スクール生発表会リハ―サル開始!クラウンカーニバルinいこま セミナー

2018年03月14日

脳内問答ー

20121010_001254先日の報道で、渋谷で、中国人のグループが、警備員に暴行を加えるーというのを見た。
映像では、傘やパイプ椅子で素手の警備員を何度も殴りつけていて、尋常ではないー。
人気ブランドの購入を邪魔された事に腹を立てたらしいが、それにしても、周囲にたくさんの人がいるにもかかわらず、パイプ椅子で人を殴るのは常軌を逸している。
まるで追い詰められた野生動物のよう。
声では相手を脅しているが、実際は怖くてヒステリックになっていたんじゃないだろうか?

そう、自分を守ろうとすると、人は簡単に相手を攻撃してしまう。
攻撃をするコトで、自分の方が優位だと思い込もうとする。
必ずしも、それは殴る、蹴るーという暴力だけじゃない。
言葉や態度、咳払い、目つきー今ではSNSなんて方法もある。

彼らにそれをさせるのは、本当は攻撃している相手ではなく、自分自身の不安という闇。
まだ起こらない悪いコトがいつも頭にカビのようにこびりつき、コトあるごとに不安を煽る。
たいがい、それは確証の 無い事だったりする。
「あいつは俺を嫌っているのかもしれないーいや、きっとそうだ、そうに違いない」

そうなると、脳内ドラマは炎上するばかり、いつしかその人の履いている靴下まで憎しみの対象となるー。「あいつは俺を破滅させようとしている!」
闇は自分を守ろうと必死になり、自分が被害者で、相手は加害者だから、パイプ椅子で殴っても当人には正当防衛と思えてしまう。

ここまで来る前に、どこかターニングポイントは無いものか?
あいつは俺を嫌っているーというのはほんとうか?
万が一、嫌われたとして、それはどのくらいの損害か?
じゃあ、好かれたら嬉しいのか?
そもそも、それを気にする必要はあるのか?

などと、脳内問答をして みるのはどうだろう?
妄想するより、こちらの方がずっと建設的だー。

相手の気持ちの変化を期待していたら、その間、自分は囚われの身と同じ。
それよりは自分の気持ちをさっさと切り替えて、春の街を散策する方がどれだけ有意義か!

他人の成功や才能、美貌にジェラシーを燃やす人は絶えない。
ひっくり返せば、それは、自信の無い事から生まれる。
そして、それは、自分と向き合い、自分の役割を見つける事で朝露のように消えていく。

比べる事の無意味さを知る。
だって私たちは一人一人違うのだから!

別々の役割を持つ私たちは、きっと誰ひとりー無駄な存在ではない。
存在の不安を煽る必要など無い。

パイプイスで殴った彼は誰かを守る盾となれたかもしれない。
殴られた彼は、ユーモアで笑わせる事ができたかもしれない。
敵と味方、加害者と被害者、管理するモノとされるものーそんな2局化の思考から、もっと自由に ー
きっとなれる。私たちはー人間なんだから。



clown_gigi at 09:30│Comments(0)おしゃべり 

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