優先する場面もありますが、交流を中心に置く時には「渉さんが今日1音1音確実に実感できるのはどんな鳴らし方か」を探りながら、テンポ、音の大きさ、奏法、鳴らす時のスピード等、渉さんの受け止め方や発信を見ながらその時その時で決めています。そして、まずは渉さんの音と雰囲気に混じり合うように、私は注意深く歌いかけるようにしています。それは、「息が合う」「気持ちが合う」と、お互いの情感が深まっていくように感じるからです。さらに渉さんの気持ちが進むように、音楽的要素を用いて展開していきます。

 

ギターの音が渉さんにもたらすもの

授業では様々な楽器を使用しますが、ギターの演奏を始めると一気に渉さんの様子に変化が起きることが多いです。それまで見たいものを見ること、瞼を閉じて休憩するといった調整がとても難しそうにしていても、ギターの演奏を始めた途端、表情が緩み適度な目の開きをキープすることができたり、視線がスムーズに動くようになったりします。また演奏後もその余韻を味わうように、穏やかで温か、安定感に満ちた雰囲気を醸し出している渉さんがそこにいます。
 「ギターの音がこんなにいい(好きとか心地よい)なんて!」とお母さんが感想をおっしゃってくださったこともありますが、ギターの音とその音を通したやりとりで得た安心感で満たされる時間は私にとっても何事にも代えがたい、幸せな時間です。

渉さんギター
*20226月。左:ギターを支えながらコードを押さえてくださっているのがお母さん。右:渉さんの手を持って一緒に鳴らしているのが筆者。

 

2017年、訪問大学おおきなき文化祭での発表

そうやって、渉さんと授業を積み重ねてきて、とうとう2017年に文化祭で楽器演奏を発表する機会がやってきました。今回は、視線入力によるコミュニケーションの授業を担当している相澤先生と渉さん、私のコラボで行い、発表曲は渉さんが決めた「やさしさに包まれたなら(松任谷由実)」になりました。

 渉さんはLook to Learnの中の楽器アプリ「ギター」(有料版)を使って視線入力で演奏し、私が隣でキーボードを弾くことにし、本番前に渉さんのお家で合わせてみることにしました。「合奏(2人の共同作業)」だということをできるだけ意識してもらうにはどうしたらよいか、私も手探りで演奏を始めました。以下は、撮っていた動画(リハーサル)を後で見て分析し、具体的にどう応じ合っていたかを書き記したものです。

0:32 渉さん:鳴らし始める。

⇒私:メロディでまず応じ、和音はひかえめに入れる。また渉さんがギターの音を鳴らすことに集中できるよう、音量に気を付ける。

0:42 渉さん:鳴らす音が増えてくる。

⇒私:伴奏を4分音符の刻みに変えて、エネルギー感を合わせる

0:49 私:メロディが6度上へ飛躍する。

⇒渉さん:追うようにして視線の動きが音の高い方へと広がる。

0:52 渉さん:より活発に視線を動かし、沢山鳴らす。

⇒私:渉さんが自由に続けられるよう、弾き方をあまり変えず支えるように弾く。

1:00 渉さん:(音は鳴っていないが)よく視線を動かし、積極的に探索を続けている。

1:17 私:Bメロに入る手前の印象的な半音上昇した音を弾く。

⇒渉さん:その音のタイミングに合わせるかのように、音を鳴らす。音域も合っている。その後盛り上がりに応じるように、勢いよく1本の弦を数回鳴らしたり、その隣の弦も沢山鳴らすなど積極的に演奏する。

1:30 私:メロディの音域が高くなる。

⇒渉さん:鳴らす音が高くなる。

1:52 渉さん:間奏に入ると再び沢山音を鳴らす。

 
*建帛社「複数の困難への対応」2023.3 P.119表4-1「Wさんと鈴木の交流過程」を引用

音を合わせることは気持ちを合わせること

表情だけ見ても、渉さんはこの機会をとても楽しみにしていたことが伝わってきましたし、視線を画面に集め継続できていることから、集中力の高さが伺えました。

動画を後から細かく見て気が付いたことは、音楽に応えるように、または合わせるように渉さんが音を入れていることです。楽曲の音楽的要素を捉え、それに応じているとも言えますが、キーボードで即興的に少しずつ変えながら弾いている私に応じているとも言えます。偶然とは思えないほどに、私の奏でるリズムやメロディとギター音の動き・音域が何回も重なっていました。「音を合わせる=気持ちを合わせる」過程には、楽しさと発見があり、実際に合ってくると喜びと満足感がありました。相手をどう受け止め、どう自分は応えていくか・・・私たちは一生懸命相手に、そして自分に向き合い、そこには「こうやって生きたい自分」が表現されていたと思います。

 

この自分を十分に生きる

生きることは、矛盾だらけで葛藤の繰り返しです。予定通りにいかないのが人生ですが、それでも諦めずに続けていけるのは、自分の生の声を評価せずに聴いて、応じてくれる相手がいるからではないでしょうか。その時に得られる安心感に支えてもらいながら、伸び伸びと自分を表現して生きていきたいものです。

おおきなきの学生さんたちは「この自分を十分に生きる」先輩だと感じています。これからもお互いの感受性で応じながら、生き方を学び合っていきたいです。


 


 訪問大学おおきなき(4年制)の2022年度の卒業生の坂川亜由未さんがご家族と書いた卒業にあたっての思いです。訪問授業は、月1回と限られていたことと、コロナ禍と重なり、緊急事態宣言下では訪問を休止していたため、4年間の授業回数は約40回でした。
 そんな中でも、1回1回の授業を大切にされてきました。ご家庭では、ヘルパーさんと視線入力ができる機器や環境を整えられ、先日は、地域のお子さんも交えての体験会も行われています。
 卒業式で、「生涯学習コースでこれからも一緒に学びましょう」とお伝えした時の、亜由未さんのうれしそうなリアクションが忘れられません。(本文に写真あり)  
 亜由未さんは、新たな目標に向かって、歩み始めています。(相澤)

                   坂川亜由未 (和俊、智恵)
あゆみブログ1
訪問大学(4年制)の卒業式

 訪問大学に亜由未が入学して早くも4年、まさにあっという間の夢のような日々でした。卒業できることがうれしい反面、いつまでも留年して、可能な限り大学生を続けたいとの思いがぬぐえません。しかし、大学を必要とする希望者が大勢いる中で、いつまでもとどまっているわけにもいきません。幸いなことに、卒業後に「大学院生」(※4年制の訪問大学おおきなきの卒業生で学びを継続していきたい学生は、1年ずつの更新になるが「生涯学習コース」の受講生になることができる)として、引き続き訪問大学の授業を受講できると聞いて、ホッとしています。

 この4年間を振り返る中で、最初に申し上げたいのが、相澤純一先生へのお礼です。この間、真夏の酷暑の中でも、真冬の寒さの中でも、1時間以上かけて通ってくださいました。いくら感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。特にここ3年間は、新型コロナウイルス感染症という未知の危機と遭遇しながらも、どのように感染防止と授業の両立を図るのかを模索していただきました。当方は、ちょうど自宅の建て替え中で、入学した際の活動場所は仮住まいの手狭なマンションのダイニングとあって、機材のセッティングにも御苦労をお掛けしました。

 この間に亜由未は他ではできないさまざまな体験を重ねることができました。視線入力による多種多様なゲームやアプリケーションはもちろんのこと、ワリバッシャーを使ったキーボード演奏や合唱、分身ロボットOriHimeの体験、NPO法人の総会へのオンライン参加など、濃密な時間を過ごすことができました。訪問大学との出会いがなければ、まったく経験できなかったり、できても数年後、下手をすると数十年後になっていたりしたような体験ばかりでした。
 障害者には健常者と比較してさまざまなことを体験、経験する機会が大幅に少ない「経験障害」がある、というのが亜由未の母親の持論ですが、亜由未は、相澤先生、訪問大学との出会いによって、経験障害の重度化を防いでもらっていると思います。

 こうした活動の基礎となる眼鏡の製作も相澤先生のおかげです。亜由未は、小学校低学年の時に一度眼鏡をつくり、しばらくかけていましたが、その後の眼科の診断で「見えていません」と診断され、眼鏡の更新もしていませんでした。しかし、先生にご紹介いただいた眼科の診断で、「確かに見えていて、眼鏡で視力を矯正できます」とのことで、眼鏡をつくることになりました。相澤先生との出会いによって、亜由未の見える世界は、その解像度を上げることができたのでした。


あゆみブログ2
マリオカートのゲームに挑戦


 以下ではテーマ別に亜由未の取り組みを振り返ります。

ターゲット入力、5分かからずクリア
 まず視線入力ですが、亜由未の気分が乗っている時とそうでない時との差は大きいものの、練習する機会が増えることで、課題の処理時間がとても短くなりました。例えば「Look to Learn」というアプリの「ホース」というパート。汚れた車を洗ったり、お城の周辺の支柱の火を消したり、木の枝に止まった小鳥を追い払ったりと、全部で五つの場面で構成されており、以前はすべてクリアできないこともしばしばでした。ところが、先日は4分台ですべてクリアしてしまいました。本人の「やる気スイッチ」をどのように入れて、いつでも高いモチベーションを持って視線入力に取り組むようにするには、どうすべきなのか。後にも述べますが、一つの解答は、目標の設定なのではないかと思っています。

演奏に熱心に参加
 ワリバッシャーによる演奏は、毎回、とても意欲的に取り組みました。亜由未はもともと歌が大好きで、普段過ごすときにも、iPadでユーチューブでの歌を流し続けていることが多いのです。そんな音楽好き、歌好きの亜由未ですから、ワリバッシャーでの演奏には、いつも熱心で、絶妙なタイミングでピアノなどの音を重ねていきました。終了時には、いつも達成感、やりきった感があるとともに、どこか誇らしげでした。遅ればせながら、キーボードを購入したほか、ワリバッシャーも相澤先生のご厚意で組み立てていただけるとのことなので、今後は自宅で、亜由未自身の楽しみというだけでなく、遊びに来るお友達に利用してもらい、その素晴らしさを体感してもらおうと思います。


次の目標
あゆみブログ3
生涯学習コースの決定通知を手にして

 亜由未は、両親の会話の中に自分のことや自分に関係が深いテーマが出てくると、突然会話に割って入り、「それは違うよ」とか「そうだよ、そうだよ」などと表情や身ぶりで主張することがあります。そんな時に両親は、「今の亜由未を動画で撮って公開していれば、この子がどんなにいろいろなことが分かっているのか、多くの人に知ってもらえるのに」と、悔しがっています。その頻度は最近、上がっていて、亜由未の成長は、ゆっくりとしたペースではあるものの、着実に続いているのだと実感します。訪問大学のおかげであると、感謝しています。

 その亜由未の次の目標は、介助者が分かる形で、さまざまな意思表示ができるようになること。視線入力は、その最も強力なツールの一つだと思います。相澤先生をはじめ、訪問大学の皆さんのお知恵をお借りし、アドバイスをいただきながら、この目標に近づいていきたいと思います。引き続き、ご指導のほど、よろしくお願いします。

         *この記事は、「おおきなき通信 第18号 2023.6月発行」からの転載です。
   なお、亜由未さんの卒業式の様子は、YouTube チャンネル「あゆちゃんち」でご覧になることができます。ぜひ、ご覧ください。
(30) 【訪問大学おおきなき卒業式&生涯学習コースへ進学🌸の春】#重度訪問介護 #あゆちゃんち#重症者 - YouTube
  


竹内 理恵(訪問大学おおきなき事務局)

   *竹内理恵さんとは、大学時代に進行性筋萎縮症連絡会という団体で活動をともにしました。理恵さんは福祉を、私は教育を学んでいましたが、二人とも重い障がいのある方々とつながることで、心を揺さぶられることになります。その時、感じた「いのちの重み」や「切実な想い」が、30年以上後に始めたおおきなきの活動の源流になっています。
 今回、一人の訪問大学の学生とお母様との間で育んできたことについて書いていただきました。(相澤)

望さんとの出会いと「今」
029
▲訪問大学おおきなきの入学式でお祝いの色紙を読む(2014年)

  訪問大学おおきなきの学生でもある望さんと出会って10年になります。当時二十歳を迎えようとしていた望さんには、筋肉の病気で重度の障がいがあります。首が座らず全身の筋力が弱い彼女を抱きかかえることに、当初は、初めて赤子を抱くような、怖さに似た戸惑いがあり心もとなさがありました。
 でもそれは、月日を重ねていくうちに、お互いの身体同士が馴染んで、徐々に近しい気持ちになっていきました。

  望さんに会うのが楽しくなったのはいつの頃でしょう。彼女とは今も毎週、絵本を読んでいます。いつもじっと見入っていて、思わぬところで「あっはっは」と笑ったり、ウンウンとうなずいたりしてくれます。
 私が読み間違えたりつまずいたりするとニヤニヤしたり、気持ちが込み上げて涙声になったりすると「あーあー」と励ましてくれることもあります。その度に私は自分の気持ちが解放されて行くようなひとときを感じています。
 彼女の前では絵本の読み方も自由になって、知らず知らずのうちに、私も自分の感情を素直に表現できるようになっていました。私にとって、隣にいる望さんの気配を感じながら読む絵本の世界は格別なのです。

Book-12

  彼女は、徐々に自発呼吸が弱くなっているので、出会った頃にも増して表情や顔色、発汗の様子など些細な変化を見落とさないよう、常に気を配りながら外出や入浴を行うようになりました。「いつもと違う」という変化に私も敏感になっていったのです。
 今は24時間人工呼吸器を装着するようになり、緊急入院を繰り返して、高度な手術を乗り越えなければいけない事態も起こっています。私の心の中のどこかで「いのち」というものが意識され渦巻くようになり、「今」が一層愛おしく思えてきます。

  その思いは、まもなく100歳になる父と暮らしている私の私生活も支えてくれています。ある日、私が帰宅すると「今日は日本兵が来て風呂に入って行ったぞ。みんな喜んでいたぞ」と父。
 「お父さん、いいことしたね」と言うと、とても満足そう。1合の晩酌と長風呂(ヘルパーさんに見守っていただいています)をこよなく愛す父ですが、以前入浴時に脳梗塞を患っていますので、本来それはとても許しがたい日課ではあるのです。
 でも、「いのち」を思うと、その本人の生活の楽しみである習慣や私の日々の介護も「まぁいいか」と思えるようになりました。

 のぞみ 2019.3 りえさんと1
▲望さんと一緒に絵本を読む(2019年)


命をいとおしむ思いにあふれたキャンプ
  コロナの感染が始まる前年まで、望さんとお母様は毎年夏になると、医療的ケアが必要な重度のお子さんとご家族が集う2泊3日のキャンプに参加されていました。
 キャンプは、望さんが生後3ヶ月の頃から治療を受けている病院の先生方が中心となって、外出もままならない重い病気のお子さんやそのご家族に楽しんでもらおうと30年以上前に始まったといいます。バスをチャーターして、近県の絶景の地を巡ってくださったり、先生方自らが、ご自慢の弦楽器で演奏を披露してくださったり。当時は応急処置ができるような準備もされていたそうです。温かな光景が目に浮かんでほのぼのとしました。
 ご家族の方々が引き継いだキャンプは、最近は、都内から車で片道1~2時間の所にある自然豊かな郊外の施設で行われていました。

 私は、重度の障がいがある望さんが日々どのように過ごしているのか、お母様はどのように関わっていらっしゃるのか気になっていましたので、初めての参加では日帰りでお願いし、翌年には1泊2日、コロナ禍の前年には2泊3日参加するまでになりました。
 当初は見ていることしかできなかった子どもたちと、山々の絶景を臨む大きなお風呂に浸かって、心地よさげな表情を浮かべるお一人お一人の顔を見ながら、年に1回再会できるという至福の時間をいただいていました。
 最重度と言われる望さんとお風呂に入ることができれば、他の方々も同じようにお風呂に入れることができたのです。「参加者のご家族には少しでも休んでいただこう」というのがキャンプの趣旨でしたので、いつもは白衣で接する先生や看護師さんも脱衣室では「あーだ、こーだ」と大奮闘されていました。「具合の悪い時だけではなく日頃の様子も見て、もっと患者さんを全体的にとらえていこう」という心意気を感じました。

 転勤された先生や看護師さん方も、「短時間でも」と顔を出されたり、ギターを奏でて皆を楽しませてくださったり。お子さんが旅立たれた後も毎年参加してお手伝い下さるご家族の方々、先輩から代々受け継いでいる大学生ボランティアの皆さん等々、三々五々集まって来られます。
 10数組のご家族と総勢数十人が集います。お父さん方が焼いてくれるバーベキュー、学生さんが企画するゲームやお店、アロマあり編みひもや工作物あり、スイカ割りも花火も、朝から晩まで盛り沢山です。
 私は、誰でも分け隔てなく包み込んでくれる居心地の良さに惹かれて、毎年参加するようになりました。ここには命をいとおしむ思いが流れているのです。

キャンプ1

 
キャンプに参加して初めて知った「日常」の一端
 そして私は、そのキャンプで、日頃のヘルパーとしての訪問だけでは知ることができなかった望さんの日常を垣間見ることになります。お母様は望さんの状態を五感で感じながら、呼吸を合わせるようにケアを進めていきます。
 歯磨きの時には歯ブラシを望さんの手に握らせ、お母様がその手を持って、自分で歯磨きをしている気持ちになれるよう工夫されていました。痰が出やすいように、手足の関節が硬くならないようにと、身体のケアに取り組まれる時間は1時間をゆうに超えています。
 
 夜間に何かあった時のために、お母様はパジャマには着替えていませんでした。そしてそれはキャンプの時に限らず、ご自宅でもそうされているそうです。目を閉じてはいても、慣れないところで一睡もできていない望さんの息まで感じ取っていらっしゃり、こんなにも細やかに寄り添われていたことを目の当たりにしました。
 こうした地道な日々の積み重ねの上に、絵本を楽しんだり「おおきなき」の授業に元気に取り組める時間があるのだと知りました。

 胃ろう(おなかに穴をあけて胃までチューブを通し栄養を摂る)で食事をされている望さんですが、家では、お母様が色々と身体に良いものを取り入れて手作りされ、お母様も同じものを召し上がっていると伺いました。
 キャンプではレトルトのミキサー食を持参され、私も一つ一つ味見をさせてもらいました。「たとえ胃ろうでも、同じ物を食し、美味しいものを食べさせてあげたい」という思いは私の心に響きました。
 そして、娘に自然に話しかけているお母様の姿からも、「どうせ食べられないのだから、どうせ分からないのだから」ではなく、その時の望さんの身体の状態に心を配りながらも、ごく自然に接していらっしゃること、「個人の尊厳を尊ぶ」ということは、こうしたさりげない日常の中にあるものなのだと気づかされました。

これからも一緒に
  望さんとお母様との出会いは、私の人生をどれほど豊かなものにしてくれていることでしょう。「まだまだ望から教えてもらうことも多いのよ」というお母様の言葉に、これからも一緒に佳い時間を重ねて行きたいと切に思う日々です。

ブログカット2 ハート2
(訪問大学おおきなきの機関紙「おおきなき通信 NO.17」より転載)

↑このページのトップヘ