ぐるぐる、ぐるぐる。視界が廻っている。身体が浮遊し、上下の感覚がわからない。
 気持ち悪い。吐き気を催してきた。少女は手を伸ばし掴まれるものを探す。
 何かが指に触れた。必死に“それ”を掴むと、“それ”はしっかりと少女の手を握りかえしてきた。その低い体温に少女は安心した。
 やがて浮遊感が薄れていき、少女の周りの様々な色彩の靄は晴れていき、少女の視界は真っ白に染まった。

―――

 光が収まってきた。地に手と足が着いた感触。その感触はひんやりとしており、そして固い。
 恐る恐る少女が目を開くと、強烈な光が暗闇に慣れていた少女の目を焼く。

 「っ!?」

 少女は目を押さえ、うずくまる。網膜に光が焼き付き、目が潰れそうだ。

 「何やってるんだ」

 傍らで声が聞こえた。この声の主は知っている。
 あの薄暗い影の結界で共に過ごした、少女の唯一の「仲魔」

 『黒蝿? そこにいるの?』
 「ああ」

 黒蝿は素っ気なくそう答えると、少女の手を掴み無理やり立たせた。
 かしゃん、と少女の手が金属のようなものに触れる。まだくらくらする頭を押さえ、目を徐々に開いていった。
 ちかちかとまだ白くちらつくものがあるが、視界は段々と光に慣れていき、目の前の物体を認識することができた。
 少女の手が触れていたのは、鉄柵であった。
 目を細めたまま、少女は周りを見渡す。
 其処は大きな円形の部屋だった。壁が僅かに湾曲し、三角のタイルのようなものが組み合わさり形成している。
 少女と黒蝿がいるのは、この部屋の中央にせり出した足場のような所だった。二人立つのがやっとの広さで、落ちないようにか、柵で囲まれている。
 ふと、小さな物体が目に入った。それは小さなテレビのようなものだった。少女の家にはテレビはなかった。だがテレビというものがどんなものかは知っている。近所の店で並んでいたのを見たことがあるし、街頭テレビでテレビ番組を見たこともある。
 しかし目の前のそれは少女の見たことのあるテレビより遥かに小さく、またとても薄かった。
画面に文字が並んでいる。少女はその文字を認識した。

 ――ターミナル、起動完了――?

 「ここはどこだ? 俺の知っているどの世界とも違う。随分と技術が進んでいるようだな」

 黒蝿が少女の疑問を代弁するかのように呟いた。確かにここは不思議な場所だ。
 シドに連れられた、京都の鞍馬寺の地下にあったあの施設も随分近未来的な機械が沢山あったが、ここは更に一歩進んでいる。より直線的でより洗練されているように少女は感じた 。

 二人が立っている足場には階段がついていて、それは鉄の扉に繋がっていた。あそこにいけば外に出れるのか。
 まだ光に慣れなく視界が白いものでちらつく少女は、黒蝿に手を引かれ階段を降りて鉄の扉を開けた。

―――

 扉を開けると、さらに強い光が飛び込んできて、少女はまた目を瞑った。しかし先ほどのような冷たい無機質な光とは違う、暖かい光。これは、太陽の光だ。
 ざわ、と人の声が四方八方から聞こえてくる。その声は、驚きの声であった。

 「誰? あの人たち?」
 「ターミナルの封印を解いたの?」
 「あの黒い男、翼が生えてるぞ」
 「人外の者……悪魔か!?」
 「なら、あの女の子は……」

 ざわざわ、ざわざわとした人の声が黒蝿と少女を包む。少女がそっと目を開く。
 其処には黒蝿と少女を包む人垣が出来ていた。しかし人々の服装は変だ。
 まるで教科書で見た中世ヨーロッパを思わせるクラッシックな出で立ちだ。粗末な農民風の服装から、貴族のような装飾華美な服装まで、種類は様々であった。

 (な、なんなの? ここ?)

 先程の黒蝿の呟きと同じ事を胸中で思った。心細くなりそっと傍らの黒蝿の衣の裾を握りしめた。黒蝿の横顔を見る。彼も驚きを隠せていなく、警戒の色を顔に滲ませながら辺りを見回している。

 「ええい、どけどけ!」

 人垣の向こうから野太い男の声が聞こえた。その声の主は人垣を掻き分け、少女と黒蝿の前に現れた。
 その者を見て少女は息を飲んだ。
 赤い鬣を靡かせ、武将を思わせる中華風の甲冑を纏った、獅子の顔を持つ、二足歩行の半獣半人の男であったからだ。
 ひゅ、とその男が腰の長刀を抜き放ち少女と黒蝿に切っ先を向けた。

 「貴様ら、何者だ? 何故ターミナルから出てきた?」

 朴訥とした、しかし威圧感のある声で男は二人に詰問する。答えようとしても、ひゅう、という音しか少女の喉からは出なかった。
 忘れていた。私は声を出せないんだった。

 「ターミナル? なんの事だ?」
 黒蝿が聞き返す。
 「とぼけるな。今貴様らが出てきた場所だ。あれだけ厳重にアキュラが封印していたというのに、その封印をどうやって解いた!?」

 アキュラ? その単語に少女は反応した。その名前は、彼女が一番会いたい人物の名に酷似していたからだ。

 「その辺にしておけ、獅子丸」

 獅子丸と呼ばれた男の更に後ろの人垣から、涼やかな少年の声が聞こえた。それと同時に、周りの人々がざ、と道を開け、頭を垂れた。まるで聖書に描かれていたモーゼの海を割るシーンのように。
 割られた人の道を数人の従者と共に此方にくる人影が見えた。その人影は男のようだ。しかし獅子丸と呼ばれた半獣半人の大柄な男とは違い、その背格好は少年のもののようだった。
 黒蝿と少女は警戒を解かずその少年が近づいてくるのを待った。

 獅子丸の横に立った少年は不思議な格好をしていた。

 黒に近い深緑の身体のラインがわかるぴったりとしたスーツを着て、顔には四角い意匠のヘルメットを着用している。目にあたる部分が横に細い長方形型で、僅かに赤く光っている。

 「アキュラ、またそんな格好を……」
 「この格好が一番落ち着くんだよ。討伐隊にいたころを思い出すから」

 そういい、アキュラと呼ばれた少年は、ヘルメットの細長い赤い目で怪訝そうな黒蝿を見、そして少女をじっと見つめた。
 無機質なヘルメットから視線を向けられ、少女が身体を強ばらせる。

 「………」
 「………」

 じっと、少年は少女を見つめ続けた。どのような表情をしているかは四角いヘルメットを着けているのでわからない。だが、ヘルメットごしに向けられる視線が、妙に熱が籠もっているように少女には感じた。
 
 「アキュラ、女人を怖がらせるものではないぞ。見ろ、すっかり怯えているではないか」

 獅子丸の諫めの声に少年は「あ、ああ」と曖昧に頷いた。

 「しかし、良く似ている……」

 ん? と獅子丸が聞き返す間に、少年はヘルメットを取った。
 ふわ、とヘルメットから金髪が出てきた。日の光に照らされ、耳まで隠れるショートカットが光を反射し、少女の瞳にその金色を映し出す。
 やがて線の細い、少年から男へ変貌途中の顔の睫毛が震えたと思うと、意志の強さを感じさせる明るい青い瞳が開かれた。
 少女と同じ、他の子の黒い瞳とは違う、澄み渡った青空のような、青の、眼――

 「誰だ? お前は?」

 黒蝿が問う。その不躾な言い様に、獅子丸が下げた刀を再びあげようとした。が、少年がそれを手で制した。
 少女はただ呆然と事の成り行きを見守っていた。似ている、「あの子」に。いや、しかし――

 「お初にお目にかかる。僕は、アキュラ。ここ東のミカド国の王だ」
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