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   第9話




『決別』

 






昨日、代行と話した後、うちは恭子に連絡した。


「明日は一緒に帰ろう」と。

もしかしたら断られるかもしれないと思ったが、あっさりと「ええで」と返信が帰ってきた。

拍子抜けするうちだったが、よくよく考えてみれば別に恭子とは喧嘩したわけでもない。
ただ単にちょっとすれ違っとっただけやしな。

というわけで、現在うちは恭子が待つ昇降口に足早に向かっとるとこや。

が……。


洋榎「……」


ふと、足が止まる。
べつに催したわけでもないのにトイレに寄りたくなった。


洋榎「……どないなっとんやろか、うち」


洗面台に向かってひとり呟く。
鏡に写った自分の顔はいつもどおり。
しかし今日に限ってはそのいつも通りの顔がなんだか頼りなくみえた。

ただツレと一緒に帰る。
ただそれだけのことなのに、うちはどうにも気が進まなかった。


いや、気が進まないというよりも……緊張している?

この高校で1番仲のいい、1番気が置けない親友と言っていい関係のはずの恭子と?

気まずくなるのが嫌なんか?


洋榎「バカバカしい」


余計な考えを払うように頭を振る。
確かに恭子は昔と少し変わった。
でも、それがなんやねん。
恭子は恭子やろ。
別にうちがあいつのことを忘れたわけでもあいつがうちのことを忘れたわけでもあらへん。
どうせ喋りだせばすぐ前みたいに話せるやろ。
たぶん……。

ええい、女は度胸や!

自分を無理やり納得させたうちはトイレを飛び出し、足早に昇降口に向かった。


昇降口に並んだ下駄箱に恭子はもたれかかっていた。
今どきの女子高生のようにスマホをいじっているわけでもなく、手元のA4用紙の束に目を通していた。おそらく牌譜だろう。
うちが近づくと気づいたのか、ふと顔を上げた。


末原「遅いで」


ニコリともせずに牌譜をファイルに挟みこみ鞄にしまいながら恭子は言った。
愛想の欠片もない仕草に思わずヒヤリとするが、そもそも恭子はもともとこんな感じだったことを思い出し、気を取り直す。


洋榎「すまんすまん。ちょっとトイレ行っててん」


うちは努めて不自然じゃないよう笑いながら答える。


末原「まあええけどな。今日はべつにやることないし」


恭子は特に気にしたふうでもなくそう言った。
やはりいつもの恭子だ。
機嫌が悪いわけでもなく、一緒に帰るのを嫌がってるわけでもなさそうで、うちは胸をなで下ろす。


洋榎「んじゃ、いこか」

恭子「ああ」


うちらは久しぶりに、本当に久しぶりにふたりで肩を並べて歩き出した。






洋榎「そんでそんとき絹のスカートがな……」

末原「そら見逃せんなぁ」


駅への道をふたりでたわいもない話をしながら歩く。

そういえばこいつと会ったばっかりのときもこうしてふたりで歩いた気がするわ。
あんときはお互いひとっことも喋らんとお好み焼き屋まで歩いてったんや。

そういやあんときはなんで恭子とお好み焼き屋行こうと思ったんやったっけ?

……ああ、そうや。
うちが親睦会を途中で抜けるて言ったら恭子がつっかかってきて、一悶着あった後に謝るためにうちが誘ったんやった。

たった1年前なんやなぁ。だいぶ前な気がしてたけど。

なんやいろいろと思い出してきたで。




思えば1年の頃のうちはめっちゃイラついてたなぁ。

ホンマは千里山に行こうと思うてたのに、オカンのアホが特待生に選ばんかったせいで意地になって入ってもうた姫松。
言っちゃ悪いけど大したことない奴らばっかでガッカリしたわ。
やっぱ素直に千里山に行けばよかったてなんべんも思ったもんや。
セーラや清水谷と打ってた方が絶対おもろかったやろて。
そういう気持ちがピークになったのがあの親睦会やった。
今にして思えば、単なる親睦会やったんやからガチで打ってるやつが少なかったんはしゃあないんやけどな。
それでもストレスの溜まってたうちはイラついてもうた。
そんで恭子と対局することになったわけやけど……。

いやぁ、あんときの恭子はヘッタクソやったなあ。
これでよくうちに喧嘩売ったもんやと思ったんやけど。

でも、あの目はよかったなぁ。
とにかく本気やったのはわかった。
『本気』でうちの麻雀に応えようとしてたのは伝わったわ。

あんときと比べたら恭子は強おなった。

うちと互角の麻雀ができるほどに。

姫松にも『本気 』で一緒に闘ってくれる仲間がおる。
姫松を選んだのは決して間違いやなかった。

恭子は今やうちをそんな気にさせてくれる大事な相棒なんや。


やから……。

やからうちは、恭子と同じチームで一緒に闘いたい。

恭子からのバトンを、或いは恭子にバトンを渡して、姫松を勝たせたいんや。

確かに今、恭子は調子が悪いかもしれん。
でもそれは今だけや。
うちが練習にでもなんにでも付き合って必ず復調させてみせる。
恭子ならできるはずや。
恭子の強さはうちが1番知っとるんやから。





末原「……ろえ。洋榎」

洋榎「え? あ、ああ……なんや?」

末原「なんややないやろ。突然黙ったと思ったらむつかしい顔してからに」

洋榎「え、うちそんな顔しとった?」

末原「しとった。めっちゃキモかった」

洋榎「なんでや、キモくはないやろ。うちかて真面目な顔ぐらいするわ」

末原「らしくないわそんなん。洋榎はヘラヘラ笑っとったほうが似合ってるで」


どうやら恭子に伝えたいことを頭の中で整理してるうちに真顔になってたらしい。
まったく誰のせいでうちがこんな顔する羽目になっとると思うてんねん。


洋榎「なんやぁ、恭子はそんなにうちのかわいい笑顔が見たいんか。しゃ〜ないな〜


末原「アホ。いっつもうるさいのが突然静かにしてたら落ち着かんだけや」

洋榎「ま〜たまた〜。素直やないな〜恭子は〜」

末原「ふふ……ホンマにアホやな洋榎は」


くだらない会話で笑い合ううちら。
なんだか懐かしい。
心が満たされていくような感じがする。
数ヶ月前は当たり前だったこんな距離感。
今はこれがひどく貴重でかけがえのない物に感じる。
あれやな。本当に大事なもんは失ってからわかるっちゅうあれやな。
でも、大丈夫や。
失いかけたけど、うちは取り戻した。
二度と離したくないもんや。


洋榎「そういや、恭子。今日は漫の特訓はよかったんか?」


そのためにも恭子に伝える必要がある。


末原「ああ、流石に毎日しごくのもかわいそうやしな。今日は休みや」

洋榎「そか。でも、あんま漫をムリに使う必要はないんやないか?」


うちは恭子に一緒に試合に出て欲しい。
一緒に闘いたい。


末原「そんなことはあらへん。漫ちゃんの才能は確かや。使えるようになるのが早いにこしたことはない」


洋榎「そうは言うてもまだ1年やないか。それより恭子がまた出ればええやないか」

末原「うちは……まだ調子が戻らんわ」

洋榎「そんならまた取り戻せるよう頑張ればええ。うちがまた練習付き合ったるわ」


大丈夫や。
恭子なら必ずまた活躍できる。
お前の強さを1番よく知っとるうちが保証する。


末原「……そっちの方がええんやろか」

洋榎「ああ、もちろんや。赤阪代行もそう思っとるで」






その瞬間。



うちは感じた。



例えるなら、そう。



対局中、何気なく切った牌が相手の和了り牌だったと切った瞬間わかる、あの感じ。



まだ相手が発声もしていないのに振り込んでしまったことが直感的にわかる、あの感じ。



後悔してもとりかえしのつかない、あの感じ。


末原「……代行が……?」


耳を疑うかのように聞き返してくる恭子の顔はこの上なく無表情やった。






しまった。

恭子が代行のことを良く思ってないのをすっかり忘れとった。

しかし、まさか代行の名前を出した途端ここまで態度が変わるとは……。


末原「……洋榎は、今日、代行に頼まれてうちを誘ったんか?」


抑揚のない声。
静かだが、明らかに怒りを含んだ恭子のそれにうちは思わずたじろいだ。


洋榎「え? い、いや。確かに代行とは昨日話したけど、べつに代行に頼まれたっちゅうわけやないで……」

末原「代行に、うちがまた試合に出るように説得するよう頼まれたんやな……?」

洋榎「お、おい。人の話きけや……」


違う。代行に頼まれたわけやない。
恭子を誘ったのも、恭子に試合に出て欲しいのも紛れもなくうちの意思や。
しかし、キッカケとなったのは昨日の代行との会話やった。
決して全く違うと言いきれないその事実が、うちの否定を歯切れの悪いものにしてしまった。
そして、鋭い恭子がうちのそんな様子を見逃すはずはなかった。


末原「洋榎……悪いけど、今日はやっぱひとりで帰ってや」


恭子はそう言って背を向ける。


洋榎「な、なんでや!?」

末原「うちは、うちはあの人がどうしても好きになれへんねん……ぶっちゃけ嫌いや」


はっきりと言い切る恭子にうちはなにも返せんかった。
まさか恭子と代行の確執がここまで深いものやったとは想定外や。


末原「やから……あの人の言いなりになる洋榎とも話しとうないんや」

洋榎「ち、ちょっと待てや! なんやねんそれ!? うちは言いなりになんかなってへんわ!」


完全に誤解されている。
そのこと自体にも腹が立ったが、それよりも昨日代行と話しをしただけに、どうしても恭子が赤阪代行を一方的に嫌うのは納得できんかった。
好きになれない、という言葉は恭子の本心だろう。
しかし代行だって決して悪い人やない。
それを恭子にわかって欲しかった。


洋榎「確かに善野監督が倒れてとつぜん代わりになったあの人に馴染めないってのもようわかる! でも、あの人はあの人なりにチームや恭子のことを心配しとるんやで!?」


恭子の背に向けてのその言葉。
しかし恭子は頑なやった。


末原「なんと言われようが、ダメなもんはダメなんや」

洋榎「恭子……」


末原「今日は洋榎に誘われて嬉しかったわ……。でも、代行のためやったんやな」

洋榎「ちゃう! うちは本気で恭子に試合に出て欲しくて……」

末原「代行にそうやって言うように頼まれたんか? 洋榎の言うことならうちも聞くと思ったんやろな」

洋榎「ちがう……うちの話を……」


見当外れもいいところな恭子の言葉にも、もはや否定できる力は今のうちにはない。


末原「危うく騙されるとこやったわ。うちはあの人の言うことなんか絶対きかん。うちの監督は善野さんだけや」


あの聡明で、なんだかんだでお人好しな恭子がここまで拒むやなんて。
恭子をこんなふうにしてしまった善野監督に、理不尽だとは思いつつも少しだけ腹が立った。



末原「もう……しばらく話しかけんでくれ」

末原「代行の味方する洋榎の話なんか……聞きとうない……」


恭子の言葉が、うちを貫く。


洋榎「そんな……」


恭子は歩き出す。


洋榎「ま、まて恭子!」


今ここでこのまま恭子を帰したら、本当に取り返しがつかなくなる。
そんな予感から思わず叫ぶうちに恭子は少しだけ振り返った。

しかし、その恭子の目は、もううちを友達としてみてる目ではなかった。


末原「……洋榎は、うちの味方やと思ってたのに」


おそらくうちに聞かせるつもりはなかったのだろう。
振り返りざまにあまりに小さな声で発せられたその呟きだったが、その時のうちには何故だか確かに届き、そして心を打ち付けた。


恭子の背中が遠のいていく。



うちはどうすればよかったんやろか。


赤阪代行の名前を出しさえしなければ。

ちゃんと説明して誤解を解けてれば。


後悔してもしょうがない、しかし後悔せずにはいられない。

恭子の姿が見えなくなっても、うちはその場に立ち尽くしたまま動けなかった。



うちは恭子を裏切ってしまったのか?


うちはただ、また恭子と一緒にいたかっただけやのに。






第11話