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洋榎「ロン!12000や!」

末原「うげ……」

由子「これで恭子のトビなのよー」

末原「またかいな……メゲるわ……」


お好み焼き屋での洋榎との和解から1ヶ月が過ぎた。

約束通り、私と洋榎、そしてゆーこの3人は部活が終わったあとよく三麻を打つようになった。



洋榎「はっはー、そんなに落ち込むなやきょーこ!」

末原「そうは言うてもこういつもいつも負けっぱなしやとな……」


この三麻を始めてからというもの、改めて洋榎の強さを私は実感していた。

麻雀は運に左右されることが多い競技。
にも関わらず彼女は毎日毎日ほとんどの局でトップをとっていた。


由子「元気だすのよー」

洋榎「せやで、最初のころに比べるとだんだんうち筋がよくなっとるで」

末原「ホンマかいな……」


こう負けっぱなしでは、そんな実感など微塵もわいてこないのだが。

由子「それにしても今日の洋榎ちゃんはとくにはりきってるのよー」

洋榎「ん? そーか?」

確かに今日の洋榎はいつも以上にテンションが高い。

それはおそらく昼間、善野監督から伝えられたことが原因だろう。








善野「2週間後の週末に千里山女子との練習試合が決まりました」


北大阪の強豪、千里山女子高校。

長らく我が姫松高校と関西最強を争っている全国屈指の強豪校だ。

特に今年はプロ注目の絶対的エース、藤白七実を要しており、夏のインターハイの優勝候補に挙げられている。

洋榎「……!」ニヤリ

末原「……」

私はとなりで話をきいている洋榎が密かにほくそ笑んでいることに私は気がついた。

それもそのはず。
千里山には清水谷竜華、江口セーラという私たちの世代では洋榎と並んで関西でもトップクラスの力をもつ1年生がいるのだ。

とくに江口セーラは中学時代から洋榎と幾多の名勝負を繰り広げてきた宿敵。
これで洋榎が燃えないはずがない。









洋榎「さあ!もう一局いくで!」

由子「すごい張り切りようなのよー」

洋榎「とうぜんや! 間違ってもセーラなんぞに負けるわけにはいかへんからな!」



ちなみに私は以前、洋榎になぜ千里山に行かなかったのかと尋ねてみたことがある。

たしかに姫松も全国的に有名な強豪だが、近頃はやや千里山のほうが評判は上だ。

洋榎の力ならばどこでも充分通用するだろうし、顔なじみの清水谷や江口がいくのならばと千里山を選ぶ手もあったのではないかと思ったからだ。


洋榎「そりゃ善野監督に誘われたからや」

末原「え? あ、そうか……」

そういえば私が善野監督に初めてあったときは洋榎との試合のあとだった。

善野監督が私の試合を観ていたのは、たまたまではなく対戦相手が洋榎だったからというわけだ。


洋榎「それに……千里山はうちやなくセーラを特待に選んだからな……」


私の気のせいかもしれないが、そう答える洋榎の横顔には悔しさとともに悲しさが浮かんでいるようにみえた。


洋榎「それに……」

末原「まだなんかあるんか?」

洋榎「自分のオカンが監督してるとこなんかにいきたかないやろ?」


そう言って笑う洋榎。

これも私の気のせいかもしれない。

しかし、いつも自分の思ったことを素直に口に出す洋榎にしてはめずらしいことに、
私には笑っている洋榎が嘘をついているようにみえた。

常に明るく好き勝手している洋榎にも、なかなかままならないことがあるのかもしれないな。
私はなんとなくそんなことを思った。










2週間後、千里山がやって来た。


セーラ「おう洋榎! 来てやったでー!」

竜華「洋榎ちゃん久しぶりやなー」

洋榎「おう! ふたりともわざわざ遠いところうちにやられにご苦労さんやな!」

セーラ「なんやとー!」

竜華「あはは、相変わらずのなかよしやなー」


清水谷と江口と親しげに話す洋榎。
ちなみに私やゆーこは中学時代公式戦で当たったことがあるのは洋榎だけでふたりとは面識はない。

洋榎「まあせいぜい首洗ってまっとれや!」

セーラ「あとで吠えづらかいてもしらんでぇ!」

清水谷「ほな、またあとでな〜」




洋榎「よっしゃ! 今日はやったるでー!」

ふたりと話してますます気合が入ったのか洋榎が張り切っている。

清水谷と江口はというと、自分たちの学校のグループに戻り、黒く短い髪の女生徒と仲よさそうに話していた。
ふたりのほかにも有名な選手が多い千里山だが、その女生徒は見たことない顔だった。







セーラ「ツモ! 4000、8000や!」

洋榎「相変わらずのバカヅキやなあ、セーラ」グヌヌ

洋榎「せやけどツキだけじゃうちには勝てへんでえ」バチバチ

セーラ「そういうのは俺をまっくてからいえや」バチバチ


練習試合が始まるやいなや、さっそく火花を散らす洋榎と江口。

ちなみにふたりはもうおなじ卓でお互い勝ったり負けたりしつつ、半荘4回も打っている。

いやおまえらちったあ他のやつとも打たんかい。


対局者「ロン。7700です」

末原「はい……」


私も千里山の1年生を相手に奮闘する。

が、やはりおなじ1年生とはいえ、千里山は強い。

とくに、どちらかといえば基本に忠実な堅実な打ち手が多い姫松の部員とくらべると、火力が高く攻撃的なスタイルの選手が多いと感じた。
特殊な能力でもあるのか常識からは外れたトリッキーな打ち方をする選手も何人かいる。
もしかしたら意図的にこういった選手が集められているのだろうか。
千里山の特待生として選ばれたのが洋榎ではなく江口だったのもこのあたりが原因なのかもしれない。


末原「ふう……」


1局1局気が抜けない対局がつづく。


末原「ちょっとトイレいってくるわ」

由子「いってらっしゃいなのよー」


キリのいいところで私は休憩がてら廊下にでた。

高火力の選手との対局は少し気をぬくと一気に点棒を持って行かれてしまうので、普段よりも消耗する気がする。
とはいえ、はやく戻らねばせっかく他校の生徒と打てる機会を逃してしまう。
私は足早にトイレに向かった。

と、そこで前を千里山の生徒がひとり歩いているのをみつけた。
彼女もトイレだろうか。

千里山の生徒「」フラフラ

末原(……? なんやあいつ様子が変やな。フラついとる)

千里山の生徒「」バタッ

末原(げっ! たおれた!)

末原「だ、だいじょうぶですか!」

千里山の生徒「ああ……すんませんなぁ……」

末原「しっかりし。保健室まで歩けるか?」

千里山の生徒「いや、ここでちょっと休めばだいじょうぶやから……」

末原「そうは言うてもやな……」

さすがに廊下に彼女を放置するわけにもいかないので、とりあえず近くの空き教室に連れていき、机をならべてそこに彼女を寝かせた。

千里山の生徒「おおきにな。たすかったわ」

末原「いや、ええよべつに」

千里山の生徒「あれ、よくみたらあんたさっき愛宕の洋榎ちゃんといっしょにおった人やん」

末原「え? ああ、そういう自分は清水谷や江口といっしょにおったな」

千里山の生徒「うん。うちは園城寺怜や」

末原「うちは末原。末原恭子や」

末原「園城寺は身体が弱いんか?」

怜「うん、うちちょっと病弱でな」

末原「そうなんか、たいへんやなぁ」

怜「今日もせっかくの試合やのに、さっきから具合悪くてなかなか対局できへんねん」

末原「それは難儀やな……」

怜「そういえばさっき末原さんの対局もみてたで」

末原「え、みとったんか」

怜「うん、苦戦しとったみたいやな」

末原「まあな、やっぱり千里山は1年もつよかったわ……」

怜「まあちゃんと対局できるだけええやないか」

末原「せやろか」

怜「それにしてもこの机硬いなあ」アタマイタイワ

末原「そら机やからな」

怜「……」ジー

末原「ん? な、なんや?」




末原「なんでうちがこんなこと……」ヒザマクラシテイル

怜「いやあほんまおおきにな」ヒザマクラサレテイル

末原「初対面のやつに膝枕なんか頼むかふつう」

怜「まあまあ、末原さんのふとももが魅力的やったんでついなぁ」


え? うちもしかして足太い?

んなこたないやろ。

……ないよな?


末原「うれしないわそんなん」

怜「末原さんたちといっしょにおった金髪の娘もなかなかええふとももしとったな」


やめろ! うちのゆーこをそんな目でみるんやない!


怜「洋榎ちゃんはもうちょい肉付けんとな〜」


たしかに洋榎はちょっと細すぎるな……。
あいつ肉大好きで量も食べるのになんであんなガリガリなんやろな……。


怜「いやでもホント末原さんのはなかなかのもんやでじっさい」スリスリ

末原「ひゃあ! くすぐったいから動くなや!」

怜「竜華の次ぐらいにええふとももや」

末原「竜華? ああ、清水谷か……清水谷といつもこんなことしとるんか」

怜「まあそやな」

末原「ふうん。仲がええんやな」

怜「中学からの付き合いやからな。セーラもやけど」

末原「3人ずっといっしょなんか」

怜「そういうことや。ま、いっしょの部にいるってだけで、麻雀自体の実力的にはまったくちゃうとこにおるけどな……」

末原「え?」

怜「竜華とセーラは1年ながらレギュラー候補に入れられるくらいやからな。それにくらべてうちは3年になっても試合にでられるかどうかもわからん」

末原「そうなんか……」


少し似ている。

私と洋榎の関係に。

私と洋榎は高校に入ってから友人になったので、まだ誰よりも親しい、という程ではない。

しかしここ数ヶ月、部活の後に練習したり、普段からいっしょにいることが多くなり、それなりに友好な関係になれたと思う。

しかし麻雀は別だ。

私と洋榎の麻雀の実力はいっしょに練習していてもちっとも差が詰まっている気がしない。

むしろ日に日に洋榎の底知れぬ強さを目の当たりにして実力差に愕然とさせられることも多くなってきた。

もしかしたら園城寺は私が感じているそんな感情をもう何年も感じているのだろうか。



末原「なあ園城寺……仲がよかったふたりにそうやって差をつけられて……つらくなったりやめたくなったりしたことないんか?」

聞くべきではなかったかもしれない。

しかし聞かずにはいられなかった。

私は洋榎といっしょに練習していてやめたいと思ったことは今のところない。

しかし、「こいつには敵わない」「一生追いつけないんではないか」そんな負の感情ともいえる考えが頭をよぎることは何度もあった。

考えたくはないが、洋榎の存在が原因で麻雀が嫌になることがあるかもしれない。



怜「あるで」

私の問いに園城寺は思いのほか軽く答えた。

怜「とくに中学のときはよくそう思っとったなあ」

怜「竜華やセーラが活躍するたんびに、祝福しながらも心のどこかではなんでふたりだけ、なんでうちはうまくいかんのや、そんなことしょっちゅう思っとった」

怜「そんな自分が嫌でな……麻雀部やめよなんて思ったことは何度もあったな」

末原「今はそんなこと思わんくなったんか?」

怜「なんでそう思うんや?」

末原「だって今だってこうして麻雀部員やし……中学のときそう思った割にはふたりとおんなじ高校にきとるやん」

怜「ふむ、なかなかするどい読みやな」

怜「いまだってまったく思わんかって言われたらそうやないで。ふたりにはいつも自主練つきあってもろうとるけどなかなか上達せえへんし、身体のことだってある……やっぱやめたほうがええかもって思うこともあるんや」

末原「やったらなんで……」

怜「それは……」

怜「変わらんでいてくれたから……かな」

末原「え?」

怜「ふたりがどんなに活躍しても、うちとの差がどんなに開いても、ふたりはずっと変わらずに友達でいてくれたんや」

怜「うちがどんなにヘタクソでも、ふたりはいつも笑っていっしょに練習してくれる、いっしょの卓についてくれる」

怜「うちはそんなふたりとの麻雀がたのしいんや。やから続けたい」

怜「ふたりに追いつくんはムリかもしれん。でもあのふたりが許してくれる限りはうちは竜華とセーラといっしょに打ち続けたいんや」

末原「……」

怜「末原さんは……」

末原「え?」

怜「末原さんにももしかして……そういう相手がおるんか?」

末原「な、なんでわかったんや」

怜「なんとなくなあ。洋榎ちゃんやろ?」

末原「う……まあ、そやな」

怜「うちも竜華やセーラの応援にいったときに洋榎ちゃんの試合は何度か見とるんや、話したことはないけど強さはよく知っとるんや」

怜「さっき洋榎ちゃんと末原さんが仲よさげに話してるんをみて、もしかしたらうちといっしょかも……と思ってな」

末原「なるほどな……」

末原「うちは園城寺たちと違って仲良くなったのは最近や……けど、たしかに格の違いというか、こいつにはかなわんなあって思わされることは多いな」

怜「お互いすごいのが近くにおると苦労するなあ」


妙なところで園城寺と意気投合してしまった。

その後、園城寺から中学時代の清水谷や江口の話をきかされたが、どれも同じ競技をしてる人間技とは思えない話ばかりだった。

彼女たちにとって確率や常識は無縁のものなのか。

そんな彼女たちに勝つ術なのあるのだろうか。


怜「さて……だいぶ話し込んでしもうたな。具合もようなったし、そろそろもどるとしよか」

そう言って園城寺はむくりと起き上がる。
その顔色はだいぶよくなっておりフラつくこともなかった。

怜「末原さんおおきにな。ホントたすかったわ」ペコリ

末原「ああ、いや。べつにかまへんで」

園城寺は礼を言うと背を向けて教室のドアに向かった。

末原「園城寺」

怜「なに?」

末原「あ、いや……その……」

末原「追いつくのがムリやなんて……言わんほうがええで」

末原「たしかに清水谷や江口はすごいかもしれへんけど、園城寺はふたりといっしょにずっとうちつづけたいんやろ?」

末原「やったら最終的にはふたりに追いつく……いいや、追い抜いて自分がエースになるくらいのつもりでやったほうがええんやないか?」

私がそう言うと、園城寺はポカンとした顔をしていたが、やがて呆れたようにひとつため息をついた。

怜「……そうやな。うちも前まではそう思っとった。でも、今話した通り竜華やセーラはうちらとはちょっと違う……正直望み薄やで……」

末原「そうやけど……でも、それでも……」


それでも、私は園城寺にあきらめてほしくはなかった。

大きなお世話だというのはわかってる。

しかし私はかなり園城寺に感情移入してしまっているようだ。


園城寺はふたりのことを大切に想っている。
だからこそふたりに追いつくために園城寺は努力を続けるし、そんな園城寺をふたりは手助けしようとしている。

しかし、いまのところ結果はついてこない。

園城寺は弱気になることもあるのだろう。

清水谷と江口はそんな園城寺をずっと励ましつづけてきたのだろう。
そのおかげで園城寺は強豪千里山の麻雀部に入ることができたのかもしれない。
しかし、その励ましがときにつらいときもあるのではないか。

常に自分の前にいる大事なふたりに追いつくために、常に走り続けなければならない園城寺。
彼女は本当は息をつきたくなるときもあるのではないか。
しかし彼女に休むことはゆるされない。
ほかならぬ前をゆくふたりから
「がんばれ」
「ぜったいできる」
とつねに声をかけられるからだ。

これがどうでもいい人間の言葉ならば「もういやだ」「無理だと」はねのけることもできるだろう。
しかし清水谷と江口は園城寺にとってかけがえのない存在。
ゆえにその言葉を無視することはできない。
ゆえに園城寺は辛くてもふたりのまえで弱気になることはできない。


これはあくまで話を聞いた限りでの私の勝手な推測だ。

しかしあながち間違ってはいないんではないかと思う。

本人が楽しいと言っている親友ふたりとの麻雀。
しかし一方で彼女はその麻雀に疲れ切っているのではないか。

私にはそう思えてならない。

そしてそんな園城寺が、私には私自身の将来の姿に思えているのかもしれない。

末原「……」

怜「……」フウ……

黙ってしまった私に呆れたのか見かねたのか、園城寺はもうひとつため息をつくと、言った。


怜「やったら……末原さん、うちと約束してくれへんか」

末原「約束?」

怜「そや。うちは末原さんの言うようにふたりに追いつくことをあきらめへん」

怜「やから末原さんも……洋榎ちゃんに負けへんようがんばってほしいんや」

末原「洋榎に……」

怜「うん。それやったらたとえつらくても、私のほかにもがんばってる人がおるてがんばれる気になれるやろ?」

末原「そうか……そやな。わかった約束する」

私はうなずく。

それをみて園城寺もうなずいた後、すこしさみしそうに笑った。

怜「ま、とはいえうちの場合はいっぺん死んで生き返りでもせん限りは無理かもしれんけどな……」

末原「でも、園城寺はふたりといつも練習しとるんやろ。やったらまだ強くなれるかもしれへん」

怜「ふふ……ホンマそれやったらええんやけどな」

怜「ありがとな末原さん。そう言ってもらえてちょっとだけやれる気がしてきたわ」ニコ

園城寺はそう言って笑い、「お互いがんばろな」と言い残して教室を出て行った。


ひとりになった教室で、私は考える。
私や園城寺と、洋榎やセーラや清水谷の違いとはなんなんだろうか。
結果を残せるものと残せていないもの。
実力のあるものとないものの違い、とは。
努力の量や質?
才能の有無?
運?
おそらく人間誰しも抱えるそんな悩み。
とうぜん私にも答えなんかわからない。

しかし園城寺には報われてほしいと思う。
いつか清水谷や江口と肩を並べて戦ってほしい。

ふたりのことを大切に想う園城寺と、そんな園城寺と変わらぬ関係でいつづけた清水谷と江口。
そんな3人の友情が園城寺の力として花開くときがくることを私は願わずにはいられない。






第5話