「『この子らを世の光に』の『光』の意味」
この揺さぶられるような感動はなんでしょう。
私は、高齢者の訪問介護や障がいのある方々の相談支援の仕事に
携わっていますが、それとは別に、進行性筋ジストロフィー症という難
病の女性と毎週2時間ほど過ごしています。彼女は、話し言葉は発せ
ず、全身の筋力がなくなっていき、現在では身動き一つ出来ません。
出会った当初(4年半前)は、どのように話しかけたらいいのかわかり
ませんでしたし、抱きかかえるのも怖くて、途方に暮れました。でも今
は、かけがえのないとてもいい時間を過ごしています。
先生のお話を聞いて、私は、自分が彼女に育ててもらっていることに
あらためて気づき、有り難さや彼女への愛おしさが込み上げてきたの
です。
例えば、私は彼女と一緒に絵本を読んでいます。彼女からは、感想
等は聞くことができず、当初は、ただ読むことしかできませんでした。
彼女の表情をじっくり見る余裕もありませんでした。でも、いつしか大
きく見開いた目から、好奇心が感じられ、小さくうなずいたり舌を動か
したりして、楽しんでいる様子もうかがえるようになった時、私は今まで
に感じたことのない喜びを感じていました。お互いに通じ合えた喜びだ
ったり、ありのままの私をよくも悪くもそのまま受け入れてくれる喜びだ
ったり。ましてや、ふっと見せる無心の笑顔は、この上なく私を満ち足り
た気持ちにしてくれるのです。その笑顔が見たいばかりに、私の絵本の
世界も広がり読み方さえも自然と深まりっているような気がします。気が
つけば、彼女とゆったりとじっくりと気持ちを向き合わせる至福の時間に
なっていました。
この感覚は、私を変えてくれました。色々な方々と接する時、とにかく
焦らず、どのような状況をもまずゆっくり見て、聴いて、理解しようとする
ことができます。そして、少しずつ関係を重ねる大事さを信じることがで
きます。
また、彼女の障がいから、私は「死と隣り合わせの生」を身近に感じる
ことがあります。分泌物を思うように出すことができないので、吸引器を
使っているのですが、タイミングを誤れば、また、分泌物は水分の状況
でも固くへばりつくこともあり、みるみるうちに唇から血色が引いていき
ます。うっかり風邪をひこうものなら、即入院し、心配な日々が続きます。
彼女の24年間は、もしかしたら「奇跡の日々」だったのかもしれません。
「また朝が来て僕は生きていた…」(「朝」谷川俊太郎)という詩のフレー
ズに、彼女のお母様は感じ入ったと言います。ふと目をさまし、隣で寝て
いる娘の寝息を無意識に確認しては、毎朝ホッとされているのでしょう。
絵本は、彼女の体調や天候が許せば、川のせせらぎや鳥のさえずりの
中、北欧を思わせるような地域の公園の木陰で楽しみます。「今」という
愛おしさが溢れます。
「この子らに世の光を」ではなく、「この子らを世の光に」と言われた糸賀
一雄さんに惹かれ、若き日の私も「びわこ学園」を訪ねたことがあります。
日浦先生のお話を聞いて、私は、歩んできた道を振り返りつつ、今やっと、
この「光」の真の意味がわかりかけたような気がしました。「光」とともに歩
む社会は、まさしく成熟した社会と言えるでしょう。
「おおきなき」も小さな一歩を踏みしめていきたいと思います。
事務局R



以上で、「生きる 力いっぱい生きる~みんなが教えてくれた存在の意味と可能性~」
の講演要約と感想を終わります。
次回からは、同じく2016年7月16日に
『第8回地域生活の医療的ケアを考えるフォーラム
「医療的ケアの必要な方のキャリア発達を支援する」
~学ぶことは、生きること、生涯にわたって生きる喜びを!~』
で行いました、訪問大学「おおきなき」の実践報告を
お届けします。