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3.11以来、2回目の劇場

「この舞台だけは何があっても観に行こう」と最初から決めていた

三谷幸喜 作・演出 『国民の映画』 PARCO劇場


ネタバレ、個人的感想が満載のBlogになると思いますので

未見の方&そういうモードがお好きでない方はまたの機会に・・・是非



国民の映画 (4)




『 国民の映画 』  三谷幸喜 作・演出  PARCO劇場


小日向文世 段田安則 白井晃 石田ゆり子 シルビア・グラブ 新妻聖子 今井朋彦 

小林隆 平岳大 吉田羊 小林勝也 風間杜夫



1941年のドイツ ベルリン

ホームパーティーという名目で国を代表する映画関係者・・・監督や俳優、作家たちが

ナチス政権下で宣伝大臣を務めるゲッペルス小日向文世)の屋敷に集められ

彼からハリウッドの「風と共に去りぬ」を超える、国民的映画を作りたいと告げられる。



舞台上の時間の経過と

実際の時間の経過にさほど差がない中で起きる様々な出来事・・・皆の思惑・・・


・・・うん・・・面白かったです  あっという間の3時間


ただ、個人的には、2007年にPARCO劇場で上演された

今回と同じ作・演出・・・三谷幸喜さんの『コンフィダント・絆』

幼稚園からスタートした観劇歴の中で、間違いなくベスト3に入るくらい好きだったので

それと比べると、いくつか緩かったり浅く感じたりするシーンもありました


例えば


ナチス親衛隊のトップ、ヒムラー段田安則)の害虫に対する執着心や

インディー・ジョーンズを想起させる映画に自分を使って欲しいという希望・・・

段田さんのお芝居が素晴らしく、観劇中は素直に観れてしまったのですが


ヒムラーというキャラクターの肉付けとして

害虫に対しての彼の執着が物語の中でしっかり生きていたのか

実は映画に出てみたい・・・というミーハー的な思いを抱えていると云う事がアリだったのか

ホットミルクはともかく、カード占いは必要だったのか

巻き髪にはその辺りの設定が少しボヤけているようにも感じました。


多分、虫については

木についていた害虫に対し「彼らも生きているのですから」と、無駄に殺す事を避けたヒムラー

ユダヤ人に対しての「処置」については何の疑問も感じず淡々と・・・次第に恍惚と語り出す

・・・その矛盾と恐ろしさを表したかったのだと思うのですが

少なくとも初見の客席でそれを即座に結びつけて実感する事ができず・・・残念


また、今回、三谷さんの作品を観て

初めて’どこかで何度も観た事があるパターンのキャラクター’だと思ってしまったのが

吉田羊さんが演じていた、新人女優のエルザ


裏がある人物なのかと最初は思いきや、結局ただの浅はかな新人女優で

ゲッペルスの女好きな面を強調するのと

筋道上、ピストルを撃たせる為だけに必要だった気もして・・・何だか・・・うーん

ああいう新人女優って、バックステージものに必ず登場する気がします・・・

・・・そして大抵、劇中でナイフかピストルを振り回す




国民の映画 (1)




ゲッペルスの妻、マグダ石田ゆり子)は

一歩進んだ’残酷な天然振り’がもっと強く前面に出ていないと

ある意味、この作品の肝の1つである

「残念だわ ユダヤ人にしては感じのいい人だったのに」という

ラスト近くのあの台詞が響かないようにも思ったり


またそのマグダの天然モードを表すのに

反体制作家 ケストナー今井朋彦)との昔のエピソードを使う事が果たしてベストだったのか

個人的には少し疑問が残りました



ベテラン女優 ツァラ・レアンダーシルビア・グラブ)の悪気のない失言グセも

ラストの悲劇に向かって、もう少し伏線がしっかり張ってあっても良いような


ツァラの芝居で凄く疑問だったのが

身分を隠して働いて居たゲッペルス家の執事・フリッツ小林隆)を

自分の失言がキッカケとなり、収容所に送る事になってしまった件に対しては

あまり罪悪感もなく、その後の会話や佇まいでも精神的に強く引きずっているようには見えなかったのに


映画業界の仲間の妻がユダヤ人で、それを気に病んだ夫婦が自殺をしてしまった事に対しては

国の政策に強く反発し、その妻の可愛いえくぼの事を懐かしく語って

ゲッペルスが作ろうとしている’国民の映画’のヒロインの座を蹴り、屋敷を後にする


・・・うーんと

ツァラは相手が同じユダヤ人でも

自分の友人である映画関係者の妻と、他家の執事であるフリッツでは・・・扱いが全く違うという事?

彼女は意識的に人種差別はしていないものの、職業で人を分けて見ているという事?


・・・と、そう云う意図が三谷さんサイドにあったのか、ただ単にツァラが天然キャラ設定なのか

役を演じる女優さんの表現が明確でなかったのか

客席で観ていてイマヒトツ分からず・・・大切なシーンだけに消化不良感が残ってしまいました




国民の映画 (1)




と、またまた好きな事を書いてきましたが

ラスト45分・・・グリュンドゲンス小林勝也)の同性愛の話からツァラの何気ない失言

その一言からユダヤ人である事が表に出てしまったフリッツの今後

ゲッペルスの許から去る者、残る者

最後にフリッツの口から語られる登場人物たちの戦争後の姿と最期・・・までの展開は

本当に本当に素晴らしく、心がぷるぷる震えた状態で舞台に見入ってしまいました



俳優さんたちのアンサンブルも良かったです


特に今回ツボだったのが

これまで何を観ても「んー 巧いのは分かるけどいつも想定内で全く面白くない」と思っていた

新妻聖子さん(レニ)の今まで観た事がないクールで大人っぽい・・・嘘臭くない演技と

(退場前、フォックスのストールを肩に掛ける仕草は、レミでエポニーヌが砦に戻る時

髪を下ろすシーンと被って見えて=過剰な芝居がかっている風で・・・少し萎えたけれど


最初はドイツ人というより出たがりで暑苦しい日本のオッサンにしか見えなかった

風間杜夫さん(ヤニングス)の後半のドンデン返しっぷり


そして

最初のシーンからラストまで、映画を愛する穏やかな執事として完璧にそこに存在した

小林隆さん(フリッツ)の佇まいでした



レニがラスト近くに、ゲッペルスから見捨てられ屋敷を去るエルザに対して

「あなたの失敗はあの人に体を許してしまったこと。私は10年間指一本触れさせていない。」と言う台詞

バージョンは違いますが

シアタークリエの杮落とし「恐れを知らぬ川上音二郎一座」

堀内敬子さん演じるカメが退場前に言い放ったセリフを思い出しました

・・・三谷さん、女優さんの事・・・ちゃんとシビアに見てるんだなあ・・・なんて



国民の映画 (9)




実は巻き髪

レニには何だか頷いてしまう部分が多かったのです


皆が自分の事を頭がいい、デキる女性だと思っていると信じていたのに

映画人としてどこかバカにしていたヤニングスの足元にも及ばないと

皆が去り、弱り切っているゲッペルスにまで指摘されてしまう詰めの甘さ


プライドを傷つけられても、自分がやりたい事・・・映画の監督をする為に

人間関係を壊さず&他の皆の様に感情を露にせず、静かに場を去る生き方

・・・ああ、何だか分かる。 本当の所、自分自身に確固たる芯と自信がない人なのだろうなあ。

彼女はあの後、実力者であるゲッペルスに対して色々な方向からフォローをしたのだろうなあ



映画監督であり、俳優でもあるヤニングスの風間杜夫さん

前半はクサさギリギリのお芝居で、どこのおとっつぁんかと思いましたが

その線があったお陰で、後半、ゲッペルスの許を去る選択をしたヤニングスと

長い間、体制側の人たちに表現の場を奪われたにも関わらず

ゲッペルスの許で映画製作に参加しようとするケストナーとの差が明確に出たように思います

(ケストナーってどこかで聞いた名前だと思っていたら「ふたりのロッテ」の作者だったんですね)



国民の映画 (10)



小林隆さんのフリッツが

登場人物たちのその後の姿を語る最後の場面・・・最高でした ただただ胸に響きました

穏やかで優しくて・・・でも秘めた強さがちゃんとあって・・・本当に素晴らしかったです



28国民の映画 (1)




個人的には

設定自体がドラマティックな戦時下のドイツを描いた今作より

パリのアトリエに集う4人の画家と1人の踊り子の人生のほんの一時期を切り取った

2007年の『コンフィダント・絆』の方が心に響くポイントも多く



『コンフィダント・絆』に比べて

今回は登場人物の数が2倍以上に増えた分

いくつかの拾いきれないボールや消える魔球も生まれてしまったようにも感じつつ


この作品・・・『国民の映画』のラストの45分間を

3.11後、満席になった劇場で観られて良かったと・・・心から思います


最後のカーテンコール


1回幕が降りて、再び幕が開くと

そこにはパーティーで、ゲッペルスとマグダが陽気な歌を歌い

皆が笑ってそれを見ているシーンの再現ストップモーション

あれは・・・3.11の前からあった場面・・・なのでしょうか

それとも地震の後に、新たに加えられた演出なのでしょうか。



BlogPaint




あの・・・ゲッペルスの屋敷に集った皆が、ただ素直に楽しく笑っているストップモーションの姿が

3月11日 14時46分以前の・・・私たちの・・・日本の姿なのかと思ったら

何だかもう、物凄く切なくて・・・泣けてきました


劇場があるPARCOから一歩踏み出した渋谷の街は・・・いつもよりずっと暗くて

家に帰ってテレビを点けたら

心が締め付けられる現実に負けそうになる事が分かっていて



劇場で舞台を観ている時間と

暗い街を家路につくため歩く時間

・・・むしろ後者の方にリアリティを感じられなかった

不思議で少し悲しい・・・肌寒い春の夜・・・だったのでありました



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