『やっと捕まえましたよ。流石は魔王族。この私にこれだけの手間をかけさせるとは』
 『よくやった。さて、この極悪な悪魔を、どうやって処分するか……』
 『処分なんて勿体無い。“合体”させればいいじゃないですか。例えばそう……貴方達の組織の名の“八咫烏”にするのはどうですか? あの霊鳥はもう絶滅しているはず。“悪魔合体”させて造ってしまえばいいのですよ』
 『それはナイスアイディアだ。あの霊鳥に生まれ変われるとなれば、この悪魔も少しは我々の役に立つだろう。今コンプにある悪魔は、クー・フリンとカラステングと……』

 ああ、悔しい。
 こんな鳥の姿に変えられ、こんな惨めな籠に閉じ込められるとは。
 あのサマナーと大天使め! この忌々しい檻さえなければ、貴様等を八つ裂きにしてやるのに!

 ……人間の気を感じる。何処からだ? あの換気口の中から? 何故あんな所に人がいる? あのサマナーではない、もっと弱い人間のようだ。

 「おい、お前。此方だ、此方に来い」

 その人間に話しかけてみた。どうやら脅えているらしい。
 換気口の窓を破ってそいつが目の前に立つ。
 なんだ、子供じゃないか。なんで子供が此処にいるんだ。まあいい。この際誰でも構わない。

 「お前、この札を剥がせるか?」

 檻に貼られた札。俺を逃がさない為にあのサマナーと大天使が貼った、檻に結界を造り出している憎き札。この札さえ剥がれれば、こんなちゃちな檻直ぐに破れる。

 子供が恐る恐る札に触れる。途端、札の力が彼女の細い指先を弾いた。

 「やはり駄目か」

 手を押さえながら脅えている少女を見る。
 良く見ると不思議な子供だ。喉の付近に強い力を感じる。どうやら魔力が声に具現化したようだ。
 思春期に入った子供に力が発現するのは稀にある事だが、この少女の場合、それが声のみに宿っている。
その少女の思考が悪魔に流れ込んできた。
 戸惑い、恐怖、そして俺の姿を見て「八咫烏」と感じている。

 「違う」

 何度その名を言われた事だろう。思い出しても屈辱だ。無理矢理他の悪魔と合体させられ、元の能力を半減させられ、人間共の崇める鳥の姿に変えられ、挙句こんな子供にまで「八咫烏」などと思われる。
 悪魔は唾棄したい衝動に襲われた。

 「そんなのはお前ら人間どもの造り上げた幻想の存在だ。俺の名は―――」

 悪魔は、自らの名を名乗った。人間から恐れられる、禍々しい真名を。

 そして、それが間違いだった。

 悪魔の間違いは少女の言霊を侮っていたこと。
 少女が悪魔の真名を口にしたとき、異変は起きた。

 悪魔の魂が無理矢理現世に縛り付けられた。
 魂と結びついている真名を、少女が強い言霊で発した事により、名を奪ったのだ。

 記憶の中から、自らの名が消えていく。同時に封じられていた力の一部が解放されていく。
少女が解き放った悪魔の力が、黒い風となって檻から流れ出る。その風が檻の札に亀裂を走らせる。しめた、これでここから出れる。
 しかし少女の姿は既にない。風に巻き込まれて何処かへ飛ばされたか。
 札の結界が破れ、悪魔は名を奪って消えた少女を探しに、檻から抜け出した。

―――

 檻から出た悪魔は、地上の鞍馬山に出て、少女を探していた。
 ぶうん、ぶうん。名を奪われた悪魔は、三本足の鴉から、黒い蝿のような小さな塊へと変わってしまった。
 鴉の姿でさえ屈辱的だったのに、今度は蝿の姿へ変えられてしまった。魂の一部とでもいうべき真名を、あの人間の少女が奪っていったせいで。
 しかもそのせいで時空を移動したくともできなくなってしまった。この世界の時間軸に固定されてしまった。
 時空を徘徊していた所を、あのサマナーと大天使に捕まったのも悔しいが、あの子供に真名を奪われ、こんな姿へ変えられてしまったのはもっと屈辱だ。

 血の匂いがした。近くに消えそうな生命の気を感じる。
 近づいてみるとやっぱり。あの少女が頭から血を流して倒れていた。大方、斜面から転がって石にでも頭をぶつけたのだろう。間抜けな奴だ。

 「無様だな」

 悪魔の名を奪って、さらにはこんな姿へ変えた少女が、血まみれの顔の青い瞳で此方を見ている。
 こんなところで死ぬのは許さない。このままこいつが死んでしまえば、悪魔はずっとこのままの姿で、力も取り戻せない。

 「わた、しを……たす、けて」

 悪魔を右手で掴みながら少女は言う。
 助けて、ときた。無論、このまま死なれては困るので、名を返してもらうまで生かしておくつもりだが、それだけでは気が済まない。
 こいつは俺の名を奪ってこんな姿へ変えた相手だ。俺を捕まえて鴉に変えたあのサマナーと大天使の次に憎い。

 だから、俺はこいつの名と、言霊を頂く。

 「―――」

 少女が名乗った。自らの名を。強い魔力が宿った言霊で。

 強い言霊の力を経て、悪魔の姿が変貌する。黒い小さな塊から、鴉に似た翼を生やした人間の姿に。
 本来の姿ではないが、これで充分だ。

 「名乗ったな」

 がし、と悪魔が少女の首を掴む。少女の青い瞳が見開かれ、気道を圧迫された喉から、ひっと潰れたような音が鳴る。
 悪魔の手から黒い影が発生し、少女の首から侵入する。
 影は少女の身体中を侵食する。喉から直接魔力と言霊を吸出し、更に自らの能力の一部を分け与える。
 少女の顔が苦痛に歪む。しかし悲鳴は出ない。既に首を掴んでいる悪魔に声を奪われたのだから。

 そして、異変は起きた。

 悪魔の影の能力が暴発し、凄まじい大きさの影が少女の身体を基点に発生した。
 その影は爆発的に広がっていき、少女と悪魔だけではなく、鞍馬山を包み込む程の大きさに変わっていく。

 驚いた悪魔が手を離すと、今度は影が収縮してきた。
 一旦拡がった影が、今度は逆に少女と悪魔を包み込む程に小さくなったかと思うと、悪魔と少女は影に圧縮され、二人の姿を鞍馬山から消し去った。

 しとしと、しとしと。
 雨が降り続き、木々の葉と土を濡らす。
 後に残ったのは少女の紅い血痕だけ。その血溜まりも雨が押し流す。

 そうして元の静寂を取り戻した鞍馬山の夜空には、雨雲で隠れた月が、不気味な紅い光を放ち、陰謀渦巻く夜の山を静かに照らし出していた。

人気ブログランキングへ