末原先輩が出した蒼い炎は、個人的にはこんな感じの解釈です。


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 第15話 『蒼炎』





 『ついに姫松陥落……!』

 

 実況のそんな声が聞こえた気がした。

 始まった後半戦。

 私の前に再び宮守の姉帯豊音が立ちはだかる。

 彼女の能力は追っかけリーチだけではなかったのだ。

 姉帯はしょっぱなからポンとチーを乱発しあっという間に裸単騎の状態を作り上げ、そこからツモ和了りした。

 しかも2回連続。

 これも彼女の性質だとでもいうのか。

 能力が2つだけとは限らない。

 今からそれに対応できるだろうか。

 いずれにせよこれで宮守がトップに立った。

 

 

 東一局 2本場

 

 「ポン!」

 

 姉帯がさっそく鳴きをみせる。

 また裸単騎にするつもりだ。

 その瞬間だった。

 両隣の宮永と姉帯がなにかを察知したかのように一斉に私の対面の石戸のほうを向いた。

 なにかを感じ取ったのか?

 私はなにも気が付かなかったが、ふたりにつられて石戸のほうを見る。

 彼女は牌を倒した。

 

 「ツモ」

 

 発声。

 石戸が一瞬だけ、こちらを見据えた。

 

 「3200、6200です」

 

 見ていろ、ということだろうか。

 真意はわからないが、その石戸の目からは言いようのない圧を感じた。

 正直いって私はその迫力に気圧されていた。

 それに敵は石戸だけではないのだ。

 姉帯の力の正体もまだわかっていない。

 宮永もこのまま黙ったままでいるはずはない。

 予想以上に怪物の見本市。

 普通の麻雀させてーな……。

 

 

 俯いた私の視界に卓に表示された点数が映る。

 大将戦が始まったときはうちのが1番多かったというのにすっかり4校とも同じくらいになってしまっている。

 

 (大将戦まできて点数が平らとかホンマおもんないわ……)

 

 もう。

 めげたい。

 投げたい。

 つらいつらい。

 

 弱音が頭を駆け巡る。

 ここまでなのか?

 敗退、の二文字が頭をチラつく。

 

(いやいや……)

 

 メゲたらあかん。

 相手が怪物なら凡人にできることは「考える」ことや。

 思考停止したらホンマの凡人。

 

(サイコロ回して頭もまわすで!)

 

 

 東三局

 

 私の親番である。

 ここでどうにか反撃に転じたいところだ。

 

 (さーて……どんな仕掛けしてくるんやろうな。この……永水のおっぱいオバケは)

 

 地区大会の映像はとうぜんチェックしていたが、石戸が攻めているシーンはほぼなかった。

 故に出方がまったくわからない。

 最大限に警戒しなければ。

 と、そこで気が付いた。

 

 (これ……絶一門か……?)

 

 9巡目だというのに手牌に1枚も索子がきていない。

 姉帯と宮永の捨牌にも索子が1枚もない。

 それは一見、索子で染めているかのように見える。

 だが、一方で石戸の捨牌には4枚もの索子があった。

 

 (まさか……)

 

 嫌な予感がした。

 私が思わず固唾を飲むのと同時に石戸が発生する。

 

 「ツモ」

 

 「門前清一ツモイーペーコーで、4000、8000」

 

 すべて索子で揃えられた、あまりに美しくも残酷な手牌だった。

 私はすぐさま両隣の宮永と姉帯の顔を見る。

 ふたりとも多くは表情に出してはいないが、困惑を隠せない様子だ。

 やはりどちらの手牌にも索子はないのだろう。

 石戸が卓上の牌を支配しているのはあきらかだった。

 

 私は卓に表示された得点を確認する。

 本当は確認するまでもなく、わかっていた。

 だが、認めたくなく、すがるような気持ちで確認した。

 ラス転落。

 倍満の親っかぶりを食らったことで私の、私たちの点棒は4校で1番少なくなっていた。

 漫ちゃんが、由子が、洋榎が、絹ちゃんが、首位で繋いでくれたバトンを私は取り落としてしまったのだ。

 手の震えが止まらない。

 これが普通の麻雀だったのなら、まだまだ絶望するような状況では決してない。

 だが、相手が牌を自在に操作しているとしたら?

 そんなの勝てるわけがないではないか。

 先ほどまで脅威に感じていた姉帯や、宮永がまるで同じ被害を受けている仲間のようにも思える。

 ふたりとも気づいてるか?

 この異常事態。

 

 石戸霞。

 こいつが永水で1番ヤバい……!

 

 先ほどよりも色濃く「敗退」の2文字が頭に浮かぶ。

 このまま更に突き放されて私は負けるのか?

 姫松が負ける?

 去年の借りを返すんじゃなかったのか?

 私を見込んでくれた、善野監督のためにも勝ちたくはないのか?

 スランプでも私を見守ってくれた赤阪監督や由子、ついてきてくれた漫ちゃんや絹ちゃんを喜ばせたくはないのか?

 絶望から救ってくれた洋榎を、主将を頂点まで連れていくんじゃなかったのか?

 

 様々な人の顔が脳裏に浮かぶ。

 

 (……ダメや!)

 

 かぶりを振る。

 負けられない理由は幾らでもある。

 しかしそれらはどれも私を奮起させることはできなかった。

 どんなに気合を入れたところで麻雀は頭脳と運のゲーム。

 その運すらも操る相手には勝てっこないのだ。

 

 頭の中で諦めるための言い訳が始まった。

 自分の気持ちが切れかかっているのを感じる。

 所詮私はヒーローにはなれないのだ。

 想いを背負って仲間を勝利に導くことなど、私にはできない。

 私は主人公ではない。

 

 

 しかしそれでも試合は続けねばならない。

 俯いていた顔をどうにか上げると、ふと対面の石戸と目が合った。

 その表情は相変わらず穏やかに澄ましておりなにを考えているかまではわからない。

 

 不意に、昨日の石戸との会話を思い出す。

 彼女が言った言葉が次々と脳裏を反響する。

 

 『私たち永水女子は巫女の修行のために麻雀をしているの』

 

 ……巫女の修行?

 

 『私たちには常人にはない特殊な力があるの』

 

 ……特殊な力?

 

 『私たちはその力を制御する練習をするためにここに、インターハイに来ているの』

 

 ……はあ?

 

 『宮守や、清澄だって去年までは出場すらできない学校だったのよ。にも関わらず、今はあなた達と対等に戦っている。3年間、いえ、それ以上の努力を重ねてきたあなた達と』

 

 ……私たちの努力は無駄だったと?

 

 『これって、とっても理不尽な話よね』

 

 ……。

 なんだそれは?

 昨日感じた苛立ちが沸々と蘇る。

 

 脳裏に響く石戸の言葉に私は問う。

 それは奇しくも、昨日の私が自ら発した言葉そっくりそのままだった。

 

 『必死に練習しても自分らの修行の片手間のお遊びにすら勝てへん私らはマヌケのクソッタレやとでも言いたいんか?』

 

 確か昨日の石戸はこの台詞を否定していた。

 だが今、私の頭の中にいる石戸の返答は違った。

 想像上の彼女は端的に答えた。

 

 『そうよ』

 

 一瞬にして自分の頭に血が上ったのがわかった。

 こめかみに浮いた血管の中を血が駆け巡っているのを感じる。

 そうして熱くなってしまっている私がいる一方で、それをいわゆる理性という名の、もうひとりの冷静な私が必死に止めようとしていた。

 石戸はそんなことを言っていないだろう、と。

 被害妄想じゃないか、と。

 だが、私はあえてその言葉に耳を貸さなかった。

 そんなことはわかっている、と。

 理解したうえで無視をした。

 なぜなら、私の心の中に今までにないほど「負けたくない」という気持ちが満ちているからだった。

 先ほどまでの諦めかけていた気持ちが嘘のように奮い立っていた。

 悲しいかな、土壇場で私の力となったのは、恩師や仲間への想いではなく、ただただ個人的な相手への醜い怒りだったのだ。

 被害妄想だっていい、やつあたりだっていい、愚かだっていい。

 「勝ちたい」と思えるのならば、今はどんな酷い気持ちだって利用してやる。

 私の感情、私の技量、私の力すべてをもって、この理不尽をぶち壊せと、心が叫んだ。

 先ほどまで怒りを鎮めようとしていた冷静な私が、まるで腹をくくったとでもいうかのように、今度は如何にすれば相手を倒せるか、策を練り始める。

 怒りと共に思考力が頭を駆け巡る。

 激情と冷静。

 ふたつの感情が共存する。

 激しく燃え上がる大きく熱い真っ赤な炎ではなく、小さく、静かな、蒼い炎。

 そんな蒼炎が私の中に燈った。

 

 

 ふと、昨日の石戸が最初に聞いてきたことを思い出す。

 

 『ねえ、末原さん』

 

 『あなたは、どうして麻雀をしているの?』

 

 ……さあな。

 そんなん考えたこともないわ。

 

 でもな、この試合、この瞬間だけは。

 お前らをぶちのめすためだけに麻雀することにしたわ。

 覚悟せえよバケモンども。