短いイタリア出張最後の日はローマで。ローマフィウミチーノ空港からのフライトは午後3時。せっかくのローマで過ごす午前の時間を無駄にしたくはない。とはいえローマはなんどもきてたいていの場所は行ったことがある。いろいろ考えアッピア街道を訪れる\ことにした。バスで乗換えて行くのはしんどいのでテルミニ駅前からタクシーに乗ってアッピア街道を目指す。ローマの財務官アッピウス・クラウディウスが立案し、紀元前312年に建設が始まった最初のローマ街道がアッピア街道。「すべての道はローマに通ず」といわれるが、アッピア街道は最初のローマ街道で「街道の女王」と呼ばれ、近代の道路の基本にもなったといわれる。タクシーの窓からローマ市街の起点となるサンセバスティアーノ門を見て胸が高鳴る。ここからどんな気持ちで2300年前の民は南にむかったのだろうか。アッピア街道沿いのシンボリックなモニュメント、チチェリア・マテーラの墓でタクシーを降り写真をパチリ。やっとここに来る事ができた。今の時点でアッピア街道については塩野七生さんの本を少し読んだだけでほとんど何も知らないと言ってもいい。偉大な人類の歴史の大きな一ページであるローマの歴史をあらためて学び直そう。
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アッピア街道、ローマの入り口のサンセバスティアーノ門
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アッピア街道マイルストン
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タクシーでしばしアッピア街道を走る。
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アッピア街道沿い チェチリアマテーラの墓

アッピア街道からきびすを返しタクシーで市内へ。サンジョバンニ・ラテラーノ聖堂の前で降りた。 ここはローマカトリックの頂点の聖堂でかっては教皇庁が置かれていたり、ヴァチカン市国が成立したラテラーノ条約を締結した場所でもある。大きな聖堂をゆっくり見てから隣の聖なる階段教会 「スカラ・サンタ」に行く。門から入ると二階への階段が聖なる階段でキリストが裁判の日に登ったエルサレムのピラト邸の階段をコンスタンティーノ皇帝の母ヘレナが326年にローマに運んだと言われるいわゆる聖遺物である。ここは決して足の裏を使って歩いてはいけないとされ、敬虔な信者がヒザをつかってゆっくりにじり上がっている。わたしは仏教徒でキリスト教の信者ではない。しかしこの階段を上るのは一つの巡礼・修行であると考えた。聖人の遺徳を偲び清らかな気持ちで登ってみよう。階段を登りきったところにあるキリストのフレスコ画を仰ぎながら手を合わせながらひとりひざまずいて登っていると
いっしょに登っているカトリック信者はきっと法悦の境地で異教徒のわたしでさえ厳かな気分になる。ヒザが赤くなりながらゆっくり登り切ったとき世間の垢で汚れた心がすこしだけ浄化された気がした。
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サンジョバンニラテラーノ大聖堂
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サンジョバンニラテラーノ教会の中
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スカーラ・サンタ教会 (聖なる階段教会)
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聖なる階段なので足の裏をつけてはならない。木の階段をヒザで登る。

まだ午前10時前、日本に戻るフライトの時間まではすこし余裕があったのでスペイン広場までタクシーで向かった。ここはザ観地で手にスマホの自撮り棒をもった男女も多い。コンドッティ通りのカフェグレコでエスプレッソを飲んだあとスペイン階段脇のキーツ・シェリー博物館に入る。英国詩人であるキーツが若くして病んで、寒い英国からローマに避寒にきて住んだ館。入ってみると詩人の自筆の原稿、ゆかりの品、デスマスクなどが窓からみえるスペイン広場の喧噪の世界とはちがうちいさいが静謐な空間がひろがる。キーツの英詩は読んだ覚えもないが、これも帰ったら読んでみたいと思った。今は英国の詩人について無知だがこういう場所に身をおくと後でここの行った事を想い出しながら興味深く読書できるはず。ここを出たあとはメトロでテルミニ駅に戻り、テルミニからフィウミチーノ空港までは電車レオナルドエクスプレスで。午後3時には機上の人となった。

これで2015年6月イタリア出張レポートは完結です。

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ローマの中心コンドッティ通 250周年をむかえるカフェ・グレコ
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カフェ・グレコのエレガントなバリスタ
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有名なスペイン階段の横にあるキーツ・シェリー博物館
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キーツの手書きの書簡
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キーツのデスマスク 
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キーツ・シェリー博物館からスペイン階段の喧噪を眺める。