大勢の足音と野太い男達の声が大天使の繭に響く。
 先程の総攻撃で空いた穴から、サムライ衆が侵入してきたのだ。

 合戦が始まった。アキュラ王率いるサムライ衆の軍団と、巨大な力を持つ四大天使との。

 先鋒を務めるのはアキュラ王の仲魔である雷王獅子丸と八坂牛頭丸。
 獅子丸が剣を振るうと炎の玉が生まれ、牛頭丸は天使達に向かって巨大な棍棒を振り下ろす。
 しかしどちらの攻撃も、天使達の一睨みでいとも容易く消滅してしまう。
 後から続いたサムライ衆も同じく、ウリエルの剣が生み出す業火で、隊員達の攻撃は無力化された。

 「アキュラ王……やはりおまえか!!」

 ガブリエルがサムライ衆の後ろで控えていたアキラを睨んだ。その視線はすさまじく、並の者なら失禁しかねなかっただろう。だが、アキラは視線を受け、逆にガブリエルら四大天使を睨み返した。

 「四大天使殿、貴方たちは僕の姉に危害を加えた。よって貴方たちを拘束させてもらう」

 はっきりと、しかし有無を言わさない口調でアキラは告げた。
 何故繭の中の自分たちの行動をアキラが知っていたのか、そんなことは四大天使達にとっては些細なことであった。それよりも――

 「我らを拘束する?」

 冗談を、という声音でガブリエルはアキラへと問うた。身体の左脇に抱えた白い顔が、嘲笑うかのように歪んだ。
 しかしアキラは真剣な表情を崩さない。真っ直ぐに、四大天使を見据える。

 「貴方たちの企みはもうばれている」

 凛とした声でアキラは言う。四大天使は互いの目を合わせる。

 「僕は、貴方たちと合体なんてしない。殉教などしない」

 アキラは静かに目を伏せ、ゆっくりと腰から刀を抜き放った。それに伴い、サムライ衆も刀を構えた。どの者の目にも闘志が滲みでている。

 「姉を傷つけた貴方たちを僕は許さない。姉ちゃんは返してもらう!」

 言うが早いか、アキラは刀を横に薙ぎ、「会心波」を繰り出した。ラファエルの杖が一振りすると、「会心波」は衝撃波によって相殺される。
 サムライ衆がガブリエルとミカエルに一斉攻撃をしかけ、黒蝿は空中に飛び、「大旋風」を巻き起こす。しかしそれもウリエルの炎によって遮られる。
 その際に大天使達の身体が揺れ、僅かに四体の位置がずれる。すると奥の方に小さな白い塊が見えた。
 白い繊維のようなものでぐるぐる巻きにされ、宙に吊るされているそれは、小さな繭のようだ。

 「あれは……!?」

 黒蝿がウリエルの刃を受けながら声をあげた。

 「なんだ!?」
 ウリエルの炎によって熱された空気を吸い込んでしまい、咳き込みながらアキラは黒蝿に問うた。

 「あの繭の中からあいつの気配がする。あいつはあの中だ」
 「!」
 
 その言葉を聞いた瞬間、アキラの身体は無意識に動き、吊るされている小さな繭へと走った。
 しかし横からハマの矢が飛んできて、アキラは足を止め、後ろへ飛びそれを回避する。

 「やらせませんよ」
 「く!」

 ガブリエルがアキラの目の前に立ちふさがる。ガブリエルが右手の白光する剣で斬りつけようとする。アキラは刀でそれを受け止めた。

 「貴方には失望しました。我らと合体し神の戦車になるということの重大性を貴方は理解していない。これは主の願いを叶える事。世界にとっても貴方にとってもより良い選択で――」
 「うるせえ!!」

 ガキン、と金属の触れ合う音が響き、アキラはガブリエルの剣を弾き返した。そして間髪いれず斬撃を繰り出す。それら全てをガブリエルはかわす。

 「世界がどうとか、神の戦車がどうとか、もうそんなのどうでもいいんだよ! 僕がこの世界に来たのも、悪魔を退治してきたのも、全部姉ちゃんに会うためだ! お前たちの下らない野望の為じゃない!」

 アギダインの巨大な炎がガブリエルの身体を包む。しかし炎が晴れると、そこには無傷のガブリエルが立っていた。
 舌打ちしながら再攻撃を仕掛けようと再びアキラは大天使に肉薄する。しかし、ミカエルが呪文を唱えると、目の前に巨大な七つの頭を持つ竜が現れた。ミカエルが召喚した竜は、口から紫の火炎を吹き出し、サムライ衆や獅子丸に牛頭丸、アキラまでを巻き込む。
 強烈な火炎をマカラカーンで防ぎながら、なおもアキラ達は前へと進む。重女が囚われている小さな繭へと。

 「姉ちゃん……!!」

 その時、火炎を避けながら凄いスピードで飛ぶ者がいた。黒蝿である。
 黒蝿は竜の攻撃を次々とかわし、重女が囚われている小さな繭へと向かっていく。
 アキラも後に続きたかったが、機動力では黒蝿の方が上だ。黒蝿のスピードは大天使すら凌ぐ。

 「黒蝿!」

 アキラが黒蝿に大声で呼びかける。黒蝿はちらり、とアキラの方向へ顔を向けた。

 「姉ちゃんを助け出してくれ! 頼んだぞ!」

 黒蝿はそれには答えず、小さな繭へととりついた。右手にありったけの魔力を込めた風を発生させ、繭に穴を空けるべく攻撃を仕掛けた。

―――

 遠くで何かが聞こえたような気がして、重女は目を開けた。
 目を開けた先は白かった。まるで水の中にいるようだ。視覚も、聴力も、触覚も、全ての感覚が飽和している。

 (私……なんでここにいるんだろう……)

 腕を動かそうとしても、上手く上がらない。記憶を辿ろうとしても思考がまとまらない。だけどなんだか心地よい。温かく、守られている感じ。お母さんのお腹にいる赤ちゃんはこんな感じなんだろうか。
 気持ちいい。ずっとここにいたい。ここには私を脅かすものはいない。膝を抱え、胎児のような恰好をとる。

 「―――」

 何かが聞こえた、ような気がした。でも音はくぐもっている。幻聴だろうか。

 「―――!」

 また聞こえた。人の声? 何か怒鳴っているようだ。どこかで聞いたような、懐かしい男の声。
 誰? 貴方は誰? 何を言っているの?

 声のする方向へ視線を向けた。柔らかい光が水面のようにたゆたう。
 すると視界の端に鈍く光る物が入ってきた。
 あれは、銀? 銀の十字架?

 『それは私からの贈り物だよ』

 十字架を見た瞬間、大人の男の声が脳裏に響いた。優しい、落ち着いた声音。

 『人が人を愛するのに、理由が必要かい?』

 古い教会で「その人」が微笑んでくれる。浅黒い肌、銀の髪、聖書、いつも優しかった「シド先生」――

 『姉ちゃん、お揃いだね!』

 私とお揃いの十字架をつけた金髪の男の子が、にっこり微笑んで抱き付いてくる。綺麗な金髪、私と同じ青い目の少年。今となっては血の繋がったたった一人の弟、「アキラ」――

 『なんだそれは?』

 景色が変わる。薄暗い。どこかの山の中のようだ。
 そうだ、此処は影の鞍馬山。私が作ってしまった影の結界の中だ。
 焚き火の向かいに座っている男が問う。黒い翼を生やした男。私の胸の十字架のペンダントは、火の光を反射して微かに光る。
 その問いに私は「食前の祈り」と答える。

 『誰に祈るんだ?』

 誰にって、そんなの決まってる。神様だ。
 そう答えると男は吹きだした。喉を鳴らし笑っている。私は顔が赤くなる。全くこの悪魔は――

 悪魔?

 そうだ、私には仲魔がいた。鞍馬山の地下で鳥かごに入れられていた黒い鳥。私が名を奪い、「彼」も私の声と名を奪った。黒い翼を生やした――

 「黒蝿!!」

―――

 その名を口にした途端、辺りの白い光は晴れ、重女の意識は覚醒した。
 と、同時に五感も戻ってくる。
 そして気づいた。自分が白い繊維のような糸で身体を縛られているということに。

 「く……!」

 身をよじっても、何重にも重なった糸は千切れない。
 そうだ、全部思い出した。私は四大天使の繭に入って、そこで天使達と戦ったけど、逆に大天使の光を浴びてしまって、意識が遠のいて……

 メリメリ、と重女の頭上で音がした。まるで壁を破るようなその音は、重女が囚われている空間の天井に亀裂を走らせる。
 亀裂が大きくなっていき、やがてそこから黒い手が出てきた。黒の篭手を着用したその手は男のものだとわかった。
 続いて上半身が出てきた。鴉に似た兜に、黒い山伏のような衣、深緑の長髪に暗い瞳――

 「黒蝿!?」
 「■■■!!」

 私の名を呼んだのだろう。しかし私にはその声が音声として認識できない。当然だ。私の本当の名を知っているのは、頭上で手を差し伸べている悪魔――やたノ黒蝿だけなのだから。
 ビシッと音がしたかと思うと、黒蝿の全身がまるで真空の刃に攻撃されたかのように切り付けられ、服も、顔にも、手にも複数の傷がつく。
 傷から赤黒い血が滴り、重女の顔に落ちても、黒蝿は手を伸ばすのを止めない。

 「来い! ■■■!!」

 必死の形相でそう怒鳴られ、それに答えるために重女は手を上げようとする。しかし身体は白い糸で縛られている。
 歯を食いしばり、重女は全身に力を入れ脱出を試みる。しかし糸は頑強だ。身体はびくともしない。

 「―――!!」

 それでも重女は動きを止めない。糸が腕に、足に、身体中に食い込み、肉を裂き血を噴き出させる。

 「う、ああああ―――!!」

 叫びながら、血を噴出させながら、それでも重女は頭上に向けて手を伸ばす。
 仲魔の声に答える為に、弟の元へ帰る為に。

 ビリビリ、と拘束していた糸が千切れはじめた。腕が自由になる。頭上に手を伸ばすと、黒蝿はその手をしっかりと握り、一気に重女を空間から引き上げた。
 重女の首からさげている十字架のペンダントが、傷だらけの二人の身体の間で揺れた。

―――

 重女を小さな繭から救出した黒蝿は、サムライ衆達の歓声を受けながら、そのまま空中で静止した。
大天使達は驚愕し、アキラも、安堵の息を吐いた。

 「……お前……」

 重女を抱えたまま、黒蝿は腕の中の少女の顔を覗き込む。何か言ってやろうと思ったが言葉がでない。
 すると大きな青の瞳が、黒蝿の顔を逆に捉えた。

 「……ありがとう」
 「あ?」
 「助けてくれて」

 黒蝿の肩の傷に触れ、微笑みながら重女は言う。肩の出血を止めるように優しく手のひらを押し当てた。

 「貴方が助け出してくれなかったら、私は――」
 「黙ってろよ」

 黒蝿が重女の白く細い首を掴む。ひゅ、という音が喉から漏れ、手から影が伸びたかと思うと、重女の首に黒い痣がついた。黒蝿が再び重女の言霊を奪ったのだ。
 だが重女はもうそれを惜しいとは思わなかった。この痣は、自分と、この悪魔との絆の証のようなものだから。
 この十字架のペンダントが、アキラと、シド先生との繋がりの印のように。

 血まみれの手で、重女は十字架を握りしめた。

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