カテゴリ: 日浦美智江さんが語る 共に生きる


生きる 力いっぱい生きる~みんなが教えてくれた存在の意味と可能性~


感想3★

「『この子らを世の光に』の『光』の意味」

 この揺さぶられるような感動はなんでしょう。
 私は、高齢者の訪問介護や障がいのある方々の相談支援の仕事に
携わっていますが、それとは別に、進行性筋ジストロフィー症という難
病の女性と毎週2時間ほど過ごしています。彼女は、話し言葉は発せ
ず、全身の筋力がなくなっていき、現在では身動き一つ出来ません。
出会った当初(4年半前)は、どのように話しかけたらいいのかわかり
ませんでしたし、抱きかかえるのも怖くて、途方に暮れました。でも今
は、かけがえのないとてもいい時間を過ごしています。
 先生のお話を聞いて、私は、自分が彼女に育ててもらっていることに
あらためて気づき、有り難さや彼女への愛おしさが込み上げてきたの
です。

 例えば、私は彼女と一緒に絵本を読んでいます。彼女からは、感想
等は聞くことができず、当初は、ただ読むことしかできませんでした。
彼女の表情をじっくり見る余裕もありませんでした。でも、いつしか大
きく見開いた目から、好奇心が感じられ、小さくうなずいたり舌を動か
たりして、楽しんでいる様子もうかがえるようになった時、私は今まで
に感じたことのない喜びを感じていました。お互いに通じ合えた喜びだ
ったり、ありのままの私をよくも悪くもそのまま受け入れてくれる喜びだ
ったり。ましてや、ふっと見せる無心の笑顔は、この上なく私を満ち足り
た気持ちにしてくれるのです。その笑顔が見たいばかりに、私の絵本の
世界も広がり読み方さえも自然と深まりっているような気がします。気が
つけば、彼女とゆったりとじっくりと気持ちを向き合わせる至福の時間に
なっていました。
 この感覚は、私を変えてくれました。色々な方々と接する時、とにかく
らず、どのような状況をもまずゆっくり見て、聴いて、理解しようとする
ことができます。そして、少しずつ関係を重ねる大事さを信じることがで
きます。
 また、彼女の障がいから、私は「死と隣り合わせの生」を身近に感じる
ことがあります。分泌物を思うように出すことができないので、吸引器を
使っているのですが、タイミングを誤れば、また、分泌物は水分の状況
でも固くへばりつくこともあり、みるみるうちに唇から血色が引いていき
ます。うっかり風邪をひこうものなら、即入院し、心配な日々が続きます。
彼女の24年間は、もしかしたら「奇跡の日々」だったのかもしれません。
「また朝が来て僕は生きていた…」(「朝」谷川俊太郎)という詩のフレー
ズに、彼女のお母様は感じ入ったと言います。ふと目をさまし、隣で寝て
いる娘の寝息を無意識に確認しては、毎朝ホッとされているのでしょう。
絵本は、彼女の体調や天候が許せば、川のせせらぎや鳥のさえずりの
中、北欧を思わせるような地域の公園の木陰で楽しみます。「今」という
愛おしさが溢れます。

 「この子らに世の光を」ではなく、「この子らを世の光に」と言われた糸
一雄さんに惹かれ、若き日の私も「びわこ学園」を訪ねたことがあります。
日浦先生のお話を聞いて、私は、歩んできた道を振り返りつつ、今やっと、
この「光」の真の意味がわかりかけたような気がしました。「光」とともに歩
む社会は、まさしく成熟した社会と言えるでしょう。
 「おおきなき」も小さな一歩を踏みしめていきたいと思います。

                                       事務局R

  

以上で、「生きる 力いっぱい生きる~みんなが教えてくれた存在の意味と可能性~」
の講演要約と感想を終わります。

次回からは、同じく2016年7月16日に
『第8回地域生活の医療的ケアを考えるフォーラム
「医療的ケアの必要な方のキャリア発達を支援する」
~学ぶことは、生きること、生涯にわたって生きる喜びを!~』
で行いました、訪問大学「おおきなき」の実践報告を
お届けします。


生きる 力いっぱい生きる~みんなが教えてくれた存在の意味と可能性~


感想2★

「1人1人の想いを大切にしたい」

 私が日浦先生の講演を聞いて、心を動かされたことやたくさんの人
にも知ってほしいと思ったことがあります。
 それは、日浦先生の言葉をお借りすると、
「障害の重い人は『働く…自分でお金を得る』ことは出来ないけれども、
大きな「働き」をしている。」
ということ。

 「朋」では、地域の方々、学校、会社、様々な方々と交流をされていま
す。『みんなは「働き」ができる』に書かれているような交流や、その他
にも「朋」の隣の中学校で行われる障害のある方の地域運動会は、20
以上続いているそうですが、その運動会のボランティアは、その中学
校の生徒が立候補しているそうです。
 地域の企業との交流では、これも25年以上続いていて、社員の方が、
食事介助などを行っていて、そういう時間を重ねられるうち、その企業の
社長さんが特例子会社を作られました。今は、知的障害のある方が50人
くらい勤めているそうです。
 それから、「朋」にはとても素敵な笑顔の女性がいて、その女性の笑顔
のおかげで、周りのたくさんの人が笑顔になってきたそうです。その女性
の名刺には、「職業:笑顔」と書いてあります。
 
 「朋」のみなさんは、そうやって、人の心を動かす、という「働き」をしてい
ます。それは、誰にでもできることではありません。重い障害があるから何
もできないなんてことはないのです。そういう大切な働きをできる人たちを、
尊重する、1人1人を大切にする、そういうことが当たり前の世の中になる
ことを心より願って、この感想を書いています。

 私自身、20才の時の交通事故により障害があり、車いすに乗っています
が、障害とは関係なく、「自分の想いを伝える」ということが苦手なまま、ず
っと過ごしてきました。4年前に「おおきなき」の仲間と出会い、重い障害の
ある方にお会いするようになりました。そうしていくうちに、重い障害のある
方は、障害のために、自分の想いを伝えることが難しい方がたくさんいらっ
しゃることを知りました。でも、みなさん、たくさんの想いを自分の中に抱え
ていらっしゃいます。その想いを伝えられないことは、どんなに苦しいことか、
もどかしいことかと、自分の体験と重ねて感じ、誰かの「想いを伝える」とい
うお手伝いができたら嬉しいと思いました。
 同時に、私は伝える手段を持っていながら、「苦手だ」と努力せずに逃げ
ていたのだと気づくことができました。
 私も、日浦先生がおっしゃられた「働き」に助けられた1人です。
 私は、最近、「想いを伝える」喜び、「想いが伝わる」喜びを知る機会が何
度もありました。その喜びを、重い障害のある方にも、一つでも多く感じて
ほしいと思っています。

 今回の講演で、一般校と支援学校が隣り合わせの地域があることを知り
ました。運動会を一緒にやったり、日常、一緒に過ごしたりしているそうです。
小さい時から「友達」として過ごすことによって、障害が特別なことではなくな
ると思います。1人の大事な友達のためなら、障害があるとかないとか関係
ないのです。それが、多くの人に広まればと思っています。
 先日、リオで、オリンピックとパラリンピックが開催されました。この一般校と
支援学校が隣同士というお話に、そうあるべきだとハッとした私は、なぜ、こ
の大会は別々に開催されているのだろうか、という疑問がわきました。
 運営上のことなどいろいろあるとは思いますが、障害があってもなくても同じ
スポーツです。
 いつか、一つの大会として開催される日が来るといいのに、と思います。
 話がそれてしまいました…。

 人として、どうあるべきか。日浦先生の講演を聞いて、あらためて考える
きっかけとなりました。
 人生にはさまざまなことが起こりますが、人としてどうあるべきかを考えて
いったら、そこを大事に生きていったら、道を間違えないのではないか、誰
の想いも大切にできるのではないか。
 その想いを強く持ち、相手の想いも、自分の想いも大切にしたら、自然と
体が動いていくのではないか。
 日浦先生は「思いは力」とおっしゃっていました。人と接し、見たもの聞いた
もの体験したことから感じた想いを大切にしながら、周りの一人一人の想い
を大事に生きていきたい。
 日浦先生のお話を聞いて、そう思いました。
          
                                         事務局T


生きる 力いっぱい生きる~みんなが教えてくれた存在の意味と可能性~


感想1★

「私にとっての『朋』の誕生と存在の意味」

 私は、10年以上前に「朋」のことが取り上げられていた新聞記事を
見たときに、いつか訪ねてみたいと思っていました。
 「朋」の出発点には、1972年に横浜市の小学校の一角に作られた
「訪問学級」があります。当時は、重度・重複障害を持つお子さんは
在宅か入所施設しか選択肢がない時代でした。教育の対象として
考えてもらえないことも多い時代でした。教員が教育委員会に働き
かけ、集団での学校教育を実現させるのです。
 その訪問学級にソーシャルワーカーとしてかかわられていた日浦
先生を中心にして、「訪問学級」の延長線上に、2つの作業所を経て、
重い障害を持つ方が通える施設「朋」を1986年にスタートさせます。
 「朋」は、私が理想と考えていた障害のある方とない方が自然な形
で触れ合える拠点になっていると思えました。

 昨年の地域ケアさぽーと研究所のフォーラムで学芸大学の加瀬進
先生が日浦先生のことを紹介されたことをきっかけに、日浦先生の
生き方、そして「朋」のことを考える機会を与えられました。
http://blogs.yahoo.co.jp/ookinaki_koramu/55153427.html
 加瀬先生の話の中では、日浦先生の著作から「朋」では、「人と人
を結びつていく磁石、無心の磁石が、私たちのいいところを引っ張り
出して、私たちをつないでいってくれる」(*1)という記述の紹介があ
りました。1年間で「朋」には、3,081人のボランティアが訪れたそうで
す。
(*1)日浦美智江著「朋はみんなの青春ステージー重症心身障害の人たちの
地域生活を創る」ぶどう社1996年
 「朋」の魅力、多くの人を引き付けるそこに通う方たちの存在感の大
きさ感じ取り、私たちが学ぶことが「朋」の歩みには確実にあると考え
ていました。
 そして、今回の7月16日のフォーラムで、日浦先生のお話を直接聞
く機会が得られました。
 事務局メンバーにも、「参加してぜひ一緒に聞いてほしい」と伝えま
した。

 その10日後に、相模原の障害者施設の殺傷事件が起きます。時間
を戻せない今、あの事件で失われてしまった一人ひとりの方の命のこ
とを思うとともに、あの事件をきっかけに潜在していた障害の重い方の
生きる意味に「疑問」を感じている人がかなり多いかもしれないことに
気づかされます。それは、「朋」の存在の対極にある事件でした。

 黙っていることはそのマイナスの波紋を広げていくことにしかつなが
らない。その波紋を感じとり、障害の重い方が地域に出ていくことに恐
怖を感じるようになっているとも聞きます。今も顕在している人間に序
列をつけたり命を選別しようとしたりする考え方に抗い、心の深いとこ
ろでその間違いに気づいてもらうには、論理的な面での説得も必要で
すが、障害の重い方自身の生き方や「言葉」(表情や声、体の動きを
含む)に小さい頃から触れてもらうことが近道だと思っています。

 日浦先生の言葉をお借りすれば「障害の(ある)人と関わることは単
に支援・介護というだけでなく社会の価値観を変える大きな仕事」(*2)
と、私も感じています。そして、その必要性は、社会や時代の流れから
今、高まっているのかもしれません。
 自分にできることは小さなことですが、障害の重いお子さんにかかわ
りながら伝えていくこと、表現していくことを今まで以上に大事にしてい
きたいと思います。
(*2) 國森康弘・日浦美智江・中村隆一・大塚晃・社会福祉法人びわこ学園編著
「生きることが光になる―重症児者福祉と入所施設の将来を考える」クリエイツかもがわ
2014年

<かかわり続けること>
 この単純なことが自分にはなかなかできていません。日浦先生は訪
問学級で出会ったお子さんと40年以上かかわり続けています。だから、
その言葉、「共に生きる」ということについて地に足がついていて説得力
があります。
 「朋」は、「共に生きる」きっかけを作る場になっていました。私は、日浦
先生の著作(*2)にもあるYさんとTくんの話が大好きです。 
以下は要約と感想です。

 ~朋に来ていた中学生ボランティアのTくんとYさんの目が合い、Yさん
が笑顔になる。Tくんが「僕は、ここでなら僕でいられる」と言う。誰にでも、
自分が自分らしくいられる場が必要だ。彼はYさんを訪ね続ける。Yさんも
彼の卒業式に花をも持ってお祝いに行く。卒業後、彼は初めて買ったバイ
クに一番にYさんを座らせる。
  朋を訪問した厚生労働省の事務次官が言われた「Yさんは、この笑顔で
見事に自立していますね」という言葉がとても説得力を持つ。
 Tくんは「Yちゃんのおかげで僕はぶれないですんだ。――ずっとYちゃん
が心の中にいた」と言う。~

<共に生きる社会、それは作り出すもの>
 「おおきなき」では、障害のある方とない方が共に生きられる社会を理想
として掲げています。しかし、その社会を具体的に目の前に描けているわ
けではありません。
 40年以上前に、日浦先生の目の前には共に生きる社会が実像として見
えてきませんでした。だから、その社会、その場を作り出そうとしたわけで
す。日浦先生を突き動かしていったのは、まぎれもなくそれまでかかわり
続けてきた障害の重いお子さんの思いであり、ともに歩んできたそのご家
族の思いだったのではないでしょうか。
 行政や地域社会を動かすのには、どれほど大変なエネルギーと、人の力
と、お金がいることなのか、私の想像を超えていることだと思います。日浦
先生には「思いは力」だったそうです。

 ~重症心身障害が通える施設は当時の法律にもありませんでした。お金
は行政に出してもらうだけでなく自分たちでも生み出そうとしています。施設
を作る場合、お金があっても地域の理解を得るのは並大抵のことではありま
せん。たくさんの方を訪ね、頭を下げ、理解と協力を得てお金も集めていま
す。施設内にとどまるのではなく地域に出ていくことを前提に地域の方の理
解を得て、「朋」は誕生しています。~

                                          事務局A

生きる 力いっぱい生きる~みんなが教えてくれた存在の意味と可能性~


<新しい試み>

 今、訪問の家では、多機能施設という年少の子たちの一時的な
ケアの施設を作り、子どもたちを預かっています。本当に厳しい状
態の子どもたちですが、それを若いお母さんたちが、一生懸命に
みていらっしゃいます。これをなんとかサポートする方法を考えて
います。様々な場所で若いお母さんたちのグループワークをして
いますが、お母さんたちは泣くのです。それくらい緊張して命を守
ることを一生懸命やっていらっしゃいますので、私たちに少しでも
ゆだねてもらえればと思っています。
 今の「朋」のお母さんたちも、かつてはそうでした。でも今はおし
れをして、楽しんでいらっしゃいます。
 この多機能施設には、ドクターもナースもいます。今、多機能施
は横浜市に2つできています。

 もう一つは、3館目の入所施設を横浜市に作りました。160人定
員の施設です。ショートステイ、レスパイト(普段介護をしている人
が休息をとれるようにする)の機能があることと、入院ができ、長期
入所もできます。だんだん身体状況が厳しくなったときに、医療が
側にあることが大事だと、入所施設の理事長をやってわかりました。
 医療と住まいのサポートのほか、日中活動(創作活動や生産活動
等の機会の提供)、学校、ホールでの音楽会等、広いロビーでは、
つでもそこでお茶を飲んだり、いろいろと楽しいことをしたり、おしゃ
べりしたりできます。
 私が44年前にみんなに会って、ずっと一緒にやってきて、「みんな
の人生の最後のところが、こうあるといいのかな」という理想に近い
場所ができました。
ショッピング街や公園も近くにあり、どんどん外に出られるようになっ
ています。外に出るのが無理な人は、2階に庭園ができています。
 もし、ずっと在宅で過ごして、親が年を取って動けなくなってから
別れることになったら、親が申し訳ない気持ちになると思います。
まだ親の余力があるときに、人生の最後までを過ごせる入所施設
にお願いして、親御さんから「この子は、こうやって生きてきて、こう
いうことが好きで、こういう風にやってもらうといい」と、たくさん職員
に伝えてほしいのです。そして職員と親御さんが仲良くなって、自宅
にはいつでも一泊しに帰ったり、外出の機会もどんどん作っていこう
という、一つの試みです。どうそんな願いが機能して実現していくか
というのは、これからの課題です。

 「朋」には広島の原爆の慰霊碑の残りの御影石で出来た石碑があ
ります。慰霊碑を制作した友人が命を大切にするのは同じ、と贈って
くれました。」「生きる 力いっぱい生きる」と書いてもらいました。大事
な友石です。

イメージ 1
日浦美智江著「朋はみんなの青春ステージ」より

  

以上で、日浦先生講演「生きる 力いっぱい生きる~みんなが教えてくれた
存在の意味と可能性~」を終わります。
次回は、日浦先生の講演の感想を掲載します。



生きる 力いっぱい生きる~みんなが教えてくれた存在の意味と可能性~


<存在からの気づき>

 「人間はIQ(知能指数)と身体状況だけで生きているわけじゃない。」
 岡潔さんという数学者がおっしゃっています。
 「人間の柱は情緒である。」
 まさに、私はこのことをずっと実感してきました。
 心、情緒、それがどんどん分化していくのです。みんなの情緒は怒りに
なったり、ふっと笑っていただけだったのが、素晴らしい笑顔になったり、
やきもちをやいてみたり、どんどん広がって分化していくのです。その情
緒をどれだけ豊かに広げてあげられるかだと思います。
 そして、みんなは、無心にすべてをほかの人にゆだねて生きる強さがあ
ります。相手への無数の問いかけをしています。
 それから、相手の土俵に乗る大切さです。相手が何を願い、何を思って
いるのか、そこへ寄り添っていくのです。これは、すごく忍耐がいります。
お母さんたちは、これをやっているのです。それは愛情があるからです。
私たちは、どうしてもこちらの土俵に乗せたがりますが、そうではなく、相
手の土俵に乗るのです。

 みんなは、出来ない人ではありません。無限の可能性を持っています。
また、役に立つ喜びをくれる人です。私もちっぽけな人間ですけど、いろ
ろなことでみんなの笑顔に会うと、「あ、私ここにいていいんだ」と思え
ます。本当に私にとって大切な人たちです。

 私たちが求められるものは、イマジネーションの力です。なぜかというと、
当事者じゃないですからです。どれだけ、イマジネーション、イメージをふく
らませられるか。
 それと創造力ですね。どうやったら作り出すことができるか。それは、制
度も含めてです。これは工夫、創造力、もちろん可能性を信じることが大
切です。
もう一つ、思いとか熱意です。「思いは力」。思いがないと力は出ない、と
思います。

 この仕事の魅力は、人間を知るということです。私がどのくらい人間を
てから死ぬのかと…それくらい人間っていうのは、本当に大きくて深い。
みんなから教えてもらったものは、私は大事にしたいし、私の中での確か
なものとして、抱えていきたいと思っています。

 人生支援というのは、自分を理解してくれる温かい気持ちが側にあること
だと思うのですが、これは多様であっていいと思います。自分の価値観にと
らわれていないかを常に考える必要があります。いろいろな人生があって
いいのです。

 「歩けなくても話せなくても、あなたにそばにいてほしい。」
 お子さんが臨終になったときに、あるお父さんが叫んだ言葉です。これが
原点…そこにいてほしいと願う人が側にいる、それが生きる力になるのだと
思います。




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