image


前回までのあらすじ


犬の姿になり愛宕家に飼われることとなった末原恭子。

人間の姿に戻ることを諦めかける彼女の前に戒能良子プロがあらわれた……!

むろん不法侵入である。










犬原(なしてこないなとこに戒能プロが……?)


戒能「その疑問に答える前に場所を移しましょう。ここでは愛宕さんが起きてしまいます」


洋榎「ZZZ……」


犬原(そ、そうですね……)



戒能プロは私を抱き上げると窓から脱出した。

大きくていい匂いがした。









近くの公園



戒能「ふむ……ここまでくれば大丈夫でしょう」
 


戒能プロは人気のない公園まで私を連れてくると、私のおでこになにやら紙のようなものを貼り付けた。



犬原「わぷっ!? なんですかこれ?」


戒能「犬の言葉を日本語に直すお札です。それでトークできるようになります」


犬原「えっ……? あ、ホンマや。喋れる! ……なんでもありですね……」
 


?「やっぱり末原ちゃんやったんやね〜。まさかと思ったけどホンマにワンちゃんになってるやなんてな〜」


犬原「えっ!? だいこ……いや、監督!? なんでここに?」


赤阪「昼間ガッコに末原ちゃん来たやろ〜? そんときなんや妙なワンちゃんやと思ったから、うちが戒能ちゃん呼んだんやで〜」


犬原「う、うせやろ……。洋榎や由子ですらうちやて気づかんかったのに……」


赤阪「うちは〜、末原ちゃんのことならなんでもわかるんやで〜。これでも監督さんやから〜」


犬原「……」
 


戒能「さて……それでは末原さん。あなたの身にこれまでに起こったこと、話してもらえますか? そのうえでこれからのことを話し合いましょう」


犬原「は、はい……」
 



私は戒能プロと監督にこれまで起こったことをすべて話した。

洋榎たちと別れたあと犬に出会ったこと。

犬の目を見つめて気がついたら犬の姿になっていたこと。

自分とそっくりなやつがいて、学校にいったらそいつが普通に自分の代わりをしていたこと。




戒能「ふむ……聞けばきくほどクレイジーな話ですね」


赤阪「やっぱりその目があった瞬間に末原ちゃんとワンちゃんが入れ替わってしもうたんかな〜?」


戒能「ことが起こったのはその瞬間な可能性が高いですね。ただ問題は……」


赤阪「なぜ、こないなことが起こったのか。つまりは原因やね〜」


犬原「……やっぱり原因がわからんと私がもとに戻る方法もわからんままなんでしょうか……」
 
 


正直なところ、私はこうして犬になってしまった原因自体はどうでもよかった。

ただ、こうして犬と入れ替わってしまった自分の身体を取り戻せるのか。それが気になって仕方がなかった。
 
 


戒能「気持ちはわかりますが末原さん、物事には必ず原因があり、それをアナリシスすることによって解決策が導かれるものなのです。それはこうした世間一般でいうオカルトな事象でも同じことです」


犬原「そ、そうですね……すみません」


戒能「いえ、それより末原さんはなにか心当たりはありませんか?」




そうは言われても。

さすがに犬になってしまった心当たりなど、私には皆目見当もつかなかった。
 



赤阪「……うちにはわかったで〜。原因が」


戒能「え?」


犬原「ほ、ホンマですか!? いったいなぜ!?」


赤阪「それはやな〜……」


犬原「……」ゴクリ


赤阪「末原ちゃんがかわいすぎるからやで〜」


犬原「……は?」


赤阪「末原ちゃんがあんまりかわいいもんやからワンちゃんも思わず末原ちゃんの身体と入れ替わりたくなってしもうたんやろ〜」


犬原「……マジメにお願いしますよ」


戒能「いえ、あながち的外れとも言えません」


犬原「ウソぉ!?」


戒能「強い憧れや羨望の意思がきっかけで意識が乗り移ったという前例もります。……もっともいくら末原さんがキュートでも、犬にそこまでの意思があるのかはわかりませんが」




マジかいな。

まさかホントにあの犬がうちになりたいと願ったわけやないやろな……。
 



結局、その日の話し合いはそれ以降も有益なものにはならず解散となった。

戒能プロは別れ際、私の額のお札を剥がしながら言った。
 


戒能「常にシンキングし続けてください。どこかに元に戻るヒントが必ずあるはずです」




そないなこと言われてもな……。


その後、愛宕家にもどってからも私はふつうに飼い犬としての日々を過ごした。

戒能プロに言われたヒントについてももちろん考えてはいたが、何も思いつかない。

こっそりと学校に行ってみたりもしたが、特になにも得るものはなかった。

監督や戒能プロが夜中に会いにくることもなかった。




うち……ホンマに一生犬のままなんかな……。









日曜日
 



洋榎「よっしゃメゲル! さんぽ行こかー」


犬原(ホンマに洋榎はうちとさんぽするの好きやなー。もちろんうちも好きやけど)キャン!

 

洋榎の笑顔を見ていると鬱々とした私の気分も和らぐ気がした。
 



洋榎「めげめげめーげーめーげー♪ こうしをのーせーてー♪」テクテク


犬原(はは、なんやその歌。……ん!? あれは……)テテテテ



末原(?)「あ、主将。ちょうどええところに」

 


上機嫌に歌う洋榎と散歩していると目の前から奴があらわれた。

私の偽物が。




洋榎「おう恭子。こないなとこで会うなんて偶然やな」


末原「いえ、実はちょうど主将の家に行くところでした。……そっちはメゲルの散歩中ですか」

 


このあいだ噛まれたからだろう、私の方を見てあきらかに警戒した様子の偽物。
 



洋榎「そやで。うちに用事やったか?」


末原「ええ、実は国麻に出場してきそうな選手を調べてたらちょっと気になることがあったんで、知らせとこうかと」


洋榎「ホンマか? なんやなんや」





麻雀の話になるや否や、真剣な顔になる洋榎。

それは犬の私と遊ぶときには決して見せない、雀士としての洋榎の顔だった。


それにしても……国麻か……。

全国国民麻雀大会。

私自身が出場するかはわからないが、洋榎は出場がほぼ濃厚となっている大会。

そういえば、犬になる前の私はその準備に追われていた。

彼女は本物の私ではない。だが私がやろうとしていたこと、それは今や彼女が立派に受け継ごうとしているらしかった。

 


末原(?)「……ですから、白糸台の大星が……」


洋榎「……せやけどそれは阿知賀の高鴨が……」


末原(?)「……いえ、宮永からのメールによると……」
 



真剣な表情で洋榎と話す私の偽物。

それはとても偽物とは思えないほど違和感のないものだった。

一瞬、それがもともとは私自身であることを忘れてしまうほどに。
 



犬原(……でも、大変やなあ……あいつはこれからもいろんな強敵と戦わなアカンのやから……)
 



だからか私は思わずまるで他人事のようにぼんやりとそう考えた。

そして同時に気がついた。
 



犬原(そうか……うちは犬でいる限りは、もう戦わんですむのか……)
 



もしも私が国麻に出場することになったら。いや、国麻に出なくても、これからも麻雀を続けていくからには、また戦わなくてはならない。

あの怪物たちと。

姉帯や石戸、獅子原やヴィルサラーゼ、そして宮永。

いずれとの戦いも苦しく、辛いものだった。

これから麻雀を打ち続けるならば彼女達以上に強いもの達とも戦わねばならないだろう。

その重圧から解放されるのだ。

犬である限りは。





不意に戒能プロと監督の言葉を思い出す。




戒能『強い憧れや羨望の意思がきっかけで意識が乗り移ったという前例もります』


赤阪『末原ちゃんがあんまりかわいいもんやからワンちゃんも思わず末原ちゃんの身体と入れ替わりたくなってしもうたんやろ〜』






わかった。
 

わかってしまった。

 


違う。
 

犬が私になりたいと願ったわけではなかった。
 

私が、私の方が、犬になりたいと願ったのだ。








洋榎「……ゲル! おいメゲル! どないしたんや、突然ボケっとして。帰るで」
 



気がつくと、私の首輪についたリードを引っ張りながら洋榎が騒いでいた。

私の偽物との話は終わったようで、これから帰ろうとしていたようだ。
 


私は駆け出した。

愛宕家とは反対の、私の家の方向に。

ずっと座り込んで動かなかった私が突然走り出したからか、洋榎はリードをしっかりと握っていなかったようで簡単に振り払うことができた。




洋榎「お、おいメゲル! どこにいくんや! 戻ってこーい!」
 



後ろから洋榎の声が聞こえる。

それにも構わず私は走り続けた。

そして見つけた。その背中を。
 



犬原(待って! 待ってくれ!)キャンキャン!
 



私の声が聞こえたのか、そいつは振り返る。




末原(?)「……」


犬原(たのむ! うちの……うちの身体を返して!)




戒能プロのお札も貼られていないのでもちろん、人間の言葉を発することはできない。

しかし私は構わず吠え続けた。




犬原(うち、どうしてももとに戻りたいんや!)




私が吠えるのをじっと黙って聞いていた私の偽物は、表情一つ変えることなく、私を見下ろしながら言った。
 



末原(?)「……ええんか? また、辛い目にあうで?」

 


慰めるような優しい口調でも、咎めるような厳しい口調でもなく、ただただ静かに目の前の私の身体は言った。





末原(?)「……それよりは、その犬の姿のまま、洋榎のそばにおったほうが幸せなんとちゃうんか?」



犬原(……ちがう)


犬原(たしかに……インターハイ以降の私は、無意識に弱気になってたかもしれん……)


犬原(かわいらしい犬のお前をみて、犬になればもうこんな辛い思いはせんですむて思ったかもしれん)


犬原(さっき洋榎と話しとるお前をみてホッとしてしもうたのも事実や。……もううちが頑張る必要はないてな……)




末原(?)「……やったらなぜ」
 



犬原(でもやっぱり、うちには大事なんや。洋榎や由子、絹ちゃんや漫ちゃんたちとの麻雀が……)


犬原(姉帯とか宮永とかあのめっちゃ怖いやつらとの戦いが……)


犬原(めっちゃ辛くて、プレッシャーもすごくて、たまにゲロ吐きそうで、しょっちゅう逃げ出したくなるけど……)
 


犬原(やっぱりうちはあの生活が好きやねん!)
 


犬原(せやから、たのむ……うちの身体を……うちの日常をかえして……)

 


私の言葉を聞き終えた彼女は、なにも言わず私の身体を抱き上げた。

そして私の目をじっと見つめる。
 

まさにあの日の私と同じようだった。









翌朝。
 

人間の姿にもどった私は学校へ登校した。

やっぱこの身体が一番落ち着くわ。

 


末原「おはよう」


由子「あ、おはようなのよー……」


末原「ん? どうかしたん?」


由子「その……洋榎ちゃんちのメゲルがいなくなっちゃったらしいのよー」


末原「え……あ、そうか……」

 


あの後、私の身体から犬にもどったあいつはすぐにどこかに消えてしまった。

どこに言ったのかはわからなかったが、結局洋榎の家にはもどらなかったようだ。





由子「それで、洋榎ちゃんすごく落ち込んでるのよー……」


末原「そうなんか……」

 


洋榎は教室の端でうつろな目のまま黙って座っていた。

傍では絹ちゃんが心配そうに話しかけている。

 



絹恵「お姉ちゃん、今日帰ったらまた探してみよな……ぜったい見つかるから……」


洋榎「……」


末原「主将、絹ちゃん、おはようございます」


絹恵「あ、末原先輩。おはようございます」


洋榎「……おはよう」

 


洋榎は力なくこちらを一瞥すると、沈んだ声で挨拶を返した。

泣いたのか、目は真っ赤に腫れている。

いつも元気な洋榎をこんな表情にしてしまったことに胸が痛む。




末原「……メゲルがいなくなったそうですね」


洋榎「……」


絹恵「そうなんです……昨日も遅くまで探したんですけど、みつからんくて……」


洋榎「うちのせいや……」


洋榎「うちがしっかりリード握ってなかったから……」


絹恵「お、お姉ちゃん……そんなことあらへんて……」


洋榎「メゲルはかしこいやつや……せやのに戻ってこんってことは事故にでもあっとるんかも……!」


絹恵「お姉ちゃん落ち着いて……」


末原「……」




聡明な洋榎がここまで取り乱すのを見るのは初めてだ。

本当に犬の私は彼女にとって大切な存在だったらしい。

だからこそ……伝えなければならない。




末原「主将……メゲルはもう帰ってこんと思います」


末原「でも、あいつもきっと主将のことを大事な相棒だと思ってますよ。きっと……」


洋榎「恭子……?」




犬としても人間としても。
 

あなたが傍に置いてくれたことが、私はうれしかった。
































?「なんとか無事にもとに戻れたようですね」


??「わざわざ遠い所きてもらっておおきにな〜。おかげで末原ちゃんが調子取り戻せたわ〜」


?「今回のことがきっかけで末原さんはより強い意思をもって自分の麻雀に取り組めるかもしれませんね。……とはいえ、とつぜん末原さんを犬にしてくれと連絡がきた時はさすがに驚きましたが……」


?「いくらなんでも荒療治すぎたのでは……あれでは本当に末原さんが犬のままになってしまう可能性もありました」


??「ええんよ〜。末原ちゃんはインターハイの後からちょっと自信なくしてたんやから、スランプを脱出するためにはあれくらいせんと〜」




??「それに〜……」


?「それに……?」


??「うちは末原ちゃんがワンちゃんのままでもよかったで〜? めっちゃかわいかったし〜」


?「……あなたは本当に恐ろしい人ですね……」




カン!