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末原恭子×愛宕洋榎です
宮永照と愛宕洋榎がプロ入りしています(24〜5歳くらい)







洋榎ちゃん、この後ごはんでもどう?」

 
その日、うちは照から誘われた。
試合後にメシに行くこと自体はよくあることやけど、照から誘うのはめずらしい。

 
「ええけどどこいくんや?」

 
うちが尋ねると照はしばし視線を彷徨わせた後「まかせる」と短く答えた。
ノープランかいな。べつにええけど、いつものことやし。


 

やってきたのは都内にあるお好み焼き屋。
香ばしい匂いと油がはじける音が店内に充満している。

 
「どや、ここうまいやろ。最近みつけたんや」
 
「うん。このホットケーキ焼きおいしい」

 
香ばしい匂いの中に妙に甘い匂いが混じっとると思ったらそれが原因かい。
なんやねんそのメニュー。こいつ以外に需要あるんか。

 
「ところで洋榎ちゃん」

 
ひとしきり焼き菓子もどきをもきゅもきゅしてたと思ったら、藪から棒に照は切り出した。

 
「なんや?」
 
「最近調子がわるいみたいだね」
 
「お、わかってまうか」
 
「うん、まあ」

 
そらわかるやろ。と、心の中で自分にツッコむ。
 
なんせ最近のうちは5試合ほど連続でマイナス収支中やし。
今日の試合も中堅にオーダーされとったけど、同じ中堅の4人の中ではビリ。
見事に本日の戦班となってしまった。誰がみても絶不調や。
観客席のおっちゃんから浴びせられたヤジでまだ耳がビリビリしとる。

 
「ま、うまくいかんときもあるやろ。麻雀てそういうもんやし」

 
うちは豚玉を切り分けながら何の気なしに答える。
虚勢ではなく本心からそう思っていた。
たしかにほとんどの試合でプラス収支やった高校時代に比べるとひどいが、そもそも麻雀という競技は勝つときより負ける試合のほうが多い。
そもそもうちの経験上、負けがこんでいるときにムキになればなるほどドツボにハマっていくのが麻雀や。気にするだけ無意味ちゅうわけや。

 
「そう」

 
うちの答えをきくと、納得したんかしてないんか、また照はホットケーキ焼きをもきゅもきゅし始めた。
なんかそうやって食われると段々うまそうにみえてきたわ。
うちも今度頼んでみよかな……。

 
「話は変わるけど」
 
「うん?」
 
「さいきん末原さんはげんき?」
 
「恭子?」

 
なんやまた唐突やな。

 
「さいきん洋榎ちゃんから末原さんの話きいてないなと思って」
 
「うちべつにそんなに恭子の話してへんやろ」
 
「してたしてた」
 
「うそん。いつ?」
 
「プロ入りしてすぐくらい」
 
「だいぶ前やん。わすれたわそんなん」
 
「そうなんだ」
 
「そうやで」

 
へえ、と素っ気なく相槌をうちながら照はホットケーキ焼きの最後のひとかけらを口に入れた。
とうとう全部食いおったでこいつ。うまそうに。

 
「恭子とはもうだいぶ会ってないわ」
 
「メールは?」
 
「ないな。そもそもあいつもうちもメールとかあんま好きやないねん。特別な用がないかぎりせえへんよ」
 
「さみしいね?」
 
「いやべつに? むこうも忙しいやろししゃあないんちゃう?」
 
「ふーん」

 
返事自体は素っ気なかったが、そのときだけは照はうちの顔をじっと伺うようにみつめた。
なんやねん。べつにうそはついてないで?
そう言おうとうちは口を開きかけたが、店員によって運ばれてきた巨大なパフェによってそれは中断された。
いつのまにそんなもん頼んだんやねん。そもそもここパフェとかやっとるんかい、なに屋やねんここは。




「ふう、食った食った」

 
照と別れて自室に戻るとすぐにベッドに倒れこんでしまった。
目の前で照がうまそうにパフェなんぞ食い始めるからついうちも食ってもうたわ。食いすぎやで。
 
このまま寝てしまおうか。
そう思ったが、どうも胃がもたれる。
とはいえ胃薬を探すのも億劫だ。
うちは重たい胃を少しでも楽にさせようと何回か身体をひねる。
と、そこで不意にあるものに目が止まった。
 
それは机の上に飾られている1枚の写真。
真ん中に善野監督と赤阪監督が並んで座ってて、それを囲むようにうちと由子と漫と絹と……恭子が写っている。
高校最後のインターハイのすぐ後に撮った写真やった。 
 
さっき照に恭子の話をされたからか妙に目についた。

 
「たのしかったなあ、あのころは」

 
べつに今に不満があるわけやない、けれどもなんとなくそんなことをつぶやいてしまう。
 
由子からは今でもたまにメールがくる。
東京の大学に進学してそのまま都内で働いてるらしい。今では立派なキャリアウーマンや。
実家の手伝いをしながらプロテストを受けていた漫は一昨年2部リーグのチームと契約した。
今ではチームの先鋒を務め、昇格争いの真っ只中にいる。
大学のミスコンで優勝した絹はアナウンサーになった。
新人ながらかなり人気があるらしい。うちの自慢の妹や。
 
恭子は……。
 

「ん? なんや?」

 
不意にポケットが振動した。
手探りでスマホを取り出し画面を確認すると由子からのメールだった。
 
 
『はろー。こんど大阪に帰るからそのときご飯でもどうなのよー?』
 
 
えらいタイミングやな。
まるでうちが由子たちのことを考えてたことを見透かしたようなメールや。
すぐに返信しようとしたが、次の文を読んで思わず指が止まった。

 
『恭子もくるって』

 
恭子もか……。
食べ過ぎで重たくなった胃がさらに重たくなった気がした。
スマホを置いて寝返りをうつ。
そのまま目を閉じると恭子と最後にあった日のことを思い出した。



 

『主将……綺麗になりましたね』

あいつと最後にあったんは成人式のときやった。
会場でうちを見つけるなり、少しおどろいた顔でそんなことを言ってきおった。
もう主将やないやろ。
ツッコミを入れるとあいつは照れたように笑った。
それに綺麗なのは振袖やからや。
せやから恭子もこんなに綺麗に見えるんや。


久々にあった恭子との会話はたのしかった
 
うちのプロ入りしてからの話に相槌をうち、時折ツッコミを入れる恭子と話してると高校時代を思い出して懐かしくなった。
ひとしきり自分の話をし終わってそういえば恭子の話を全然きいてへんことに気がついた。
きくと、地元の大学のレギュラーになってそこそこ活躍できているらしい。
チームも関西大学リーグの上位にいるそうや。
そらそうやろな、大学麻雀のレベルはくわしくはしらんけど恭子やったらどこでも充分活躍できるはずや。
じゃあ、大学ではこんどこそ日本一になってそれからプロ入りやな。
うちがそういうと恭子は言葉に詰まったように黙ってしまった。
うちが首を傾げると恭子は『洋榎にやったら言うてもええか……』とめずらしく恥ずかしそうにつぶやいた。
 
ん? なんや?

 
『洋榎、うちプロ入りは目指さんことにしたんや』

 
え。

 
『うち、大学を卒業したら、監督に……姫松の監督になりたいねん』

 
うちはおもわず恭子の顔を見つめた。
嘘や冗談を言うとる顔やない。

 
『プロでやっていく自信ないんか? やから諦めるんか……?』

 
そう聞くと恭子は首を振った。

 
『たしかにうちの実力でプロでやっていくのは大変そうやけど……それが理由ちゃう』
 
『プロに憧れた時期もあったけど……』
 
『今は、善野監督みたいな監督になりたいんや。……それが今のうちの夢や』






「まあた善野監督かいな。好きやなホンマ……」
 
 
目を伏せたまま記憶の中の恭子にツッコんだ。
 
ホンマ恭子は高校んときから善野監督善野監督や。
どんだけ好きやねん。
大体監督なんてうちのオカンみたいにしばらくプロやった後でもええやろ。
なにをそんな急いでする必要があんねん。

 
「恭子のアホ……」

 
枕に顔を埋めてうちはつぶやいた。
これ以上思い出すと重かった胃がこんどは痛み出すだろう。
だがあふれ出た記憶は止まらない。




『ふーん、まあええんちゃうん?』
 
『そう思うか?』
 
『ああ、せこい早和了りしか取り柄のない恭子じゃプロに入っても通用せんやろ。せいぜい監督でもやって他人の打牌にケチつけとったらええわ』


本心やない。
 
ただ、さっきの恭子の言葉がなんだか無性に面白くなかったうちはついそんなことを言ってしまった。
うちの言葉に恭子は少しだけ悲しそうな顔をしたがすぐに『そうやな』と言って笑った。
 
しまった。
うちは後悔した。
その後恭子はうちの嫌味にも気を悪くしたふうでもなく怒るでもなくふつうの態度やった。
それがかえってうちに謝るタイミングを逃させた。
結局、今日この日までそのことを謝ることはできていない。
恭子からも連絡が来なくなった。


「なんであんなこと言うてしもうたかな……」

 
恭子が気にしているかはわからない。
電話をかけて一言謝れば恭子やったら許してくれるかもしれない。
でもうちの脳裏にはあのときの、恭子が一瞬みせた悲しい笑顔がこびりついていた。



うちは仕事が入っていると嘘をついて誘いを断った。
由子にはわるいけど、今はまだ恭子と顔をあわせる気にはならない。

しばらくしてからまたスマホが振動した。
今度は電話やった。相手は照。
あいつさっき会ったばっかやのになんや?

 
「おいしいスイーツのお店をみつけたから今度付き合ってほしい」

 
なんでさっき言わへんねん。

 
「今思い出した」

 
なんやそれ。

 
「○日でいいよね」

 
偶然にも照が指定したのはさっき由子から誘いがあった日やった。
罪悪感からべつの日にせんかと提案したけど、照がその日しか無理らしいので仕方なくOKした。




約束の日、うちが自宅のマンションを出ると照がいた。
なんやわざわざ迎えに来たんか。

 
「今日はこれでいこう」

 
そう言って照は道路を指差す。
路肩に赤いコンパクトカーが停まっていた。
 
え、お前クルマの運転できたんか。



うちが何度電車で行くと言い張っても「だいじょうぶだから」「怖くないから」の一点張りで袖を引っ張る照にとうとう根負けし、うちは助手席に座った。
このクルマちゃんと助手席にもエアバックついとるんかな。ホンマ怖いんやけど。
オトン、オカン、絹、先立つ不孝をゆるしてくれ。

 
「なんでまた突然クルマやねん」
 
「さいきん洋榎ちゃんおつかれかと思って」
 
「いや、そんなことあらへんけど」
 
「いろいろ話したいこともあったし」

 
なんやそれ。

話したいことがある、というわりには照はなかなか話出さず、黙りこくったまんまやった。
こいつが無口なのはいつものことやからべつに気にせんけど。
意外なことに照の運転はスムーズやった。
それが余計に車内の静けさを際立たせる。

 
「あのさ」
 
「なんや」
 
「なんで、今日の約束断ったの?」
 
「? 断ってへんやろ」
 
「私のじゃなく、真瀬さんの」

 
息が詰まる。

 
「なんで……お前がそのことしっとんねん」
 
「真瀬さんからきいた」

 
なんやそれ。
いつから由子とそないな関係になったんやお前。

 
「このまえ遠征先でたまたまあって連絡先を交換した。それからたまにメールしてる」
 
 
そうやったんか。
 
て、ことはうちが由子にウソついたこともバレてしもてるんか……。

 
「私が今日洋榎ちゃんと会うことは話してない。……けど、たぶん真瀬さんは感づいてると思う」

 
そうかもしれんな。
由子は昔から勘の鋭いとこあったし、今度もわかってて見逃してくれとるんかもな。

 
「それで末原さんが心配してるんだって」
 
「お前、恭子ともメールしとるんか?」
 
「してない。これも真瀬さんからきいたこと」
 
「恭子がなにを心配しとるって?」
 
「洋榎ちゃんのこと」
 
「はあ?」

 
恭子がなんでうちのこと心配しとるんや。

 
「今日の約束を断ったことを自分のせいだと思ってる。洋榎ちゃんが怒ってると思ってるらしい」

 
んん?
どういうことや。
約束を断ったのはたしかに恭子のことが原因やけど、なんでうちが怒っとることになってるんや。
 
怒っとるのは恭子のほうやないんか。
 
夢を打ち明けたのにひどいこと言うてしもうたうちに。
 
やから連絡せんようになったんちゃうんか。

 
「洋榎ちゃん成人式のとき末原さんに会ったんでしょう」
 
「あ、ああ」

 
胸に針が刺さったように痛む。

 
「そのときに末原さんが監督を目指してる話をされた」
 
「……うん」
 
 
痛い。

 
「末原さんは後悔してるんだって」
 
「……なにをや」
 
「洋榎ちゃんになにも言わずに、決めたこと」
 
「プロにならずに、監督になることを洋榎ちゃんに相談せずに決めた、そのことで洋榎ちゃんが怒ってると思ってる。だから連絡しづらかったんだって」

 
うちはなにも言えんかった。
 
ただ思った。
 
アホやなぁ恭子。
お前はなんも悪くないやんけ。
なんでお前の進路をうちに相談せにゃアカンねん。
そないなことでうちが怒れる筋合いないやないか。
 
でも否定はできんかった。
 
たぶんうちは、恭子がプロを目指さなくなったことがショックやったんや。
高校んときから、あいつはいつもうちのすぐ後をついてきてくれた。
うちのことを支えながら、うちに少しでも近づこうとしてくれた。
うちは、いつまでも恭子がうちの後ろをついてきてくれると、勝手に思い込んどったんや。
やからいつもすぐ後ろにいると思ってた恭子が、突然いなくなるのが嫌やったんや。
 
そんな勝手な思い込みと我儘で、うちは自分の夢を打ち明けてくれた恭子に冷たくしてもうた。
 
最低や。

 
「……ティッシュそこにあるよ」

 
照がダッシュボードに備え付けられてるティッシュボックスを指差す。

 
「いらん」

 
うちは袖で目頭を強く拭った。

 
「うち……恭子に謝らんと」
 
「そうだね」

 
照が頷く。

 
「じゃあスイーツはまたこんどにしよう」

 
そう言って照はウインカーを点けてクルマを路肩に停車させる。 

 
「あれ? ここは……」

 
話に夢中で気付かなかったが、よくよくみるとそこは見知った場所やった。
 
お好み焼き屋うえしげ。
うちの後輩上重漫の実家であり、高校んときのうちらの溜まり場。

 
「今日ここにみんな集まってる。真瀬さんも、上重さんも、絹ちゃんも……末原さんも」
 
「照……お前、今日は最初からここに連れてくるつもりやったんか」
 
「私も、洋榎ちゃんに末原さんと仲直りしてほしい」
 
「それでまた元気になって、洋榎ちゃんらしい麻雀を打ってほしい」

 
さすがに麻雀の調子悪いのは恭子関係ないんちゃうか。
 
照は首を振る。

 
「関係ある。自分では気づいてないかもしれないけど、この数年洋榎ちゃんはどんどん麻雀が楽しめなくなってる」
 
「麻雀が楽しめなくなってる……?」
 
「昔の洋榎ちゃんはもっと楽しそうだった。あの頃の洋榎ちゃんを取り戻すためにも、末原さんと仲直りしなきゃいけない」
 
「また麻雀が楽しめるようになったら調子が戻るとでも言うんか」
 
「絶対ではないけど……胸にしこりを残しておくよりはいいと思う」

 
さよか。
 
確かにここ数年どうにも麻雀にノリきれなかった瞬間はあった。
調子が悪いのも今回だけやない。
 
仲直りさえすればすべてがうまくいくやなんてそんな都合のいい話があるかわからんけど、恭子との関係をこのままにしていては前には進めない。今はそんな気がした。

 
「それにしても悪かったな、照。うちのためにいろいろしてもろうて」
 
「いいよ、私も洋榎ちゃんのことを友達だと思ってるし……ライバルだとも思ってるから」
 
「ライバルが元気なかったら、つまらないから」

 
そう言って照は走り去った。

 
ライバルな……。
今や、日本でも有数の雀士になった照にそんなことを言われちゃ、うちもいつまでも調子悪いなんて言ってらへんな。


店の看板を見上げる。
 
ここに恭子がいる。
 
恭子はあのときうちになんて言ってほしかったんやろうか。
うちはなんて言えばよかったんやろうか。
 
自分の行く道を、夢を語ったあいつに、うちは本当はなんて伝えたかったんやろうか。
 
手ににじんだ汗を握りしめ、扉に手をかける。
 
あのときひどいことを言ってしまったこと、そして結局言えなかったこと。
 
今更やけど言うてもええかな。

 
恭子。
 
ごめんな。
 
ずっと応援してるで。
 
親友に伝えるべきことを胸に秘めて、うちは扉を開けた。