2008年02月10日

潜水服は蝶の夢を見る5

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 想像する事の自由。イマジネーションが無限大に広がる力強さというのは、生来のものではないのだと、この作品を観て強く思うだろう。それはまたとない努力と生きていく上での才能というものも必要なのだと。

 主人公はジャン=ドー(マチュー・アマルリック)という男。雑誌ELLEの編集者で三人の子供の父親。人生は順風満帆のように見えるが、時おり見せる疲れた表情がそれだけではないジャンという人物の面影を垣間見せる。

 冒頭に巻き起こるカメラは彼の視線で動いていく。目を開けたジャンの視界に飛び込んできたのは閑散とした病室の風景。身体は動かず、語りかけられても応える事が出来ない。

 周りの人は大丈夫だ。心配ない。というしかし、左目しか動かない。そして自分から周りに働きかける事が全く出来ないという事実を知ったジャンは時に死を考え、今まで生きてきた事がなんだか無性に虚しいものとして感じてしまう。

 変わり果てた自分の姿を鏡像に見てしまった彼は絶望の淵を見たような目で訴えかけてくる。自分を信じて寄り添ってくる人々に篤い抱擁を交わす事が出来ない自分の位置にこれまでにない悲しみを寄りそらせていく。

 一つの視線という定点が動いていくのに、スクリーンは限りない説得力を持って迫ってくる。自分の状況を知るまでの不安が撮影という技法を通じて見事に彼の心理状態を表し・・・

 また次第に左目しか動かないながらも、羽ばたいていく蝶のように思いを巡らす事は限りない自由として保証されているという歓びもまた映画というパワフルなレールに載せられていく。

 それは監督が表した男の状況を語るという上で演出、カメラが秀逸な出来になっているのだが、それよりも彼が再び立ち上がろうとするきっかけを与えていく周りの人間の中でも素晴らしい印象を残すのが、言語療法士アンリエット(マリー=ジョゼ・クローズ)であり、ジャンのイマジネーションが彼女が感じる歓びに呼応する事は間違いない。

 彼の視線の先で語りかける療法士は、静かに彼の思いを文字に載せていこうとする。次々と発音されるアルファベットの響きは思ったよりも性急ながら、美しく、それに瞬きが司る。

 何よりも、この作品を見て一番に感じるのは、支えられて生きる、支えによって自分が生きていく上で惜しみない努力を注ぐというパワフルな歓びが、嬉し涙に変遷していく過程であろう。

 また印象に残るのは髭剃りのシーンである。ジャンの身体がまだ動く頃、ジャンは身動きが中々出来ない父親の髭をしっかりと優しく剃っていく。何気ないシーンだが父と子がユーモラスに互いを誇りに持ち、敬愛に満ちた思いで接しているのが微笑ましく映る。

 それゆえに、ジャンが動けなくなってしまってから、父と電話で言葉を交わすシーンは非常にもどかしい。そこにたゆたう空気。それはカメラが映すのとは別の所で俳優の演技と病室の空気によりどうにかして手を添えたいと思わせてしまう。

 この父親をマックス・フォン・シドーが非常に愛らしく演じていて、この子にしてこの父親ありと思わせる快活ぶりが笑いとなってスクリーンに華を添えているのが見者だ。

 そしてその支えとはジャンという男が何者にも変えがたい魅力の持ち主であると同時に、妥協を決してしない地味な努力家という厳然たる事実があるがゆえの帰結ではないかと思う。

 潜水服という身動きが取れない状況から蝶のように心は決して曇る事無く聡明に羽ばたくという転換を見事に表出したのは映画のパワーであり、それをも凌駕するジャンの生き様に何故か絶望とは違う生きる事の嬉しさを覚えてしまう。

 希望は螺旋を描くように高みに上り、やがて左目だけで想像した紛れもない事実と彼の心情が温かな歓びを与えてくれるゆえに、確実に生きているという彼の実感は周りの人間もまた再考する夢となり羽ばたく。



監督 ジュリアン・シュナーベル
原作 ジャン=ドミニク・ボービー
出演 マチュー・アマルリック
   マリー=ジョゼ・クローズ
   マックス・フォン・シドー

2月9日 シネマライズにて鑑賞

『潜水服は蝶の夢を見る』 (原題 Le scaphandre et le papillon)
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orange0802 at 23:37│Comments(0)TrackBack(4)映画 「さ行」 

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