2011年12月09日

ブログを移動致しました

読者の皆様

岡村喬生のブログは下記アドレスへ変更となりました。
引き続きご愛読くださいますようお願い申し上げます。

新ブログアドレス
 http://blog.takao-okamura.com  
Posted by opera_okamura at 21:13TrackBack(0)

イタリア経済の成り行きを見守る=12月8日 記

 あれは8月3日の夜。僕のホテルにプッチーニフェステイヴァル財箪フランコ・モレッテイ総監督より電話がかかってきた。「マエストロ・岡村。来年またここでバタフライをやってくれるね?今度はこっちだけの主催で君の所そゲストだ。」「それは嬉しいニュースだけどーー明日4日夜のゲネプロを観なくてもいいのかい?」。もうすでに5年越しの交渉相手だから、我々は親しい。暴は彼を信頼して今年、改訂版「マダマ バタフライ」の、彼の財団との共催契約を結んだ。「もう君たちの実力は解ってるよ!」「契約の内容は?」「それは・日の初日の後に話し合おう。今日は、来夏に来るとの君の約束が欲しい」「解獣た。是非、ここで来シーズンに再演させて欲しい!」「そして、君には18峠の最終公演の開演直前の舞台上で、プッチーニ賞をあげたい」「プッチーニ賞秋」「パヴァロッテイ、ドミンゴなどの大アーテイストが受賞した賞だ。演出化はウデイ・アーレンに続き、君が二人目だ」ーー改訂版「マダマ バタフライ」は、原作台本の中の台詞の日本誤認を、僕が世界初に訂正したもので、おくそま、なる賢人が微笑みの効用を解いたり、かみさるんだしーこ、と、猿田彦の神就らしき名前を蝶々さんの叔父の坊主が怒鳴ったり、と、日本人なら誰でもが悉をかしげ、改訂の要を痛感する間違いを、全部で11か所あまり(大村をおま充らと間違った箇所が2箇所ある)あるのを全部訂正したものである。誠に残念ながら、この訂正は、プッチーニのひ孫、唯一の正当なる著作権継承者シモネッタ・プッチーニさんに阻まれ、大村をオマーラとしたもの、そして、芸者稼興を誤認した蝶々さんの第二幕のアリアを、原作者たちによる誤りのない前の版に潤した、2か所しか直せなかった。「ダンテの神曲に手をつける人はいない。それに、よし間違いがあったとしても、芸術作品を改訂することは許されない」。というのが彼女の言い分である。「マダマ バタフライ」というイタリアを代表劃する芸術作品の一つに対する彼女の言い分は、尤もなことだと思う。だか初、潔く引っ込んだ。そのシモネッタさんも出席した、僕のプッチーニ賞授晶式は、最後の公演が始まる直前、オーケストラが調弦する前に、3200席が埋殉ったフェステイヴァルの大劇場の舞台上でおこなわれた。

 来シーズンの契約は11月におこなわねばならないとフランコは言そていたのに、もう8日も12月は過ぎてしまった。彼からは11月の半ばに電話習かかり、すぐに契約案を送るといってきてから、音沙汰がない。ヨーロッパは砂、ギリシャから始まり、スペイン、ポルトガルと、怒涛の経済危機の最中で、イ戎リアもその渦中にある。オペラは一つの演目を上演するのに軽く億の金がかかる興行である。息をひそめて、僕は今、EU、イタリア経済の成り行きを見初っている。
  
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2011年12月03日

 =12月3日 記

Twitterでは「マダマ バタフライ」の僕の演出に基ずいた物語概略を連載で書いていますが、その合間に、その時どきの寸感を入れてます。Takao_Okamuraですので、どうぞお読みください。 で、くどいのですが明日は荒天でお宅に居られる方が多いと思いますので、11月23日夜の「蝶々夫人は悲劇ではない 〜オペラ歌手・岡村喬生80歳 イタリアへの挑戦〜再放送を、あの夜に見逃した方は是非ご高評ください。 オペラに全く興味の無い方でも、僕の日本チームの、オペラ宗主国イタリアでの善戦ぶりを、大きく言えば日伊文化摩擦をご覧いただけます。明4日、日曜日15:00〜16:29、NHK・BSプレミアムでの放映です。  
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2011年11月29日

再放送 =11月29日 記

去る23日(勤労感謝の日・水)のNHK・BSプレミアム、19:30??21:00放映の「蝶々夫人は悲劇ではない ??オペラ歌手岡村喬生80歳 イタリアへの挑戦」では、通常の一ケタ上のインターネットアクセスがあり、電話は放映中から鳴り、テレビの威力をまざまざと知った。お陰さまで概ね大好評。そのせいか、再放送が早々と決まった。同じNHK・BSプレミアム、12月4日(日)15:00??16:30である。どうか皆様のご高評をお願いします。

  
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2011年11月16日

五十嵐喜芳君逝く=11月16日 記

五十嵐喜芳君が急逝した。半世紀前のローマ留学時代からの先輩/友だった。師の往年の名テナー、テイト・スキーパーを彷彿とさせる、天性のテノーレ・レッジェーロの美声。藤原義江の後を継いだスター・テナーだった。==日本のオペラは、藤原、長門(美保)など、個人が興行をする時代から、世界の名門オペラが呼び屋に招聘されて(殆ど東京という大都会のみで)興行する時代になり、個人興行ではとても太刀打ちできなくなり、二期会オペラ協会、藤原歌劇団、などという養成機関を伴う団の時代に移った。我が国のオペラ興行は少なく、日本に居たのでは歌手は食えない。オペラの演目、配役などを決めるのは、多くの構成団員の投票でなる理事たちだが、主たる収入は教師業だと知っている団員は将来の身を保障してくれそうな先輩たちに投票するということになるが、オペラ制作・運営に当たる人間と歌の教師業は同じではない。その構造的な弱さが日本のオペラにはある。何よりも、横文字の歌手の出るオペラを追いかける聴衆、という人種差別が我が国のオペラのネックとしてある。==歌手業からオペラ制作業にシフトした五十嵐君の悩みは、まさにここにあった筈だ。彼が最後に情熱をかけた仕事は日伊音楽協会会長だった。彼の後を継ぎ会長に選ばれた僕は、彼と同じ悩みを背負い行かねばならないのだろうか?!

  
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2011年11月11日

NHK・BSプレミアム 蝶々夫人は非劇ではない 放映=11月11日 記

NHK・BSプレミアム、来る11月23日(水・勤労感謝の日)19:30??21:00、「蝶々夫人は非劇ではない ??オペラ歌手岡村喬生80歳、イタリアへの挑戦」ドキュメンタリー特集。是非ご高評ください !!

  
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2011年10月30日

お客さまに感謝!!=10月30日 記

昨29日(土)、浜離宮朝日ホールでの拙唱「傘寿記念リサイタル」をお聴きくださった皆様に心からのかんしゃを申しあげます!!大変良質のお客さまでした。岡村喬生 拝

  
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2011年10月14日

80歳にして歌う =10月14日 記

「おい、いつまで歌うつもりだ?」友人のジャーナリストが僕に聞く。歌う商売は一体いつまで続けられるのか、彼には全く解らないらしい。「お前の定年よりは長いぜ」「へー、じゃ65歳になっても歌っているのか!ーーがっぽり稼ぐんだなあ」彼は、クラシック歌手というのは、特に外国で歌うと、凄いギャラをとるものと思っている。「馬鹿なこと言うな!ーー俺たちにはお前たちのように退職金だ、ボーナスだなんていうのはぜんぜんないんだ」「そのかわり、ギャラが高い!」「それが大きな誤解だ!ーー年金だって、俺と女房と合わせて、年に100万円ほどしかないんだ」「どうして?」「向こうで歌うと、強制的にギャラから相当の額を年金に当てる金として国にとられるのだが、EU圏の国民でない日本人には、EU国圏の年金システムは適用されず、年金分として収めた金だけが、金利もつかずに帰ってくるだけなんだ。EU圏国の歌手なら、年金分としてとられた金額と同額の金が付加され、つまり倍になり、それに利子が付いて返ってくるんだ!」「ーーそういうものなのか!」ーーだからといっては必ずしも正しくはないが、とうとう80歳になってもまだ歌っている!来る29日(土)浜離宮朝日ホール14:00??での傘寿記念リサイタルでそれを証明する。

  
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2011年10月03日

傘寿記念リサイタル =10月3日 記

今月29日(土)に傘寿記念リサイタルを浜離宮朝日ホールで歌う。日本ではあまり例のないことと自負している。
テオ・アダムは丁度80歳の誕生日に最後の独唱会を歌った。ジョルジョ・トッツイも80歳近くまで歌い、ハンス・ホッタ―は
80歳を過ぎて死ぬまで歌い国葬となった。いずれも僕と同じバス・バリトンで、長続きする声を与えてくれたことに両親んみ
感謝する。「マダマ バタフライ」の演出をして、イタリアでは演出家であることを認めていただいたが、日本では、歌えなくな
ったから演出家に逃げた、という向きもあるようだ。何処の国でもそうなのだが、自国で認められるには時間がかかる。
とにかく、まだ現役歌手であることを証明せねばならない。どうか皆さん、確かめてください。
10月29日(土)14:00開演、全指定席:A-¥6000, B-¥5000, C-¥4000 (売り切れ) 
ミリオンコンサート協会:03??3501??5638 

  
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2011年09月30日

ピンカートンの性格の変遷 =9月30日 記

        アメリカ海軍士官ピンカートン、対、日本の15歳の半玉芸者蝶々さん。世界の大国にのし上がったアメリカの海軍士官の日本人に対する傍若無人な態度、対、蝶々さんの無邪気な少女らしいうぶな態度。この対比が上手くできると、オペラ「マダマ バタフライ」第一幕の目的は、日本という、鎖国を解いて世界に出たばかりの珍しい国と人々の描写を除けば、達せられたことになる。1904年2月のスカラ座での初演の楽譜の印刷された版はないが、初演ではピンカートンは馬桶に入った日本の酒を持ってこいだの、日本のシロップ漬の蜘蛛の巣、だのに言及し、下男たちを畜生づらと呼び、などの、自分の許嫁・蝶々さんの国やその風習を馬鹿にする言葉を吐く。これらが初演の後、僅か3ヶ月後にブレーシャでおこなわれた再演ではなくなっていた。つまり、ピンカートンは少しは良い人間となった。この作業が、その後続いたロンドン、パリでの再演では続き、ピンカートンの性格は良くなり、小国の女性の鑑のような蝶々さん、対、大国の男性の愚かなピンカートン、の原作者たちが考えた図式は消えた行ったのである。

  
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2011年09月19日

シモネッタ・プッチーニ=9月19日 記

 第一幕が終わった。−−オペラ「マダマ バタフライ」の主人公、蝶々さんの実の叔父、仏教の僧侶ぼんぞーは、昨夜、一人密かにキリスト教に回収した姪・蝶々を、蝶々さーんと、さん付けで怒鳴り、「かみさるんだし−こ」と訳の解らない日本語らしき言葉で面罵し、日本人社会から離別して、立ち去っていく。そして続くは、有名なピンカートンと蝶々さんの20分あまりも陶酔の旋律を歌いあう愛の二重唱。その中には蝶々さんの侍女すずきの夕べの祈りが出てくるのだが、これも仏前に「いざーぎ、いざなみ、さるんだしーこかみ」と、神道の神の名を連ねる日本誤認を侵している。ーー激しい拍手。カーテンコール。そして客席に照明が入ってきてすぐ、僕と同じく最前列、それもど真ん中の席に座っていたプッチーニの孫娘、シモネッタさんが僕の方にやってきた。「ナカムラさん、貴方にご紹介したい人が居ます」。彼女は僕のことを”中村さん”と間違えるのが常である。
 彼女の指差すほうに、白髪の男が居た。しばし無言で僕を彼は見守る。「ピエーロ!」僕は叫んだ。演出家のピエーロ・ファジョーニ。髪こそ白くなったが、昔と変わらない刺すような視線。「タカーオ!」、昔と変わらない呼び名で僕に抱きついてくる。−−1969年のアレーナ デイ ヴェローナではヴェルデイの「ドン カルロ」が目玉の出し物だった。モンセラ・カヴァレー、カプチッリ、コソット、タイトルロールはドミンゴ(イタリアデビュー)という錚々たる歌手の中に、僕も入っていた。そのときの演出助手がピエーロ・ファジョーニだった。そしてその数年後、東京でのグノーの「ファウスト」公演に僕は彼を呼ぶように助言をした。僕は悪魔メフィストフェレスだった。ーーピエーロは以後何度か日本で演出をしてご存知の方もあるだろうが、天才的な演出家である。鋭い色彩感覚を持ち、即興的な決断は素早い。だが、そういう人間にありがちな、自己規制にいささか欠ける。遅れてきたり、すっぽかしたり、喧嘩早く、−−。これがなければ、世界ナンバーワンの演出家だとも言えるのだがーー。「歌はやめたのか?」「まだ歌ってる。日本最高齢の歌手だ!」「君
が演出までやるとは思わなかったぜ!」「誉めろよ」「いやー、良かったぜ、少なくとも一幕は}ーーこの二人の昔仲間のやりとりをシモネッタおばあちゃんは無言で微笑みながら見ていた。
 プッチーニの著作権の正当なる唯一の継承者。僕の日本語認歌詞改定を彼女が阻んだ。だが、彼女がピエーロを僕に逢わせ、彼のおせいじに一言も口を挟まなかったのは、ひょっとすると、個人的に彼女は、僕のバタフライの演出に好意を持っているのかもしれない。後から聞いたのだが、僕がプッチーニ賞を貰った決定に彼女は賛成したのだそうである。
  
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2011年09月11日

蝶々さーん =9月11日 記

 「これをシモネッタさんに差し上げて!」モレッテイ夫人が僕に花束を渡す。????プッチーニフェスチヴァル財団・モレッテイ総監督夫妻、同財団評議員ドナーテイ・イタリア文化会館東京館長、二宮咲子/蝶々さん、末広貴美子/すずき、高橋淳/ごろー、衣裳/千地泰宏、美術/川口直次、そして演出の小生、は定刻ピッタリにプッチーニ記念館のベルを押した。テレビカメラは館外に留まる。取材禁止である。巨匠プッチーニの孫娘、シモネッタ・プッチーニさんは事務員に命じて、狭い庭に人数分の椅子を並べさせた。
 ーー記念館にはプッチーニの墓があり、通常の民間の館だが巨匠のピアノ、楽譜、写真、狩猟の武器、などが所狭しと展示されている。シモネッタおばあちゃんもそこに住んでいる。そこはプッチーニがこよなく愛した湖畔の別荘。ここでボエーム、トスカ、バタフライ等の傑作が殆ど創作された。歩いて5分ほどの所に3200席の湖畔野外劇場が聳えている。毎夏、プッチーニのオペラがここで上演される。今年は第57回のプッチーニフェステイヴァルで、ボエーム、トーランドーが昨シーズンに引き継いで公演され、僕が監督する「マダマ バタフライ」が新作。日本から28名のキャスト・スタッフを連れて、ここイタリアはトスカーナ、斜塔のピサの近くのトッレ・デル・ラーゴに、日本誤認の原作台本の歌詞を訂正し、輸入ばかり繰り返している日本オペラを、長崎を舞台とした「マダマ バタフライ」で作曲家の中心地に輸出しようとしている。
 「お時間を戴き恐縮です」僕は丁寧にイタリア語で喋り、おばあちゃんに花束を手渡した。「お待ちしておりました、さ、どうぞ」彼女は少し腰が曲がってはいるが、まだ矍鑠とした物腰で我々皆を迎え入れた。「蝶々さんの芸者商売誤認の第二幕の現行版のアリアの替わりに、ブレーシャ版の、誤認のない同じアリアを使うことに賛同していただき有難うございます」。モレッテイ監督が切り出した。おばあちゃんは優しく頷いた。世界中で歌われている現行版では、芸者は雨の日も風の日も路傍に出て、踊り歌って、道行く人に喜捨を乞う商売、となっている。ブレーシャ版はプッチーニと、イッリカ、ジャコーザの二人の台本作家という同じ原作者による版である。「そして蝶々さんの出身地が、大村を間違ってオマーラとなっているのも」モレッテイは続ける。おばあちゃんは頷く。「では、????ぼんぞーの、蝶々ーよ、もよろしいですか?」おばあちゃんの態度が変わった。「どうして上演の5日前になって言うの!」
 ぼんぞー、は仏教の僧侶で蝶々さんの実の叔父である。彼は、蝶々さんが米国海軍士官ピンカートンと結婚する前夜に、一人で密かにキリスト教に改宗した。ピンカートンに喜ばれようという儚い日本の女心である。それをぼんぞーは垣間見てしまったので、まだ結婚式の匂いが消えぬときに怒鳴り込んできた。その時に「蝶々さーん!」と怒鳴るのだ。実は全部で11か所ある日本誤認歌詞の中で、2箇所を出しご機嫌を損ね、両方共にダメになることを恐れたモレッテイの意見を入れて、「蝶々よー」だけを出すことにしていたのである。
 「今この時点でのお返事は控えましょう。これからはもっと早く出してください!時間は十分にあったはずです」。著作権継承者の厳然とした命令である。3人の原作者たちのなかで最も長生きだったのはプッチーニで、1924年にブラッセルで喉頭癌で世を去った。だから70年経った1994年に著作権保護期間は終了しているが、権利を持っている人のOKを得なければ改訂は出来ない。強行すれば法廷に出なければならないことになる。「ダンテの神曲の改訂をしてはならないのと同じです!」おばあちゃんは続けた。頑固なその態度に僕は、不思議なことに、共感を覚えた。俺だって彼女の立場になれば、同じことを言っただろうな!ーーそれでなければあらゆる芸術作品は更改される危険にさらされる!! ????約一時間。僕らは学生のようにシモネッタ先生の前で正座しつくした。
 そして翌夜。「マダマ バタフライ」のAssieme稽古????総練習/GPの前の衣裳をつけない通し稽古ーーの最中で、モレッテイからの電話を僕の助手が耳打ちした。「蝶々さーん、として欲しい、変更はダメだとのシモネッタおばあちゃんからのお伝えだそうです!}。そして間髪をいれずにぼんぞーが登場。彼は既にそれを知っていたらしく「蝶々さーん」と居丈高に怒鳴った。ぼんぞー役は、最初は中国人が練習にでていたが降ろされ韓国人が替わってなっていた。心なしかその声は、日本人の僕に対して勝ちほこっているように聞こえた。

  
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2011年07月21日

早稲田で習った歌にかけて=7月21日 記

 僕は早稲田に入りグリークラブに誘われて、音楽に目覚めた。それまではオタマジャクシのオの字も知らなかったし、音楽なぞをやる若者たちを馬鹿にしていた。もう半世紀前のことだ。だから50年間以上も歌い続けているのは、一重にグリークラブに入ってから、入ったからなのだ。
 グリークラブのOB達は結束が固く「稲グリ新聞」というタブロイド版の無料誌を発行している。本日着いた版に悲しい記事が愛続いている。僕の後輩で、一緒にアンサンブルを歌っていた浅井修三・君が、そして吉田公承・君がつい最近逝去していた。共に3年後輩。彼らの方が僕より音を取れるのに、クラブの悲しさ、彼等は僕を先輩としてたてねばならなかった。そして更に彼らの3年後輩、元ボニージャックスのセカンドテナー、大町正人・君も!ーーみな歌に生き歌に憑かれた人生を、てらうことなく、堂々とおくった。????僕は明日から約一カ月半、イタリアでオペラ「マダマ バタフライ」の日本を誤認した歌詞を訂正した版の世界初演をしてくる。彼らと一緒に録り憑かれた歌に賭けて、僕は日本人はどんなことでも、祖国の間違いは正す国民であることを証明してくる。

  
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2011年07月05日

マダマ バタフライ練習風景 NHK総合TVで放映 =7月5日 記

明7月6日(水)NHK総合テレビ「おはよう日本」06:15頃より、来8月6・11・18日、イタリア、プッチーニフェステイヴァルでの新国際版「マダマ バタフライ」世界初演の日本での練習風景などが流れます。原作歌詞とト書きにおける日本誤認を世界初に原イタリア語で訂正し、蝶々さん、すずき、ごろー、芸者9名の日本人の主要役は東京での国際オーデイションで選考、ピンカートン、シャープレスなどのアメリカ人役はイタリアでプッチーニフェステイヴァル財団が選考したもので、同財団とNPOみんなのオペラの共催で、同フェステイヴァルの野外湖畔劇場(3200席)で上演されます。演奏:プッチーニフェステイヴァル・オーケストラ/合唱団、演出:岡村喬生、指揮:ヴァレリオ・ガッリ。どうかご高評ください。

  
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2011年06月22日

ストラデヴァリウスと歌=6月22日 記

12億7500万円!ーーヴァイオリンの名器として名高いストラデヴァリウスを所有する日本音楽財団がロンドンで競売に出し、その落札値である。全額、東日本大震災支援に当てられ、ストラデヴァリウスの過去の最高値の4倍の値段だそうだ!!−ストラデヴァリウス(1644〜1737)はクレモナで工房を開いた名匠だが、アマテイを師にし、同時代にグアルネッリという弦楽器制作の巨匠がいる。このクレモナの人たちが名器を作成した頃は、オペラが商業都市ヴェネツィアで大発展を遂げ、ヴィルトウオーゾ/名匠、という代名詞を貰ったカストラートたちがそのセックスを代償に得た華麗な歌唱テクニックでオペラ座の人気を浚っていた時代。ストラデヴァリウスたちは名楽器制作のために貸カストラートなど名人の歌唱技術を学び、それを取り入れて弦楽器をつくった。ーー素質のありそうな声変わり前の男の子を去勢し創った、人工の女声をカストラートという。−−だから、ヴァイオリンもヴィオラもチェロもコントラバスも、みな、人体と同じように、弦を弓で擦る箇所、人体では二枚の声帯を擦る喉、が中心になり、そこで発した音、人体では声、を上部の反響体、
人体では頭部、と下部の反響体、人体では胸部、に響かせるように弦楽器を創ったのである。−−ちなみに幾ら楽器が高価でも弾く人の腕が悪ければロクな音は出ないように、いくら去勢をしても、訓練をさぼっていては、ろくな歌声は出てはこなかったのも同じである!
  
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2011年06月15日

高校生も楽しんだプッチーニのオペラ =6月15日 記

新国立劇場のオペラ「蝶々夫人」公演を本日鑑賞してきた。僕の後列に高校生らしき生徒の群れが陣どり、開演前の客席はいつもにはない騒音に満ちる。グループ鑑賞はいいが、マナーは守れ!開演後もこうならたまらないから注意しようと構えていたら、序奏が始まるとぴたりと静まった。幕が下りると彼らの間からブラボーの嵐。プッチーニの音楽に酔った大人と一緒に彼らも興奮を禁じられなかったようだ。ーーこの頃の若者向けの音楽とはまったく異なる、イタリアオペラという芸術を彼らも堪能したことを知り、オペラの将来も悲観することはないのかと、老歌手は胸をなでおろした次第である。

  
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2011年06月11日

歌手の良い悪い=6月11日 記

「あら、先生ーー。こんなことお聴きして失礼でしょうか!−−この歌手はいいのですか、悪いのですか?」ーー見ず知らずの中年女性が音楽会場での休憩中に僕に尋ねてきた。ーー僕も先生と言われる年齢になった。ーー「貴方がお好きならいいのではないでしょうか。嫌いならべつですけどーー」。なるべくその方の感情を傷つけないように僕は答えた。「又か!」という感じだった。歌にいい悪いはない。あるのは好き嫌いだけなのだ。なんだか解らなく退屈だったら、その人は多分嫌いなのだ。解らなくとも好感が持てたら多分良いのだ。自分で足を向けた音楽会なら好き嫌いは自分で決めたらいいのだ。
  
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2011年05月22日

他国の文化を尊重せよ =5月22日 記

NHKスペシャルで、和歌山県大地町の伝統捕鯨に、シーシェパードなど国外の反捕鯨団体が押し掛けて、くじらを獲るのをやめさせる活動をおこなっている様子を観た。数百年来、捕鯨で身を立ててきた大地町の人々は、子供たちを含め、犬を食べる国もあるのに、漁師たちが仕事をするのまで妨害する彼らの狂信的なぜ反捕鯨行動に、生活権迄侵され、とまどっている。くじらやいるかは頭のいい、文化を持った海の生物で、それを獲り食べるのは海の文化を否定することだと、彼らは完全に我々の文化を否定し去り、牛や羊などを食べる彼らの文化だけが正しいという、誠に一方的な理屈だけで他国の文化に干渉する、犯罪的行為者である。他国の文化、信条は尊重せねばならない!

  
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2011年05月10日

日本の目指すべき方向 =5月10日 記

中部電力・浜岡原発の全炉が数日中に政府の要請で止まる。数年後の運転再開の目途がつき、菅政権から電力供給支援の確約が得られたと判断した、と報じられた。中部電力としては総発電力の15%が失われるが、東京電力や東北電力への融通を取りやめ、関西電力など西日本からの融通を求め、停止中の武豊火力発電3号機を急遽稼働させるが、それでも計画停電を回避できるか否か、ぎりぎりのところだという。ーー我が国は総電力の15%を原発に頼ってきた。最も近い将来に30%の確率で来ると予想される東海地震を避けるため、エネルギーは足りなくなっても安全を優先した菅政権の要請でおこなわれる浜岡原発の停止は反対の声もあるそうだが、僕は正しい選択だと思う。いきなりではなく、徐々に、原発に頼ることを完全にやめる。つまり世界一の経済大国を目指すことを止める、いや、中国に抜かれて世界第二位を失ったと大騒ぎをするのではなく、個々の企業は収益を誇ることは致し方ないが、日本国としては、経済力をその最も誇るものとする、戦後のアメリカ型から、北欧型の福祉国家、どこからも侵略を受けることのない文化国家を目指すのが、地震島国で人的、自然資源の限られたこの国がとるべき舵の方向だと考える。

  
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2011年05月03日

原子力は平和利用のみに!=5月3日 記

A国の原子力空母とB国の原子力潜水艦が決闘をしたとする。どっちが沈んでも世界の海は壊滅的に汚染される可能性がある。だからABいずれの国にとっても、意味の無い戦いである。これは素人の空論だろうか?国防力を持たねば国際紛争には対処できない。だが原子力で守るのは、それが抑止力だけに使うのだという理屈はおかしい。原子力兵器が破壊されたときの国の惨状は、福島原発の現状をみて明らかである。原子力は平和利用だけに限るべきだ!!

  
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