末原先輩のキャンパスメイトが小走先輩というだけのお話です。
いちおうこれの続きです。
今書いたわけではなく、pixivには上げてたけどブログには上げ忘れてたヤツです。
読み返したらちょっとおもしろかったので、せっかくなので……。
なんで小走先輩かって?
小走先輩が好きだからだよ!
午前中の講義を終え、校舎の外に出ると小走やえは一つ伸びをした。
5月らしいポカポカとした陽気に自然と気分も高揚する。
今日は午後の講義もないし、麻雀部の活動もない。
このままどこか遊びによって帰ろうかと考えながら歩き出すと、前方に見覚えのある姿が見えた。
小柄な身長、藤色の髪。
今年からやえと同じ大学に入学した末原恭子である。
彼女は鞄を肩にかけ、校門の方に向かっている。どうやら彼女もこれから帰るところらしい。
やえはさして迷うことなく、片手を上げながら「末原」と声をかけた。
彼女はこちらに気がつくと、その少し固めだった表情を和らげて手を振り返した。
「小走。今帰りか?」
「そうよ。末原もでしょ? 一緒に帰りましょ」
ふたりは並んで歩き出す。
やえと恭子は学校こそ違うものの、高校時代は関西の強豪校の選手同士、切磋琢磨した仲である。
練習試合や公式戦でもよく対戦し、交流もそれなりにあった。
「今日は麻雀部は休みか?」
「そうよ。昨日練習試合だったからね」
大学に進学してからすぐに麻雀部に入ったやえは、当然恭子も入部してくると思っていた。
しかし、入学から1ヶ月たった今でも恭子はいっこうに麻雀部の扉を叩いてはこない。
不思議に思ったやえは以前、恭子にその理由を尋ね、そして麻雀部に入ったらどうかと誘ったのだが、恭子の反応は芳しくなかった。
詳しい理由は聞くことはできていないが、どうやら恭子は今のところ麻雀をする気にはなっていないようだった。
高校ではあんなに強かったのにもったいない。と、やえは思わないでもなかったのだが、麻雀部に誘われた時の少し辛そうな恭子の表情を見た後では、とても無理強いをする気にはならなかった。
というわけで、やえは恭子を麻雀部に入部させるのはひとまず諦めている。
どんな理由があるのか知らないが、恭子なりに思うところがあるのだろう。
もし恭子がまた麻雀をやる気になったときには、笑顔で麻雀部に歓迎してやればよいのだ。
そう整理をつけて、やえは普通に友人としてかつてのライバルに接していた。
ふたりが今日の講義について話しながら歩いていると、不意にペコペコとまぬけな電子音がした。
どうやら恭子のスマホにLI〇Eが入ったようである。
恭子はスマホを一瞥して内容を確認した。が、一瞬顔をしかめた気がしたが気のせいだろうか。
顔を上げた恭子は、少し言いづらそうにやえに言う。
「あー、どうやらバイト帰りの連れが迎えにきてるそうや」
「そうなの?」
「車で来てるらしいんやけど、よかったら乗ってくか? 方向おなじやろ?」
「いいの? じゃあお願いしようかな」
やえがそう返すと、恭子はスマホを操作した。返信したらしい。
末原恭子に友達?
府外の大学に来てまだ間もないのに?
わざわざ車で迎えに来てくれるほどの?
やえの頭にいくつかのクエスチョンマークが浮かぶ。
こういうと失礼だが、末原恭子は割と愛想が悪い。
本人の性格もあまり積極的に人と交流を持とうとするタイプではなく、人と親しくなるのが得意なタイプではないと思う。
この大学でも、孤立しているわけではないがひとりでいることも多いようだ。本人は困っているふうでもないのだが、この大学で唯一の恭子の昔からの友人であるやえとしては実は気になっていたところだ。
そんな恭子を友達が迎えに来たという。
車で送ってもらえるのも助かるが、やえはその友達がどんな人物なのか興味があった。
大学を出て程なくすると、道端に赤いコンパクトカーが停めてあった。
その車に、ひとり女性がもたれ掛かりスマホを弄っている。
恭子が迷いなくそちらに歩いていくところをみるとどうやら友達というのは彼女のことらしい。
下を向いているので顔はよく見えないが、服装や仕草を見る限り快活そうな女性だ。
彼女はこちらに気がついたのか顔を上げ笑顔で手を振った。
恭子も片手を上げて答えている。
「末原さーん、おかえりー」
「ああ、お迎えおおきに」
「ねえ聞いてよ。今ガルパでつぐみちゃんの☆4ひいちゃった」
「うそやろ……なんでお前なんかのとこにつぐみちゃんいくねん」
ふたりは親しげに言葉を交わした。
と、そこで向こうの視線が恭子からやえに移る。すると彼女は少し驚いたように目を丸くした。
どうしたんだろうか。自分の顔になにかついてるのかとやえは心配になる。
それにしてもこの女性どこかでみたことあるような……?
そんな彼女に恭子はやえを紹介する。
「獅子原。LINEでも言うたけどこっちは同じ大学の小走やえや。去年まで奈良の晩成高校におったんや」
その言葉が聞こえているのかいないのか、獅子原と呼ばれた彼女は驚いた顔のまま口を抑えた。
ん? 獅子原……?
「末原さんがこんなカワイイ彼女を連れてくるなんて……!」
な。
カワイイ、と言われたことにも恭子の彼女と、言われたことにもなぜかやえは少しドキリとする。
「アホ」
恭子は冷静にすかさずツッコんだ。
恭子はやえの方を向き直り彼女を紹介してくれる。
「すまんな小走、あんま気にせんでええで。こいつは獅子原爽。去年まで北海道の有珠山高校の麻雀部におったやつや」
ああ、そうか。と、やえは思い出した。
彼女のことはテレビでみたことがある。
去年のインターハイ。
恭子と準決勝と5位決定戦で対戦した北海道代表の大将。
有珠山高校は初出場と聞いたが、他の伝統校に劣らない堂々とした打ち筋だったのを覚えている。
それにしても北海道出身の彼女がなぜここに……?
こちらに進学したのだろうか。
「まあまあ、ふたりとも乗ってよ。小走さんは是非私の助手席に」
「お前またそうやってシフト操作する振りして人の足触る気やろ。そうはさせへん」
「誤解だよ。私が触るのは末原さんの脚だけさ」
「もううちが運転するから小走が助手席で獅子原は屋根にでもしがみついとけ」
「ひどい! そんな刑事さんみたいに!」
ふたりの流れるようなやりとりの末に、とりあえず恭子が助手席、やえが後席に落ち着いた。
それにしても恭子がこんなに砕けた会話をしているのを見るのは初めてだった。
姫松高校時代は違う学校だったやえにはもちろん。同学年であるはずの愛宕洋榎相手の時に至っては敬語を使っていた。
恭子自身には悪気はないのかもしれないが、少しだけ距離を置かれている気がしていたのも事実だった。
「せっかくだし、3人でお昼でもどう?」
車に乗って程なくして爽が、そう誘ってきた。
もともとどこかに寄って帰るつもりだったやえには断る理由もない。
それにこのふたりの関係も気になる。
チャンスがあればそのあたりのことも詳しく聞いてみよう。
そんな好奇心からやえはふたりと昼食を共にすることにした。
「じゃあそのへんのファミレスにでもいこうか。いやあ、楽しみだなぁ」
「お前、小走に変なことするんやないで」
「しないよ、心外だなぁ」
はははと乾いた笑い方をする爽の肩を恭子が肘で小突いた。
仲がよさそうだ。
ちなみにこのやりとりをする前までに爽は実に3回もシフト操作を誤ったフリをして恭子の足を触っている。
その度に恭子が爽の手を叩くのだが3回目に至っては恭子が本気で拳骨を振り下ろしたため、爽の手は恭子の拳とシフトの間に挟まれ本気で痛がっていた。
ファミレスについてすぐに、とりあえず3人ともドリンクバーだけ注文し、恭子はトイレに行くと言って席を立った。
必然的にやえと爽だけが残される。
「小走さんはさ」
ドリンクバーでとってきたメロンソーダを一口啜ると、爽は人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
「奈良の晩成高校にいたんだよね? 高校時代から末原さんと仲良かったの?」
「そうね。同じ関西だし、練習試合とか近畿大会とかで顔合わせるのは多かったわね」
爽はへえ〜と頷く。
ふたりの仲を聞き出すなら今が絶好のタイミングだ。
やえはすかさず爽に聞き返した。
「獅子原さんは? もともと末原と仲良かったの?」
「いや? 去年のインターハイで初めて会って、それからLINE交換したぐらいでそれくらいかな?」
「へえ、じゃあこっちに来てから仲良くなったんだ?」
「うん、まあ仲良くっていうか、末原さん家に私が住まわせてもらってるってだけなんだけどね」
やえは一瞬硬直するが平静を装い聞き返す。
「住んでるって……末原のうちに?」
「うん、先月から」
「先月から!?」
「うん、ずっと」
「そ、それって……同棲してるってこと!?」
やえの声が思わず大きくなる。
爽はそれに少し驚いたように目を開いたが、すぐに意地悪そうに細めてにたりと笑った。
「うらやましい?」
「な、なんで私が羨ましがらないといけないのよ!」
「なんだ、せっかく末原さんのあんな秘密やこんな秘密を教えてあげようかと思ったのに」
「いらないわよそんなの! ……でも、なんで一緒に暮らすことになったの?」
爽はやっぱり気になるんじゃんとでも言いたげににやにやすると、芝居がかった口調で言う。
「路頭に迷って泣いてた私を、末原さんがやさしく迎え入れてくれたんだよ……」
「末原が!?」
「そう。末原さんああみえて夜もやさしくてね……傷ついた私の身体と心を癒してくれたんだ……」
「夜!?」
「あの末原さんの細くて長い指が私を……」
やえは思わず前のめりになり、ごくりと唾を飲み込む。
「うちがなんやって?」
とつぜん後ろから声がかかる。
やえが飛び上がって振り返ると、恭子がアイスコーヒーを片手に立っていた。
「小走の叫び声が聞こえたで? 獅子原、お前変なことしたんやないやろな」
そう言いつつ恭子はやえの隣に腰掛けてくる。
それ自体は自然なことのはずなのに、先程の話をきいたばかりのやえはやたらとドギマギした。
「そんなことないよぉ〜、ねえ? 小走さん?」
「ええ、そうね……」
「ホンマか〜? 小走、こいつに変なことされたらちゃんと言わなあかんで?」
そう言いつつ恭子は、まるでやえを守ろうとするかのように身を寄せて、抱き寄せるように腕を回してくる。
おそらく恭子は冗談めかしたスキンシップのつもりなのだろうが、恭子の綺麗な顔と手が目に入り、先程の爽の話から連想されたよからぬ想像が頭をよぎる。
頭が沸騰しそうになったやえは思わず立ち上がる。
「ドリンク取ってくるわ……」
「あ、私もー」
爽が無邪気に言ってついてきた。
ドリンクバーでジンジャエールを注いだ爽が笑いながら手を振りながら言う。
「ごめんごめん小走さん。さっきのは冗談だよ。末原さんと私はそういう関係じゃない」
「そ、そうなの……?」
その言葉にやえはホッしたようななぜか少し残念なような微妙な気分になった。なぜだ。
「うん、私がこっちにいる間ホントにただ泊めてもらってるだけ」
「そうなんだ……」
「でもね」
「?」
「路頭に迷って泣いてた私を、末原さんが受け入れてくれたっていうのはホントだよ」
路頭に迷っていた、という言葉の意味がやえには気になったが、それを今聞く気にはならなかった。
「そうなの……?」
「うん、だからあの人には本当に」
「感謝してる」
なぜならそう言ってテーブルで一人待つ恭子を見つめる爽の横顔は、それまでの明るい彼女のものとは違い、どこか大人びて憂いを秘めているように見えたからだ。
爽の視線に気づいたのか、恭子はこちらを振り向きジトッとした目で疑わしげに爽を睨んでいる。
その恭子の様子に爽はそれまでの顔はどこへやら、ヘラヘラとした顔に戻って手を振る。
どうやらこのふたりには自分の知らないなにか事情があるらしい、とふたりの様子を見ていたやえは思った。
「ねえ小走さん。今度よかったらうちに遊びにおいでよ」
「え? い、いいの?」
厳密には恭子のうちのはずだが、まるで自分のうちのように気安く爽は誘った。
「うん、もちろん。3人でお泊まり会しよ?」
「お、お泊まり会……」
狭いアパートの一室に爽と恭子にサンドイッチされて寝る自分を想像しやえはなぜか赤面した。
どうやらこのふたりが同じ家に住んでいるのはふしだらな理由ではないらしい。
しかしまだわからない。
もしかしたら恭子がこの爽に誑かされている可能性もある。
それを確かめるためにもこのふたりのうちに泊まる必要はあるかもしれない。いいやある。
やえはそう判断して爽の申し出に頷いた。
決してこのふたりの間に挟まれて寝たいとかそういう不埒な理由ではない。決してない。
やえは自分にそう言い聞かせながら火照った顔を撫でた。
爽はそんなやえをニヤニヤしながら見ていた。
