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『新生』

 





試合が終わって、一通りミーティングが終わってからしばらくして、うちは控え室を出た。

ミーティングが終わってすぐにふらふらと部屋を出ていった恭子を探すために。

探すとはいえ、別にあわてるつもりは無い。
なんとなく恭子が行きそうな場所をいくつかゆっくりと廻る。

そして見つけた。

恭子はインターハイ会場の屋上にいた。

日が傾いて夕日になっているとはいえ屋上は暑い。

もし、いたらの話やけど、こんな季節にこんな場所にわざわざ長居したがるやつがいたとしたら、よっぽどひとりでなにかを考えたいやつなんやろな。

そんなことを考えながらうちは、柵のそばでひとり佇む恭子に近づいた。


洋榎「なにいきなりいなくなっとんねん」

末原「洋榎……」


振り返った恭子の顔は涙に濡れていた。

恭子の泣いてるとこなんて見たのは、あの1年前のインターハイでうちと宮永の試合のあと以来や。
そういやあんときなんで恭子は泣いとったんやろな?


洋榎「これで涙ふき」


ハンカチを取り出して差し出す。
しかし恭子はそれには目もくれず俯いたまま呟いた。


末原「すまん、洋榎……」


震える唇で恭子は言った。


末原「うちが……負けさしてしもた……姫松を……こんなとこで」

末原「うちが……あんなオーダーを……漫ちゃんに無理させてもうたから……」

末原「うちが……わるいんや……」


恭子は背を向けて柵に額をこすりつけるように頭を伏せたまま肩と声を震えさせた。


洋榎「べつに恭子だけのせいちゃうやろ」

末原「慰めなんか聞きとうない!」


こちらを睨み声を荒らげる恭子。
その顔は夕日に照らされているのも相まって真っ赤に染まっていた。

俯き、嗚咽を繰り返す恭子。

うちは更に一歩近づいて肩を掴んで支えてやる。


洋榎「アホやな恭子。なにがごめんやねん。なにが自分のせいやねん」

洋榎「お前たかが2年のくせになにを偉そうに背負い込んどんねん」

末原「……っ! 背負い込んでなんか……!」

洋榎「背負い込んどるんや」


うちは体を返し、恭子の隣に並ぶように柵にもたれ掛かる。
背中から指す夕日がうちと恭子の長くて濃い影を作っている。
その影を見ながらうちは溜息をひとつついた。

洋榎「なあ……恭子。お前、自分で打てや」

洋榎「善野監督の真似事なんかやめて、お前は選手としてお前のできることをせえや」

洋榎「お前ひとりが無理しても、これより上にはいけへんで?」

洋榎「わかっとるんやろ?」


ずっと言いたかったことやった。
もうこれ以上恭子に無理はして欲しくない。


末原「……」

末原「……無理や」

末原「うちはもう……前みたいには打てへん」

洋榎「なんでや? 去年の秋にセーラを倒した恭子はどこにいったんや」

末原「うちかて……」

末原「うちかて打てるもんなら前みたいに打ちたいわ」

弱々しかった恭子の口調に少しだけ熱が篭った。
おそらくそれは恭子自身も何度も考えて尚、ままならなかったことなのだろう。

末原「でも……でももう無理やねん」

恭子はまたも俯いて首を振る。
弱々しいそれの後、恭子は呟くように言った。

末原「……洋榎、うちな」

洋榎「うん」


そこで恭子は迷うよう少し間を空けた。


末原「善野監督が好きやねん」


俯いたままの恭子の表情は伺えない。
でもそれが冗談でないこともただの「好き」でないこともはっきりとわかった。


洋榎「そうか……」


驚きはない。
でも、そう答えることしかできへんかった。
うちには恋愛経験はない。
もっと自分が大人だったら、こんなとき掛けてやる言葉も、そして自分の胸の中の妙な痛みの理由もわかるんやろか。


末原「あん時は善野監督がいたおかげで……善野監督のために打ってたからあんなに強くなれた」

末原「でも……善野監督はもうおらん……」

洋榎「……善野監督は、別に死んだわけちゃうやろ」


もちろんそういう意味での「おらん」でないことはわかっとる。
仕様もない返ししかできない自分を少し呪った。


末原「……」

末原「もう、うちは闘えへんねん、洋榎……」

末原「も、もう……麻雀なんか、しとおないねん……」



頭を垂れ肩を震わせる恭子はいつもよりも更に小さく見えた。

哀れやった。

気の毒やった。

可哀想やった。


傷つき、疲れきった彼女に、うちはなにができるだろう。


洋榎「なるほどな……お前の気持ちはよおわかった」


うちはひとつ嘆息した後、恭子の前にしゃがみこんで肩を掴んで体を起こしてやり、こちらを向けさせた。
腫れ上がり真っ赤になった目が痛々しい。


洋榎「辛かったな」


そう言ってやると、恭子の目からまたひとつ涙が溢れた。




うちはそんな恭子を。




力の限りぶん殴った。





流石に握りこぶしで殴ったわけやない。
でもうちのほぼ全力の張り手をまともにくらった恭子の首は大きく逸れ、背中と共に柵にぶつかって音をたてた。

末原「……う、ぐぅ……」

座り込んだまま、張られて真っ赤になった頬を抑えながら身じろぎする恭子。

末原「……ひ、ひろえ……」

恭子は殴られたショックからか、はたまた痛みからか、先程よりもかなりか細くなった声で震えながらうちの名を呼ぶ。

恭子を張った手が痛くて熱い。
しかしうちはそんなことは構わず拳を握りしめながら立ち上がり恭子を見下ろした。


洋榎「……なんやその顔は」

末原「……え?」

洋榎「なんやねんその声は」

洋榎「うちが、やさしく慰めてやるとでも思ったんか?」

末原「……」

洋榎「甘えんなよ」

うちがそう言い捨てると、恭子は恥じるように俯いた。


今の恭子にうちができること。
それは優しい言葉を掛けてやることではない。
ただ自分の想いを伝えること。
長らく続いた、彼女の間違いを正すことや。



洋榎「甘ったれんなや! メソメソメソメソしよってからに! イライラするわ!」


気がつくと大声を張り上げていた。


洋榎「善野監督善野監督やかましいねん!」

洋榎「確かにお前が強おなれたんは、善野監督への想いがあったからかもしれん!」

洋榎「でも強くなったんはお前自身やろが!」

洋榎「お前自身が努力して力をつけたから強くなれたんやろが!」


去年の冬からの、半年分溜めた想いやった。
次から次へと口から勝手に言葉が出てくる。
止まらない。


洋榎「それやのに、善野監督にフラれたからもう闘えへんやとぉ……!?」

洋榎「甘ったれるのもええ加減にせえ!」

洋榎「つべこべ言わず自分で打てや!」

洋榎「うちは……うちはなぁ……!」


息を吸い込む。


洋榎「そんなカッコ悪い恭子みたくないねん!」


肩で息をする。
なんか涙出てきた。
大声出しすぎて喉痛い。けど、どうにか尚も声を絞り出す。


洋榎「そもそも……」

洋榎「そもそも……お前が強くなったんはうちや由子との練習の成果ちゃうんかい……」

洋榎「それやのに……うちらのこと無視すんなや」

洋榎「麻雀しとおないなんて……言わんといて……」

洋榎「うち、まだお前と打ちたいねん……」




言い終えると力尽きたかのように洋榎は再び私のそばに腰を下ろした。
頬を上気させ肩で息をしている。

こんなに必死な洋榎を見たのは初めてだった。


洋榎の息が整って静かになってからも、私たちはしばらくその場に座ったまま黙り込んでいた。


どれぐらいそうしてしただろうか、洋榎がポツリと言った。


洋榎「恭子……うちな、今の3年が引退したら主将になるんや」


私は少し驚いたが、意外ではなかった。
実力的に考えたら洋榎が主将になるのは順当だと思う。


洋榎「でも……恭子のほうがええっていう声もあったらしい」


私には無理だ。
即座にそう言おうとしたが洋榎の次の言葉に遮られる。


洋榎「でもうちがやる。今決めたわ」


それは強い決心が感じられる口調だった。
洋榎は立ち上がり、こちらを振り返る。


洋榎「うちが主将になったからには……もう恭子にひとりで無理はさせん」

洋榎「でも、うちひとりでは姫松を勝たせることはできんのや」

洋榎「せやから、うちと一緒に闘ってくれへんか、恭子」


彼女は手を差し伸べた。


洋榎「お前の力をうちに貸してくれ」
 




目の前の洋榎をみる。

真っ直ぐに私に向けられている、彼女のいつものタレ目。

対局中は真意を読み取らせないその目は、今は真っ直ぐに私に気持ちをぶつけている。

立ち上がれ。


洋榎は手を差し伸べたまま、私を待っている。




善野監督がいなくなって、私は調子を落とした。

監督がいなくなったことを認めたくなくて、代わりになれるようがむしゃらに頑張った。

でも、失敗した。

選手としても、裏方としても、今の私は役立たずだ。

そんな私に、もはやなにが出来るというのか。

でも。

でも、もう1度だけ。

もう1度だけ闘ってみようか。

私のためにこんなに必死になってくれたこいつと一緒に。

私を必要とする、この人のために。




私は洋榎の手を取った。

私を先ほど張ったばかりの彼女の手のひらは熱い。

立ち上がる。


末原「わかった……いや、わかりました」

末原「これから、よろしくお願いします」

末原「主将」


なんやねんその口調、と洋榎が笑った。






月日は流れて、秋。





末原「皆さんお疲れ様です。少し早いですけど秋季大会のオーダーを発表しとこうかと思います」


3年生が引退し、私たちが麻雀部では最上級生となった。

新主将は予定通り愛宕洋榎。
私は去年と変わらず部の参謀役を努めさせてもらっている。

……いや、変わらずっちゅうことはないか。


末原「ちなみにこのオーダーは愛宕主将と、赤阪……監督との協議の結果決定したものです」


私の独断ではない。
皆の意見を取り入れた、皆で作りあげたオーダー。


末原「では、発表します」


末原「先鋒は、1年、上重漫。……漫ちゃん、頼むで」

漫「は、はい!」


インターハイでは大量失点したとはいえ、彼女の力なくして姫松の優勝はない。
漫ちゃん自身は信じられないという顔だが、私はあえて漫ちゃんを重要な先鋒に回した。


末原「次鋒は、2年、真瀬由子。……由子、漫ちゃんのカバー頼むで」


由子「おまかせなのよー」


チームでもトップクラスの安定感を誇る由子を次鋒にすることで、もし漫ちゃんが不発だったときにも確実に取り返してもらう。
由子の優しい笑顔が頼もしかった。


末原「中堅は、2年、愛宕洋榎。……主将お願いします」

洋榎「まかせとき。……ええ加減その口調やめろや」


姫松の伝統のエースポジションである中堅に洋榎を入れて、ここで試合を巻き返して主導権を握る。
私の喋り方に文句を言いながらも洋榎は満足そうに頷いた。


末原「副将は、1年、愛宕絹恵。たのむで絹ちゃん」

絹恵「は、はい!」


洋榎が作ったリードを守りの堅い絹ちゃんに確実に繋いでもらう。
洋榎と一緒に試合に出られるためか、絹ちゃんは嬉しそうだった。


末原「そして、大将ですが……」


私は小さく深呼吸をして、言った。


末原「私、末原恭子が務めさせていただきます」


皆からのバトンを受け取って試合を締める、各校のエースクラスが座るポジション。

そこに私は自ら座ることに決めた。


おそらく楽な道ではない。
洋榎みたいに危なげなく試合を締めることができるかわからん。

でも、務めあげてみせる。

私を強くしてくれた、私を必要としてくれるこの麻雀部のために。


決心した私を、皆の笑顔が暖かく迎えてくれた。

長らく止まっていた、私の、私たちの姫松での3年間。

その時間が再び動き出した。

そんな気がした。