2004年12月16日
「ポリガミー」というセクシュアリティ
「ポリガミー」というセクシュアリティがある。
一対一の関係が正しいとする人を「モノガミー」といい、相手が複数いても大丈夫と考える人は「ポリガミー」という。もともとは人類学の用語で、一夫多妻制や一妻多夫制をさす言葉だったが(一夫一婦制が「モノガミー」)、主にセクシュアル・マイノリティの間で複数の相手をかけもちする関係をいうようになっている。
モノガミーが男女二元制やジェンダーの相互補完性(という幻想)を前提にして成り立っていると考えるなら、そこに属さないマイノリティはモノガミーを選ぶ必要がないし、むしろそれらに対してラディカルに挑戦するスタンスとしてポリガミーを主張することもあるだろう。
とはいうものの、思想的にポリガミーを選ぶというのは、ラディカルフェミニストが思想的にレズビアンを選ぶというのと同じように、無理のある話だと思う。思想がセクシュアリティを規定することはありえない。思想が必要なのは、セクシュアリティを理解するためなのだ。
LGBTI(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・インターセックス)に属する人々の中にも、モノガミー志向の人もいればポリガミー志向の人もいる。異性愛の男女と同じで、モノガミーが主流でポリガミーは少数派である。いわゆるセクシュアル・マイノリティ(=LGBTI)とは違った分類がここにあらわれる。実際には多数派に入らない様々なセクシュアリティの持ち主が「マイノリティ」だから、分類方法などは複数あっていい。
ポリガミー志向の人間は相手を独占したり、嫉妬することが少ない。モノガミー志向の人間にとっては、独占欲や嫉妬こそが相手に対する情熱であり、セクシュアリティを豊かにするものだ。一人の相手を特別に扱って、その相手に徹することをよしとするか、そもそも特別な相手を一人に限定しない、ゆるやかなつきあいをよしとするか。
モノガミーとポリガミーはお互いに相容れない立場だが、どちらが正しいとか間違っているとかは言えないように思う。むしろ間違いといわれるべきなのは、自覚のない人である。
モノガミーの枠をこえられないはずの人がポリガミーのようにふるまうと、自分が多数の相手を抱えるのはいいが、相手には自分だけを見てほしいと考えるような、自分勝手なことになってしまう。風俗通いやゆきずりのセックスを続ける事によって、自己中心性を増強してしまい、人格的なバランスを崩す人は案外多いように思う。
一方でポリガミーであるはずの人が「モノガミーこそが正しい」という考えを強くもってしまうと、自分は狂っている、病気かもしれないと思うだろう。強迫的に自分を責めてしまったり、鬱になることも充分に考えられる。
ポリガミーは無責任にふるまうこととは違う。モノガミー中心の多数派の中にはポリガミーに対して「浮気」や「不倫」といったネガティブな言葉しかなかったのだが、それらが本当に意味しているのは「無責任なモノガミー」なのだ。
責任あるポリガミーは、それぞれの相手を大切に扱い、独占欲も嫉妬も少ない。人間関係を柔軟でより豊かにするのはポリガミーかもしれない。
OPEN−EYES POPも見てね
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この記事へのコメント
わたしの考察よりずっと冷静・客観的で説得力がありますねぇ。
わたしはどうもモノガミーに対する私怨みたいなものを持っているようです(笑)。
いろいろ勉強させていただきます。
アチラのサイトでもよろしくです。
>わたしの考察よりずっと冷静・客観的で説得力がありますねぇ。
何をおっしゃるんですか。パピさんの文章見て考えさせられた結果みたいなものですから。m(__)m
>わたしはどうもモノガミーに対する私怨みたいなものを持っているようです(笑)。
あー、わかります。僕にもありますね。呪怨、じゃなくて私怨。
でもどっちが正しいとかって言わないほうがいいような気がする。(ちょっと政治的)
その他ポリガミーを考察するネタとしては…
「いらつめ」より
田中玲さん(QWRCスタッフでもある)のポリガミーという生き方
http://selfishprotein.net/lesart/jap/2004/041005a.shtml
「真珠庵」のオラクル 不倫の相談
http://gaun-an.com/index-2.htm
など
う〜ん、すごいなあ。私は毎日あほなことばかり考えている
のでここまで深く考えることはないのです。
言葉のために私たちは思考を縛られることが多いので
ジェンダーなどの話題をきっかけにその鎖を断ち切ってみよう、
というテーマを感じます。
やっぱり「哲学」を感じますよ。
リンク先URLをまだ変えてないことを思い出しました。
のちほど設定を変えておきますね。
おひさです〜。
最近は音楽関係の趣味を絶ってこちらに時間をまわしてます。
誰か時間くれ!
リンクありがとうございますです。
よいお年を〜
ポリガミーを考察するネタとして、伊田広行さんの「シングル単位の恋愛・家族論」を挙げておきます。
自分の性的なありかたを説明することばとして思想やカテゴリーがあるべきで、その逆ではないというのに、感覚的に大賛成です。ポリガミーを選ぶというよりも、モノガミーではやっていけない/いきたくない状況が生まれて、カップル志向やモノガミーの倫理に窮屈さを感じて・・・という感じだと思います。
とはいえ、ポリガミーでやっていくのが大変に感じるときもありますよ。親密な関係と執着・所有欲は完全に切り離せるのでしょうか???
だから、ポリガミーの人、モノガミーの人、というように、切り分けられるものでもないと思うのです。周りの人との関係のありかたや、気持ちの状態、関係のなかでのファンタジーなどによって、同じ人でも変わっていくものだと思うし、それに応じて柔軟に関係が作れたらいいのではないかな。
コメントありがとう。
伊田広行「シングル単位の恋愛・家族論」
メモっときます。
最近本を買いに行く暇もない。誰か時間を下さい。
>とはいえ、ポリガミーでやっていくのが大変に感じるときもありますよ。親密な関係と執着・所有欲は完全に切り離せるのでしょうか???
だから、ポリガミーの人、モノガミーの人、というように、切り分けられるものでもないと思うのです。周りの人との関係のありかたや、気持ちの状態、関係のなかでのファンタジーなどによって、同じ人でも変わっていくものだと思うし、それに応じて柔軟に関係が作れたらいいのではないかな。
うん。そのへんまた突っこんで考えて書いてみたいです。
こんなにコメントきたのは、ブログ開設以来はじめてのことです。
ポリガミーってアツい話題なのね。