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 第12話


前回までのあらすじ。
姫松高校に入学した末原恭子は1年生の秋頃から頭角を表し、姫松の中心的選手となる。

しかし、同時期に尊敬する善野監督の入院による退任から彼女の歯車は狂い始め、遂には親友である愛宕洋榎と仲違いを起こしてしまう。
選手を辞退し、まるで善野監督の代わりとなるかのようにチームの指揮をとる恭子だったが、2年生のインターハイで致命的なミスを犯し、チームを初戦で敗退させてしまう。
責任を感じ絶望する末原だったが、仲違いしていた愛宕洋榎の言葉により立ち直る。
愛宕洋榎が主将となったチームで今度こそ全国の頂点を目指すことを誓う恭子。
時は流れ、季節は再び夏。
恭子たちの最後の挑戦が始まろうとしていた。







『宿敵』




 夏。

 善野監督に出会った夏。

 洋榎に救われた夏。

 どちらがなくとも今の私はない。

 でも、私にはもうひとつ忘れられない夏がある。

 それがあいつ。

 宮永咲に出会った夏。

 高校3年生、最後のインターハイの夏やった。






 私が牌を倒すと、ブザーが鳴り響いた。

 私たち姫松高校はインターハイ1回戦を無事に突破した。
 去年の初戦敗退と永水女子が台頭してきた影響でシード落ちしていたが、これでめでたく2回戦進出というわけだ。

 挨拶を済ませて試合場を出ると、洋榎が待っていた。

 「お疲れ、恭子。なかなかええ感じやったな」

 そう言ってドリンクを渡してくる。

 「ありがとうございます。主将」

私が言うと、洋榎の眉間にしわが寄る。

 「……ふたりのときは普通に呼べ言うとるやろ」

 「そういうわけにはいきません」

 洋榎が主将となった去年の秋から私の彼女への態度はずっとこうだ。
 最初はおもしろがっていた洋榎も、私があまりにも頑なに硬い態度なので最近では露骨に嫌な顔をするようになった。

 申し訳ないと思う。
 私がこんな態度とる度に洋榎が、あの明るい洋榎が稀に本当に辛そうな顔をするのが私も辛い。

 だったら普通にしろと思うかもしれない。
 だが私は去年、洋榎に救われた。
 なにも見えなくなり、どこにも進めなくなった私の手をとり立ち上がらせてくれたのは他でもない彼女なのだ。

 だから私は洋榎に恩を返す。
 洋榎が、洋榎が率いるこの姫松を頂点に立たせるために、私は私の役目を全うする。
 今はただそれだけを考えている。
 
 「まあええわ……。さ、控室もどるで。次の試合のミーティングや」

 「ええ。でもそのまえに顔を洗ってくるので、先にもどっててください。すぐいきます」

 洋榎との間に生じたわずかな気まずさから逃げるように私はそう言った。
 彼女もそれ以上なにも言わず、ひらひらと手をふって背を向ける。

 仲直りはしたものの、洋榎との仲は元通りではない。
 だが、それでいいのかもしれない、とも思う。
 いつまでも仲良しなだけの私たちではいられない。
 事を成すということはそういうことだ。
 
 たとえ洋榎が、私とのかつてあったような普通の友情を望んでくれていたとしても、私はそれを選ばず、彼女に忠誠を近い、彼女の栄光のために全力を尽くす。

 ……そうでもしないと。
そうでもしないと、感謝なのか尊敬なのか、よくわからない彼女へのこの感情が、あふれてしまいそうだから。






 手洗い場にいくべく、洋榎とは反対方向に歩いていると、前から誰か歩いてくるのが見えた。

 同い年くらいの女の子だ。
 どこかの生徒だろうか。
 セーラー服を着ている。

 廊下の向こうから指している陽の光で逆行になり顔はよく見えない。しだいにその人物の輪郭だけが見えてくる。

 と、そこで私は気がついた。

 クセでも付いているのか、妙に飛び出した前髪の一部。

 私は思わず目を見開く。
 こいつは見たことがある。
 インターハイに出場する選手だったからだ。

 普段ならば大会前にチェックした各地区大会の映像と牌譜がすぐに頭に浮かぶところだったが、今の私が思い出したのは2年前のことだった。

 私は出場していない。2年前のインターハイ、個人戦のこと。

 当時1年生ながら出場していた洋榎。
 その洋榎と闘った、あの洋榎を負かしたあいつ。

 渦巻く腕。

 積み重なる点棒。

 蹂躙される卓。

 インターハイチャンピオン。

 宮永照。



 目の前にいるのは彼女本人ではない。
 しかし、その特徴的な髪、顔立ち、薄い胸。共通点はいくつもある。
 当然、大会前の各チームの戦力分析をする際に彼女の存在には気がついていた。
 だが、こうして目の前にしてみてあらためてわかる。
 彼女は宮永照の血縁者だ。
 そして次なる2回戦、私たちの対戦相手。

 彼女はまるでなにかを探すようにゆっくりと私の側を通り過ぎてゆく。
 彼女の名は、宮永咲。
 姫松の次の対戦校である清澄の大将。
 洋榎を倒した宮永照の血縁者。

 私が、倒すべき相手だ。


 「……どこぉ……?」



 ……あれ?

 よく見ると宮永はなにかを探すようにしきりに首を降っている。
よく見るとちょっと涙目になっているような……。
 放っておくのも気の毒なので私は彼女に声をかけることにした。

 「なあ……自分、どうかしたんか?」

 「え……?」

 「ああ、あやしいもんやないで。ただ、なんか困っとるふうやったから」

 「あのぅ……おトイレを探してるんですけど、見つからなくて……」


 トイレなら彼女が今来た方向にある。
 私がこれから向かう方向でもある。


 「よかったら案内したるわ。ついてき」

 「あ、ありがとうございます……!」

 そう言って助かったとばかりに笑顔を見せる宮永咲。
 こうして見るとただの可愛らしい1年生である。

 しかし、私は知っている。
彼女が昨年のインターハイで大暴れした龍門渕高校の天江衣を倒したことを。
 決して油断はせず、引き出せる情報は遠慮なく聞き出すつもりだ。

 「あの……あなたは?」

 「うち? うちは南大阪代表の姫松高校の末原恭子や」

 次の対戦相手だと知られると警戒されてしまうかもしれないが、聞かれた以上は答えなくては怪しまれてしまう。

 「姫松高校……」

 「そや。知ってる思うけど、自分らの次の対戦相手っちゅうわけやな」
 
 「え、そうなんですか。しりませんでした」

 「……」

 しらんのかい。
 自分から次の対戦相手であることをバラしてしまった。
 メゲそう。

 しかし、宮永は特に警戒するというわけでもなく私の雑談という名の情報収集に付き合ってくれた。


 ~


 「……そうか、原村和はツモ切り動作の練習を繰り返してデジタル打ちのミスを修正したんか」

 「はい、それも部長の指示で……」

 聞けば聞くほど清澄高校の得体のしれなさが浮き彫りになってくる。

 東場に異様に強い片岡優希。
 卓上全体の状況把握に長けた染谷まこ。
 采配能力があり、自身はセオリー度外視の悪待ちでの最多得点選手竹井久。
 デジタル打ちの全中王者原村和。
 そしてこの宮永咲……。

 大会前の映像や牌譜で知っていたことだが、実際に聞いていると改めて清澄高校がただの初出場校でないことがわかってくる。

 特に部長の竹井久だ。
 宮永に聞いている限り、選手に的確な指示を出しレベルアップさせてきたのは竹井の力のようだった。
 初出場だというのに、選手に恵まれてて自身も優秀で羨ましいことだ。

 会ったこともない向こうの指揮官の有能さに思わず嫉妬してしまう。

 その竹井は中堅。
 洋榎の対戦相手となる。
 洋榎にも決して油断するなと伝えなくては。


 ……それにしても、こんな無警戒で大丈夫なんやろか。
 敵であるはずの自分に聞かれるがままに答え続ける宮永に思わず心配になってしまう。

 と、そこで私はもうひとつ聞いておかなければならないことを思い出した。


 「なあ、宮永。東京の白糸台に宮永照っておるやろ?」

 その名前を出した途端、宮永は口を噤んだ。

 ……あれ?

 私としてはこれはそんなに重要な質問ではなく、一応確認として聞いただけだったのだが、宮永はまるで聞こえなかったかのようにその質問は無視した。

 私が戸惑っていると、宮永はふと顔を上げたかと思うと僅かに明るい顔になった。
 トイレにたどり着いたのである。

 「末原さん、ホントにありがとうございました。たすかりました」

 「ああ、気にせんでええで」

 宮永はなにごとも無かったかのように丁寧に頭を下げると、トイレに向かっていった。

 さすがにトイレについて行ってまで先程の質問の答えを知りたいわけではないので私はひとり引き返す。
 
 「末原さん」
 
 と、そこで声が掛かった。
 振り返る。
 
 「さっきの……あの、宮永照ていうの、私のお姉ちゃんなんです」
 
 ああ、やっぱりか。
 わざわざ教えてくれてありがとな。
 私はそう気軽に言い返そうとしたが、それは遮られた。
 
 「私、どうしてもお姉ちゃんのところまで行かないといけないんです。だから……」
 
 宮永はまっすぐにこちらを見据えた。
 その姿には先程までの気弱そうな様子など欠片もない。
 
 「末原さんも、倒します」

 これ以上ない宣戦布告。
 宮永はそれだけ言うと踵を返し姿を消した。
 
 どうやら、負けるわけにはいかない事情があるのは私だけではないらしい。
 ……当然か。
 ここは全国。
 絶対に負けられない人間たちが集まる場所。
 そう実感し、身が引き締まる思いを感じながら、私は洋榎たちが待つ控え室に向かう。
 全国の頂点を目指す本当の闘いが、始まろうとしていた。