2016-01-11-23-23-23

 
プロローグ  第1話  第2話  第3話  第4話  第5話  第6話  第7話  第8話



『違和感』

 



洋榎「恭子、帰りにラーメンでもよってくか?」

末原「いや……今日はもうちょい漫ちゃんと練習してから帰るわ」

洋榎「そうか……わかった。あんまムリせんようにな」

末原「わかっとる。じゃあな」

洋榎「ああ」

洋榎「……」




恭子は変わった。

半年前、善野監督が倒れてから少しづつ感じるようになった恭子の変化。

それを最近は明確に感じるようになった。

うちらが2年生となり、春が過ぎて夏が近づいた今でもそれは変わらない。


相手チームの戦力と傾向の分析、研究。後輩の育成。
いなくなった善野監督の穴を埋めようとするかのように恭子は動き回っている。

もともとチームの中心に立つタイプではなかった恭子の変化に、最初こそ部のみんなは戸惑っていたが、無名の1年生から全国大会に出場するほどに急激に実力をつけた恭子の言葉の説得力、そしてその熱意にしだいに受け入れられた。

今では2年生ながらチームのブレーンとして上級生からも頼られる存在になった。


恭子が人に認められたのはもちろん嬉しい。

恭子は頭もいいし、麻雀の素質もあった。

きっかけさえあればチームの中心になれることはわかっていた。

そして今、実際にチームは恭子を中心に回っているといっても過言やない。

自分の目に狂いがなかったこと、そして恭子の親友として素直にうちは嬉しい。

嬉しい……はずや。

はずやのに。


洋榎「はあ……」


ひとりでの帰り道。

うちの口から出るのはため息ばかりや。


1年のころはあの交流会での一件以来ほとんど毎日いっしょに帰ってた。
うちと恭子と由子の3人で。

うちはべつに馴れ合いが好きなわけやない。
でも日に日に強くなっていく恭子や由子をみてるとうちも嬉しかった。
ふたりの相手をしてるうちも間違いなく前より強くなってた。
なんというかただ楽しいってだけやなくて、充実感というかすべての歯車がピッタリあってた日々を過ごせてた。
そんな気がするんや。
そしてそれはうちらが卒業するまでずっと続くもんやとうちは思ってた。

でもそうはならんかった。


今年に入ってから恭子とは数えるほどしかいっしょに帰ってはいない。

三麻もめっきりしなくなった。

善野監督が倒れて以来、うちらと過ごしていた時間を削って恭子はチームのために尽くしてる。

恭子が頑張ってるのはわかる。
そしてそれに伴ってチームが強くなってるのも実感できる。

でも……。


洋榎「なーんか、ちゃうねんなあ……」


自分が思い描いていた理想とは違う現実。

ピッタリ噛み合っていた歯車がズレたまま無理やり回転してる。
そんな違和感をうちは感じてた。


洋榎「うちらこれでええんやろか、恭子……」

赤阪「末原ちゃんおらんでさみしいなあ」

洋榎「うお!?」


いつの間にか後ろに人がいた。
ていうか今の独り言聞かれてしもたんか。はっず……。


洋榎「って、代行かいな……」

赤阪「あーん、洋榎ちゃんまでそう呼ぶん〜」

洋榎「そうは言われてもな……」


うちの背後に立ってたのは、入院した善野監督の代わりとしてやってきた赤阪代行やった。


赤阪「洋榎ちゃんも今帰り〜?」

洋榎「ええ、まあ……。代行はこんなとこでなにを?」

赤阪「うちは〜、洋榎ちゃんに会えへんかな〜と思てフラフラしとってん〜。そしたらほんまに会えてうれしいわ〜」

洋榎「はあ?」


代行はニコニコしながらそんなことを言っている。
善野監督もクールでどこかつかみどころのない人やったけど、この人はホンマつかめへん。


赤阪「よかったらちょっとそこでお茶でもしていかへん〜おごるから〜」

洋榎「え? あー……」


ぶっちゃけめんどい。


赤阪「末原ちゃんのことで話があるんやけど〜」

洋榎「恭子の……?」





うちが連れてこられたのは全国チェーンのコーヒーショップ。

そういえば恭子や由子といろいろ寄り道はしたけどここは初めてやな。

代行は慣れた様子でよーわからん名前のコーヒーをつらつらと注文してた。
とりあえずうちも同じのを注文しといた。


それにしてもこの店、入り口側の一面がガラス張りなせいかやたら明るいな。
うちらがいつも行く薄暗いお好み焼き屋とは真反対や。
普通の高校生はこういうとこに寄り道したりするんかなぁ。

そんなことを考えながら注文したコーヒーに口をつける。


洋榎「あっま……」


めっちゃ甘い。
うちも甘いのは好きなほうやけどこれは甘すぎる。

ちらりと対面を見ると代行は美味しそうに同じのをゴクゴク飲んでた。


赤阪「うちこれがすきなんよ〜」

洋榎「さいですか……」

赤阪「一美ちゃんもこれすきなんやで〜?」

洋榎「かずみちゃん?」

赤阪「善野の一美ちゃん〜」

洋榎「ああ、監督。へえ、意外や……」


善野監督はブラックコーヒーとか好きそうなイメージやったけどこんな甘いの飲むんか……。


赤阪「一美ちゃんはブラックも飲むけどうちの影響でな〜」

洋榎「代行は監督と長いんですか?」

赤阪「高校の時からのおともだちなんよ〜」

洋榎「じゃあ、代行も姫松の麻雀部やったんですか?」

赤阪「あたり〜。一美ちゃんは高校の時から強かったわ〜」


はー監督と代行はそんな古くからの付き合いなんか。
恭子はこのこと知っとるんやろか……。

って、そや。うち恭子のことで話があるっちゅうから来たんやった。


洋榎「で、えっと……恭子のことで話てなんですか?」

赤阪「ん〜?」


代行はうちの問いに少し考えるように、小首を傾げながら手元のカップをくるりと傾けた。


赤阪「洋榎ちゃんは〜、最近の末原ちゃんについてどう思う〜?」

洋榎「……よお頑張ってますね。あいつの最近の活躍には驚いてます」

赤阪「そうやね〜、まだ2年生やのにすごいわ〜」

洋榎「もともと麻雀自体の素質はありましたからね。研究熱心やし、きっかけさえあればチームの中心になれるやつやとは思ってました。こんなに早くなるとは思ってへんかったけど」

赤阪「そうやね〜」


代行はそう頷きながらまたコーヒーを飲む。
そしてカップを置くとその細い目でこちらを真っ直ぐ見据えてきた。


赤阪「それだけ〜?」

洋榎「いや、えっと……」

赤阪「思ってることは全部言ってええんやで〜?」


そう言って代行は首を傾げる。
一見かわいらしい仕草やけど、なにやら妙な迫力を感じた。


洋榎「……恭子はチームを強くするために頑張ってる……ただ……」

赤阪「ただ?」

洋榎「……恭子自身は麻雀を打ちたがってない……そんな気がします」


そう。今の恭子は自ら対局することを避けている。

もちろん部活中の対局には最低限参加している。
しかしそれでも以前と比べるとあきらかに対局する回数が減っていた。
後輩への指導やデータ取集を建前とし、対局を避けているようにみえる。


赤阪「ふう〜む、なるほどね〜」


うちが話し終えると代行はコーヒーをストローでぐるぐるかき混ぜながら頷いた。


赤阪「じつはな〜、今日末原ちゃんに夏の大会のメンバーの話したんよ〜」

赤阪「うちとしては末原ちゃんにも入ってほしかったんやけど断られてな〜。代わりに1年生の上重さんを推薦されたんよ〜」

洋榎「なんやて……」


恭子はとうとう自分が試合に出る機会すら人に譲ろうとしとるんか。
あれだけ頑張ってたどり着いたレギュラーの座を自ら進んで人に開け渡そうとしとる。


赤阪「……で、末原ちゃんに言われてうちもデータを確認してみたんやけど、確かに上重さんを入れるんもおもろいかな〜って」


確かに以前から恭子は漫には特に目をかけてた。
目をかけられるだけの素質があることはうちもしっとる。
1年とはいえ試合に出して活躍できる可能性もあるやろ。
そしてなにより……。


洋榎「最近の恭子は調子悪いですからね……」

赤阪「そうやね〜。選抜もさっぱりやったしね〜」


春の選抜に大阪の個人戦代表のひとりとして出場した恭子はさっぱりやった。
初めての全国大会やし、結果が出ないのはべつに不思議やない。まわりの人間もそんなに気にしてはいなかった。

しかし、うちからみるとあきらかに恭子は本調子やなかった。
県予選でセーラを倒したときの実力の半分も出せてへんかった気がする。

あれがたまたま恭子の調子が悪かっただけという見方もできる。
でもうちにはそうは見えんかった。

あきらかに恭子は弱くなってる。 



赤阪「ふーむ」


代行はため息をつきながらまたコーヒーを飲んだ。


赤阪「洋榎ちゃんはどうしたらええ思う?」

洋榎「どうって……」

赤阪「末原ちゃんがいこのままでええんか、それともアカンのか〜」

洋榎「……」


それは、どうなんやろ。

いっそ恭子にはしばらくバックアップに回ってもらって、漫に少しでも多く公式戦の経験をさせたほうがチームのためかもしれん。

そしておそらく恭子自身もそう考えとる。

でもそれやと恭子は……。


赤阪「質問変えよか〜」

洋榎「えっ」

赤阪「洋榎ちゃんは〜、末原ちゃんにどうなってほしい〜ん?」


どうって。


赤阪「洋榎ちゃんは〜、もしこのままの末原ちゃんじゃダメやと思っとるんやったら〜、それを言ってあげてくれへんかな〜?」

洋榎「でも……それでええんですかね」

赤阪「チームのことをかんがえるのはうちの仕事やから〜、洋榎ちゃんは自分の思った通りにすればえええんやないかな〜」


うちこれでも立派な監督さんになろうと頑張っとるんやから〜。

そう間延びしたセリフを残して代行はいってしまった。

 

うちが恭子にどうなってほしいんか。やと……?

そんなの決まっとるやろ。

うちは残った甘ったるいコーヒーを一気に飲み干すとスマホを取り出した。

赤阪代行のことを監督と呼んでもいいかもしれない。

うちはほんの少しだけそんなことを思った。





第10話