光が収まっていく。

 目を開けたアキラの視界に飛び込んできたのは、暗い街並み。
 建っているビルは窓ガラスが割れて、殆どが半壊しており、あちこちで火の手があがっている。
 人の気配はない。数メートル前方に、血を流し倒れている男を見つけ、アキラはひっと喉を鳴らした。

 此処が天使の言った「別世界」か。
 随分沢山近代的なビルが並んでいる。どれもアキラが目にした事のない立派な建物だ。空を見上げる。随分暗い。今は夜なのだろうか。

 「おやおや、人間の子だ」
 「これは珍しい」

 不気味な声が聞こえ、アキラは顔を後ろに向ける。
 其処に立っていたのは、腹を異様に膨らませた紫色の身体の幽鬼・ガキに全身毛むくらじゃらの妖獣・チャグリン。そして赤ら顔に角を生やし巨大な斧を持った妖鬼・オニの三体の悪魔がにやつきながら立っていた。

 「ウホッ! 子供は久しぶりだ」
 「肉が柔らかそうだね」
 「あれは俺の獲物だ、お前らは手を出すな」
 「えぇ!? ずるいよう」

 異様な出で立ちの悪魔に、アキラは腰を抜かして震えていた。
 悪魔が跋扈する世界――大天使達はそう言っていた。間違いない、ここは僕がいた世界とは違う世界なんだ。
 逃げなくちゃ。しかし身体が動かない。恐怖のあまり身体に力が入らない。
 そうこうしているうちに、三体の悪魔が嬉々として襲ってくる。やられる! アキラは目を瞑る。

 「アギラオ!」

 その時、男の声が聞こえた。急激に辺りの空気が温度を高め、やがて大きな火の玉が悪魔達を焼いた。悪魔達が断末魔の悲鳴を上げて消える。
 アキラは瞑っていた目をそっと開けた。
 其処には深緑のスーツに身を包んだ男達がアキラを守るように立っていた。その中の一人がアキラの方を向く。

 「君! 子供が一人で地下から出たら駄目じゃないか!」

 アキラを叱責した男は、長髪を束ね聖書のような本を手にしていた。年は三十代後半か四十代前半だろうか。
 これがアキラとキヨハルとの出会いであった。

―――

 「僕も悪魔討伐隊に入れて下さい!」

 必死で懇願するアキラに、討伐隊の隊員達は苦笑する。
 悪魔討伐隊――突如急激に湧き出た悪魔達を倒すために国防大臣の命により結成された組織。
 隊員は皆「悪魔召喚プログラム」を使いこなす事ができ、その為の端末が組み込まれた「デモニカスーツ」を着用している。
 だが、アキラを助けたキヨハルという男は、デモニカスーツのガントレットではなく、悪魔召喚プログラムを聖書に組み込んでいた。キヨハルは「聖書型コンプ」と呼んでいた。

 「君、親はいないのかい?」

 キヨハルが優しく問いかける。

 「…………」

 アキラは黙っていた。まさか自分が天使の命を受けて別世界から来たなんて言っても信じて貰えないだろう。

 「どうするんだい? キヨハル?」
 「決まってるだろう、僕が引き取る」

 はあ、と隊員の一人が溜め息をつく。

 「キヨハル、先日も別の子供を引き取ったばかりだろう。お人好しも大概にしないと身を滅ぼすぞ」
 「身よりのない子供を放っておいたら、すぐ悪魔に喰われてしまう。だから僕が引き取って守る。それが神に仕える者としての僕の使命だ」

 アキラはキヨハルに引き取られた。キヨハルの住居は地下街の倉庫であった。
 其処には、デモニカスーツで作られた十字架が置いてあり、他に十名程アキラと同じ年頃の子供達が暮らしていた。
 キヨハルは、悪魔討伐隊に入る前は神父になるべく勉強をしていたのだが、市ヶ谷から悪魔が東京中に広がった惨状を見て、自ら悪魔討伐隊に入隊したのだという。
 祭壇の2つのデモニカスーツは亡き隊員のものらしい。
 キヨハルは悪魔討伐に勤しむ傍ら、身よりのない子供を引き取っていた。それが神に仕える自分の使命だとキヨハルは言っていた。

 「悪魔召喚プログラム?」
 「そう。僕達悪魔討伐隊はこのプログラムを使って異界から人外の者を呼び悪魔を討つ。隊員の中にはデビルサマナーの家系も多くて、管を使っている者も多いがね」
 「デビル……サマナー?」
 「悪魔召喚師、とでもいうのかな。古くは陰陽師、外国ではエクソシストと呼ばれる特別な力を持つ者だけが異形の者を召喚できた。だけどある物理学者が悪魔召喚プログラムを開発して、一般人でも使えるように普及したのさ」

 プログラム、デビルサマナー……聞き慣れない単語にアキラはやや混乱したが、解ったことは一つ。

 ――あの悪魔召喚プログラムとやらを使いこなせれば、悪魔討伐隊に入れるかもしれない。

 深夜、キヨハルは地上の見回りに出かけ、他の子供達は倉庫で蒲団を敷いて寝ている中、アキラはそっと起き出し、十字架に使われているデモニカスーツを剥ぎ取った。
 物陰に隠れ早速スーツを着てみた。しかしスーツは大人用。子供のアキラにはダブタブで、キヨハルや他の隊員のように身体にフィットしない。
 ちぇ、と舌打ちし、アキラはガントレットの部分に触れた。すると小さな画面が起動し、其処に文字が現れた。

 『悪魔召喚プログラム起動完了』

 画面の中にちかちかと光る部分がある。文字が浮かんでいた。

 「生体登録? なんだそりゃ?」

 画面の文字に従って、ガントレットに手を入れた。大きな籠手の内側でアキラの指紋や静脈などの生体情報を読み取っているのだろう。

 『登録完了』

 再び画面に文字が出た。この世界の技術は随分進歩しているらしい。まさか籠手にこんな小さなテレビが入っているなんて。

 『登録おめでとう。これで君も悪魔召喚師に――って、ありゃ? 子供?』

 画面の中から老人の声がした。しかしその老人の姿は変だ。
 カクカクとした無数の四角で身体が構成されている。アキラは知らなかったが、この老人は崩れかけたポリゴンドットの体であった。
 しかもかろうじて再現できているのは上半身だけで、顔は青い帽子にサングラス、白い髭を蓄えていることがドット状の姿からわかった。

 「あ、あのー……あなたは誰ですか?」

 アキラは恐る恐る画面の向こうのドットの老人に尋ねた。すると老人はいきなり笑い出した。

 『私か? 私の名はミドー。かつてスティーヴンと悪魔召喚プログラムと悪魔合体プログラムの開発に携わり、悪魔の魅力に取り付かれた男の成れの果てじゃよ』

 ふわり、ふわりとミドーと名乗った老人は画面の中でたゆたうように動いてみせた。その様子がとても珍しくて、アキラは目を大きく開けてじっと見ていた。

 「ミドー……さん」
 『なんじゃ?』
 「笑わないで、聞いてくれますか?」

 アキラは話した。今までの事全て。いなくなった姉を探していたら四大天使に出会った事、その天使達に「神の千年王国」を造るために悪魔をやっつけなくてはいけないことを教えられ、そしてこの世界に来た事を正直に話した。

 「天使様は、姉ちゃんは別の時空で生きているって言ったんだ。姉ちゃんに会うためには悪魔を倒して「千年王国」とやらを作らなくちゃいけないんだ。だから僕も悪魔をやっつけたい。討伐隊に入りたいんだよ」
 『ううむ……』

 たたみかけるようなアキラの言葉に、ミドーは電子空間をふらつきながら何かを考えている。

 『「神の千年王国」……一つ、思い当たる節があるぞ』
 「え?」
 『市ヶ谷から黒翼の大天使のせいで異界のゲートが開き、悪魔が東京中を跋扈するようになって、それを危惧した外国の軍が東京にミサイルを打ったのだ。
 東京を守るため、守護神マサカドは空を覆い尽くす大きな岩壁となって東京に蓋をした。その結果ミサイルからは守られたが、東京は太陽が昇らない死の街となってしまった』

 機械音声のミドーの言葉をアキラはじっと聞いていた。巨大な岩で蓋をされた東京。やはりここは自分がいた世界ではないという事を再確認した。

 『だがな、四大天使は諦めなかった。彼らは“ターミナル”と呼ばれるエネルギーの霊道、アマラ経絡を作り、岩の天井の上に「神の千年王国」を作ろうと目論見た。
 だが天使達は悪魔との対決によりその力は随分弱体化してしまった。それから四大天使の姿は消えたが……まさか坊主の世界に行っていたとはの』

 ターミナル。アマラ経絡。また知らない単語だ。

 「その“ターミナル”を使えれば天井の上に行けて、「千年王国」を作れるんだよね? 教えてください。“ターミナル”は何処にありますか?」

ミドーは暫し言葉を切って、ようやく話し出した。

 『スカイタワーにその“ターミナル”があると聞いた。しかし坊主、彼処は強力な悪魔が支配する地区だ。坊主一人ではとても……』

 そこまで言って、ミドーは口をつぐんだ。急に倉庫内に、ズズン……という大きな音が響いたからだ。
 眠っていた子供達は目を覚まし、何事かとキョロキョロし、恐怖のあまり泣き出す子もいた。

 『悪魔の攻撃じゃな』
 「なに!」
 『この気……今までの悪魔とは桁が違う。とてつもなく強い悪魔と討伐隊は戦っているらしいな……ておい!』

 アキラはガントレットを腕にはめたまま、倉庫を出て地上へと走り出していた。

 『こら、坊主!』
 「坊主じゃない、僕の名前はアキラだ!」
 『ならアキラ、悪いことは言わない、引き返せ。お前さんのような子供が叶うような相手ではないわい』
 「そんなの、やってみなきゃわかんないだろ!」

 ぎゅ、とアキラは胸の十字架のペンダントを握る。
 だって、約束したから。僕が姉ちゃんを守るって。必ず僕が姉ちゃんを迎えに行くって! その為なら悪魔討伐も「千年王国」の建設もなんだってやってやる!

 「悪魔召喚プログラム発動!」

 アキラの音声が認識され、コンプの中に入っていた神獣が、光と共にコンプの外に顕現した。
 赤い鬣に、中華風の甲冑を纏い、腰に長刀を携えたのは、神獣・雷王獅子丸。

 「儂を喚んだのは貴様か? 小僧」

 大柄な武神は、小さなアキラを見下ろす。アキラはその鋭い眼光にびくつきながらも、き、と獅子丸の瞳を見据えた。

 「そ、そうだ。お前を喚んだのは僕。だから、今から僕がお前の主だ」

 がっはははと獅子丸は笑う。

 「こんな小童が主とはな……だが儂を仲魔にしたくば、儂に相応しい主になってもらわなくてはな」
 「相応しい?」
 「儂を従えるだけの器量と力を示さなければ、とても儂の主とは認められん」

 その間にも、地響きは大きくなり、人の叫び声や何かが壊れる音は鳴り止まない。
 アキラは真っ直ぐに獅子丸を睨みつけ、ぎゅ、と拳を握った。

 「いいよ! 僕は悪魔を倒すために此処に来たんだ。やってやる! 生きて、姉ちゃんを迎えに行くんだ」

 そのままアキラは地上へと通ずる階段を走って登っていった。血の匂いと土ぼこりがアキラの顔を襲う。
 そっと目を開けたアキラの視界に飛び込んできたのは、巨大な悪魔に、キヨハルを始め数人の隊員が成す術もなく蹂躙されている光景であった。
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