2015-03-09-13-12-42



『15歳の夏』










負けた。


とくに見せ場があるわけでもなく、とくに語るべき部分があるわけでもない。


凡人の私にはある意味もっとも相応しい負け方で、私の中学麻雀は幕を下ろした。


「ふいー、おわったおわった」


対面に座っていたやつが軽快に立ち上がる。


なんのドラマチックな要素もなかった私の引退試合。
強いて特筆すべき点があったとすれば、この女が相手だったことだろうか。

関西で麻雀をしている私と同年代で彼女の名前を知らない者はいないだろう。

去年のインターハイ出場選手。

元プロ雀士を母に持つサラブレット。


愛宕洋榎。


洋榎「ほな、おつかれさんさんさんころり〜」


彼女は陽気に歌いながら対局室から去っていった。





「おつかれなのよー」


対局室を後にした私を由子が出迎えてくれた。

由子とは中学3年間同じ麻雀部としてともに頑張ってきた仲間だ。
今日もいっしょに個人戦に参加している。


末原「ゆーこ……どやった?」

由子「私もダメだったのよー」


そう言ってペロッと舌を出す由子。


末原「そっか……うちらふたりともここで敗退か……」

由子「でも、恭子は惜しかったのよー」

末原「ん? そーか?」


たしかに順位としては2着だったが、愛宕洋榎以外の私たち3人は彼女の手のひらの上で転がされていたような印象しかない。


由子「そうなのよー。あの愛宕さん相手によくがんばったのよー」

末原「ふふ、おおきに。ま、中学麻雀の最後にええ思い出ができたっちゅうことにしよか」


言いながら私たちは廊下を歩き出す。
監督に報告にいかなければ。


由子「恭子は」

末原「んー?」

由子「恭子は高校でも麻雀を続けるのー?」


私は迷っていた。
高校でも麻雀を続けるのか。続けるとしてどこの高校にいくのか。


末原「どうやろなー……」


麻雀は好きだ。
しかし、自分の麻雀に限界を感じていることも事実だった。


末原「高校ではもっともっとすごいやつがおるんやろしな……」


現代の日本において学生が行う競技として最も花形な高校麻雀。
そこで活躍するものの中には、明らかに常識外れな能力を持つ選手たちがいる。
そんな中に、なんの能力も持たない、中学でも大した活躍をすることもできなかった私が飛び込んで果たして意味があるのだろうか。
おとなしく勉強でもしておいたほうが将来のためなんではないか。
そんな考えが払拭できないでいた。


末原「まだわからんわ」

由子「そっか」


由子「もし」

由子「もし決めたらおしえてほしいのよー」

末原「ええけど、なんでや?」

由子「私、できればまた恭子といっしょに麻雀やりたいのよー」

末原「……りょうかいや。決めたらおしえるわ」

由子「よろしくなのよー」






試合の後、学校に戻り解散してから、私は学校近くの河川敷に来ていた。
もう夕方なのですっかり日が傾いている。
私は河川敷の斜面に腰を下ろした。


末原「はあ……」


なんとなくため息をついてしまう。

なんだかんだで打ち込んでいた麻雀。
それが終わってしまった。

今までやってきたことがすべて夢のように消えてしまい、突然現実に引き戻されたようだった。

高校での進路も未定。
受験勉強もしなければならない。

これからのことを考えるとなんだか憂鬱だった。


「こんなところでため息なんて、なんだか青春ね」


突然うしろから声が聞こえた。
あわてて振り返ると女性が1人たっている。


末原「……そんなカッコええもんやないですけどね」


「それでも私にはとうの昔に過ぎ去ったものだからうらやましいわ」


とうの昔、と言ってはいるが、私にはその人がそこまで年をとっているようには見えなかった。
20代の半ばから多分30はいってないぐらいだろうか。
スラッとした長身に、長い薄緑色の髪が似合う美人だった。が、どことなく生気が薄く儚げというか、悪く言えば幽霊のような女性だった。


「今日の試合残念だったわね」


末原「みてはったんですか」


ということはこの人は麻雀に関係ある仕事をしている人だったりするのだろうか。
いくら、麻雀が人気競技とはいえ中学生の県予選をわざわざ観に来たりする人はそうはいない。


「ええ、あの愛宕さんを相手によくがんばっていたわ」


末原「そうですかね……」


さっき由子にも似たようなことを言われたな。
私としてはいつも通り、自分にできる限りの麻雀をしただけなのだが。


「あなた、高校はもう決めてるの?」


末原「いや、まだですけど……。そもそも麻雀を続けるんかもまだ決めてなくて」


「あら、どうして? もったいない」


末原「高校の麻雀ってすごくレベルが高いてきいてますからね……うちなんかじゃ試合にでれるかもわからんし」


「……あなた麻雀してるとき以外はけっこうネガティブなのね」


末原「よう言われます……」


「でも、私はあなたの麻雀すきよ」


「……そうですか?」


「ええ、最後まであきらめずに決して勝負を投げないあなたの麻雀、すごくいいと思うわ」


末原「……おおきに」


悪い気はしなかった。
いや、むしろうれしい。
しかしそういうふうに素直にほめられるとむずがゆい気分になってくる。
なんだか照れ臭くなった私は立ち上がる。


「あら、帰るの?」


末原「ええ、もうすぐ暗くなりますし」


「それもそうね。気をつけてね」


末原「おおきに。さようなら」


私はその人に背を向けて歩き出す。
そういえば名前もなにもきいてなかったな。と、思ったところでまたも向こうから声をかけられた。


「あなた、よかったらうちにこない?」


末原「え?」


思わず、振り返る。
その人はまっすぐこちらを見つめていた。


「あなたといっしょなら私、すごくたのしい麻雀ができる気がするわ」


末原「あなたはいったい……」


「私は善野一美。来年から姫松高校の監督をすることになってるの」



善野監督との出会い。

私の人生が大きく変わることとなったこの日は、8月9日。



奇しくも私の15歳の誕生日だった。