過ぎ去った時の事

2006年08月06日

Fuji Rock 後遺症

最近はFUJI ROCK後遺症に悩まされる毎日。


人間は何か強い刺激や衝撃を受けるとすぐさま、

またそれか、それ以上の刺激や衝撃を欲する。


それを探し続けるのはとてもパワーがいるが

一度体験してしまえばめちゃくちゃ楽しく終わりの無い冒険

処方箋は脳内病院の「ヤクザ医師」を探し自分で発行して

自分自身に処方するしかない

「緑のハーブ」と共に・・・


その状態がずっと続けば、いま生活してる現在は色褪せて行きセピア色になって

過去へ続く道へと瞬時にいざなわれる

そう、全てをひっくり返せばいいのだ、ひっくり返さないでいいものはそのままに


現実と非現実

常識と非常識

SでありMな自分

今までの自分の認識

凝り固まった考え

こうあるべき、そうするべき

戦争と平和、平和をそのままに戦争だけをフリップして


武器を楽器へと持ち替えて


前向きなカンバセ−ションをたくさんセッション

いろんな人と絡みながら、絡みつき、絡みつかれる


気持ちをもっとフラットに中立にニュートラルにスイス的に


実は一番難しい感情が、平静、冷静、沈静

静かに内へのトラベルを続ける、たった一人で、たった一人の様に



見えてくるものだけ見てれば、違いが分かる様になってくる

いつまでもそれしか見えてないと、他が見えなくなる


ネクストレベルへ

全てを次、先、未来へ・・・


もっとこうしたら

もっと気持ちよくなれるのに


超快楽主義 本能 煩悩 

全てを全開で突き進めば未来は輝く






Fuji Rock 後遺症

最近はFUJI ROCK後遺症に悩まされる毎日。


人間は何か強い刺激や衝撃を受けるとすぐさま、

またそれか、それ以上の刺激や衝撃を欲する。


それを探し続けるのはとてもパワーがいるが

一度体験してしまえばめちゃくちゃ楽しく終わりの無い冒険

処方箋は脳内病院の「ヤクザ医師」を探し自分で発行して

自分自身に処方するしかない

「緑のハーブ」と共に・・・


その状態がずっと続けば、いま生活してる現在は色褪せて行きセピア色になって

過去へ続く道へと瞬時にいざなわれる

そう、全てをひっくり返せばいいのだ、ひっくり返さないでいいものはそのままに


現実と非現実

常識と非常識

SでありMな自分

今までの自分の認識

凝り固まった考え

こうあるべき、そうするべき

戦争と平和、平和をそのままに戦争だけをフリップして


武器を楽器へと持ち替えて


前向きなカンバセ−ションをたくさんセッション

いろんな人と絡みながら、絡みつき、絡みつかれる


気持ちをもっとフラットに中立にニュートラルにスイス的に


実は一番難しい感情が、平静、冷静、沈静

静かに内へのトラベルを続ける、たった一人で、たった一人の様に



見えてくるものだけ見てれば、違いが分かる様になってくる

いつまでもそれしか見えてないと、他が見えなくなる


ネクストレベルへ

全てを次、先、未来へ・・・


もっとこうしたら

もっと気持ちよくなれるのに


超快楽主義 本能 煩悩 

全てを全開で突き進めば未来は輝く






2006年06月30日

心臓の病 4


手術も無事に終わり、数日の間だけ一人部屋に移った。

息をするだけで胸の傷が痛む。それに増して抗生物質の副作用でいつもより多くの痰

が出るらしく、咳をするたびに胸に激痛が走る。

お腹には汚い血を出すためのチューブが二本突き刺さったままだ。

少し動くたびにそのチューブを伝ってたくさんの血が下に置いてあるタンクへと運ば

れていった。後に麻酔なしで引き抜いて縫合する事になった。激痛。

そして、数日間で大部屋に移動した。

そこには6人の患者さんが入院していた。

中に小学校4年生の男の子がいた。

この子は僕のことを「お兄ちゃん」と言ってとても慕ってくれた。

僕が退院するまでのほんの10日ほどだったがとても仲良くなれた。

そして遂に退院することになる、それまでに胸を繋ぎ合わせていた糸を抜糸したり。

看護婦さんに座薬を入れられそうになったりしたが、何とか無事に退院。

回復力が思ったよりも早かったらしく、元気すぎて退院時には普通に大きなラジカセ

を持とうとして皆に怒られたりした。


それからは週に一度の通院を一人でするようになった。

通院するたびに同室だったあの子をお見舞いするようになってた。

「がんばるんやで、その内絶対に元気になって退院できるからな」

そんな言葉しかかけてあげられなかった。

もう何年も入院しっぱなしで、何度も手術をしているらしく、後もう一回吐血したら

危ないと言われていた。

そして、起こってしまった。でも、まだ元気だった。

夏から秋に変わろうとする頃、いつもの様に通院した。

その日は、なぜか急いでいて、お見舞いにいけなかった。

「来週も来るし、今日は早く帰らなあかん」

次の週に行って見ると、病室のプレートから名前が無くなっている。

あわてて個室や他の病室も探してみたが、遂に見つけることが出来なかった。

聞く必要もなかったが、看護婦さんに聞いてみると、三日ほど前に再び吐血をしてし

まい、そのまま・・・ 

その時まで、何事にも次があると信じていた。

今出来なくても、次があると思っていた。

もう、彼を見舞うことが出来ない。

もう、彼に会うことすら永遠に出来ないのだ。

出会いを大切に。今を大切に。

いつか、別れのときが来る。その時が来るまでがんばっていかなあかん。

過ぎ去った過去、現在、未来。

未来が現在に。現在はすぐさま過去に。

今から100年経てば、63億人の人類すべてリセットされる。

人類だけではなくほとんどの動植物がリセットされる。

冷凍保存されてみたい。




2006年06月17日

心臓の病 3

9d12d136.jpg

子供の頃はジョン・レノンになりたかった、本気で。

今はジョン・レノンの様になりたい。と本気で思っている。




手術の前日は何も食べる事が出来ないので、当日の朝は空腹と不安で目が覚めた。

「ついに来たか」

朝からお尻に注射を打たれた。

すると、頭がボォーとしてきた。

そして、個室へ・・・生まれて初めて浣腸された。

初めての事ばかりだった。

朝から家族の皆が僕の為に集まってくれていた。

みんな心配そうに僕を見ていた。

僕はにっこり笑って

「僕、全然、怖く無いから」

精一杯だった。

そのままベッドごとエレベーターに乗せられる。

ドアが閉まる前の父の顔、母の顔、兄の顔が今でも忘れられない。

「愛されてる」感じた。

手術室に入るまで、意識が少し朦朧としているもののはっきり覚えている。

テレビでしか見たことがない、手術室。

ドアの上にも〔手術中〕のランプ。

中に入ると、これまたテレビでしか見たこと無い大きな照明。

次の瞬間、体にかかっていた毛布をはがされて全裸に。

気付くと沢山のお医者さんと看護婦さんに囲まれていた。

両手両足をベッドに固定されて、全く身動きが取れない。

すると突然口に違和感。

「苦しくないですか?苦しくないですか?」

何回かそう質問されてそのまま意識を失う。


手術に要した時間は8時間だったらしい。

その間、僕は何を考えていたのだろうか?

眠っているのと同じ状態なのだろうか?



今までに感じたことの無い激痛で目覚める。

胸が張り裂けそうに痛かった。

と言うか張り裂けていた。ほんまに痛かった。

涙も、声も出ないくらい痛かった。



体中にチューブが差し込まれていた。

両手両足、首、口、そして下腹部にも。

手術前に固定されたままだったので、全く身動きの取れない状態が継続していた。

何かの機械がピコピコと音を立てている、隣を見ると他のベッドがあった。

右にも左にも、沢山のベッドがあった。

「そうか、ここは集中治療室か!」

ぼんやりとした意識で考えた。


一人の看護婦さんが僕を夜通し付きっ切りで看病してくれた。

手術前に渡したビートルズのカセットテープをかけてくれた。

痛いとか、寂しいとか、怖いとか色々とネガティブな感情が

自分の中で行ったり来たりしてたけど、思ってるよりも冷静だった。


さっきまで、胸を切り裂いて、骨をも切り裂き、心臓を取り出し、

穴を塞ぐ作業をして、骨を金具で繋いで、糸で胸の傷口を縫い合わせたなんて、

とても信じられなかった。

でも傷口は、ひどく痛む。

その内また、眠ってしまった。

家族が来てくれた時も意識が朦朧としていてかすかにしか覚えていない。

でも、みんなの手がとても暖かかったのだけはしっかり覚えている。


心臓の病 3

9d12d136.jpg

子供の頃はジョン・レノンになりたかった、本気で。

今はジョン・レノンの様になりたい。と本気で思っている。




手術の前日は何も食べる事が出来ないので、当日の朝は空腹と不安で目が覚めた。

「ついに来たか」

朝からお尻に注射を打たれた。

すると、頭がボォーとしてきた。

そして、個室へ・・・生まれて初めて浣腸された。

初めての事ばかりだった。

朝から家族の皆が僕の為に集まってくれていた。

みんな心配そうに僕を見ていた。

僕はにっこり笑って

「僕、全然、怖く無いから」

精一杯だった。

そのままベッドごとエレベーターに乗せられる。

ドアが閉まる前の父の顔、母の顔、兄の顔が今でも忘れられない。

「愛されてる」感じた。

手術室に入るまで、意識が少し朦朧としているもののはっきり覚えている。

テレビでしか見たことがない、手術室。

ドアの上にも〔手術中〕のランプ。

中に入ると、これまたテレビでしか見たこと無い大きな照明。

次の瞬間、体にかかっていた毛布をはがされて全裸に。

気付くと沢山のお医者さんと看護婦さんに囲まれていた。

両手両足をベッドに固定されて、全く身動きが取れない。

すると突然口に違和感。

「苦しくないですか?苦しくないですか?」

何回かそう質問されてそのまま意識を失う。


手術に要した時間は8時間だったらしい。

その間、僕は何を考えていたのだろうか?

眠っているのと同じ状態なのだろうか?



今までに感じたことの無い激痛で目覚める。

胸が張り裂けそうに痛かった。

と言うか張り裂けていた。ほんまに痛かった。

涙も、声も出ないくらい痛かった。



体中にチューブが差し込まれていた。

両手両足、首、口、そして下腹部にも。

手術前に固定されたままだったので、全く身動きの取れない状態が継続していた。

何かの機械がピコピコと音を立てている、隣を見ると他のベッドがあった。

右にも左にも、沢山のベッドがあった。

「そうか、ここは集中治療室か!」

ぼんやりとした意識で考えた。


一人の看護婦さんが僕を夜通し付きっ切りで看病してくれた。

手術前に渡したビートルズのカセットテープをかけてくれた。

痛いとか、寂しいとか、怖いとか色々とネガティブな感情が

自分の中で行ったり来たりしてたけど、思ってるよりも冷静だった。


さっきまで、胸を切り裂いて、骨をも切り裂き、心臓を取り出し、

穴を塞ぐ作業をして、骨を金具で繋いで、糸で胸の傷口を縫い合わせたなんて、

とても信じられなかった。

でも傷口は、ひどく痛む。

その内また、眠ってしまった。

家族が来てくれた時も意識が朦朧としていてかすかにしか覚えていない。

でも、みんなの手がとても暖かかったのだけはしっかり覚えている。


2006年06月10日

心臓の病 2


目が覚めると、すぐに昨晩の事を思い出した。

「怖いよ」

予期せず一人になってしまった病室、前にも増してガランとしている。

「やっぱり、僕、怖いよ。」

でも今更、手術を中止するなんて出来ない事も分かっていた。

母が心配して朝一で来てくれた。

「大丈夫やから?あんたの病気は心臓病でも、盲腸の手術くらい簡単

やから、ただ単純に穴をふさぐだけやから」

分かるような、分からんような説明をしてくれた。

でも、とても、安心した。

母を不安にしまいと必死だった。

すごく怖かったけど、出来るだけ平気な顔をした。

「全然、僕は大丈夫やから、ほんま、全然、大丈夫やで」

僕よりも若い子供達が沢山いた、見るからにみんな僕より重い病気だっ

た。

点滴と一緒にしかトイレに行けない子。

誰かがいないとご飯すら食べられない子。

ずっと何年も退院出来ずに、何年も学校に行けずにいる子。

ICU(集中治療室)から、ずっと出られない子。

器械がないと生きて行く事すら出来ない子。

そんな子供達の事を思うと、

「僕は何を弱気になってるねん、僕よりも小さな子供達が大変やけど頑

張って生きようとしてる。それやのにビビリやがって、ぼけぇ」

自分を鼓舞した。鼓舞するしかなかった。前向きに考えるしかなかった。

少しでも後ろ向きになったら何かに何かを持って行かれそうやった。


その何かは何か未だに分からんけど、めっちゃ強くて、とてつもない暗闇

にどこまでも引きずり込まれてしまって、戻って来れない様な。

こんな日なのに、下の毛を剃られた。物凄く恥ずかしかった。複雑。


ほんの何時間か前に人がこの世から居なくなる瞬間を体感した。

人から魂が抜けていく瞬間。

14歳にして初めて。


「人が死ぬ」と言う事を初めて意識した。なんとなくボンヤリと分かって

いたけど初めてこの目で見た。

あの日のことはくっきりと僕の脳のシワに刻まれている。

昔のアナログのレコードの様に。

アナログだから、記憶もだいぶ劣化して来たけど、未だに時々思い出す。

だから、夜がとても怖い時がある。


この手術前の晩ほど孤独を感じ、死への恐怖にかられ、生きていく事に不

安を感じた夜はなかった。

「置いて行かんとって、一人にせんといて」

弱音を吐くのは嫌いやけど、こんなに寂しい想いは初めてやった。

テレビを見ていても上の空、誰かと話していても何も聞こええこない。

大好きなビートルズさえ一切耳に入らない。

だからもう何とか自分の気持ちを無理やり切り替えるのに必死だった。


「そう、もう主治医を信頼して任せるしかない」

「今更、自分にはなんも出来へんから」

「任せるのみ、任せるのみ」

その晩はいつまでも、寝付けなかった。いつまでも・・・




























心臓の病 2


目が覚めると、すぐに昨晩の事を思い出した。

「怖いよ」

予期せず一人になってしまった病室、前にも増してガランとしている。

「やっぱり、僕、怖いよ。」

でも今更、手術を中止するなんて出来ない事も分かっていた。

母が心配して朝一で来てくれた。

「大丈夫やから?あんたの病気は心臓病でも、盲腸の手術くらい簡単

やから、ただ単純に穴をふさぐだけやから」

分かるような、分からんような説明をしてくれた。

でも、とても、安心した。

母を不安にしまいと必死だった。

すごく怖かったけど、出来るだけ平気な顔をした。

「全然、僕は大丈夫やから、ほんま、全然、大丈夫やで」

僕よりも若い子供達が沢山いた、見るからにみんな僕より重い病気だっ

た。

点滴と一緒にしかトイレに行けない子。

誰かがいないとご飯すら食べられない子。

ずっと何年も退院出来ずに、何年も学校に行けずにいる子。

ICU(集中治療室)から、ずっと出られない子。

器械がないと生きて行く事すら出来ない子。

そんな子供達の事を思うと、

「僕は何を弱気になってるねん、僕よりも小さな子供達が大変やけど頑

張って生きようとしてる。それやのにビビリやがって、ぼけぇ」

自分を鼓舞した。鼓舞するしかなかった。前向きに考えるしかなかった。

少しでも後ろ向きになったら何かに何かを持って行かれそうやった。


その何かは何か未だに分からんけど、めっちゃ強くて、とてつもない暗闇

にどこまでも引きずり込まれてしまって、戻って来れない様な。

こんな日なのに、下の毛を剃られた。物凄く恥ずかしかった。複雑。


ほんの何時間か前に人がこの世から居なくなる瞬間を体感した。

人から魂が抜けていく瞬間。

14歳にして初めて。


「人が死ぬ」と言う事を初めて意識した。なんとなくボンヤリと分かって

いたけど初めてこの目で見た。

あの日のことはくっきりと僕の脳のシワに刻まれている。

昔のアナログのレコードの様に。

アナログだから、記憶もだいぶ劣化して来たけど、未だに時々思い出す。

だから、夜がとても怖い時がある。


この手術前の晩ほど孤独を感じ、死への恐怖にかられ、生きていく事に不

安を感じた夜はなかった。

「置いて行かんとって、一人にせんといて」

弱音を吐くのは嫌いやけど、こんなに寂しい想いは初めてやった。

テレビを見ていても上の空、誰かと話していても何も聞こええこない。

大好きなビートルズさえ一切耳に入らない。

だからもう何とか自分の気持ちを無理やり切り替えるのに必死だった。


「そう、もう主治医を信頼して任せるしかない」

「今更、自分にはなんも出来へんから」

「任せるのみ、任せるのみ」

その晩はいつまでも、寝付けなかった。いつまでも・・・




























2006年06月04日

心臓の病 1


14歳の夏休み。

僕にとっては決して忘れる事の出来ない夏休みだ。


僕はかつて心臓病だった。何故だか分からないけど、僕は生まれつき心臓病だった。


心臓にぽっかり穴が開いていたのだ。正式には「心室中隔欠損症」と言う病名。

文字通り右心室と左心室を隔てる壁に穴が開いていたのだ。

しかし、これと言った症状も運動制限等も一切無く、他の子供たちと同じように過ご

していた。


小学校3年から手術をする事になる中学校3年まで野球をしていたし。

サッカー等の激しい運動も大好きだった。


ただ他の子供よりも疲れ易いらしく、時折、胸を締め付けられるような痛みなどもあ

った。

(親を心配させまいと思い、当時は一度も言ったことは無かったが)


心音(心臓の音)は胸に手を当てると自分でも分かるくらいのノイズが凄かった。

普通は「ドックン、ドックン」なのに僕の心音は、

「ドックン、ズー、ドックン、ズー」だった。


「この病気で僕は人よりも早くに死んでしまうのだろうか」


子供の僕には病気の重さなんて分からなかった。でも常に不安だった。

夜中に目が覚めて、不安で寝れない夜もあった。

でも、その後この病気は放っておくと自然と穴が塞がる事もあると聞いていたので、

まさか手術をする事になるとは全く思っていなかった。

部活を引退する初夏の頃に突然、母から言われた。


「手術するよ」全く心の準備が無かったので、とてもびっくりした。

今すぐに手術はしなくてもいいんだけど、年をとってからするよりも体力がある内に

した方がいい、と言うことだった。


とても怖かった。とても不安だった。でも、僕に選択の余地など無かった。



夏休みに入るとすぐに入院した。

手術をする前の一週間は検査ばかりだった。僕にとってはいつもの検査だった。

血液検査、心電図、レントゲン。

いつも通りじゃなかったのは剃毛と浣腸だった。中3の男子にとってはとても恥ずかし

く、あまりにも刺激が強かった。


僕の病室はもともとは4人部屋だったけど、そのときはたまたま患者が少なくて、僕と

小学校6年生の男の子の2人だけだった。

2つのベッドは空いたままだった。

その小6の男の子はもう何度も手術をしているらしく、僕の病気とは比べもんにならな

い位に重い病気だと聞いていた。


そのため彼はずっと寝たきりで彼の母親が付きっ切りで看病していた。

僕よりも若い子がこんなにも苦しんでいる。切なかった。


忘れもしない、僕の手術3日前の夜11時。

僕はベッドに横になってウトウトしながらビートルズの「Let It Be」を聞いていた。

すると突然隣のベッドから、

「ギャー、ギャー」という叫び声が。

びっくりして隣を見ようとするが怖くて体が動かない。彼の母親がすぐさまナースコ

ール。

するとすぐさま数名の看護婦さんが飛んできた。

「ダメだ呼吸してない、呼吸してないぞ」

「先生をすぐに呼んできて」

「よし、すぐにICUに運ぼう」緊迫した会話が聞こえる。


僕はどうする事も出来ず、恐怖のあまりベッドの中でうずくまったまま震えていた。

彼はベッドごと運ばれていってしまった。ほんの数分の出来事だっ様に思う。


病室には処置で使った医療器具と空のベッド2つと僕だけ残されてしまった。

風に揺れるカーテンがとても怖かったのを覚えている。

誰もいなくなって一人ぼっちの病室。3日後には僕の手術。言いようの無い不安で今に

も泣き出しそうだった。

約2時間後くらいに彼の母親が憔悴しきって戻って来た。

「亡くなりました、このまま家に連れて帰ります」

覚悟していたのかもしれない。毅然とした態度でそれだけ告げると荷物をまとめて帰

っていった。


すぐさま僕は実家に電話した。恐怖と不安でどうしようもなかった。

母親の声を聞くと少し安心した。でも、病室に戻ってみると、さっきまでの光景がよ

みがえりまた恐怖に震えてしまう。

必死で何とか寝ようとするがなかなか眠れない。

「僕もああやって死んでしまうのだろうか?」

「手術なんてしなきゃだめなんだろうか?」

そんな時一人の看護婦さんが僕のベッドに来て、

「君の病気は彼とは全然違うから、君のは心臓外科の中でも軽い病気だから」

と言って慰めてくれた。次々に看護婦さんや医師が代わる代わる僕の所へ来て励まし

てくれた。

でもなかなか寝付けなかった。めちゃくちゃ怖かった。

不安で胸が詰まる思いだった。息苦しくて吐きそうだった。手術なんてしたくないと

心底思った。








心臓の病 1


14歳の夏休み。

僕にとっては決して忘れる事の出来ない夏休みだ。


僕はかつて心臓病だった。何故だか分からないけど、僕は生まれつき心臓病だった。


心臓にぽっかり穴が開いていたのだ。正式には「心室中隔欠損症」と言う病名。

文字通り右心室と左心室を隔てる壁に穴が開いていたのだ。

しかし、これと言った症状も運動制限等も一切無く、他の子供たちと同じように過ご

していた。


小学校3年から手術をする事になる中学校3年まで野球をしていたし。

サッカー等の激しい運動も大好きだった。


ただ他の子供よりも疲れ易いらしく、時折、胸を締め付けられるような痛みなどもあ

った。

(親を心配させまいと思い、当時は一度も言ったことは無かったが)


心音(心臓の音)は胸に手を当てると自分でも分かるくらいのノイズが凄かった。

普通は「ドックン、ドックン」なのに僕の心音は、

「ドックン、ズー、ドックン、ズー」だった。


「この病気で僕は人よりも早くに死んでしまうのだろうか」


子供の僕には病気の重さなんて分からなかった。でも常に不安だった。

夜中に目が覚めて、不安で寝れない夜もあった。

でも、その後この病気は放っておくと自然と穴が塞がる事もあると聞いていたので、

まさか手術をする事になるとは全く思っていなかった。

部活を引退する初夏の頃に突然、母から言われた。


「手術するよ」全く心の準備が無かったので、とてもびっくりした。

今すぐに手術はしなくてもいいんだけど、年をとってからするよりも体力がある内に

した方がいい、と言うことだった。


とても怖かった。とても不安だった。でも、僕に選択の余地など無かった。



夏休みに入るとすぐに入院した。

手術をする前の一週間は検査ばかりだった。僕にとってはいつもの検査だった。

血液検査、心電図、レントゲン。

いつも通りじゃなかったのは剃毛と浣腸だった。中3の男子にとってはとても恥ずかし

く、あまりにも刺激が強かった。


僕の病室はもともとは4人部屋だったけど、そのときはたまたま患者が少なくて、僕と

小学校6年生の男の子の2人だけだった。

2つのベッドは空いたままだった。

その小6の男の子はもう何度も手術をしているらしく、僕の病気とは比べもんにならな

い位に重い病気だと聞いていた。


そのため彼はずっと寝たきりで彼の母親が付きっ切りで看病していた。

僕よりも若い子がこんなにも苦しんでいる。切なかった。


忘れもしない、僕の手術3日前の夜11時。

僕はベッドに横になってウトウトしながらビートルズの「Let It Be」を聞いていた。

すると突然隣のベッドから、

「ギャー、ギャー」という叫び声が。

びっくりして隣を見ようとするが怖くて体が動かない。彼の母親がすぐさまナースコ

ール。

するとすぐさま数名の看護婦さんが飛んできた。

「ダメだ呼吸してない、呼吸してないぞ」

「先生をすぐに呼んできて」

「よし、すぐにICUに運ぼう」緊迫した会話が聞こえる。


僕はどうする事も出来ず、恐怖のあまりベッドの中でうずくまったまま震えていた。

彼はベッドごと運ばれていってしまった。ほんの数分の出来事だっ様に思う。


病室には処置で使った医療器具と空のベッド2つと僕だけ残されてしまった。

風に揺れるカーテンがとても怖かったのを覚えている。

誰もいなくなって一人ぼっちの病室。3日後には僕の手術。言いようの無い不安で今に

も泣き出しそうだった。

約2時間後くらいに彼の母親が憔悴しきって戻って来た。

「亡くなりました、このまま家に連れて帰ります」

覚悟していたのかもしれない。毅然とした態度でそれだけ告げると荷物をまとめて帰

っていった。


すぐさま僕は実家に電話した。恐怖と不安でどうしようもなかった。

母親の声を聞くと少し安心した。でも、病室に戻ってみると、さっきまでの光景がよ

みがえりまた恐怖に震えてしまう。

必死で何とか寝ようとするがなかなか眠れない。

「僕もああやって死んでしまうのだろうか?」

「手術なんてしなきゃだめなんだろうか?」

そんな時一人の看護婦さんが僕のベッドに来て、

「君の病気は彼とは全然違うから、君のは心臓外科の中でも軽い病気だから」

と言って慰めてくれた。次々に看護婦さんや医師が代わる代わる僕の所へ来て励まし

てくれた。

でもなかなか寝付けなかった。めちゃくちゃ怖かった。

不安で胸が詰まる思いだった。息苦しくて吐きそうだった。手術なんてしたくないと

心底思った。