洋服屋、街を生きる。オーダーサロンタナカ店主blog

名古屋、錦3丁目のオーダースーツ、オーダージャケット、オーダーシャツのお店の店主です。名古屋のまんなかに生まれ、ずっとここで生活し六十年。オーダーメイドのこと、街の暮らしのなかで感じたことをつづっていきます。

マエストロプロジェクト

マエストロ西村のイェイ日記(英篇)(2019/1/27)

今日のブログは西村初の渡英篇です。初めてひとりでロンドン・英国に行ったのですが自分の足で行きたい所に歩いて、すばらしい旅をしたようです。(田中談)

1月12日(土)
ロンドン行きの飛行機はフィウミチーノ空港発なので空港に向かう[レオナルド・エクスプレス]のチケットを確保してから残された時間をローマ観光に充てる。数々の遺構を見ながら「世界の中心」、パンテオンに到達する。数あるローマの遺跡のなかでも特別な存在意義を持つこの建造物はやはり形容しがたい空気に包まれていた。
 

広場で社長から聞いていたピンクフロイドをレパートリーにしているというパフォーマーを探すがこの時間帯は非番みたいだった。トイレの問題もあり急いでホテルに戻る。
レオナルド・エクスプレスは全身真っ赤なイタロとは違って、赤・白・緑のトリコラーレでペイントされている。自由席だったが空いていたのでスペースをわがままに使わせていただいた。
あっという間にフィウミチーノ空港(通称:ダ・ヴィンチ空港)に到着。
空港ではマクドナルドで腹ごしらえをする。ダブルチキンBBQとポテト、コーラのセットで6.2ユーロ。日本とはずいぶんボリューム感が異なり満腹になる。思ったより空港が大きく出発するゲートに迷い焦る場面があったが無事に搭乗。近距離の移動でもあり、小ぶりの機体に搭乗する。窓際席を選んで正解、アルプスだと思われる山岳地帯を眼下に眺めながら2時間程度でロンドンに。入国手続き用紙記入のためみんながパスポートを取り出すが、周りを見るとロシア系が多い様子だった。
イタリアと違いイギリスは初めてである。名前だけは昔から知っているヒースロー空港に無事着陸するが、ここで最大の難関を迎える。
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入国審査を待つ人々の先が見えない大行列。まさに東京ディズニーランドの人気アトラクション並みで気が遠くなった。イスラム圏の人が係員と何らかの小競り合いをしていた。これを抜けるのにちょうど2時間を要した。
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今回の旅、最大の難関、UKボーダー恐るべし。
ふらふらになりながらチューブと呼ばれる地下鉄に乗る。ヒースローを出たときはガラガラだったが徐々に混み始めた。車体の断面図は8角形のようで(引退した日本の500系新幹線を小さくしたような印象)、日本の地下鉄に比べると明らかに狭い。しかもこちらの人の体格は総じて大きいので圧迫感がある

小一時間でロンドン中心部のピカデリーサーカスに着く。土曜の夜ということもあってかイタリア各都市に比べると明らかに人が多くスピードも速くて雰囲気が異なる。人種も様々である。地下鉄駅構内でギターを抱えたストリートミュージシャンが「ハレルヤ」の弾き語りを披露していた。作詞作曲したレナード・コーエンが1984年に発表し、10年後にジェフ・バックリィが極上のバージョンを含むアルバムを発表した、あの曲である(どちらも故人なのが惜しまれるが)。ロンドンで最初に耳にするのがこの曲だとは予想していなかった。さすがロックの都である。

地上に出ると小雨が降っていた。ホテルまでたいした距離もないため傘は使わず。イタリアはすべて晴れだったので傘の出番はなかったがロンドンはどうだろう。数分でシッスル・トラファルガー・スクエア・ホテルにチェックイン。夕食に出かけたかったが入国審査のダメージが大きかったようで不覚にも眠り込んでしまう。


1月13日(日)
4時ぐらいに目が覚める。日本との時差はイタリアより1時間拡大して9時間。この日だけホテルの朝食を頼んだが内容はイタリアとさほど変わらないものの、パンがおいしく感じた。ウェイターに尋ねられコーヒーを選択したが本場なのだから紅茶にすべきだった後悔した。
ホテルはほとんどナショナルギャラリーやポートレートギャラリーに隣接しており、本当に恵まれた立地だった。驚くべきことにこれらの施設は入場無料であり、ルネサンス期の貴重な作品からゴッホの「ひまわり」やモネの「水連」などの超有名な作品をタダで鑑賞できる贅沢感を味わう。ポートレートギャラリーではノーベル文学賞で話題になった[カズオ・イシグロ]氏の肖像画も展示されていた。ギャラリーを出てトラファルガー広場に行くと、ここでもヤマハのサイレントギターをアンプに繋いだ別のストリートミュージシャンがいて、レディオヘッドの初期の名曲「クリープ」や、再びバックリィのバージョンの「ハレルヤ」を歌っていた。振り返ると’90年代もいい時代だったのかもしれない。
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ポートレートギャラリー
広場を抜けバッキンガム宮殿からウエストミンスター寺院、国会議事堂を見ながらテムズ川を渡り観覧車や水族館などアミューズメント施設が集まったウォータールー地区を歩く。日曜日なので親子連れが多い。残念ながらビッグベンは改修中のため足場を組まれ全容を見られなかった。中心地に戻りジャーミンストリートやリージェントストリート、カーナビーストリートといった名前だけは馴染みのあるエリアを歩きまわる。出発前に田中社長夫人に勧められていたチューダー様式の木造建築が個性的な百貨店・リバティはお気に入りの場所になった。一通り観光らしいことを済ませ、
当出張のもう一つのハイライト、サヴィルロウの下見をする。これまた名前だけ知ってる名店が現実に軒を連ねている。感覚が麻痺してどこまでが現実なのかわからなくなる。ただし日曜は休みのところが多いのか以外に閑散とした印象だった。自分と同じような目的できているのか、数人のアジア人が記念撮影していた。すぐそばのサックビルストリートのドーメル・ロンドン支社の位置も確認しておいた。
街を歩いていてイタリア各都市との最大の違いは歩道が確保されていることである。イタリアでは交差点ひとつ渡るのもかなりの注意を要した。しかし両国とも信号無視するのが当たり前で、律儀な日本との違いを感じた。
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ロンドンの街で見かけたパフォーマー
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ロンドンの街で花嫁撮影

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ホテルと近いロンドンナショナルギャラリー。世界の名画がなんと無料!
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クリムト
夜はソーホー地区まで歩き適当なパブを探して定番のフィッシュ&チップスとエールタイプのビールをパイントで注文する。豆をすりつぶした和え物(マッシー・ピー)が独特の風味だったが不味くはなかった。腹ごしらえしてから行ってみたかったジャズをメインにしているライブハウス「ロニー・スコッツ」へ。ここで行われたジェフ・ベックのライブ映像が気に入っているからである。
 残念ながらメインフロアのショーは売り切れのため、2階[UPSTAIRS]に上がり入口でライブチャージの集金をしているのは日本人の女性だった。話を聞いてみるとバンマスであるフランス人ギタリストのガールフレンドとのこと。カウンターでジェイムソンをロックで飲みながら、ジャンゴ・ラインハルトばりのオールドスタイルのギターバンドの演奏を楽しむ。フロアは音楽に合わせチークダンスを行う多数のカップルで熱気にあふれていた。ロンドンらしい夜を体験することができた。
ホテルに戻り、最後の洗濯をして眠りにつく。
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ロニースコッツの上、アプステアーズ
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チークダンスをする人たち。
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英国国会議事堂と修理中のビックベン

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セビルロウ
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リバティ百貨店
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ソーホーでの夕食
1月14日(月)
朝食時刻よりも早くホテルを出て、北部への玄関口という位置づけであるユーストン駅へ。おそらくロンドンの標準的な通勤風景が見られるかと思い、不審者扱いされるかもしれないが通勤ラッシュにカメラを向ける。ロンドンユーストン駅からノーザンプトン駅までの特急のチケットは事前にネットで入手。往復で18ポンドだが、駅で買ったら片道25ポンド!
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ユーストン

街を歩いてもピッティと違って攻めたスタイルの人物はまず見かけない。思ったよりスーツ姿が少なく、オーバーコートで隠されているが過半数がジーンズや綿パンなどカジュアルな出で立ちである。ビジネス風のスタイルでもネクタイ派が少ない。オフィスに用意してあるのだろうか。ビジネスシューズはほとんどが黒のオーソドックスなものだった。スーツはダークカラーがほとんどだが、ブルー系のスーツには茶の靴を合わているケースが多い。またセミブローグかプレーントゥが多いが靴のシルエットも(自分の持つ英国的イメージの)丸みのあるものよりイタリア的なやや尖ったフォルムが幅をきかせている。どちらかといえば外羽根式が優勢に思える。後で撮影画像を確認して思ったがほとんどの靴はしっかりと光沢を見せている。靴磨きを怠らない習慣が根付いているのだろう。テイクアウトのコーヒーを持つ人が多かったが、そんな事情もあってか両手がフリーになるバックパック派が目立った。
ユーストン駅から今日の目的地である「紳士靴の聖地」ノーサンプトンまでは約1時間。名門英国靴の工場が集まるこの街を知ることも研修の一環なのである。田中社長からは≪ジョンロブ3足買いなさい≫というミッションが出ていた。出発前に調べると天気は良好、気温はロンドンよりやや低め。
ロンドンを離れるにつれ都会から農村風景へと変化していったが、どの建物ひとつとってもイギリスらしい端正な佇まいをしていた。電車を降りるとき周りをみると乗客が持ち込んだコーヒーの空容器がいくつか散乱していた。こちらの人は礼儀正しいと認識していたがモラルは低いのかも知れない。
ノーサンプトン駅は新しく合理的だった。スターバックスと大きな売店、きれいなトイレが備わっている。
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ロンドンからノーザンプトンへの車窓。ロンドンからノーザンプトンまで特急で所要時間約1時間。
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モダンなノーザンプトン駅

先ずは駅から約500mと近く、唯一駅の西側に位置するチャーチを目指す。ロンドンだけでなくこちらも2階建てバスが走っていたが紫色だった。久しぶりに24時間営業のコンビニを見つける。かつて名古屋でもちょくちょくあった[SPAR]がサンドイッチのサブウェイを内包する店舗だった。チャーチに着くが煉瓦造りの堂々とした立派な工場だった。ノーザンプトンはそれなりの規模ではあったが、建物は高層ビルなど見当たらずほとんどが煉瓦の外装で美しい街並みが広がっていた。正面のオフィスで入口を教えてもらいファクトリーアウトレットへ。女性3名の店員さんはフレンドリーだった。キャリーケースを携えたアジア系の先客が一人いた。店内はだいたい200~300ポンドぐらいの価格で右足分だけを展示している。いろいろ見るがなかなか好みでサイズの合うものが見つからない。帰ろうとして特価コーナーで少し変わったフルブローグを見つける。99ポンド。試着するとサイズも問題なく、なぜ安いのか尋ね、左足分も見せてもらい色に差があるのが理由だとわかる。迷ったが先は長いので買わなかった。

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チャーチーズファクトリーショップ入り口
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チャーチーズファクトリーショップで接客してくれた女性。
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チャーチーズファクトリー
続いてエドワード・グリーンへ地図上で約2kmの道のりを歩く。田中社長からはタクシーの利用を勧められていたが街の雰囲気を味わいたく、無謀ではあるが時間と体力はあったので全て徒歩移動することを決める。
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エドワード・グリーンファクトリーショップ内
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エドワード・グリーン社
ノーサンプトン大学に隣接するベケッツ公園では木に登るリスを目撃した。結構内陸部のはずだがカモメも多く見た。かなり歩いてエドワード・グリーンに到着するがこちらは現代的な構造でややこじんまりしている。ピッティ会場で教えられたとおりブザーを押してアウトレットに案内してもらう。来客があると事務所からスタッフのうち一人が抜けてきて対応する、というシステムらしい。
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エドワード・グリーンへのみちすがら、公園で見つけたリスくん。
今回ジョンロブ3足は無理にしても、せっかくの機会なので双璧と言われるジョンロブとグリーンで各1足入手しようと考えていた。モデルにもよるが日本で買うとジョンロブが20万円超、グリーンが16万円前後というところか。グリーンのアウトレットではちゃんと価格シールが裏に貼られており、だいたい短靴が460ポンド、ブーツが550ポンド。さんざん試し履きした結果、茶色の内羽根セミブローグと外羽根フルブローグの2足に絞り込む。どちらかといえば前者がよかったが、側面に大きなダメージがあることが判明し型押しの後者を460ポンドで購入。ラストは名作と言われている202。重くなるのがネックになるが勧められてシューツリーも購入(90ポンド)。簡易な紙袋で渡されたがまだ先は長く、底が抜けないか心配だった。タクシー手配を断ったのを訝しげにしている店員に別れを告げ、次のジョンロブを目指す。地図で見るより距離を感じながら到着。
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ジョンロブへのみちすがら見かけた教会
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ジョンロブのある街
工場もショップも住宅街の中に馴染んでいて気を付けていたが一度スルーしてしまう。ブザーを押してゲートを開けてもらいファクトリーアウトレットへ。女性一人が対応していた。30分間設定されている昼休みまで15分ぐらいしかなかったのと、まもなく日本人3人組が入ってきたので再開後また来ます、と伝えて外に出た。チレントでの経験を活かし、ゆっくり品定めしたい。この間に自分も近くのファストフード店でフィッシュ&チップスとコーラのセット5.9ポンドを食べる。値段なりの味だった。近くに大きな公園(ザ・レースコース)ではカモメに餌付けしている人がいた。午後から曇り空になりわずかに雨が降ったが傘をさすほどでもなかった。
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地方の小さな店のフィッシュアンドチップス
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内陸部でカモメの群れ。

再びジョンロブへ。先ほどの女性店員がランチを済ませたことを確認し品定めに入る。途中で一組の白人カップルが来店。あいにく要望に見合う物がみつからず、なんとか妥協して選定。値段表示がないので、いちいちバックヤードまで箱を取りに行ってもらい確認してもらうと915ポンド(約13万円)とのこと。’夢のジョンロブ‘ではあるが特に気に入ったわけでもなく、お値打ち感はなく諦めて店を出る。次はトリッカーズを目指す。途中で団地みたいなところの通路を通るが、そこも基本的に煉瓦調で風格があった。次のトリッカーズも割と普通に街中にあった。オフィスでアウトレットへの入口を教えてもらうが「水曜日のアリス」みたいな小さいドアだった。接着剤や溶剤の匂いが充満する、まさに工房の中を通ってショップに案内されるが途中で会う職人たちは皆笑顔で愛想がよかった。昔見学に行って感銘を受けたカシミヤを得意にする泉州の工場を思い出した。見学が可能な生産工程を持つ企業としては非常に参考になる点である。何か買いたい気分になったが、あいにく欲しいものは見つからず、この好印象の工場を後にする。後は駅に戻るだけだったが、繁華街らしき場所を通り、途中で靴の聖地であることを記した道標を見つける。
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ノーザンプトンの街で唯一見つけた靴の聖地らしき看板
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今回の戦利品その1チャーチーズ 99ポンド
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今回の戦利品その2 エドワード・グリーン 460ポンドシューツリー90ポンド
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E・グリーン靴の内側の円形窓に靴好きにはぐっときます。
ここまで歩きっぱなしでさすがに疲れたが(おそらくノーサンプトンだけでも15km以上歩いている)、1足しか入手できていなかったので最初に見たチャーチを思い出し再訪し、無事残っていた例のB級品を手に入れてこの美しい地方都市を去ることにした。
ホテルに戦利品を置いてからメイフェア地区などを歩きまわる。再度サヴィルロウを予習のため一巡する。さすがに腹が減ったので雰囲気の良いパブに入るが夜も9時を回っておりキッチンを閉めたので料理は提供できないとのこと。中華街に行き焼きそばとチャイナビールの夕食。ビールは売店よりも安く、ロンドンという立地を考えると非常にリーズナブルな15ポンドの会計であった。
1月15日(火)
早いものでロンドンも最終日。やはり早く目が覚める。ホテルを出てコーヒースタンドでサンドイッチ二つとカプチーノを頼んで6ポンド。朝7時のロンドンは真っ暗だが確実に動き始めていた。増えてきた荷物を整理してフロントに預ける。
そして目的地のドーメル・ロンドンへ。
同社日本法人のO社長にお願いしてアポを取ってもらっていた営業担当のパトリック氏と名刺交換。背はそう高くないが肩幅が広くがっしりした体格のナイスガイだった。事務所には他にアレックス氏、事務員のソニア女史がいた。成田からイタリア各都市を経て大事に運んできた土産を渡しミルクティーを淹れてもらう。御社ジャポン社の代表とは出身校が同じなんだよ、といった話を少ししてから念願のサヴィルロウに向かう。
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ナイスガイ ドーメル社 パトリック氏
世界に7つしかない英国皇室御用達のいくつかがここに集まっているんだよ、とパトリック氏は得意げだった。記念写真を撮ってもらい、まずはサヴィルロウ1番地、[ギーブス&ホークス]へ。本格的ハンドメイドからメード・トゥ・メジャー、既製服まで扱っている大手である。2Fもありサヴィルロウで一番の広さを誇る店内だった。意外だったのは簡単に撮影許可が下りたことである。この後訪問した各店でも礼儀として撮影の可否を確認したが、一様に「ノープロブレム」であった。

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ギーヴス&ホークス
続いて[キルガー]へ。以前はキルガーフレンチ&スタンバリーという名前だったが現在は様変わりして中国資本になっているという。相手をしてくれた黒人のジョニー氏は日本のタケオキクチ出身の信国氏とも接点があるらしい。パトリック氏は次の生地見本バンチの納期を問われ2月になるからもう少し待ってくれよ、対応していた。
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キルガー
続いてハンツマンへ。ここは老舗であると同時に最近の映画(「キングスマン」シリーズ)にもドーメルと共に撮影協力しており表札をはじめ、いたるところに映画撮影時をイメージさせる展示がされていた。自分も「武器庫は地下にあるのですか?」と冗談を言ってみたが理解してもらえたようだった。パトリック氏によると販売着数はサヴィルロウ随一で非常に多くの顧客の型紙を抱えており、目立つところにエリック・クラプトンとデヴィッド・ボウイのものが置いてあった。またここには日本の若者S氏が働いており、主にウエストコート(ベスト)の製作に携わっているとのこと。2年前まで日本のオーダー企業に在籍していたという。彼から聞いたがメード・トゥ・メジャーをつい数週間前から開始したそうである。(工場はおそらく英国だが定かではないとのこと)
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ハンツマンには日本のスタッフも
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キングスマンで活躍したハンツマン製ジャケット
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 クラプトンもボウイもハンツマンでビスポーク
最後に向かったのはヘンリー・プール。説明不要の老舗である。どこかのテレビ局かなにかが取材に来ているところだった。ここでも親切にレクチャーしていただいたが地下の工房や歴代顧客のデータを保管している特別室(厳重に施錠されている!)まで見せてもらう。プリンス・オブ・ウェールズをはじめとするヨーロッパの錚々たる名士に加え、日本人も皇族、吉田茂、白洲次郎などとんでもない名前が語られる。壁には大正12年に発行された宮内省御用達の証書が飾ってあった。凄すぎて、どこまでがリアルなのか混乱してきた。また世界中のVIPから訪問要請があるようで頻繁に海外まで外商にでかけているらしい。
もっと高飛車な態度なのだろうと予想していたが、どの店も親切に対応してくれた。パトリック氏が各得意先と良好な関係を構築していること、またドーメル社がサヴィルロウで重要なポジションに位置していることがうかがい知れる。
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 ヘンリー・プール
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ヘンリー・プール地下工房
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ヘンリー・プールの重要な顧客名簿。ウインザー公の名も。
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我らが先帝陛下も御用達 ヘンリー・プール
これらの“神の領域”とも言える店の数々を案内してもらい、移転する前の立派な「ドーメルハウス」にも連れて行ってもらった。MYKでライセンス契約をしている“セヴィルロウ最年少テーラー”スティーブン・ヒッチコックにも会わせてもらった。これからどうする?もっと見たいところはあるか?と聞かれた。おそらく昼食のことも考えていそうだったので世話になり過ぎるのも良くないと考え、フライト時刻が迫ってるんだよ、と伝えて追加のお土産(ピッティで入手したコロンブスの靴用クリーム)を渡して別れた。とにかく凄くお世話になったことは間違いないので、OSTでのドーメル生地販売を頑張ることで恩返しをしたいと思う。
しかしながら、今さらではあるが自分の拙い英語力を悔やむ。言葉の壁が無ければもっと多くのことを吸収できるはずである。

しばらくボーっとしていた。本当に感覚が麻痺していたのだ。しかし現実に戻り、会社や家族への土産調達も必要なので再び歩き出す。リージェントストリートで少しだけスナップも撮る。

かなり荷物も増えたので田中社長に言われた通り、タクシーでロンドン・シティ空港に向かう。時間も両金も結構かかった。約40ポンド。ヒースローに比べると小ぶりな空港だったが必要なものは一通り揃っていた。数日前の入国のハードさに比べると出国手続きはシンプルだった。昼飯も食べ損ねていたのでたっぷりビーフが入ったベーグルサンドウィッチとラガービールを注文する。飛行機はミラノ・リナーテ空港に向かう。

リナーテでの入国審査はあっけないほど簡単だった。夜遅い時間帯の到着でもあり、空港からホテルまでの移動はタクシーで、と指示されていたがちょうどバスが出るところだったのでこれに乗った。たった5ユーロ。安価な移動を実現できた。
最後のホテルであるブリストルは最初のミケランジェロの隣だった。ミケランジェロよりもコンパクトで古かったが、なかなか雰囲気のあるいいホテルだった。


1月16日(水)
ようやく体が慣れてきたのか、朝は6時まで目覚めなかった。荷物がかなり増えたので整理しパッキングの見直しを図る。ピッティで入手したINVICTA社の大きなビニールバッグが活躍する(これがなければスーツケースを買い足ししないと間に合わない状況だった)。
シンプルで野菜もないが全体としては美味しい朝食(カプチーノに描かれた模様がおしゃれだった)を食べて、マルペンサ空港行きのバスの下見をしてから街に出る。目的地はミラノのシンボルとも言えるドゥオモ。中央駅で地下鉄切符を買う際に、もっともイタリアらしい出来事に遭遇する。切符を買おうとするが売店は列ができており10ユーロ札を持って自動販売機の前に立つ。不意に横からイタリア人の男性が現れ親切に英語で説明してくれた。さすが観光都市、ボランティアの案内人までいるのかと感心するのもつかの間、彼は戻ってきた釣銭の多くを勝手に奪って何食わぬ顔で去っていった。切符は1.5ユーロ、手元には5ユーロ。結果3.5ユーロをまんまとせしめられたが見事な一連の動きもあって何故か腹は立たなかった。

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ミラノドウオモ駅からドウオモはすぐそこ。
後で調べると同様の手口で被害にあった人はたくさんいるようだった。危ないといわれているナポリで何もなかったのに、北部のミラノでやられるとは想定外だった。油断大敵である。地下鉄3号線に乗って数駅のドゥオモ駅の改札を抜け階段を上ると荘厳なドゥオモがいきなり現れた。やはりここも22年前と見え方が違ったが前回はすべてガイドに頼りっぱなしだったので公共交通機関の位置関係など全くわからなかった。自分で主体的に動くことが大事だと感じた。

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ミラノドウオモの勇姿。
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリアも見てホテルに戻る。 
バスは約1時間、8ユーロでマルペンサ空港に着いた。免税手続きなどを済ませアリタリアに搭乗。復路は隣席も空いておりリラックスできたフライトだった。オリオン座がきれいに見えた。

11時間ほどで成田に無事到着。成田エクスプレスで東京まで、そこから新幹線で名古屋に向かい問題なく自宅まで帰ることができた。

今回の初めての欧州出張で多くの経験を積んだが、これを業務にどう活かすか、自分次第なので責任重大である。そしてなにより、このような贅沢で濃密なスケジュールを組み立てていただいた田中社長と、それを許可していただいた会社に感謝である。

マエストロ西村のイェイ日記(伊篇)(2019/1/26)

今回のピッティ・ウオモには当店でオーダーメイドの研修を重ねる御幸毛織 西村錠課長も同行しました。西村の見たピッティ・ウォモそして英国はどうだったのでしょう。それでは西村錠の感じた伊太利亜、英国、略して伊英日記です。どうぞご笑覧くださいませ。今日は伊篇です。

 1月7日(月)
年末年始休暇が終わり、仕事としての2019年が始まる。早朝に自宅を出発し最寄り駅で名鉄に乗りアクセスが容易な中部国際空港に向かう。座れるだろうと考えていたが巨大なスーツケースを携えた多くの旅行者で電車はかなり混み合う。JALで成田空港の第二ターミナルまで飛ぶ。シャトルバスで第一ターミナルまで移動し、今回の欧州出張スケジュールを組み立てていただいたオーダーサロンタナカ(以下OST)の田中社長夫妻と合流。成田では旅程終盤に訪問予定のドーメル・ロンドン支社用の手土産を購入する。
搭乗までの時間を、通常は立ち入ることができない航空会社のラウンジで過ごす。
(上級会員である夫妻の「ゲスト」として特別に入場が許される)ここではアルコールを含めた飲料類、オードブルなどが提供されており、とても優雅に気分に浸ることが出来る。スタートからいきなり貴重な経験である。
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航空会社ラウンジで
13時20分発のミラノ行のAZ787便に搭乗。夫妻はグレードアッププランでビジネスクラスへ。自分は当然のごとくエコノミークラスへ。隣席は本来空席だったはずだが、あいにく同日発のローマ便に遅延が生じたとのことで当ミラノ便に振替するケースが多発したらしく満席状態だった。窮屈な状態で13時間超を過ごす。久しぶりの飛行機の長旅はやはり疲れる。支給されたブランケットはビニールでパックされているものの、開封すると前客のものと思しき髪の毛やお菓子の食べかすが付着したまま。衛生観念の違いを実感する。
ミラノ・マルペンサ空港には18時過ぎの到着。空港でタクシーに乗る(ドライバーの趣味なのかポリスやニック・カーショウなど懐かしい1980年代の音楽が車内で流れていた)。小一時間でミラノ中央駅至近のミケランジェロホテルに到着。
今回の宿泊ホテルについては田中社長が立地条件を重視し選定し、エクスペディアで予約していただいたが、いずれもチェックインはパスポートの提示のみで非常にスムーズだった。ここの部屋は広く大理石調のバスルームは床暖房されておりバスタブもあって(しかもジェットバス付き)全く申し分ないものだった。荷物を置き身軽になり3人で近辺のレストラン 「Noblesse Oblige」で夕食。夫妻が何度も利用されている店とのことで何を頼んでも間違いないクオリティ。機内食とは全く違う本物のイタリアンだった。ミラノ風カツレツやロブスターのパスタ、シーフードと野菜のフリッターなど名物も含んだ豪華な夕食をいただいた。
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Noblesse Oblige
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Noblesse Obligeで満足
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Noblesse Oblige
1月8日(火)
夜中の1時過ぎに目を覚ます。会社の携帯電話にショートメールが入っており連絡が必要な内容だったためフェースブックのメッセージ機能で用を済ませる。眠れず朝を迎えるがこちらは日の出が遅く朝食開始時刻の7時30分でも外は暗い。ホテルは朝食も充実しており、オレンジを丸ごと絞ってジュースにするマシンも設置してあり、とても美味しかったホテルミケランジェロすべての面で素晴らしいホテルで、できることなら連泊したいぐらいだった。後ろ髪をひかれつつチェックアウトし8時30分頃初のイタロ(イタリア版新幹線)でフィレンツェに移動。駅の周りの壁にはいたるところに落書きがされている。電車本体にもあった(これはイタリア各都市に共通することだった)。約二時間、最高時速300キロが車内に表示されていたが高速で快適な移動だった。フィレンツェでは別々のホテルのため、各自のホテルにチェックインし、荷物を預けて、心の準備を整えいよいよピッティ会場に向かう。
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初めてのピッティ・イマージネ・ウオモであるが、会場であるバッソ要塞への入り口付近から早速カメラマンが多数スタンバイしており、「ピーコック」と称されるファッショナブルな入場者を狙っている。まさに雑誌などで見ていた光景が現実に目の前に広がっており感動を覚える。ただし彼らの興味は白人とサプール風の黒人に集中しており、アジア人は対象外のように感じた。(確かに、実際自分でカメラを構えてみるとわかるがアジア人はおしなべてフォトジェニックには感じられない)
入場ゲートでは入場券のバーコードを読み取りエントリーする形式で先進的な印象。会場内は数多くの様々なゾーン/パビリオンに分かれており、たいていのブースでは入場券の読み取りが必要である(ブースによっては用意した「バイヤー」枠の入場券でも入れないところもあり)。
会場は元々の要塞の構造をうまく利用し、即席で設営されているパビリオンとのコントラストが印象的だった。古い建造物をそのまま使った展示は非常に趣がある。 
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ピッティ会場バッソ要塞の入り口
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カメラマンも多い。
メインである本館に移動し主にクラシックなメンズウェア関連企業が集中している2階に上がるが、旭化成がベンベルグの広告コーナーを大々的に展開していた。日本の靴用品メーカー、コロンブスも出展しており、靴磨きの実演などを行っていた。このあとも多くの日本企業の出展を目の当たりにし、ピッティが国際的なビジネス拡大のために大きな鍵になっていることを実感した。2階を回っていると日本の取引先のA氏(かつて同僚だったこともあり一緒にサッカーをしたこともある)に声を掛けられる。彼も今回初めての来場とのことだが相変わらず爽やかなキャラクターだ。
ガーメントブランドも当然数多く並んでいたが、展示してある製品は比較的ふつうの物が多く、素材もウールを中心とした天然素材がほとんど。シルエットもやはり田中社長が言うようにリアルクローズで特に尖ったものは見受けられない。ツイードやフランネルなどボリュームのある素材が目についた。柄としてはチェックが多く、ストライプはかなり幅広なタイプが目立つ。シルエットはタイトなものが主流で、上衣ではやはりシングル中心だがダブル提案もいくつかあった。たとえばイタリア南部の新進ビスポークテーラー「シャマット」はすべてダブルブレストを展示していた。
靴業者も多数出展していたが、後日イギリス・ノーザンプトンの工場店を訪問予定しているエドワード・グリーンを見つけたので「御社のファクトリーアウトレットに行きたいのだけれど予約なしでも大丈夫ですか」と聞くと、「まったく問題ない。付いたらブザーを押せばいいよ」とフレンドリーに教えてくれた。(英検3級程度の語学力でも何とかなるものである)
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シニョーリア広場
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フィレンツェ 新市場のロッジア前
初日のピッティは比較的入場者数が少なく静かなスタートだとのこと。早めに会場を後にして夫妻と共にウフィッツイ美術館を見学する。メディチ家のオフィス(これが語源)であったこの場所を訪れたのは22年前のことであるが、廊下の天井絵などは印象に残っていたものの、あらためて目にすると実に素晴らしい。

代表的なボッティチェッリ作「ヴィーナスの誕生」「ラ・プリマヴェーラ(春)」などを鑑賞する。自分は芸術にはまったく造詣が深くないが、ギリシャからローマ帝国、そしてキリスト教をベースにした文化のもとに展開されている、イタリア人の≪美への意識の高さ≫を再認識する。もちろんこの感性が服飾文化にも通じているわけである。以前会社に在籍したある人の「ミケランジェロの末裔たちには敵わない」という言葉の重さを痛感した。
 田中社長が話していたことだが、従来、記録の手段程度としての認識しかなかった絵画や彫刻そしてそれを作る人は芸術家でなく「職人」だったのを、メディチ家が「芸術」という領域まで価値を高め、その価値観が現在にまで受け継がれている。我々が商売の売り物として扱っている「オーダースーツ」が芸術として認知されるとどうなるのか。
おそらくイタリア人は洋服一つとってみても「芸術品」に近い感覚で捉えているのではないだろうか。だからこそシルエットや色柄にこだわるのかもしれない。ビジネスの道具の一つとしてしか考えないケースが多いであろう日本人とは差がある可能性はある。
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ビーナスの誕生
鑑賞後、夫妻の友人であるフィレンツェ在住の日本人の方と計4名で夕食会。地元民がリコメンドするこの店でもトリュフ入りのパスタやビステッカなど様々な名物料理を含む豪華な食事をワインと一緒にいただく。やはり美味であった。帰り道、ライトアップされたトルナブォーニ通りが美しかった。
宿泊したAurumホテルは前泊のミケランジェロに比べるとコンパクトでシンプルな部屋だった。バスタブがないのは仕方ないがデスクがないのは少し困った。しかしこの繁忙期に駅至近かつ会場へのアクセスが楽な宿を8000円台で利用できたのは幸運でしかない。洗面所でアンダーウェアを手洗いし、バスルームに干してから眠る。
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アルノ川のむこうにポンテベッキオ
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トリュフのパスタ
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ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ
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トルナブオーニ通で
1月9日(水)
ホテルではほとんどテレビをつけることがなかったが、早朝につけてみるとアニメ[ルパン3世]が放映されていた。もちろんイタリア語吹き替えである。チャンネルを変えると草サッカーみたいな試合が流されていた。朝食はシンプルだった。パンと飲み物とハム/サラミ、シロップ漬けのフルーツ、ヨーグルト。コーヒーマシンが作るカプチーノは美味しかった。ピッティ目当ての日本人客も数名宿泊している。この日から基本的に単独行動である。ほとんど終日会場内で過ごす。カジュアルやスポーツなどほとんど全てのブースを回る。想像以上に出展企業数が多いことに驚く。また来場者にしても確実に初日より増えており盛況だった。
来場者の写真を相当枚数撮影する。確かに派手な「ピーコック」が多いが、実はリアルなファッションを確認するには本部棟で、かつオーバーコートを脱いでいる可能性が高い2Fもしくは地下がベストな位置だと気付き、撮影禁止ではあるがなるべく多くの画像を動画も含めおさめる。本当は2Fが最もクラシックな人々が集まっているが撮影しやすい環境ではないので地下の「ブルネロ・クチネリ」前がベターなポジションで、そこでの観察が中心になった。全体的な印象としては、
  • スーツよりもジャケパン率が非常に高い。パンツは無地が基本。
  • 上衣はチェック柄が非常に多い。しかも大柄が目立つ
  • 上衣丈は短め、3釦1掛け、サイドベンツが主流(概ねOSTで提案しているスタイル)
  • ダブルブレスト率もまあまあ高いが結構な割合で釦を外している
  • スーツもチェック柄が多い。ストライプもあるが縞幅はかなりワイド
  • コートは様々であるが、ウール素材、チェスターの濃色が多数派。目立つのはライトグレーやベージュなどの淡色系。ピーコック達は袖を通さない「ピッティ掛け」が主流
  • パンツは基本スリムなシルエット、股下もかなり短め
  • 足元はスニーカー、ワークブーツが多い。ビジネスシューズは黒よりやや茶が多い
  • モンクストラップの割合が多く感じる
といったところである。
また展示している上衣のディテール、たとえば胸ポケットに注目すると曲線基調で手処理風のバルカが多いように当初思えたが、直線でミシン処理のものもたくさん見られた。
またイタリア人の体型の特徴なのか、全体的に下半身は非常にスリムである。そのためパンツも極めてタイトなシルエットのものを穿いていても不自然さはない。一方上半身は意外にボリュームがあって胸板が厚く背中に丸みがあるため、見ようによっては衿抜けてのようにも感じられる。
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ピッティピープル
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ピッティピープル
ピッティ2日目のこの日正午ごろにミラノ経由でパリに向かう夫妻と別れる。ついに恐れていた「ヨーロッパ・ぼっち」状態になったがおもいのほか不安は感じなかった。このあと18時ぐらいまで各ブースを無作為に歩き回る。特にスポーツブランドのゾーンでは色々なノベルティを配布していた。(このとき入手したINVICTA社のビニールバッグが後々活躍することになる)

完全に日の暮れた会場を後にしてホテルに戻る。夕食は夫妻に教えてもらったトラットリア、[Brincello]にておすすめメニューの「チンギアーレ・パッパルデッレ(イノシシ肉入りの幅広パスタ)」とビール(モレッティ)をいただく。会計すると15ユーロ程度、非常にお値打ちで美味しかった。
食後はドゥオーモや宮殿を眺めながらポンテベッキオ辺りまで散策する。H&Mなども見てみるが品揃えや価格は日本と特に変わらない。
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チンギアーレ・パッパルデッレ
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市場でランプレドット

1月10日(木)
3日目のピッティも盛況。この日は開場前に入口周辺で出展者側と思われる人々を観察する。また要塞前には最近走り始めたという路面電車(トラム)が。中にはピッティ用にラッピングされた車両も見かけた(ウールリッチなど)。歩行者用信号を守る人間など皆目いないので交通整理をしていた婦警さんも忙しそうだった。周りをよく見ると貸し切りバスやタクシーなどが頻繁に到着していた。
一度ホテルに戻りチェックアウトを済ませ荷物を預けてから再度会場へ。ホテルが会場に近いことは本当にありがたかった。
移動日であり正午までしか時間がないため主に屋外で[ピーコック]たちの撮影に時間を割く。主役はやはり白人とサプール風の黒人。「風」というのは本物のサプールと異なり裕福層に見えるからである。しかし原色が似合うのは彼らの特権だとつくづく感じる。アジア人の一部もかなり健闘しており、ビビッドなピンクのスーツに身を包んだり、寒空の下、ショートパンツで頑張っている人もいてカメラマンたちにもそれなりに認めてもらっているようだった。自分は一度だけVゾーンを撮らせてくれと頼まれた。そういえば昨日、田中社長はカメラマンにポーズを取るよう頼まれていた。

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ロイヤルブルーコート
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かぶりものインピッティ
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伊英!
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ブースにて
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ピッティ会場
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ピッティ会場で
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ピッティピープル
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ピッティの夕暮れ
しかしこうやって色々な服装を見ていて改めて感じたのは、けばけばしい彼らの脇をさりげなく歩き去っていく、普通のスーツやジャケットを美しく着こなしている人、彼らがなによりもカッコよく見えるという事実である。このような人々の多くは被写体になりたくて来場しているわけではなく、ビジネス目的だと考えられる。その意味ではホスト側、イコール出展者側の人間の服装が最も参考になると考える。
かつてミユキとも提携関係もあった、[タイ・ユア・タイ]の代表だったフランコ・ミヌッチ氏を見かけた。最後に近年のピッティの顔ともいえるシャマットのバレンティノとニコラのリッチ兄弟と記念写真を撮ってもらう(我ながらミーハーである)。
ローマに向かうため昼過ぎに会場を後にしてサンタ・マリア・ノヴェッラ中央駅へ。駅には物乞いが数人いて何度かせびられるが徹底して無視を決める。13時33分発予定であるが20分ほど遅延するとの情報が電光掲示板に流れた。昨日に田中夫妻が乗車したミラノ行きは1時間遅れだったと聞いていたのでそれほど驚くこともなかった。そのうち情報は25分遅れに拡大し、結局30分ほど遅れローマ行きのイタロは発車した。

フィレンツェが属するトスカーナ州は農業で有名であるがイタロの車窓からはその通り、のどかな田園風景がどこまでも続いていた。豊かな自然に癒されながら1時間半ほどでローマ・テルミニ駅に到着。
宿泊のUNAホテルは有名なチェーンらしく建物も設備もしっかりしていた。ここも駅に近いのが有り難い。一段落してからフロントで地図をもらい散策に出かける。サンタ・マリア・マッジョーレ教会は驚くほど近かった。そこからカブール通りのなだらかな坂道をどんどん下っていった先に唐突にフォロ・ロマーノが現れた。フィレンツェもすごい街並みだと思ったが、ここローマはさらに違うレベルであり、街中あちこちで史跡を見つけることが出来る。実際歩いてみて鳥肌が立つのを感じた。古い記憶なので忘れているだけかもしれないが、22年前に同じ場所を訪れた際はこれほどの興奮は感じなかったと思う。歳をとっただけなのか。コロッセオでは黒人に履いているスニーカーを褒められ、訳も分からすにハイタッチした。みんな開放的である。日没を迎えたのでゆっくり歩いてホテルに戻る。
昼食をとるのを忘れていたこともあり、さすがに空腹になった。ガイドブックを頼りに日本語メニューの置いてある敷居の低そうなレストランを探す。この辺だろうと思われる場所を散々歩き回っても見つからず、おかしいなと思ったら灯りの消えているドアに張り紙があり、《数日間休業します》とのこと。しかたなく向かいのレストラン[LOCANDA]へ。残念ながら日本語メニューはなかったが英語は通じたので、ローマ名物とされているパスタ[アマトリチャーナ]とグラスワインをオーダーして計13.5ユーロ。これも安くて美味しかった。帰り道ホテル前で中年白人男性に「寒いですね」と日本語で話しかけられる。話を聞くと日本びいきのスイス人らしい。適当にあしらい部屋に戻って2度目の洗濯を行い着替えを確保する。
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ローマ パンテオン

1月11日(金)
ホテルの朝食は満足できるものだった。特にカリカリに焼いてあるベーコンが絶品だった。昼抜きでも大丈夫なぐらいにクロワッサンを胃袋に詰め込む。今日の目的地はナポリ。今回の旅程でも最も危険とされる街であり、ガイドブックには「しっかり抱えているバッグでも切り裂かれて中身を強奪されるので注意しなさい」といった趣旨の記述があり、心配性の自分は[切符]、[財布]、[スマホ]、[カメラ]をしっかりダウンジャケットの内ポケットにしまいこみ、手ぶらで出かける。
ナポリ中央駅までは1時間ちょっとの行程。これまでのPRIMA(一等車)と違いSMART(二等車)に乗車したが確かに雰囲気が異なり、マナーがいまいちで車内も雑然としていた。
到着すると隣接するガリバルディ駅で共通券(3.5ユーロ)を購入し地下鉄に乗る。この券はナポリの地下鉄・ケーブルカー・バスが一日乗り放題になるというお得なチケットである。
まず[ムニチビオ駅]まで地下鉄で移動(時刻表を確認しなかったが待ち時間が異様に長かった。インターバルはどれぐらいなのだろう)。外に出ると海が見え、ヌオーヴォ城が間近にそびえ、ローマとは違う開放的な港街の空気に包まれた。
メインストリートであるトレド通りを少し歩く。想像以上に大きな都会である。ケーブルカーの駅にたどり着き、フニコラーレ・チェントラーレ線を上る。これは自分の好きな漫画「JOJOの奇妙な冒険(第5部)」の印象的なシーンの舞台になっているので是非乗ってみたかった乗り物。イタリアらしく、チェレステカラーのビアンキに乗った女性も同乗していた。道中はトンネルばかりで期待した景色は見ることができなかった。終点までノンストップで上ると周りは集合住宅ばかりだった。地図を頼りにしばらく歩く。各住居から出されているゴミにはクリスマス用品が目立った。15分ほどでサンテレルモ城にたどり着く。そこで待っていたのは「ナポリを見て死ね」の絶景。

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 ナポリ

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ナポリ
地中海とヴェスビオ火山、古く雑多な街並みと先進的な高層ビル群とのコントラスト。
城内も見てみたかったが時間もないので諦め、丘陵地帯にびっしりと立ち並び生活感溢れる(後で考えると危険と言われているスペイン地区の)住宅街を歩いて下山する。
降りた先には再び繁華街がひろがっており安全を感じるがよく見るとアサルトライフルを持った衛兵がところどころにスタンバイしている。
プレビシート広場からキアイア通りを歩いて目的の数軒の店舗を周る。先ずは以前[ロンドンハウス]という名前だった[ルビナッチ]へ。ロンドンハウス時代のファサードも残っている。外からは当主であるマリアーノ・ルビナッチ氏の姿は見えず後回しにする。続いてバッグメーカーの[トラモンターノ]を通り、有力セレクトショップ[エディ・モネッティ]へ。ドアの開け方がわからず困っているとドレスアップした紳士が背後から近寄り開けてくれた。彼はコートの納品のため訪れた常連客らしい様子。田中社長の情報通りセール開催中でだいたい3~4割引きで洋品を販売していた。たとえばカシミヤネクタイが定価130ユーロから4割引きで75ユーロ。品質は良さそうだったが買いたいと思えるものはなく店を出る。ここから苦労が始まる。
ネクタイ店として世界的に有名な[マリネッラ]がなかなか見つからない。事前に調べて作成した紙の地図とスマホも活用したがなかなか見つからず散々歩き回る。するとこちらの様子を見ていたスーツ姿の紳士がカフェの店員に何か耳打ちし、店員がこちらに近寄ってきた。マリネッラを探している、と伝えると彼は裏手に回って中庭を通り右手の建物の2階に上がりなさい、と教えてくれた。調べた住所は間違いだったわけではな空中店舗だったわけである。超有名店なので当然路面店なのだろうという自分の思い込みのため発見が遅くなった。店は3人の女性店員がいた。基本的に置いてあるネクタイはプリント物である。セッテピエゲ(7つ折り)が欲しい、と伝えると店員はバックヤードで探したがみつからなかったようで、オーダーしてもらえば1週間でできますよ、とのこと。生地をいくつか提案してもらうが、もちろん待てないので写真だけ撮らせてもらって退散する。
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マリネッラ

次の目的地が今日のハイライト、知る人ぞ知る名店[チレント]。ここは18世紀に設立され王侯貴族や文化人に愛されてきた由緒あるセレクトショップ。
難易度が高いと聞かされていたが、アプローチに関しては途中の道のりも海岸沿いの明るい道だったので杞憂に終わった。しかし14時20分ぐらいに到着すると閉まっている!
調査不足だったのだが、休み時間であり、再オープンは16時とのこと。仕方なく引き返しルビナッチをのぞくと、こちらもドアが閉まって誰もいない。時間調整の意味もあり、食べるつもりのなかった昼食を、せっかくなのでマルゲリータ発祥の店と言われている[BRANDI]でいただく。
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ブランディ
再開5分前に再びチレントに到着すると先客が2名。クラバッテが見たい、と伝えると先客が終わるまでソファで座って待つよう告げられる。店内はかなり雑然としていて実に多くのアイテムが所狭しと積み上げられている。しかし靴にしてもジョンロブ、Eグリーン、オールデンなど一流品ばかりが並んでいる。待つこと15分ほど、店員のファブリシオ氏にネクタイのある「離れ」に案内され、これまた種類の多さに驚く。すべてセッテピエゲ、夢のような品揃えであり、じっくり選びたかったが、なにぶんローマに戻るイタロの時刻が迫っていたため、紺系のフォデラート(芯・裏地付き)タイプの小紋柄にターゲットを限定しセレクトを行う。慣れない値下げ交渉をするものの不調に終わりハンドキャリーできる限界の本数を購入した。(化粧箱に豪華なパンフレット、そしてリボンまで掛けてもらうと1本でも結構な嵩になった)なお、これらのネクタイは帰国後、OSTで販売開始当日に無事完売した!!)。慌ててタクシーを拾ってナポリ中央駅に戻り、文字通り電車に飛び乗りローマへの帰途についた。
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チレント ナポリ
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チレント ナポリ
 ホテルに戻ると19時過ぎだった。夕食のため外出するが、ガイドブックに掲載されていた目当ての店は今日も休業だった。安くて味も満足できることが分かった[ROCANDA]を再訪してローマのもう一つの名物パスタ「カルボナーラ」と赤ワインを注文。日本でこのメニューを注文すると生卵が乗っていることが多いが、こちらではそうでないらしい。今夜も安定の美味しさ。店員さんも覚えてくれていたようだった。調子に乗ってフルボトルを空けてしまったが、それでも21.5ユーロというお値打ち感。
ホテルへの帰り道で昨夜のスイス人がまたすり寄ってきた。“僕はピアノが好きなんだけど君も音楽好きだよね、いい音楽バーが近くにあるんだ、ぜひ一緒に行こうよ”としつこく迫ってきた。いくら酔っていても危険が潜んでいることぐらいはわかる。“じゃあメルアド交換しようよ”と粘ってくるのを振り切ってホテルに戻る。
翌日田中社長にこのくだりを報告すると、この手の怪しげな人物はよく日本人を狙っているとのことだった。そんなことのあったローマだったが古い遺跡の残る街はただただ美しい。明日にはイタリアを去ると思うと悲しい気持ちになった。

街のテーラーが世界とつながるためピッティウォモ。(2018/12/15)

来る新年1月もフィレンツェで冬1月と夏6月に行われる、世界的規模メンズファッションの総合展示会「ピッティ・イマージネ・ウォモ95」に行くこととなりました。
思えば20年前、当時のロロ・ピアーナジャパンのスタッフMさんからフィレンツェでピッティウォモという催事があり、メンズファッションに携わる者は必ず行くべきと聞きまして、いまはきんぼしの社長をしている弟がその頃セレクトショップバイヤーだったので、二人で行くことにしました。フィレンツェサンタマリアノッベラ教会の近くの修道院を改造した宿から、弟がパンツを短く見せるためぐっと深く履いて、会場へ向かったことを覚えています。以来足掛け20年ずっとフィレンツェに通っています。この10年はともに店を共にきりもりしている妻もピッティでの知識は共有するべきだと同行しています。

かってはモードの世界ではパリコレ、ミラノコレクションが一番注目されていましたがブランドのイメージ戦略の中で奇抜過ぎて実際に着られない服ばかりになってしまいました。ピッティ・ウォモは出店するメーカーがブースを買い付けの場とするケースが多く、実際に消費者が着るリアルクローズの展示会となっています。これがピッティ・ウォモの地位が世界で上がってきたいちばんの理由です。

地方都市のいちテーラー「オーダーサロンタナカ」のスーツ、ジャケットが世界に通じる服になるために「ピッティ・イマージネ・ウォモ」に遠路はるばる通っています。

現在洋服の本場であるヨーロッパ、イタリアで通用する洋服を見るのに一番の展示会「ピッティ・イマージネ・ウォモ」。ここでスーツ、ジャケット、カジュアルの服の今を直接見て、次のシーズンの買い付けに活かし、もっとも旬なスーツ、ジャケット、シャツを展開する。これがオーダーサロンタナカが毎年フィレンツェまで足を運ぶ理由です。ことしはマエストロプロジェクトの西村錠さんも同行し、3日間ばっちり滞在します。

ことしはどんな「ピッティ・イマージネ・ウォモ95」になるかいまから楽しみです。
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妻と西村さんは紙の入場券、私はスマートチケット。

マエストロプロジェクト進行中。サイジングテスト(2018/10/20)

御幸毛織、西村錠氏がサイジングマエストロになるために当店で研修を重ねているマエストロプロジェクト。今日は西村錠氏本人自身でサイジングしてもらい、サイジングのすばらしさ、妙味を感じてもらうために自分でまず一着をサイジングしてそれからそれを見ながらもう一着、調整するところがあれば調整してサイジングし直すというテストをした。
1.8月下旬、西村氏とどの服地を第一回目のサイジングテストとするかを検討。そこでサンプルの意味もあるエルメネジルド・ゼニア、エレクタ133ブラウンチェックを選択。店主がアドバイスをしながらセルフサイジング。服地とサイジングデータを縫製工場に送り、出来上がりを待つことに。

2.9月中旬、縫製工場から出来上がってくる。この素材は柔らかい素材でタテ・ヨコ方向に自然なストレッチ性があるため、マイルドな出来上がりとなる。感想としては大人っぽい印象でいい感じ。

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これが第一着目となるエルメネジルド・ゼニア、ブラウンチェック。

3.9月下旬、サイジングについては2着目が重要となる。西村氏と店主でエルメネジルド・ゼニア、エレクタ133ブラウンチェックで仕立てたスーツの細部のサイジングを観察し、2着目のサイジングテストは以下のように決めた。
  • 上着丈71から70に短く。
  • 半胴を44から43に細く。
  • パンツひざ巾22から21に。
  • すそ巾18から17に。
そして素材はウインタータスマニアン150ミディアムダークグレーパープルストライプに決め、縫製工場に送り昨日出来上がった。

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2着目のサイジングテスト。ロロ・ピアーナウインタータスマニアン150を材料に選ぶとさすがに格調がでてきたのがわかる。細いながら立体感が十分あるスーツに仕上がった。

素材感の違いはサイジングに大きく影響する。
一着目のエルメネジルド・ゼニア、ブラウンチェックは380g/mの厚みがあるがタテ・ヨコに自然なストレッチ性能がある素材。だから同じサイズでもゆったり感じる。ウインタータスマニアンはスーパー150の細番手をぎゅっと打ち込みをしっかり凝縮した感じのある素材。ツヤも豊かなのでスリム感は強くなる。ということで実際の寸法、サイズだけでなく素材によってサイズのインプレッションは大きく変わるということが西村氏も実感したはず。
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