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ユキちゃんが入学する前の有珠山麻雀部がわちゃわちゃ人助けする話です。


『犬とお姉さん』

 


 「なあー、ゆあんー、入ってよー、たーのーむーよー」

 

 春、有珠山高校に入学した揺杏は早々に爽に絡まれていた。

 窓際後方の揺杏の前の席に逆向きに座って椅子をガタガタと揺すりながら爽は騒いでいる。

 2年生になったはずの爽は、1年生の教室だというのに遠慮など微塵も感じさせない。

 

 「わかったわかった。入ればいいんだろ入れば」

 

 「ホント!? さっすが揺杏。たすかるー」

 

 屈託なく笑う爽を見ながら、変わらないなと揺杏は思った。

 爽が中学校を卒業してから1年ほど、会う機会は減っていたが、相変わらずの幼馴染の様子に揺杏は少し安心した。

 

 「でも言っとくけど、麻雀なんて児童館以来やってないぞ私は」

 

 「いーのいーの、麻雀部なんて名前だけで遊んでるだけだし」

 

 入学式が終わった翌日、揺杏が登校し自分に割り当てられた席に座ってすぐに爽は現れた。

 再開の挨拶も早々に、爽は自分が入っている麻雀部に揺杏を勧誘してきたのだ。

 

 「よし、これで5人そろったから部は存続確定だな」

 

 満足そうに頷く爽。

 この高校では部員が5人いない部は廃部になってしまうそうなのだ。

 

 「5人て、爽とチカセンと……あと誰?」

 

 幼稚園がいっしょだった誓子はいいとして、残りのメンバーの詳細が揺杏は気になった。

 めんどくさい先輩とかは嫌だなと。

 

 「矢元さんって先輩がひとりいるけど、ほぼ幽霊部員だから大丈夫。あとひとりはチカが連れてくるってさ」

 

 爽の答えに揺杏はひとまず安堵する。

 先輩がいないなら気楽だし、誓子の知り合いなら少なくとも悪いヤツではないと思える。

 

 「じゃあ、また放課後にむかえにくるよ」

 

 そう言い残してさっさと立ち去る爽を見送ってから揺杏は一息ついた。

 相変わらず爽は賑やかで楽しそうだ。

 

 

 〜

 

 

 

 「へ〜、揺杏ちゃんは爽さんやチカちゃんと同じ幼稚園だったんですか」

 

 「うん、まあね」

 

 「幼馴染ってやつですね。素敵です!」と言ってニコニコしている成香とふたりで揺杏は学校からの帰り道を歩いている。

 麻雀部に入部してから数日、揺杏は割と悪くない日々を送っていた。

 再開したチカセンはもちろん、この成香も最初こそ性格が合わなそうと感じたが、話してみると意外とウマが会い、こうして一緒に帰る程度には仲良くなった。

 

 「それにしても爽さんておもしろいし、親切ないい人ですね」

 

 「ん? そうかな?」

 

 「私が初めて会った時、いきなりお尻を触られてビックリしたんですけど、虫がついてたからって払ってくれたんです」

 

 「へえ……」

 

 「その後なぜかチカちゃんに、悪い虫はアンタよ! ってビンタされてましたけど、それでもニコニコしてましたし、きっと心が広いんですね」

 

 心ではなくストライクゾーンが広いんだよ。と、揺杏は言いたくなったが黙っておいた。

 

 そこで揺杏のポケットから軽やかなメロディが聴こえる。スマホの着信だ。

 見ると悪い虫、もとい爽からの電話だった。

 

 「もしもし、爽?」

 

 「あ、揺杏? 今帰りか?」

 

 「うん。成香といっしょに」

 

 「ちょうどよかった! 今からふたりでこっちにきてくれ」

 

 「なんで?」

 

 「犬をつかまえるぞ!」

 

 爽から下される唐突な展開に揺杏は首を傾げた。

 

 

 

 〜

 

 

 

 事の顛末はこうだ。

 爽と誓子がふたりで帰っている途中、とある女子大生と出会った。

 なにやら困っている様子だったので爽が声をかけると、どうやら飼っていた犬とはぐれてしまったらしい。

 それを聞くや否や、爽はふたつ返事で犬の捜索の手伝いを申し出た、との事だった。

 

 「というわけで、今から犬を探すぞ!」

 

 「今からぁ? もう暗くなるし明日からにしたほうが……」

 

 思わずそう言う揺杏に、爽がくるりと振り返る。

 

 「揺杏、なにいってるんだ! もうすぐ暗くなるからこそ急いで探さないと! 事故にでもあったらどうするんだ!」

 

 めずらしく真面目な顔の爽の正論に思わずたじろいでしまったが、揺杏は知っていた。その犬を探している女子大生というのが爽好みの清楚な美人であるという事実を。

 先程から誓子が不機嫌そうに爽を睨んでいるのもそのあたりが原因だろう。

 ちなみにその美人な女子大生は揺杏たちが合流してからすぐに、ひとりで別の心当たりの場所を回ってきますと、別れていった。

 年下の爽たちに、本当にすみません。どうかよろしくお願いします。と丁寧に頭を下げて行く、上品で性格の良さそうなお姉さんだった。

 

 「爽さんの言う通りですね。すぐに探しに行きましょう!」

 

 成香はやる気まんまんだ。

 いや、お前はもう少し爽を疑ったほうがいい。と揺杏は思ったが、そういえば成香の実家は牧場であったことを思い出した。生き物を大切にする思いが特別強いのかもしれない。

 

 「探すといっても、どうやって探すのよ?」

 

 誓子が聞く。

 不機嫌そうな顔をしていたが、誓子も犬を探すの自体はやぶさかではないらしい。

 なんやかんやで優しいからなチカセンも、と揺杏は思った。

 

 「さっきのお姉さんからいつも犬の散歩してるルートを教えてもらったんだ。これを二手に別れてそれぞれ逆向きに辿っていくぞ!」

 

 

 

 〜

 

 

 

 爽と誓子がいつもお姉さんと犬が散歩している順のルート、揺杏と成香が逆向きに辿るルートを担当となった。

 

 「ワンちゃん、ケガとかしてないといいですね……」

 

 左右を見回し犬を探しながら成香は心配そうに言う。

 

 「このへんは車の通りとか少ないから大丈夫だよ。たぶん……」

 

 気休めではあるが揺杏はそう答える。

 

 ちなみに行方不明になった犬の特徴は「かわいい、小さい、垂れ耳、目付き悪い、すけべ」に加えて「メゲルワン……メゲルワン……」と特徴的な鳴き声をしているそうだ。だからなんだって訳でもないが。

 

 「あ! ワンちゃんいました!」

 

 「え? もう!?」

 

 思いのほかあっさりと犬は見つかった。

 犬はなにかを探すようにクンクンと地面の匂いを嗅ぎながら歩いていた。が、成香と揺杏が大声を出したため驚いたのか、揺杏たちとは反対方向に走り出してしまった。

 

 「やっべ! 成香、追うぞ!」

 

 「はい!」

 

 とは言ったものの、揺杏は正直脚の速さには自信がなかった。

 走り出して数秒程でさっそく足がもつれ息が切れ始めた。

 

 「ワンちゃん待ってくださーい!」

 

 へなへなとスピードダウンする揺杏とは裏腹に、成香はぐんぐんと加速し犬を追いかけていく。

 割と運動神経はいいのだろうか。

 こんな時だが、新たな友人の意外な一面を発見し揺杏は感心した。

 

 しかし、成香の激走も虚しく、犬との距離は徐々に離れていく。

 小型犬とはいえやはりそこは四足歩行生物。速い。

 やっぱりダメか。諦めかける揺杏だったが、そこに爽の声が響いた。

 

 「いいぞ成香! そのままこっちに追い込め!」


 見ると、前方から爽が現れ、犬の進路を塞いだ。

 どうやら犬を追いかけてくる揺杏たちを発見し走って先回りしたようだ。

 誓子はどこだと揺杏が探すと、爽のはるか後方でヨロヨロとゾンビのように走ってきていた。

 そういえばチカセンは幼稚園の運動会のかけっこでもビリでおまけに転んで泣いていたなと揺杏は思い出した。

 

 「よっしゃ! バッチこい!」

 

 迫る犬を前に、爽は両手を広げ、大きく足を開き、犬が左右どちらに来ても対応できる態勢をとった。

 

 爽の隙のない構えに思わず勝利を確信する揺杏だったが、犬は思わぬ行動にでる。

 

 「ああ〜!?」

 

 爽の声がむなしく響く。

 なんと犬は大きく広げた爽の足の間をくぐったのだ。

 左右どちらかに来ると読んでいた爽は真っ直ぐに突っ込んできた犬に対応できず、通り抜けていく犬を股の間から見送るしかなかった。

 まるでドカベンのオープニングの岩鬼のような態勢になっている爽をよそに、犬は悠々と後方に走っていく。

 

 今度こそダメか。と諦めかける揺杏だったが、そこでまたも声が聞こえた。

 

 「わ、私に任せなさいぃ……!」

 

 見ると誓子が犬の前方で捕獲態勢をとっていた。

 そういえば、爽の後方で走ってきていたのだった。

 とはいえ、走るのが苦手で、息も絶え絶えで顔も真っ青で、先程の声も明らかに余裕のない掠れた声だった誓子に犬を捕えられるのであろうか。

 そんな状況にも関わらず果敢にも迫り来る犬を迎え撃つ気まんまんの誓子を揺杏は応援するしかない。

 先程の爽が股を抜かれたのを見ていたのか、誓子は足を大きく開きながらも、内股で股の間を狭くしていた。

 走ってきた直後にその態勢は辛いのか、生まれたての小鹿のようにプルプル小刻みに震えている様が涙ぐましい。

 そんな誓子の様子もお構い無しに犬は迫る。

 どうやら左右どちらにも曲がる様子がない。先程と同じく真っ直ぐ突っ込んでくるようだ。

 このままいけば誓子の内股に犬は衝突し少しは足止めになるだろう。

 その隙に成香と爽が追いつき、力を合わせれば恐らく捕えられるのであろう。

 揺杏は今度こそ勝利を確信したが、犬はまたも思わぬ行動に出る。

 

 「チカセンを踏み台にしたぁ〜!?」

 

 なんと犬は誓子に衝突する直前飛び上がり、驚いた誓子の顔を踏みつけるとそのまま誓子を飛び越えて行った。

 踏みつけられた誓子はそのまま仰向けに「ぐふぅっ!」とおおよそ女子とは思えない声を出しながら倒れ込んだ。

 有珠山高校麻雀部即席のジェットストリームアタックは名も知らぬ犬の前に敗れ去ったのである。

 

 

 

 〜

 

 

 

 「これはチャンスだ」

 

 ようやく追いついた揺杏に爽が言った。

 

 「あの犬を動画に撮って、テレビの『スゴ技どうぶつショー !』に投稿すれば賞金が貰えるかもしれない」

 

 「いや〜、あのぐらいじゃ無理っしょ」

 

 揺杏は否定する。世の中上には上がいるのである。

 すると成香がすかさず提案した。

 

 「踏みつけた後に宙返りしながら飛び越える、ぐらいすればいけるかもしれませんね」

 

 「それだ! お姉さんに頼んで訓練させてもらうか」

 

 「アンタたち少しは私の心配もしなさいよ……」

 

 腕を組んであの犬の美技について語る爽たち3人に、仰向けに倒れたままの誓子が恨めしそうに言った。

 その顔には犬の足跡が付いており美人が台無しだ。

 

 「チカ。大丈夫か?」

 

 「……大丈夫じゃないわよ」

 

 疲労と犬に足蹴にされたショックからか、立ち上がれない誓子を仕方なく揺杏が背負い、4人で犬の後を追う。

 

 「ん……? なにか、犬の声が聞こえませんか?」

 

 と、成香が気づいた。

 

 「お、ホントだ。この塀の向こうだ」

 

 そう言って爽はとある民家の塀にしがみつき向こう側を覗き込んだ。

 ふつうだったら咎めるところだが今は仕方ない。

 

 「……いた」

 

 塀から降りた爽は呆れたような、なんとも言えない表情で呟いた。

 変に思った揺杏は、背負っていた誓子を爽に任せ、塀の向こうを覗く。

 爽は飛びつかなければならなかったが、長身の揺杏は背伸びしながら軽くジャンプすれば塀の向こうを見ることができた。

 

 「おぅ……」

 

 揺杏の口からは思わずそんな声が漏れる。

 塀の向こうでは、揺杏たちが探していた犬と、この家のものと思われる犬が交尾していた。

 どうやらあの犬はこの家の犬に会いにくるために飼い主から逃げ出したようだった。

 

 動物特有の激しく生々しい交尾を目撃してしまった揺杏たちは微妙な気分になりながらも、飼い主のお姉さんに電話をして犬を迎えに来てもらった。

 ちなみにお姉さんが駆けつけてからわかったことなのだが、飼い主のお姉さんはこの家の住人、つまりあの交尾されていた犬の飼い主であるお兄さんとお付き合いをしているらしかった。

 その事実を知った爽は大層落胆していた。

 

 

 

 〜

 

 

 

 「ショックだ……まさかあのお姉さんに男の恋人がいたなんて……」

 

 お姉さんの恋人発覚からまだ立ち直れていない爽。

 

 「もうしばらく犬は見たくないわね……」

 

 犬に踏みつけられたショックをまだ引きずっている誓子。

 

 「あの犬は愛のために私たちという障害を乗りこえてあの家の犬に会いに行ったんですね……素敵です!」

 

 なぜかひとり感動している成香。

 

 「もうなんか疲れたわ……」

 

 揺杏は疲れから、誰ひとりに対しても励ますこともツッコむこともできなかった。

 

 こうしてこの4人の最初の人助けは完了したのである。

 

 

 

    第2話