2014年01月26日

比べない

名人クラスの俳優たちのそれを見てきたのはある意味幸せだったのかもしれないけれど、芸術を含めて芸事で身を立てる人が経験する非情な世界に、生まれた時から身を置くはめになってしまったのが幸せだったかどうかはいまだにわからないな。

小さいときから身にしみていたのは、自分がいるのは「比べられる世界」だということ。能力とは、まず必要な技術のレベル、それからそれを使った表現力、そして比べられることに耐えられる強さ?または、比べられることが平気な鈍感さ、を指していた。

比べられるのは能力、性格だけじゃない。親のポジションや能力は即こどもにも影響する。広報でプレスのインタビューを受ける順番、名前を呼ばれる順番は、能力以前にそんなことに影響されることもあった。名前を呼ばれるか呼ばれないか、大都市での公演に出演するのか、それとも地方巡業組か、そんなこともね。

オーティションは、そのときの作品のイメージや、脚本家や演出家のイメージや好みもあるから、主観に左右されるのが当たり前。で、さらに、そういうさまざまな要素が最終決定に影響するんだね。 

あのね、オーディションってね、椅子はひとつなんだよ。だからね、それに座れるのも1人。
ミュージカル「アニー」を例にすれば、「アニー」の椅子はWキャストだからふたつ、あとはどんなにいい役でも「アニー以外の役」なのね。圧倒的に順位がつく比べられる世界。

自分がこどもの頃から見てきたお芝居はさ「なくてもいい役」なんかひとつもなくて、どんなに小さな役でもそれがないとドラマが成立しないから、端の端役にいたるまでちゃんと演技をしていないといけないんだよ。
だけれど、話題になるのは「主役」と「主要キャスト」っていうのは現実だし、多くの人が「主役」を夢見てこの世界に入ってくるのは紛れもない事実。みんなその座を目指して頑張るんだよね。でも小さな役さえ得られない状況で、頑張り続けられる人はそう多くない。途中で「自分は主役じゃなくて脇役を」と路線変更する人もいれば、自分で選んだわけじゃなくても結果的にそうなる人もいるけれども、それはまだ役がもらえるだけいいんだよ。実際には、役にもつけなくてやめていく人の方が圧倒的に多いからね。お芝居さえやれればどんな役でもいい、っていったって役につけないことの方が多いし。


年功序列なんかあってないようなもんだし。後からその世界に入って来た人が先輩を追い抜いて売れて行く、なんてことは日常茶飯事だから、自分よりも長くその世界にいて努力している先輩への敬意をもって「お先に失礼します」というマナーが大事なんだよ。売れて行くこと、と能力、まして人間性は別だから。

あ〜〜なんか、話があっちいったりこっちいったりだけど。

そんな水にず〜っと浸かってきて、身に滲みてるのは、

「どんなときも自分は他人と比べないこと」

人の前に出て何かをやると、好むと好まざるとに関わらず、人から勝手に批評されたり、感想言われたり書かれたり、誰かと比べられたりする。つまり「公に」「演じる」わけだから。いい評価をもらえることもあれば、よくない評価もあるし、悪意のある酷評になることだってある。誰のことばを信じるか? それは自分が一番信頼している人で、愛情を持って自分を応援してくれる人の。それ以外は信じなくていいと思ってる。「おもしろくない」と思う人からのやっかみもあるし、「隣の芝生は青い」式に、事実と違うイメージを持たれたりもする。そういうひとつひとつを、できるだけ気にしないでいること。


いまクラウンをやっていて人間の「ワンマン・アップ・シップ」を扱うからよけいそう思うのだけれど。
人間の一番厄介な感情は、「嫉妬」と「怒り」でどちらもルーツは「悲しみ」だと思うのね。

自分がうまくいっていないときに、うまくいっている人を見ると「おもしろくない」のは、「うまくいってない自分が悲しいから」。
その人を見ると「あの人に引きかえ自分はなんて情けないんだろう」と感じてしまう。
ありがちなことなんだけど、このときに「自分は自分」とできるだけ早く気持ちを切り替えられると、落ち込みのド壺にはまらなくて済む。身近な人の場合は特に気持ちがガサガサしがちだけど、「自分は自分で頑張ってるぞ」というところに落ち着けるといいよね。人を見て落ち込んでる暇なんかない。自分のことをやらなきゃね。

こどもの頃にね、よく遊びに行っていた歌舞伎の役者さんのお家でね、そこのこどもたちは(ってもう大人だったけど)みんな舞台人だったの。それぞれに少しずつ専門分野は違うのだけれどね。で、真ん中のお姉さんがダントツで売れっ子で、まあいわゆるスターだったわけ。一番上のお姉さんは、名前もまあ業界では知られていて技術も高いのだけれど、その真ん中のお姉さんに比べたら知名度とかは正直かなり落ちるワケ。お兄さんはまあまあ。

そこの家はどっちかっていうとみんな仲がよくて、印象に残っているのは、賞をもらったりいい役についたりするとお互いに「よかったね!おめでとう!」とか「頑張って」って言い合ってる姿なんだね。それがこども心に「気にならないのかなぁ」って不思議でね。あるとき一番上のお姉さんに思い切って「悔しくないの?」と聞いちゃったことがある。だってたいていは賞をもらったり主役をやっているのは真ん中のお姉さんだったから。

そしたらね、、、「芸事だからね」と。「誰かがうまくいっていることと自分を比べて悔しがってたら、この世界じゃ身が持たないから」、「自分は自分のやるべきことをコツコツ続けること。うまくいっている人のやり方から学ぶこと、そうやって自分を磨くことに意識を向けることが自分を育てるからね」、「それに自分の大切な人たちの成功は嬉しいものよ。一歩外に出れば厳しい世界なんだから、身近にいる人は応援してあげたいじゃない」と。。。

この3人の兄弟姉妹は3人ともそんな感じだった。どこの家でもそうだってわけじゃないだろうけど、それは深くこころに刻まれたお話しだった。。。

芸事で生きて行くってことは、ひたすら自分のやるべきことに目を向けること、大切な人の喜びは一緒に喜べること、

自分もそんなふうに生きていきたい と思うんだよ


2013年10月31日

夜と霧

夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録

V.E.フランクル 著
霜山 徳爾 訳


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言葉にならない経験を、心理学者という立場から淡々と語る書き口。
最初は、研究書のようなとっつきにくい文章に感じるのだけれど、どんどんその情景に引き込まれていく。
偉大な詩を読み終わったような、ため息で本の後扉を閉じた。
 感動。

きっかけ:友人Yのおすすめ。 

2013年04月03日

窓ぎわのトットちゃん English

こどもの頃から読書好き。

今でも1週間に2〜3冊は読む・・・
なかなか時間がとれないけど、月8~10冊?

ふと思い立って、読んだ記録をつけてみようかな、と

2012年の5月に、英語のメールをもう少しストレスなく
読めるようになりたいと思って、「100万語読む」っていうのに
チャレンジ。この年は、ケガや病気をしたので、12月に80万語を
目前に挫折して、ちょっとお休みしてるけど、間もなく再開予定。

最近では、ハウツウ本も読もまなきゃだったりだけど、
以前に日本語で読んだ本を英語で読むのは楽しかったりもする。

で、この本。
20130402 book
 英語でも泣きました。
日本語で初めて読んだときには、とても他人事とは思えず、
少し自分のことを許してあげてもいいか、 
なんて思ったっけ

そういえば、ロシア語の翻訳をしたリプマン ・ レーピン 課長も亡くなったなぁ・・・
柔らかい笑顔が印象的な方でした・・・ 

2011年12月13日

心に残る情景 「地平線」

十代の頃見た映画に、「地平線」という映画があった。

新藤兼人監督作品。

実家の倒産を救うため、二十歳で渡米結婚した女性を中心に、アメリカの大地に生き抜いた日本移民たちの姿を描いた作品なのだけれど、乙羽信子、永島敏行・藤谷美和子主演のほか、豪華な顔ぶれの出演者もさることながら、荒れ果てた荒野を、血のにじむような働きでストロベリー畑にしていくシーンが強烈な印象として残っている。。

その映画の中の1シーンで、荒野を、石を拾っては投げ捨て、拾っては投げ捨て、土地を耕す永島敏行扮する日系一世・・・。彼のセリフで、「石を拾って投げる、拾って投げていれば、いつかはさら地になる」というような意味のことがあって、それが強く心に残っている、今でも。汗まみれになって、拾っては捨てる・・・そして何年も何年も経って、そこは青々とした緑の畑になっていた。

今でも、大変な状況に直面すると、いつも思い出す。「ただ、石ころを拾って捨てる、拾っては捨てる、いつか畑になる」と。 

こういう作品に出会えるのは、一生物の宝だと思う。見たのはもう十数年も前だけれど、今でも自分のすぐ傍らにあって、励まし続けてくれるんだから。すごいよね。 「自分で生きろ」と思い出させてくれる。

【情報】
タイトル:地平線
監督:新藤兼人
公開:1984年02月11日 
配給:松竹

2010年11月26日

習い事、、に思う

こどもの頃、いろいろお稽古ごとをやっていた。

6才〜15才は、週に2回の日本舞踊、週に2回の長唄&三味線、週に1回地方公演で遅れるお勉強の補習、毎週日曜は観察力をつけるためのデッサンと図画、造形教室、音感とリズム感のためのピアノを含めた音楽教室。日曜以外は全部夜の7時過ぎから遅いときは10時くらいまで。覚えが悪いと先生がいいというまで帰れないから、さらに遅くまでだった。


実は、一番楽しかったのは、稽古が終わった後、広い稽古場で仲間たちとやる座布団投げで、お世話係の大人が来るまで息を切らせて汗をかいて笑った。それが息抜きだった。


好きでやっていたわけではなかった。嫌いではなかったと思うけれど、楽しいとか楽しくないではなく、やるのが当たり前の必須の職業訓練。一番重要視されたのは、第一に先生や先輩弟子へのマナー、挨拶のしかた口のききかた。師匠を頂点とするピラミッドは絶対だったし、習ったことは復習してできるようにして次の稽古に行くのは当然の礼儀だった。師匠の言葉や考えは習っている間は絶対で、弟子や生徒の都合など、そうそう云えるものではなかった。

このヒエラレルキーは、年齢ではなく芸歴で構成されている。芸事は、長いからといって芸が高いとは限らない。あとから始めても才のある人は先輩を追い越して行くこともある。だからこそ、そういうときには「お先に失礼します」というマナーが大切だと教わった。能力と人間性は別だから。

「帰り新参」という言葉もある。先輩でも、しばらく休んでいて復帰したとき、自分よりも若輩に教えを乞うこともある。そういうときは、自分の方が「新参者」だから、ちゃんと礼を尽くして教われという意味。例え相手がこどもでも。

さしずめ、スポーツなどで「体育系」とも呼ばれるのと似たような構造かもしれない。

それから、お稽古ごとの目的はひとつだったから、お稽古事のどれかひとつに発表会があったり、舞台やリハがあるときには、学校はもちろんそれ以外のお稽古ごとも、全部お休み。他のお稽古があるから、とか、運動会だから、というのは遅刻や欠席の何の理由にもならなかった。


建前のない実力社会、「できる」か「できない」かだけで、それはできるまで頑張るか、やめるか、の選択だった。周りは目も耳も肥えている人ばかりで、どこの子はどれだけできるとか、どこの子どこが足りないと常に話題になるし、それはそのまま配役に反映された。だから、厳しいけれどできたときの達成感は、半端じゃなかった。

それでも、どんなに優秀でもマナーが悪いとそれでアウトだった。

長いこと、こういうスタイルは日本特有のものだと思っていたけれど、海外での経験から、ヨーロッパやロシアはまったく同じスタイルだったし、一見フレンドリーなように見えるアメリカでさえ、プロの世界は同じなんだと知ってビックリ。

自分が経験した「習い事」や「お稽古ごと」というのは、こんなふうにマナーが土台だったから、大人になって、ある時期カルチャースクールというものに行って別な驚きに遭遇したことがある。先生が生徒を叱らない。。。時間に遅れる、とか、休む、をはじめとしてマナーについてなにも云わない。友達でカルチャーの講師をしている人がいたので聞いてみたら、「生徒はお客様だから叱らない」って。叱ったりすると傷ついてやめてしまうのだとか。そのときは天地がひっくり返るほど驚いた。

特に驚いたのは「厳しく叱るとやめてしまう」というところ。お稽古ごとというのは、「叱られてもやめないもの」だと思っていたから、目からウロコがぼろぼろ。


以来、注意して見ていると、お稽古ごとには2種類あることに気がついた。いつもではないにしろ基本は厳しいというケースと、叱られることは絶対にないケース。後者は「楽しい」が売りなことが多いみたいだった。

経験では、セレブな人たちは、ご自身も子女も厳しい先生につけることが多いのだという。たしなみとしての技術を身につけることはもちろん、言葉は古いけれど「行儀見習い」として一流の先生に弟子入りするんだと(聞いた話だけど)。セレブではなくても、そういう先生の教室の入り口は、大人でもこどもでも脱いだ靴は必ず揃っているし、態度や言葉遣いですぐにわかる。

逆に云えるのは、習っている人たちのマナーで、先生のレベルも評価されるっていうこと。

最近、職業訓練ではないけど、いくつもの習い事をしていると、小さい人から聞くことが多くて、その度に「そんなにたくさん?」と驚く。学校も、それぞれのお稽古ごとも、全部が大事だと、ひとつひとつに集中するのは難しくなるからつらくないかと、おせっかいな心配をしたくなったりもする。自分のときは、やっていることに優先順位が厳然とあった。だから、ある朝学校に行ったら、全校写生会で誰もいない、とか、運動会をやってた、とかいう今は笑えることもあったし。

特にダンスや音楽など(クラウンもそうだけど)芸術系のお稽古ごとは、ぼ〜っとする時間が絶対に必要で、そういう時間に習ったことなどを昇華/消化するわけ。

まずはひとつを徹底的にやるのがいいと、個人的には思う。ひとつを極めると、共通項が多いから、他への応用もかなりきく。逆にあまりいろいろ一度にやると、どれもあまりレベルアップしない、という可能性もある。

最近は、身につけたい、とか、覚えたい、というより、楽しくやりたい人が多いから、それはそれで、叱らないやり方もあるのだろうし、趣味でやるにはそれもありかな、と思う。

一方で、厳しいお稽古ごとで洞察力やマナーを身につけて、日常生活もスムーズに行く、っていうのもアリかな。

どちらにしても、「なぜやるのか?」をはっきりさせてから、やるといいね。それと、尊敬できる先生につく、っていうのは、外せない条件。 

 最近、「習い事」についてちょっと思ったことのいくつか、でした。

2010年08月14日

ありがとう

いつの間にか、このサイトの来場者数が800を越えていて、びっくり!

ものすごく気まぐれに、ぽつぽつ書いているひとりごとにお付き合いいただき、ありがとう。

最近では、このブログを始めたころには思いもよらなかった、Twitterとかfecebookとかツールが増えて、全部をやろうとすると、何だか一日キーボードに向かわなければならない感じ?

ちょっと苦しいと感じるのは古いのかな。

人が好きです。空気をシェアできるのが好きです。「できるような気がする」よりも。

進化しつづけるITと適度な距離をもっておつきあいするのが、自分にとっては心地いい気がしています。

このブログは、友達に広めたいとか、そういうんじゃなくて、なんとなく共感できる人が何かのご縁でのぞいてくれたら、それがいい、かな。

今日は少し涼しいね。

2010年06月12日

雑用?

テレビで宮大工の仕事のドキュメントを見た。

鎌倉のある寺の修理をしているところ。

棟梁がきりのいいところで、「そろそろ昼飯にするぞ〜」と声をあげると昼休みになる。
お昼ご飯は、全員分が棟梁の奥さんの手作り弁当で全員一緒にテーブルを囲む。

棟梁曰く、「こうしてみんなで弁当を食べるのも修行のひとつ。
だれのお茶が少なくなったとか、そろそろお茶を入れようとか、弁当の片付けとか、目配り気配りができて一人前になっていく」

そのとおりだと思う。特に芸事の世界では、芸そのものだけでなく目配り気配りができないと芸にそれが出てしまい未熟だといわれる。雑用の中にたくさんの学びがあるのだけれど、その意味がわからず「雑用ばかりやらされて〜」といって途中で離脱する人はあまり大成しない。もうひとつ雑用をやることは、前頭葉の働きを著しく高めるのだけれど案外知られていない。初心者ほど、そのことの意味がわからないのは当たり前で、ある程度のレベルになってはじめて雑用の意味がわかるようになる。つまり「やらされている感」がある間は素人レベルということ。

どの世界も同じだなぁと思いながらテレビを見ていた。
こどものころ師匠がよく云っていた、
「一流の芸には、共通するものがある。」という言葉を思い出した。

2009年09月11日

人には平等に「不平等」がある

世界は不公平です。
それがいいとか悪いとかの問題じゃなくて、実際そうだと思いませんか。

現実の世界に平等や公平を求めると怒りばかりで、自分のこころや身体が具合悪くなったりしませんか。

すべての差別、すべての不公平をこの世から失くすことができると、本当に思いますか? 

私は、自分自身はできるだけフェアな位置にる努力をして、誰が見ていなくても公正でいる努力をしようと思うのです。

それから、不公平な場面に遭遇したら、逞しく解決策や回避策を探して、屁でもないって顔をして生きていける強さをもっていたいと思うのです。






2008年04月29日

師匠1

こどもの頃から数えると、ずいぶんいろいろな先生についていろいろなことを習った。

今でも強烈な記憶として残っている師匠が何人かいる。厳しかったことだけは共通していた。その厳しさもそれぞれ飛びっきりの個性だった。

和物は基本的に、見て聞いてその場で真似をして覚える。理屈などを聞いている暇はない、「いいからやれ」の世界。こどもでも大人でも変わらない。よく考えれば、未熟な弟子が理屈を聞いたところで到底分かるわけはないし、結局出来なきゃしょうがない。

不器用だったので、他の誰よりも覚えるのが遅かった。今の人なら「覚えられないから録音していいでしょうか?」とか「覚えられないのでビデオに撮っていいでしょうか?」というところかもしれない。が、もちろんダメ。覚えるまでひたすら繰り返す。師匠が止めるまで稽古は終わらない。そんなことばかり。

あまりの覚えの悪さに自分が情けなくて、ずいぶん泣いた。泣いたって容赦はない。そうやって覚えたことは、血や肉になるのだと、ずいぶん経ってからわかった。考えなくても手が動く。目に見えない法則が意識しなくてもできるようになるために、通らなくてはならない通過点だった。

上野の音楽学校(現東京藝術大学)を首席で卒業し、オーケストラと競演するなどその分野での大きな功績を残した、明治生まれのその師匠はとても好奇心の旺盛な人で、オペラやバレエ、歌舞伎はもちろんいろいろなジャンルの舞台芸術を好んで見た。口癖は「一流のものにはジャンルを越えて共通しているものがある」。それは今風にいうと「品格」とか「マナー」とか「昇華されたもの」だろうか。

この師匠のお弟子さんの中では、ロネだけちょっと場違いな世界の人間だったから、ことのほか可愛がってくれた。偉い先生だからね、邦楽会の上の方の人とか経済界の上の方の人がお稽古にくるわけ。普段自分が住んでいる世界とは、言葉も習慣も違う世界があるのだと、そこではどんなふうにいればいいのかということもここで教わった。

数年前に90代半ばで亡くなった師匠は、まさか自分の弟子が道化師になるとは思わなかっただろうから、きっと今頃空の上でびっくりして笑っていると思う。



2007年08月20日

劇場に通う

久しぶりに電車で四季の「ジーザス・クライスト・スーパースター」のエルサレム・バージョンのポスターを見た。自分にとってのジーザスの時代を思い出した。

自分にとって、ジーザス=鹿賀丈史。別に個人的にものすごいファンだというわけではないけれど、鹿賀さん時代のこの作品がとても好きで一公演での最高記録は、16回。これは、劇場に見に行った回数。人々にすがられそして見捨てられるジーザスの孤独は、当時何度見ても胸に沁みた。ひとつひとつのシーンや曲は当然のように覚えていたなぁ。

「好きなもの、気に入ったものは見に通う」というのは、こどもの頃からの習性かもしれない。今なら、「ストーカー気質」とかいわれてしまうのかもしれないけれど、何度見ても飽きないし、自分だけじゃなく、こんなふうに劇場や寄席に足を運ぶ人は結構多かった。歌舞伎で3階席からいいタイミングで役者に声をかける大向こうさんは、その代表格。あの頃は、そういう人も結構いたけど、今はどうなんだろう。。。

そんなに暇だったわけでもなく、どちらかというと忙しかったと思うんだけど、見に行くことを第一優先にムリヤリ予定を組んで行っちゃうわけ。それほどの動機づけができる公演って、逆にいうとすごいよねって、今は思う。

そういえば、劇団「青い鳥」の「シンデレラ─疾風怒濤─」のパルコ係演のときには、初日から千秋楽まで10日間の公演全部に通いつめた。OPEN SESAMEができるきっかけになったGigiとの会話はふたりともこの劇団が大好きだったことだった。いまでも作品をつくるときに「青い鳥のシンデレラのあのシーンみたいに・・・」とかいう言葉が出るくらい。

こどもの頃の劇場や稽古場はタダだったから良かった。おとなになったらそうは行かない。演舞場は当時の楽屋番のおじさんを知ってたから、歌舞伎とかよその公演でも「おはようございます」とか云って、関係者のような顔して楽屋口から入り黙って客席へ抜けていた。(もうとっくに時効だと思うけど)。そういう手のきかないところは、仕方ない、食べるものを切り詰め乗るものを乗らずに歩き、チケット代につぎ込んだ。しょっちゅう行くから、顔見知りになって入れてもらえるところもあったけど、あまり社交的とか人づき合いのうまいほうじゃなかったから、そんなことは稀だったっけ。

おもしろい!と思ったら、目を凝らしてよ〜く見る。何度も何度も。

自分が公演をやっていて、そういうお客さんはまだ出会ったことがない。まだまだ自分の修行が足りないなぁと思う。あんなふうに何度も見たい!と思ってもらえるようなクラウンにいつかなりたい。

ジーザスのポスターを見て、そんなことを思った。