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前回
 





  「成香の様子が変だって?」
 
 揺杏は頷く。
 昼休みに麻雀部部室で爽と昼食を摂っている最中に揺杏はそれを報告した。
 
 「変ってどんなふうに?」
 
 爽は売店から買ってきたばかりのコロッケパンを齧りながら尋ねてきた。
 対して揺杏は自前の弁当の中の卵焼きをいじりながら答える。
 
 「んと……いっしょに帰ってくれなくなった」
 
 「え? なんて?」
 
 「いっしょに帰ってくれなくなった!」
 
 聞き返され語句を強めた揺杏にポカンと口を開けた爽だったが、しだいにその口の端がつり上がり笑みの形になった。
 
 「ははあ〜ん、揺杏嫌われたな〜?」
 
 「い、いや、そんなことねーし」
 
 「いやいやいや。どうせえっちなことでもしたんだろ。お尻でも触った?」
 
 「爽といっしょにすんなよ。てか嫌われてねーし」
 
 「どうしてそう思うんだよ」
 
 「だって部活中とかはふつうだよ?」
 
 「成香も気ぃつかいぃだからな〜」
 
 「や、やめろよ……。なんかホントに不安になってきた……」
 
 「まあ、それは冗談としてもね。成香もお年頃ってことだよ、揺杏くん」
 
 気取った言い方で小指を立てる爽。
 
 「マジかよ……。あの成香に彼氏……?」
 
 「そうさ、ここはひとつ。友人として黙って応援してあげてはどうかね?」
 
 「まあ、確かに成香もかわいいもんな……」
 
 彼氏のひとりやふたりいてもおかしくないか。
 揺杏がそう納得しかけるや否や、どこからか声が聞こえてきた。
 
 「聞き捨てならないわね」
 
 「え」
 
 「話は聞かせてもらったわ」
 
 ガラリ、と窓が開いて誓子が登場した。
 
 「チカセンどっから現れんだよ」
 
 「たまたま外を歩いてたらあんたたちの声が聞こえたのよ。それより成香に彼氏なんて許さないわよ」
 
 窓枠を跨ぎ部室に入りながら誓子はそう言った。
 跨ぐ際にスカートがめくれ、白いタイツにつつまれた誓子の太腿が露出し、爽と揺杏の視線が自然と集中する。
 ちなみに流石に土足はまずいと思ったのか靴は脱いでいる。
 
 
 「チカが許すも許さないもないだろ」
 
 爽が笑いながらか言うが誓子は耳を貸さない。
 
 「黙りなさい。あの娘とは小学校の鼓笛隊でいっしょになってからの付き合いなのよ私は」 
 
 だからと言って成香の恋愛事情に口出しする権利はないだろう。と揺杏は思ったのだが、一方であの成香がいったいどんな男と付き合っているのか知りたいという欲求も確かにあった。
 故に「今日、成香と付き合ってる男を見に行くわよ」と言う誓子のセリフにも強くは反対しなかった。
 
 「でもさ、どうやって成香の彼氏に会うのさ」
 
 「放課後に成香の後を付けるわよ」
 
 揺杏は絶句する。
 ストーカーかよ、と。
 
 「ふつうに、成香に話して会わせてもらうじゃダメなの?」
 
 「ダメよそんなの」
 
 ピシャリ、と誓子は言った。
 
 「事前に言ってからじゃ取り繕られるかもしれないじゃない。こっそりそいつの本性を見ないと」
 
 「際ですか……」
 
 「というわけで、今日は成香が帰る時間になったらここに集合してそこから尾行するわよ。いいわね? 爽、揺杏!」
 
 勇ましくそう言い切る誓子。
 その様は、みんな忘れがちだが、この麻雀部の部長は誓子であることを思い出させるリーダーシップであった。
 もっとまともなことにそれを使ってくれよと揺杏は思いながら弁当を平らげた。
 
 
 
 「ああ……えらいわ成香!」
 
 「なあチカセン、もう帰ろうよ……」
 
 電柱の陰に隠れながら眼がうるうるしている誓子の後ろで揺杏はため息をつきながら言った。
 
 放課後になり予定通り成香の尾行を始めた揺杏たちだったが、成香の彼氏とやらは一向に表れる気配がなかった。
 そのかわり成香は行く先々で困った人達を助けていたのだ。
 右に落し物があれば拾い交番に届け、左に道に迷った外国人がいれば道案内をし(なんと成香は英会話ができたのだ。すごい!)今はおばあさんの荷物を持ってあげている。
 それを見て誓子は「さすがは私の成香だわ……!」などと勝手に感動している。
 あんたは成香のなんなんだと心の中でツッコミながらも揺杏は少し安心していた。やはり成香に彼氏などいないのだ。
 
 「でもさー、彼氏じゃないんだったらなんで揺杏といっしょに帰らないんだろうね」
 
 爽がなにげなく言う。
 そう言われればそうである。
 べつになんの用事もないのであればわざわざ揺杏と帰ることを断る理由もないのだ。
 ……揺杏が嫌われてさえなければ。
 
 「……」
 
 「い、いや大丈夫だって。暗くなるなよ揺杏」
 
 思わず固い顔になる揺杏を励ます爽。
 
 「ちょっとあんたたち、そんなことしてる場合じゃないわよ」
 
 「え?」
 
 電柱の陰から様子をうかがい続けていた誓子が爽と揺杏を呼ぶ。
 なにごとかとふたりが見ると、成香がひとりで公園に入ろうとしていたところだった。
 
 「公園? 成香はいつも公園を通って帰るのか?」
 
 「いや、そんなことないはずだけど……」
 
 揺杏がいっしょに帰るときも公園など一度も通ったことはなかった。
 そもそも公園といっても、運動公園のような大きなものではなく、ブランコや砂場、ゾウの形をしたすべり台などがある子供があそびにくるような、ごくふつうの公園だ。近道にしてもわざわざ突っ切る必要があるほど広くはない。
 
 「これは臭うわ……激臭ぷんぷん丸だわ……」
 
 ぶつぶつとつぶやきながら、誓子は迅速かつ静やかな足取りで公園に入り込んでいく。爽と揺杏もあわててあとを追った。
 3人は公園の中央にあるゾウの形をしたすべり台の陰で様子をうかがうことにした。
 そんな3人に気付くこともなく、成香は公園の中をさっさと歩きたどり着いたのは……。
 
 「あれって……トイレ?」
 
 成香は公園の角のほうにある公衆トイレに入っていった。
 
 「な〜んだ、ただオシッコしたくなっただけじゃん」
 
 「いや、おかしいわ……」
 
 「なにがおかしいんだよ?」
 
 「いくらトイレにいきたくなったからってわざわざ公園のトイレにいく? すぐそこにコンビニだってあるのに……」
 
 いわれてみればそうである。
 たしかにここに来る途中、100メートルもないところにロー○ンがあった。
 それに成香が入っていったトイレは決して新しいものではなく、定期的に掃除がされてるかも怪しい古びたトイレだった。
 いくら突然催したとしてもわざわざあんなトイレに入るだろうか?
 否、揺杏ならば入らない。
 
 ならばいったいなぜ成香はわざわざあのトイレに入ったのだろうか。
 なにかあのトイレに秘密でもあるのか。
   まさか、あのトイレでなにかよからぬ行為でも行われているのでは。
 揺杏の頭に嫌な予感がよぎる。
 誓子も同じようなことを考えているのか、揺杏と同じような重い表情だった。
 
 「い、いや。コンビニの方に行くほどの余裕すらないほど本当にとつぜんお腹が痛くなったのかもしれないしさ……」
 
 爽が気休めのようにそう言うが、揺杏と誓子の気が晴れることはない。
 
 「ちょっと私見てくるわ」
 
 「私も」
 
 「あ、成香出てきたぞ」
 
 誓子と揺杏がゾウの形のすべり台から出ていこうとするとちょうど成香が出てきた。ふたりはあわてて引っ込む。
 
 「あれは……体操服?」
 
 トイレから出てきた成香なぜか有珠山高校指定のピンク色のジャージに着替えていた。
 
 「なんでジャージに?」
 
 「ま、まさか服を汚すほどの勢いのうんk」
 
 「爽ちょっと黙りなさい」
 
 揺杏が首をかしげ、誓子が爽を睨みつけている間に成香は砂場のほうに歩いていく。
 
 「まさか砂遊びしたいから着替えたのか?」
 
 「あ〜、わかる。たまに砂のお城とか無性に作りたくなるよね」
 
 「あんたといっしょにしないで」
 
 砂場に向かうように見えた成香だったが、通り過ぎてしまう。どうやら砂場には用はなかったらしい。
 かわりにその隣に設置してある鉄棒にもたれかかった。
 そのまま鞄からスマホを取り出しいじり始めた。
 
 「……誰かを待ってるのかな?」
 
 「そう見えるね」
 
 「! やっぱり彼氏かしら」
 
 「ジャージで?」
 
 「スポーツマンなのかしら……成香をゴツイ身体で組み伏せようなんて許せないわ」
 
 「チカセンの想像力がおそろしいよ」
 
 「ねえ、誰か来たみたいだけど」
 
 爽が公園の入口の方を指さした。
 
 「誰だあれ? 男の子?」
 
 公園に入ってきたのは小学校低学年ぐらいの男の子だった。
 小綺麗に切りそろえられた黒髪に短パン、背中にはシャレた青いランドセルを背負っている。
 育ちの良さそうなお坊ちゃんという風貌だった。
 
 「ただ公園に遊びに来ただけじゃないの?」
 
 「でも成香が手を振ってるぞ」
 
 「じゃあやっぱり成香が待ってたのはあの子か」
 
 「いくら子どもでも成香に手を出すなら容赦しないわよ」
 
 「通報するぞ」
 
 男の子は成香と何度か言葉を交わした後、ランドセルを置いて鉄棒にむかった。
 そして鉄棒を握りしめると一心不乱に逆上がりの練習を始めた。
 成香はその様子を見ながらときおりなにやら言葉をかけていた。
 
 「……どうする?」
 
 「もう隠れてる意味はないわね……」
 
 「んじゃ、出ていくか。おーい成香ー!」
 
 揺杏が止めるまもなく爽が大きく手を振りながら成香に近づいていった。
 
 
 
 ことの顛末はなんのことはない。
 成香の家の近所に住むという男の子はもうすぐ鉄棒のテストがあるという。
 はじめはこの公園でひとりで練習していたのだが、たまたまそれを目撃した成香が協力を申し出てそのままコーチをすることになったということだ。
 
 「でも、なんで揺杏にも黙ってたんだ?」
 
 「すいません……。あの子に誰にも言わないって約束したもので」
 
 こんな見ず知らずの少年が、鉄棒の練習をしていることなど揺杏に教えてもなんの問題もなさそうだが、約束したからにはしっかり守ろうとするところが成香の誠実さということだろうか。
 それに、現に揺杏たちが現れると少年は恥ずかしそうにしていた。
 相手が誰であれ隠れて練習しているところを見られて恥ずかしいのだろう。
 
 「そっか……。いや、でもよかったよ。てっきり私が成香に嫌われたのかとちょっと心配だったんだ」
 
 「え? なんでですか? 私が揺杏ちゃんを嫌いになるわけないじゃないですか」
 
 「私は揺杏ちゃんだいすきですよ!」
 
 結婚しよ。
 
 揺杏が成香の天使のような笑顔に魅せられながら、そう誓うのだった。
 
 「それにしても、あの子、なかなかうまくならないな」
 
 「あとは逆上がりだけなんですけどね……」
 
 男の子は今、新たにコーチを買って出た爽の指導のもと逆上がりの練習をしている。
 しかしなんどやっても成功する兆しは見えなかった。
 ちなみに誓子もとなりでみてはいるが、彼女も逆上がりは苦手のためろくにアドバイスも出来ずに黙って見守っている。
 
 「うーん、しかたない。こうなったら私がお手本をみせてやろう」
 
 そう言って鉄棒を掴む爽。
 そういえば爽は昔から鉄棒得意だったな、と揺杏は思い出しながらとあることに気がついた。
 
 「あれ、爽スカートのままだけど……」
 
 しかし揺杏の言葉は待たずして爽は勢いよく地面を蹴った。
 
 『あっ』
 
 揺杏、誓子、成香、そして男の子の4人の声が重なった。
 
 「よっと。まあ、こんな感じかな。……あれ? どうした4人とも?」
 
 くるりと見事な逆上がりを披露して華麗に着地した爽は不思議そうにまわりを見回す。
 しばらく爽以外の4人は黙っていたが、やがて誓子が言った。
 
 「……爽、ちょっとよくわからなかったからもう一度よく見せてくれるかしら」
 
 「なんでチカがよく見る必要があるんだよ?」
 
 「いいじゃないそんなこと。ほら、この子ももっと見たいって言ってるわよ」
 
 男の子は恥ずかしそうにモジモジとしていたが、やがて遠慮がちにうなずいた。
 
 「? まあ、べつにいいけど?」
 
 その後、爽が何回逆上がりをしても誓子と男の子が「もういっかい! もういっかい!」と繰り返し、爽は首をかしげながらも、こころよくスカートのままクルンクルンと逆上がりを繰り返した。
 その数はざっと30回を超え、気がつくと途中から思わず揺杏も「もういっかい!」コールに加わっていた。
 これには先程は天使の笑顔をしていた成香もさすがに複雑な表情であった。
 
 結局その日は男の子は逆上がりを成功させることはできなかった(というかお手本を見る前より動きずらそうだった。なぜだろうか)がどこか満ち足りた顔をしており、誓子もまた同じような顔であった。
 目的を達成させることだけが人助けではないのだ。めでたしめでたし。