洋服屋、街を生きる。オーダーサロンタナカ店主blog

名古屋、錦3丁目のオーダースーツ、オーダージャケット、オーダーシャツのお店の店主です。名古屋のまんなかに生まれ、ずっとここで生活し六十年。オーダーメイドのこと、街の暮らしのなかで感じたことをつづっていきます。

ドラゴンズ

ぼくもビスポーク気分(9/7)

昨日は中日ドラゴンズの山本昌広選手が史上最年長勝利を成し遂げた。昨日、登板したのは知っていたが昌さんのスーツをお作りしているからか身内のような気がして、どうなるか心配過ぎてテレビをつけることができなかった。しかし昌さんはやってくれた。開幕から五ヶ月遅れの初登板だがずっとトレーニングはかかさなかったという。プロ31年目、昨季まで576試合に登板し、218勝164敗5セーブの輝かしい陰にはたゆまぬ練習、トレーニングがあることは間違いない。ひとつエピソードを紹介しよう。昌さんがスーツをオーダーしに当店にオフに訪れたときの会話をひとつご紹介しよう。昌さんが、田中さんは毎年イタリアに行けてうらやましいとおっしゃられたので、野球選手はシーズンオフの時はハワイなど海外によくいかれると思っていましたと言うと、昌さんはシーズン中ももちろん、オフもずっとトレーニングですから海外なんてほとんど行った事無いですよ、とおっしゃられた。他の選手の事はわからないが昌さんはドラゴンズに入団以来、年がら年中ずっとずっとトレーニングをしていたのだ。実際、目の前にいてもトレーニングの成果で身体の均整がとれてとても49才に見えずほんとうに若くまるで35才くらいに見える。史上最年長の快挙も31年の練習、トレーニングのたまものにほかならない。

当店にご来店のおしゃれなお客様がすてきなトートバッグをお持ちでうらやましいなあと思っていたので、このところずっとセレクトショップなどでビジネスと小旅行などに兼用できるちょっと大きめサイズのトートバッグを探していた。洋服屋なので一目でどこのと分るブランド系ではマズいと感じていた。洋服屋はおしゃれの「価値」を創造するしごとなのでもう「価値」の定まったものを身につけるのは洋服屋としての勉強にならないと思っている。そんなとき懇意にしている西区のシューズボナンザさんがバッグのビスポークを始めたと聞いたので、それならと出かけた。どんな服にあわせたら良いか、好みの大きさなどだいたいのイメージを持っていったのだが使用するさまざまなテイストの革、色、大きさ、デザインを選べるという選択肢の多さから少し迷ってしまった。なるべくシンプルなデザインがいいとおもっていたので切り替えなどがないブラウンのヌバックを選んでみた。持ち手は短いと肩には掛けられないし、長いと使いにくいので試作品よりすこし長めとした。外見が地味なので内側だけはちょい派手にと赤の豚革を選んだ。ステッチの色、口の大きさ、袋の形状、内側の仕様、持ち手の形状など決めることはたくさんあったがさくさく決めいていった。できあがりは一ヶ月。ビスポークをなりわいとしている私があらためて言うのもなんだがビスポークは楽しいものだ。決めた事がどんな風に仕上がるかワクワクする。テーラーはそんなワクワクする気分を売る商売なんだなと再認識した。
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このヌバック革のトートバックを原型として変えて行く事にした。持ち手は丸い断面の革にした。
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内側には豚革の真っ赤を選んだ。
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左側の女性(木曜出勤)がバックを製作されるそうだ。シューズボナンザさんで。

のれん(11/2)

昨日は月初め。嗚呼もう11月。この前始まったばかりのことしだがあと2ヶ月しかないのが辛い。月初めは墓参と決めている。天気がよく気持ちのいい秋晴れのなか母と自由が丘にあるご先祖様の墓にでかけた。墓地からはナゴヤドームの屋根が見える。楽天もチーム一丸になって巨人に勝ち日本一にも王手をかけた。親戚ではぜんぜん無いが同姓の田中将大投手の過去のプロ野球の歴史を完全に塗り替える活躍もありうれしいかぎり。星野がドラゴンズの監督を辞めすぐに阪神監督に乗り換えたときにはドラゴンズファンでそれまで星野竜などと言ってと応援して来たぼくと息子で悲しい気分をあじわい、彼のことを嫌悪することになったがあれから年月が経過し楽天イーグルスのベンチで一喜一憂している姿をみるとその恨みも消えた。いまは東北復興のささえにもなる楽天の勝利を祈っている。上原浩治もすばらしい一年をしめくくった。日本にいる時から美しい軌道を描くボールを投げる素晴らしい投手だったが猛者たちのひしめくメジャーリーグでもそれ以上輝いているのが本当にすごい。彼の活躍もあってレッドソックスは地元ボストンフェンウェイパークで世界一を勝ち取った。上原の勇姿をテレビで見ながら10数年前息子と二人でボストンに旅行し三塁側内野の屋根のある席で観戦したことを思い出す。左右非対称でレフトが短いがその分グリーンモンスターと呼ばれる高い壁がそそり立ちフェンス越えを拒む全米最古のクラシカルなボールパークで当時在籍したスーパースター、ガルシアパーラの活躍を眺めたっけ。わがドラゴンズも落合さんがGMとして復帰し谷繁がプレイングマネージャーとして指揮を執る来年、熱く見守っていきたい。

家に帰って母がぼくに見せたい物があるという。それは弟たちがやっている「炭火焼き鳥きんぼし」の麻でできたのれん。全部かどうか知らないがきんぼしののれんは母が京都の作家さんに頼んで製作してもらっているようだ。ざっくりとした麻の太い糸で織られた味わいのある布にきんぼしの文字をろうけつ染めで染め抜いたもので、贔屓目にみるとアートの心も感じる素敵なのれんだ。その意匠は一点一点店ごとに異なりそれを見るのも楽しい。そのなかの一枚が月日を経て、のれんをくぐって来店されるお客様の手が触れる部分に穴があいて来た。そのまま使うのも見苦しいのでそれを母の知り合いで古布作家の方に奈良の薬師寺で使いお下がりとして譲り受けた麻布を使い、継いで直してもらったらしい。見ると味わいがありいい感じに仕上がっている。息子達がやっているきんぼしを陰で応援したい親心も感じる。こののれんをくぐりきんぼしに来るお客さんには楽しい夕べの時間を過ごしてもらいたいものだ。
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上手に継いであるのがわかる。
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修復ができたきんぼしののれん。右側に星がひかっているのがわかるだろうか。 

桜咲く頃、野球場に遊ぶ。(4/7)

 落合監督が退任した後でも川上と山崎が入ったくらいでほどんど補強らしい補強もしないのに我がドラゴンズは強い。「打ち方」「守り方」だけでなく「勝ち方」を8年間落合監督に叩き込まれたチームである。他チームと基本システムが違う感じ。サノくんから野球のチケットをいただいたのでそんなドラゴンズを見に仕事がおわってから自転車でナゴヤドームまで走った。腹がすくといけないので途中の東区ボンボン横の天津楼で唐揚げと餃子を食べる。ドームで席に着いたらドラゴンズはすでに一点入っている。でもそれから吉見もロマンも良く、両チームのホームが遠い遠い。結局一回に取った最少得点一点通称スミイチで勝利。ドラゴンズの投手陣恐るべしである。これも昨年までの森繁和コーチのいわば「貯金」だろう。
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着地失敗のドアラをなぐさめるヤクルトキャラの図。右のマウンドに浅尾と権藤コーチ。

最少得点とはいえ勝った帰路はウキウキで寒いながらソメイヨシノも見頃。代官町にある筒井小学校で夜桜写真を一枚。
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見上げると満開の桜。午後9時過ぎは代官町も人通りすくなく一人で観桜会。
 

クライマックスな夜(11/7)


ドラゴンズ
がクライマックスシリーズファイナルステージを勝ち抜いた。 ヤクルトに2連敗したときはどうなることかと心配したが結局はドラゴンズのいつもの戦いだった。昨晩は野球を見るのが怖くて町にスギハラ、しもちゃんと飲みに出たが今日は肝臓を休めるためお酒は抜いてテレビの前に座った。野球を見るのは小学生の頃から好き。僕がドラゴンズを見始めたのはユニフォームが赤いノースリーブだったころ。今と違って最下位だった。

東京の友達は落合博満監督の事を口汚くののしるがそれは叩かれてばかりの敵チームのファンだから仕方ない。また落合博満監督の戦いがつまらないという人がいる。しかし野球を長く見てきたものとっては彼の戦い方には味がある。野球はフィールドの外にボールを出す競技というよりフィールドの中を球と選手が動き回る「遊び」でたまにしか出ないホームランで勝つのではなく球際を守りきるプレーで勝ちを拾っていく。 ドラゴンズのプレーにはそんな魅力がある。すばらしいチームに仕立て上げた落合監督も親会社の方針で今年でおしまい。残念だが8年もの間ドラゴンズを常勝球団に育ててくれたことに大感謝しかない。

試合の後のインタビューはそっけないけど、優勝の挨拶は熱くそして限りなく選手に優しい。そんな落合監督を見て目頭が熱くなった。

あとは日本シリーズが監督がドラゴンズで残した最後の仕事となる。落合監督と少しでも長く野球をしたい、選手はそんな思いではないか。勝っても負けてももう少しの間楽しもう。落合野球を。
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予定外だった胴上げ。監督うれしかっただろうなあ。
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堀川にかかる納屋橋にはこんな看板が出ていた。でもドラゴンズはもう常勝球団、ファンは熱い心でクールに応援するのだ。飛び込むやつなんていないさ。
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