「…………」

 大天使の繭の傍に集まったアキラ達は、皆沈黙を保っていた。
 誰一人口を開く者はいない。サムライ衆も、キヨハルも、雷王獅子丸も、“ミノタウロスの間”から召喚した八坂牛頭丸も、そして黒蝿とアキラも。

 『我らの最終目標は、アキュラ王と合体し、神の戦車熾天使メルカバーになることです』

 重女の眼鏡の盗聴器から拾った四大天使の音声が、機械から発せられた時、皆は一斉にアキラの方を見た。
 音声をオープンにし、此処に集まった皆に聞こえるよう命じたのはアキラだ。
 その機械から予想外の言葉が聞こえてきた瞬間、アキラは驚愕に顔を歪ませた。以来ずっと言葉を発しない。何かを考えているように。
 黒蝿はそんなアキラをじっと見ていた。

 『…らわしい……ビトだわ……』
 『……早く……浄化しなければ』
 「!」

 新しい音声が聞こえてきた。四大天使の声だ。アキラをはじめ、皆は機械にばっと顔を向け、耳を傾ける。

 「キヨハルさん! もっと音声を大きくして!」
 「う、うん!」

 キヨハルが音量のつまみを最大に回す。ノイズ混じりの音がスピーカーから流れる。この声は恐らくガブリエルだろう。そしてその後ろに、微かに少女の悲鳴が聞こえる。

 「……姉ちゃん!?」

 アキラはキヨハルの隣に駆け寄り、必死の形相でスピーカーに耳を近づけた。
 なんだ? 中で何が起こっている? 姉ちゃんは? 四大天使様は一体姉ちゃんに何をしたんだ――?

―――

 天使の光に精神と肉体を組み敷かれても、重女は必死で抗った。
 歯を食いしばり、天使達を鬼の形相で睨み、影の刃を作り出し攻撃を続ける。しかしその威力は先程より遥かに弱い。影は大天使に届かず消えてしまう。

 「こ……の!」

 抗えば抗うほど激痛が走る。だけど屈するわけにはいかない。私が倒れたら、こいつらはアキラを騙して消滅させてしまう。それはさせない! あの子は私が守って見せる――

 『嘘つき』
 「!?」

 懐かしい声が耳朶を打った。いつの間にか、辺りは繭の中ではなく、見知ったシドの古びた教会だった。ステンドグラスから夕暮れの光が差し、十字架に磔にされたキリストと、その前に立つ小さな少年を照らし出す。光を浴び、少年の金髪がきらきらと光る。

 『姉ちゃんは、僕を置いていったくせに』

 ぞっとするほど冷たい声で、少年――アキラは重女に言った。その姿は鞍馬山に出発する直前の、八歳の子供のままであった。

 『姉ちゃんが僕を置いていかなければ、僕はこんな酷いめに合わずに済んだのに』

 ぐにゃり、と景色が変わる。暗い街並み、荒れ果てたビル群、血を流し倒れる人々。武装した深緑のスーツの軍団が悪魔と戦っている。その中でも一際小柄な身体な少年が剣を奮っていた。

 (アキラ!?)

 悪魔の攻撃に晒される弟を目の前にし、重女は思わず口を覆った。別世界に渡り悪魔討伐隊に入ったとは聞いていたが、まさかこんなにも激しいものだったなんて。
 アキラの脇腹に悪魔の爪が掠る。赤い血が噴き出る。

 「やめて!」

 叫ぶとまた景色が変わった。どこかの地下倉庫のようだ。幾つもの布団が敷いてあり、何人もの子供達が寝ている。その内の一つの布団にアキラが寝ていた。シドから貰った十字架を握りしめながら、涙を流していた。

 『姉ちゃん……早く……会いたい……』

 枕が涙で濡れていた。それを見た重女の目にも涙が浮かんだ。それは頬をつたりぽたりと足もとに落ちた。

 『嫌い、大っ嫌い! お母さんなんか死んじゃえばいいんだ!』

 次に聞こえてきたのは自分の声だ。かつて住んでいた古いアパート。そこで母に暴言を浴びせる自分がいた。
 ショックを受け、打ちのめされた母。そして翌日、車にはねられて死んでしまったお母さん。謝罪もできずに、もう二度と会えなくなってしまったお母さん。
 重女は顔を両手で覆い、膝をついた。かしゃん、と眼鏡が床に落ちる。

 「ごめんなさい、ごめんなさい……アキラ、お母さん……本当に、ごめん……」

 泣きながら何度も何度も謝罪の言葉を口にした。目の前には四人の人間が立っている。八歳のアキラ、デモニカスーツに身を包んだアキラ、王の装束に身に纏ったアキラ。そして血まみれで脳漿を剥き出しにし、腸をはみださせている母。
 三人の弟と母は、泣きじゃくる少女を見下ろしている。

 『許しを請え』
 『神を崇めよ』
 『穢れた身を清めよ』
 『贖罪せよ』

 それぞれの口から厳格な声が発せられた。それはもはやアキラの声でも母の声でもなかったが、重女は気づかず泣きながら謝り続けた。徐々に自分の存在が希薄になり、頭の中が白く「塗りつぶされて」いるのにも気づかず。

―――

 「…………」

 じっと、アキラは組んだ両手を額にあて、眉を寄せて黙っている。
 そのあまりに真剣な姿に、キヨハルも、サムライ衆も声を掛けられなかった。
 先程から繭の中からは、重女の泣きじゃくる声と四大天使の声が交互に聞こえてきた。どうやら重女は四大天使に”浄化”という名の洗脳を受けているらしい。しかも恐らく暴力的に。
 姉を何よりも大事に思っているアキラのことだ、すぐにでも重女を奪還しようと繭に突進するかと思いきや、一言も発さずずっと何かを思案している。
 迷っているのだろうか? とキヨハルは思った。四大天使は幼いころから彼が信仰してきた存在だ。彼らの理想を叶えるために別世界からきて、神の千年王国――東のミカド国まで建設したほどだ。
 まさか、彼は実の姉の奪還よりも、大天使達と合体し、神の戦車、熾天使メルカバーになる道を選ぶのか?
 神学を学んだ身としても、キヨハルには大天使達の言い分は傲慢にしか聞こえなかった。アキラと四大天使が合体し、メルカバーへと進化したとしても、アキラは消える。それでこの世界がより良い方向へ変わるのかもしれない。主の御心とやらに沿うのかもしれない。だが――

 「お前、まさかあの天使どもの言いなりになるのか?」

 ばっと、アキラが声の聞こえた方向へ、伏せていた顔を向けた。キヨハルも、サムライ衆も、獅子丸も牛頭丸も声の主――黒蝿の方を向いた。黒蝿は拘束されながらアキラを睨んでいた。

 「天使の言うことを実践して、神に祈って、お前が手に入れたかったのはなんだ? あんな奴らの為に死ぬことが目的か? 随分と下らないもんだな」

 両側を拘束していたサムライの手を払いのけ、黒蝿はアキラの方へ近づく。誰も止めようとはしなかった。アキラの視線と黒蝿の視線が交差する。

 「俺はこの国やお前がどうなろうが知ったことないが、俺はあいつに死なれては困る。それに大天使どもも気に食わない。だから俺はあいつを助け出し、大天使どもも殺す」

 ばさり、と黒い羽根を広げ、黒蝿は飛び立とうとした。

 「……待てよ、悪魔」

 そんな黒蝿の背に向かって、アキラは呼びかけた。黒蝿が振り向く。キヨハルもその横顔を凝視する。

 「さっきから聞いてりゃ好き放題言いやがって」

 やや怒りを込めた、しかししっかりとした口調でアキラは黒蝿に言い返す。誰も口を挟む者はいなかった。皆がアキラと黒蝿を凝視している。

 「僕は、姉ちゃんを見捨てない。ここまで僕が生きてきたのは、全てが姉ちゃんの為だった。だから僕は殉教なんてしない、神の戦車になんかならない、僕の命は、姉ちゃんの為にあるんだ」

 き、とアキラは周りの皆を見渡す。その表情は、数年前、この国を建設しようと宣言した時と同じ、凛々しく「王」の風格を表すものであった。

 「アキュラ王が命ずる! これより、繭の中にいる我が姉の奪還と、四大天使の捕縛作戦を開始する!」

 王の命を受け、サムライ衆が応! と力強く応ずる。キヨハルと仲魔である獅子丸と牛頭丸が目を合わせ頷く。
 黒蝿はその様子を見て、目を細めふ、と笑った。


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