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『伝授』


※本編147局で明かされた事実を多少無視しています。
  特に善野さんの性格、口調などについては完全に私の想像になってしまっていますのであしからず……

 






対局室に踏み入った私を、既に卓についていた対戦相手のひとりが出迎えた。

「久しぶりやなぁ末原。春の練習試合以来やな」

無邪気に笑う江口セーラに私は場所決めの牌をめくりながら答える。

末原「ああ、元気そうやな。江口」

東。

西家に座っている江口の対面に座る。

セーラ「聞いたでー、なんでもうちの怜が世話になったそうやないか」

末原「いや別に。なんや具合悪そうやったから手貸しただけや」

ホントは膝も貸したんやけど。

セーラ「ま、ツレが世話になったとはいえ対局はべつや。手は抜かへんで?」

末原「のぞむところや」

不敵に笑う江口に負けじと私も彼女をにらみ返す。

そうこうしているうちに残りの対局者もやってきた。


そろそろ私が現在置かれている状況を説明したほうがいいだろうか。

私は今、来年の春に行われる選抜高校麻雀大会の予選である近畿大会の個人戦に参加している。

今から行われるのはその最終戦。

信じられないかもしれないが、ここで私がトップをとれば来年の春の選抜に出場となる。

ついこの間までスタンドで洋榎と宮永の闘いを観ていることしかできなかった私が全国大会へあと一歩のところまできたのだ。

私自身が一番信じられない。

しかし、なにもマグレだけでこんな状況にこぎつけられたわけではない。

私がここまでこれたのはひとえに善野監督のおかげだろう。

私はひと月前のことを思い出していた。




部活が終わった後、私は善野監督に部室にひとり残されていた。

善野「末原さん、これがなにかわかりますか?」

そう言う善野監督の手にあるのはひとつの記憶媒体だった。

末原「USB……ですか?」

善野「これには今度あなたが出場する秋の個人戦の有力選手の牌譜と映像が入っています」

末原「個人戦の?」

善野「私はこれをすべてチェックし対戦相手の特徴や能力を把握した上でうちの選手に伝えるつもりです」

なるほど、と私は頷く。

善野「ただし……末原さん。私はあなたにだけはこのUSBしか渡しません」

末原「……え? どういうことですか?」

善野「ほかの選手には私がチェックをして分析した上でアドバイスを送りますが、あなたはこのデータを自分で確認して自分で考えてみなさい」

末原「え? ええ!? なんでですか!」

なぜ私だけがそんな仕打ちをを受けねばならないのか。

私はなにか監督の気に触ることでもしてしまったのか。

私がそんなことを考えていると監督は首を振った。

善野「べつにあなたにイジワルをするわけではありません」

末原「じゃあなぜ……」

善野「それがあなたが強くなる1番の方法だと私が感じたからです」

末原「……どういう意味ですか?」

善野「末原さん。あなたが近頃、愛宕さんや真瀬さんと毎日のように三麻をしていることはしっています」

末原「は、はい」

善野「そして最近あなたがトップをとる回数が多くなってきたのもしっています」

末原「それは、まあ……」

それは本当だ。
三麻を始めたばかりのころは主にトップをとるのは洋榎で、私と由子はたまに勝てる程度だった。
ところが最近になって私はトップをとれる回数が増えてきたのだ。

善野「そして、その要因の一つとして……あなたが私の昔のスタイルを模倣していることも知っています」

私は自分の顔が熱くなるのを感じた。

末原「い、いや……それは」

善野「隠す必要はありません」

末原「……は、はい」

思わず誤魔化そうとした私だが、監督にきっぱりと言い切られてしまった。


私が善野監督の真似を始めたのはとある偶然からだった。

部室の隣にある古い雀卓や昔の資料が置いてある倉庫。そこで私は善野監督の高校時代の牌譜をみつけたのだ。
高校時代の監督は早和了りを重視して細かく刻んでいくスタイルだったらしい。
そのことを知った私はその日の三麻でいつもより打点よりも速度を重視して打ってみることにした。

特に打算的な考えがあったわけではない。
子供が好きなプロスポーツ選手のフォームを真似る。そんな気軽な感覚で試してみたというだけだったのだ。

にもかかわらず、私はその日洋榎に勝った。拍子抜けするほどあっさりと。

たまたま私の引きがよかっただけなのか、洋榎がいつもと違う私の打ち方に戸惑ったのか。
しかし負けた洋榎はなにか納得したように頷きながら「恭子、いまの感じわすれんようにし」と言った。(その次の対局では洋榎は明らかに私を狙ってトバしてきた)

その日から私は監督の牌譜を持ち帰り読みふけるようになった。

監督が大きな大会で役満を和了すれば喜び、逆に振り込んだときは悔しがった。
まるで牌譜を読んでいる間はタイムスリップして一緒に戦っているような、そんな気分になりながら1局1局じっくりと読み込んで行く。

気がつくと私は対局中迷ったときは監督の牌譜を思い出し、監督ならどうするか考えながら打つようになったのだ。

そのおかげか、私は三麻はもちろん部内での練習試合でも勝率が上げていくことができた。

善野監督のスタイルが私にもあっていた、ということだろうか。



善野「他校の能力者や、愛宕さんのような強敵を相手に立ち回るためには和了スピードが重要になってきます」

善野「相手の和了りを防ぎつつ、少しづつでも確実に自分の点棒を積み重ねていく。私は昔そう心がけ、そしてあなたにもいずれそれを伝えるつもりでした」

善野「でもあなたは自分で気がついた。愛宕さんたちとの練習と自らの研究で道を開いた」

いや、たまたまあなたの真似をしたらうまくいっただけなんですが。
私がそう言いたげなのを知ってか知らずか善野監督はかまわず続ける。

善野「しかし速さだけで勝ち続けるには限界があります」

善野「私の見たところあなたのスタイルはまだ未完成です。ただ速く和了ろうとするだけでは限界があります」

善野「末原さん。あなたが勝つためにはもうひとつ必要なものがあります」

末原「必要なもの……」

善野「それは……分析力です」

末原「分析力……」

善野「相手を観察し、長所と短所を理解した上でそれぞれに対応した打ち方ができるようになる必要があります」

末原「……だから私にはなにも言わずにデータだけ渡す、と?」

善野監督は静かに頷く。

善野「これはそのための訓練だと思ってください」

私は黙り込む。

善野「……自分には無理だと思っていますか?」

私は戸惑いながら頷く。
正直いって自信はない。

善野「でも私はあなたならできると思っています」

末原「……ひとつええですか」

善野「はい」

末原「なぜ私なんですか」

善野「……」

末原「私以上に有望なやつなんて沢山おるはず……やのになぜ私にだけそんなことを」

善野監督はなぜだか私を買ってくれているようだが、私は部内でも下から数えた方が早いただの1年なのだ。

監督は私のその問いにすぐには答えなかった。
視線こそ私から逸らしはしなかったし表情も変わらなかったが、あきらかに返答に迷っている。そんな様子だった。


善野「……ふう。ダメやな」

やがて監督はひとつため息をつくと苦笑しながら首を振った。

善野「ちょっと座ろか」

そう言って監督は雀卓の椅子のひとつを引いて腰を下ろす。
監督の口調の変化も相まって、それまでの張り詰めていた空気が弛緩するのを感じた。

私も監督の対面に座る。

座った後も監督はしばらくなにも言わなかった。

手入れをして綺麗に並べてある牌を触り、時折手に取って弄びながらなにかを考えている様子だった。

末原「あ、あの……」

沈黙に耐えきれなくなった私は思わず口を開く。

善野「……私な」

が、それとほぼ同時に善野監督が喋り始めたので黙らざるを得なかった。

善野「私、麻雀が昔から大好きやったんや」

末原「え?」

監督の唐突な告白に思わず変な声が漏れてしまった。
善野監督はかまわず続ける。

善野「私って無愛想やろ? やからあんまり周りからはそうは見えへんかったみたいやけど、少なくとも私自身はそのへんの人よりもずっと好きなつもりやったわ」

末原「そ、そうなんですか」

確かに監督は傍からみるとクールで、なんでもそつなく軽やかにこなしてしまいそうな印象がある。
だから周りからは麻雀のようなひとつの競技に熱心に打ち込むようなタイプには見えないのかもしれない。

善野「小学校の頃から大会にも出てな、全国大会にも出場した」

善野「当然全国大会だから私より強い人もたくさんいたんや」

善野「でも次第にそんな強い人たちの中にも、あきらかに普通の『強さ』とはべつの強さを持った人がいることに気がついた」

善野「末原さんにも心当たりがあるんやない?」

そう言われて私はあの夏のインターハイ会場でみた宮永照の姿を真っ先に思い出した。

あの洋榎が手も足も出なかった。

ただ麻雀がうまいとかそういうのではない。

なにか根本的な部分が違った。
あの『強さ』はただの強さではないということは私も感じていた。

善野「私ね、そういう自分とはちがう強さを持った人がいるって初めてしったとき……すごく悔しかった」

善野「すごく悪い言い方をするなら……私が好きなこの麻雀という競技を侮辱されてるような気にさえなったわ」

末原「侮辱……ですか」

善野「ええ」

善野「だってそうでしょう? ふつうの人が必死に練習して手に入れた強さ。それをあの人たちは大した苦もなく簡単に上回ってしまう。これってすごく理不尽なことだと思わない?」

そう言う善野監督はいつもの冷静な様子とは違い少しムキになっているかのような強めの口調だった。こんな監督は初めてだ。

言われてみればそんな気もする。
現代の女子麻雀には能力があることが当たり前のため私たちの感覚は少しマヒしているのかもしれない。

善野「だから私は……そういう人たちにだけは絶対に負けたくないて思っちゃったのよね」

善野「もちろんそんな特別な強さを持った人ばかりが強かったわけじゃない。相手の情報を集めてそれに対応した打ち方をする人や、勝つためにはどんなに屈辱的なことでもする人、そして私よりももっと麻雀が好きな人もいたわ」

善野「私はそういう人たちを参考にして我武者羅に練習した」

善野「まあその結果、こうして高校で監督できるくらいには強くなれたんやけどね」

末原「そうだったんですか……」

力を『持たざる者』から『持つ者』への嫉妬。
まさか善野監督の力の源がそんな理由だったとは思いもよらなかった。

善野「それでね末原さん。私があなたにこだわった理由……それは、あなたがあのころの私に少し似ているって思ったからなの」

末原「え……?」

似ている? 私と監督が?

末原「えっと……どのへんがですか?」

善野「うまくはいえないけど……あなたの試合を初めて見たときに感じたの」

私を初めて見たときというと、あのインターミドル予選のときのことだろうか。

善野「愛宕さんを相手に必死に闘うあなたを見て、この娘私と同じなのかも……って」

末原「洋榎はべつに特別な能力がある奴とはちゃうと思うんですけど……」

監督は首をふる。

善野「能力者が相手だからっていう意味やなくて、なんというかこう……闘う姿勢みたいなもんがやな」

うまく言えへんなあ、と監督は首を捻る。

善野「ともかくあなたには負けてほしくない。そんなふうに思ってしもたんや」

末原「はあ……」

よくわからない。
私はあのときの洋榎との試合で特別な思いで闘ったわけではない。
これが最後の試合になってしまうかもしれない。そう考えて自分なりに最後までベストを尽くしただけなのだ。

善野「ふふ……。自分に似ているから負けてほしくないなんて、子供みたいやな」

自嘲気味に笑いながら監督は立ち上がる。

善野「ごめんなさい。突然こんなわけのわからないこと言って」

末原「いえ……」

善野「とにかくこれは預けておきます。あなたの好きに使いなさい」

善野監督は私の手を取りUSBを握らせた。

善野「末原さん。これだけは言っておきます」

末原「はい?」

善野「あなたは強い。そしてこれからも強くなる」

善野「私はあなたの力を信じます」

末原「……」

善野「だからあなたも自分自身の力を信じて」

そう言い残して監督はいってしまった。







監督は過去の自分と今の私を重ねているといった。

実力不足ゆえに強敵相手にもがき苦しむ私と、能力者を相手に戦っていた過去の自分を。

しかし私にはどうしても過去の善野監督と自分が似通っているとは思えなかった。

私は能力者に対して理不尽だと思ったことなど一度もない。

世の中すごいやつがいるもんだ、そんなもんなんだ、と、そんな程度に思っていた。

夏のインターハイ会場で宮永照をみたときも、洋榎に負けてほしくはないと思いはしたが、私自身があれに負けたくないなどとは考えもしなかった。

そもそも私は中学で麻雀をやめようかと考えていた人間だ。

どうしても麻雀で負けたくない理由など私にはない。

昔の善野監督ほど麻雀を愛しているわけじゃない。

考えれば考えるほど私と監督は似てはいない。

私は善野監督にはなれない。




でも……。

あなたに似ていると言ってもらえたのはうれしかった。

あなたに負けてほしくないと言われたのはうれしかった。

私の力を信じると言ってもらえたのはうれしかった。

単純だと思われるかもしれないけれど、そんなふうに言ってもらえたのは初めてだったから。




私はあなたのいうように強くなんかない。

私はあなたのいうように自分の力を信じるなんてとてもできない。

否定しょうと思えばいくらでもできる。

しかし例え間違っていたとしても、あなたに言ってもらえたことを否定したくはない。



だから。

だから私は、私の力を信じると言ってくれたあなたを信じて闘おうと思います。

だから見ていてください。



起家の私がサイを振り、近畿大会個人戦最終戦が始まった。





※第8話