重女は無事救出された。仲魔であるやたノ黒蝿の手によって。
 全身に傷を負いながらも、四肢を失っていなく、意識もしっかりしている姉を見て、アキラは胸を撫で下ろした。
 その一瞬の隙をついて、四大天使はメギドラを放った。それに気づくのが遅れたアキラはその攻撃をもろに受けてしまい、ダメージを受け後ろへと吹き飛んだ。

 「!」

 黒蝿と共に地へと降りた重女は、黒蝿の腕から抜け出し、弟であるアキラの元へ駆け寄る。

 『アキラ!』

 喉からは声は出なく、ひゅう、という隙間風のような音が出るだけであったが、アキラは姉が自分の名を呼んでくれたのだと何故か分かった。

 「姉ちゃん、無事か!?」

 こく、と重女は頷く。全身ボロボロのアキラを見て、重女は悲しそうに顔を歪ませ、そっと弟の手に自分の手を重ねる。

 『アキラ……ありがとう』

 その言葉もやはり声にならなかった。だがアキラには姉の表情と唇の動きでなんと言ったのか分かった。
 アキラは笑顔を浮かべた。姉が無事に戻ってきてくれた――その事実は嬉しかった。たとえそれが傍に立っている悪魔――やたノ黒蝿の功績だとしても。

 アキラの手が重女の頬に触れるより早く、繭の中に凄まじい風が吹き荒れた。
 白い風。それは重女を繭の中に吸い込んだ時に発生したのと同じであった。 その風を受けてサムライ衆や獅子丸に牛頭丸が吹き飛ばされる。
 風の発生源の四大天使達は、アキラと重女を睨んでいた。神の遣いである天使の神々しさはすでになく、あるのは屈辱と怒りによる禍々しいオーラだけであった。

 「アキュラ王……我らを裏切った代償は高くつくぞ!」
 「お前もその娘同様、穢れているようだな」
 「神の意向を理解できぬ愚か者共め」
 「もうお前達は必要ない。このままこの国諸共消し去ってくれる!」

 凄まじい風の中、重女とアキラ、そして黒蝿は立ち上がり真っ直ぐに大天使達を睨み返す。重女とアキラの十字架のペンダントが風で揺れる。

 「四大天使、もうこの国は貴方たちを必要としていない」

 アキラが剣を構える。重女は黒蝿の手を握った。一瞬黒蝿は眉を寄せたが、すぐに握り返してきた。
 吹き飛ばされたサムライ衆、獅子丸と牛頭丸もアキラの後ろに控え臨戦態勢をとる。

 「貴方たちがいなくてもこの国は存続できる。もう貴方たちはいらない。よって、東のミカド国から貴方たちを追放させてもらう!」

 言い終わるが早いか、アキラのマハラギオンが放たれる。
 それが合図だった。
 獅子丸と牛頭丸、サムライ衆が四大天使に立ち向かう。獅子丸は見事な剣技でミカエルの召喚した竜の頭を切り落としていく。ラファエルが牛頭丸の怪力乱神によって大ダメージを受ける。
 後方に位置するキヨハルの「ラスタキャンディ」によって攻撃力・防御力・命中率・回避率を増大させたサムライ衆は、ミカエルとガブリエルを攻撃する。ある者は剣で、ある者は魔法で。
 圧倒的物量により四大天使の旗色が悪くなり始めたころ、黒蝿は重女を抱きかかえ宙を飛び、四大天使へと近づいた。
 それに目敏く気づいたガブリエルがマハンマを放つ。だが黒蝿は易々とそれをかわす。 重女は黒蝿に抱えられたまま、手に黒い影を発生させていた。

 「お前が……! お前さえ来なければ! 我らはアキュラを依代にし、メルカバーとして顕現できたというのに!!」

 怨嗟の声をあげるガブリエルに、重女も黒蝿も何も答えなかった。重女の手の影がどんどん大きくなっていく。

 「汚らわしい悪魔め! 私はお前たちを許さぬ! 身を切り裂き腸を取り出し、我らに背いたことを後悔させて――」

 その時、重女の影が四大天使を覆った。影は大天使を包んだと思うと、次の瞬間黒く巨大な鳥籠へと変化し四大天使を捕える。

 「いまだ!!」

 黒蝿の合図と共に、アキラは手を鳥籠に翳した。するとその手に四枚の漆黒の面のようなものが現れ、それぞれ鳥籠に囚われている四大天使の顔へととりつく。

 「う、ぎゃああああああああああああ!!?」

 耳を覆いたくなるような叫び声が聞こえたかと思うと、鳥籠の中の四大天使は、身体がどんどん小さくなっていき、ついに人間程の大きさへと変化した。
 暫くの間四大天使は苦しそうに悶えていたが、やがて悲鳴は聞こえなくなり、身体の動きも止まった。

―――

 「……やった、やったぞ!」
 「四大天使を、封印したんだ!!」

 サムライ衆が勝利の雄たけびをあげた。
 傷を負っていないものはいなく、ほとんどの者が満身創痍であったが、どの者の顔にも勝利の喜びが滲んでいた。
 渾身の封印術を使ったアキラは、地面に尻をつけ、長い吐息をついた。

 「アキラ君、よくやったな!」
 「流石はわが主!」
 「まさか本当に四大天使を封印するとはね」

 キヨハルと、獅子丸に牛頭丸が労いの言葉をかける。アキラは答えの代わりにほほ笑んで見せた。
 そこに空中から重女と黒蝿が降り立った。重女は黒蝿の腕から降りると、アキラの元へと走り寄った。

 「姉ちゃん!」
 『アキラ!』

 ぎゅ、とアキラが重女の身体を強く抱いた。そのあまりの力の強さに重女は少し痛がった。

 「ご、ごめん姉ちゃん! 身体大丈夫?」

 重女は頷いた。自分の身体もボロボロなのに私の心配とは。そう思いそっとはにかんだ。

 「姉ちゃんのおかげだよ。姉ちゃんがあの鳥籠を作って動きを止めてくれなかったら封印することが出来なかった」

 それと、とアキラは重女の後ろに立つ黒蝿に顔を向ける。

 「お前も協力してくれて感謝する。ありがとう」
 「……礼はいい」

 顔を背けながら言う黒蝿の様子がおかしくて、重女はそっと笑って見せた。
 あの時、黒蝿が繋いだ手から力を分け与えてくれなかったら、四大天使を封ずるほどの鳥籠は作れなかっただろう。私一人の力では出来なかった。黒蝿がいてくれたから、私は――

 その時、四大天使を封じている鳥籠の一つに亀裂が走った。

 その音に気付いたのは重女だけであった。
 亀裂が生じた鳥籠は崩れ去り、中にいたガブリエルは、面を無理やり剥がすと、こちらへ突進してきた。
 アキラはキヨハル達と話し合いをしていて気づかず、黒蝿もこちらを向いてない。
 ガブリエルは醜悪な顔の大きな口を開けて、アキラの方へ向かっている。このままではアキラが――!

 『危ない!!』

 重女は思いっきりアキラを突き飛ばした。そしてそれがまずかった。
 ガブリエルは、強大な牙で重女の右手と両足を食いちぎり、そのまま繭の外へ脱出した。
 突き飛ばされたアキラも、傍にいた黒蝿も、一瞬の出来事に目を大きくさせた。
 身体から噴き出る鮮血が、重女の視界を赤く染め、そしてそのまま意識を失った。
―――

 それは、一瞬のこと。
 四大天使を捕獲したことで、気が緩んでいたのだろう。
 急に突き飛ばされ、気が付いたら、姉の右手と両足がなくなっていた。捕えたと思っていたガブリエルによって。

 「姉ちゃん!!」

 アキラは姉である重女を抱き留めた。重女は目を大きく見開いたまま痙攣していた。
 半分千切れた右手と両足からは多量の血が流れ出ており、辺り一面血の海である。

 「あいつ、どこに逃げた!?」
 「拘束が甘かったか!?」
 「追え! 逃がすな!」

 獅子丸がサムライ衆に指示を出し、繭の外へ逃げたガブリエルを追跡させる。
アキラと黒蝿はそれに構わず、必死で重女の止血を施す。
 キヨハルがディアラマやリカームをかける。しかし血は止まっても重女の意識は戻らない。

 「キヨハルさん! 姉ちゃんは死なないよな? 大丈夫だよな!?」

 必死の形相でキヨハルに掴みかかるアキラ。しかしキヨハルは無言で首を振る。

 「……出血が多すぎる。それに噛み痕から毒のようなものまで浸透しはじめている。いくら魔法をかけても、失われた右手と両足は元には……」

 そこまで聞いてアキラはキヨハルを突き飛ばした。涙を滲ませながら重女に何度も何度も回復魔法をかける。
 しかしその手を黒蝿が掴んで止めさせる。

 「やめろ、そんなことしても無駄だ」

 止めに入った黒蝿をアキラは思いっきり殴ろうとした。だがその拳は簡単に受け止められてしまう。

 「なんで止めるんだよ! お前は! 姉ちゃんがこんな風になって平気なのかよ!? 仲魔なんだろ!?」
 「平気なわけないだろう!」

 そう言った黒蝿の拳が強く握られて震えている。黒蝿も何も思ってないわけがないのだ。しかしこの状態の重女に対し、何も有効な手がないと分かっているだけなのだ。

 かはっと重女が血を吐いた。身体の震えが酷くなっていく。出血性のショックのため舌を少し噛んでしまったのだ。

 「まずい! このままじゃ舌を噛み切ってしまう!」

 キヨハルが重女の口に布を押し入れた。重女の顔色はどんどん青くなっていく。
 ミカド国には、前にいた世界と違って、医療が進んでいない。まだ建国から十年もたっていなく、大抵の医療行為は魔法で済ませていたし、十分な薬も手術器具もない。

 ――考えろ、考えろ! 何か方法があるはずだ。僕は国王で魔法も悪魔召喚プログラムも使えるんだ、絶対、何か方法が――

 悪魔召喚プログラム?

 アキラは腰の革ベルトに固定してあった聖書型コンプを取り出すと、プログラムを起動し、ミドーを呼び出した。

 『おお、アキラか。ってなんだその恰好!? 血まみれじゃないか!』
 「そんなことどうでもいい! ミドー、頼みがある!」
 『なんじゃ?』

 すう、と息を吸い込み、アキラはコンプ画面のミドーに告げた。

 「悪魔合体プログラムで、姉ちゃんを助けてくれ」

―――

 その発言に、傍で聞いてた黒蝿や獅子丸、牛頭丸にキヨハル、サムライ衆までが言葉を失った。
 コンプの中のミドーも例外ではなく、驚きのあまりポリゴンの身体が一瞬崩れかけた。

 「お前……何言ってるんだ」

 黒蝿の言葉に耳を貸さず、アキラはミドーに続ける。

 「悪魔合体は悪魔同士を合体させ、新たな生き物を作り出すんだろう? その理屈なら、姉ちゃんと誰かが合体すれば、姉ちゃんの身体は元に戻るだろう?」

 ミドーのみならず、流石の黒蝿も驚きを隠せなかった。無茶苦茶な理論である。悪魔合体は悪魔同士を合体させるプログラムだ。人間と悪魔を合体させても異形の生物が生まれるだけだ。それで重女の失われた右手と両足が蘇るわけがない。重女でもなく悪魔でもない出来損ないができるだけである。

 「僕と姉ちゃんならどうだ?」

 皆の正気を疑う眼差しを受けながらも、アキラは真剣な表情で言う。

 「血の繋がった弟であり、遺伝子情報も似ている僕なら、姉ちゃんとの合体も上手くいくんじゃないか? 姉ちゃんの身体をベースに、僕を有機体に変換させて、姉ちゃんの血肉に変えれば、姉ちゃんは――」
 「おいアキラ、何言ってるんだ! お前はこの国の王だぞ! お前がいなくなったら、誰がこの国を――」
 「この国よりも、僕は姉ちゃんが大事なんだ」

 詰め寄った獅子丸に、アキラはきっぱりと告げる。

 「この国は僕がいなくてももう大丈夫だ。キヨハルさんもいるし優秀なサムライの皆もいる。僕はこの国を造ったのも、悪魔を退治してきたのも、全部姉ちゃんの為だ。この命も身体も、姉ちゃんの為にあるんだ」

 誰も反論しなかった。獅子丸も、牛頭丸も、キヨハルも、サムライ衆も、そして黒蝿も。

 「それに、四大天使なんかと合体するより、姉ちゃんを救うためにこの身を差し出すほうがずっといい」

 皆の視線に構わず、アキラは重女を脇にかかえ、黒蝿の手を掴みコンプを操作した。

 「おい、なにを!?」
 
 黒蝿の驚きの声も無視し、悪魔合体プログラムを起動し、「収納」の項目をタッチする。すると二人と一匹は光の玉となって、コンプの中に侵入していった。

―――

 コンプの中の電子空間は、異界と波長の似ている世界である。直線と四角で構成されているその世界は、通常悪魔しか入ることができない。なので、悪魔である黒蝿はともかく、人間である重女とアキラが存在できているのは異常なのだ。

 『し、信じられん! 生身の人間が此処に侵入できるなど!』

 ミドーの驚愕の声を無視し、アキラは重女を合体の為の機械の台に乗せた。二台の機械。本来それぞれに合体の材料である悪魔を乗せ走査させ、真ん中の台に新たな悪魔を生み出す用途に使われる。
 しかしアキラは姉である重女を救うため、このプログラムを使おうとしている。前代未聞のことだ。
 黒蝿は状況についていけず、ただ成り行きを見守っているだけ。

 「ミドー。さっき言ったように、僕を有機体に変換させて姉ちゃんの手足と血を蘇らせてくれ」

 ミドーは気圧され、言われたとおりにプログラムを入力する。あとは起動スイッチをいれるだけ。しかしそこでミドーは戸惑った。

 「どうした?」
 『や、やっぱり無理じゃ! どんな合体事故がおこるかわからん! 下手をすればこの電脳世界が壊れてしまうぞ!』
 「……黒蝿、お前がスイッチを押せ」

 アキラはその答えを予想していた。だから保険として連れてきた黒蝿に命じた。
 それまで茫然と立ち尽くしていた黒蝿は、その言葉を聞き思いっきり顔をしかめた。

 「何言ってるんだ!?」
 「約束しただろ!? 姉ちゃんを守ってくれって! 僕の代わりに傍にいてやってくれって!」
 「約束? そんなのお前が勝手に言ってただけだろうが! 俺は承諾した覚えはないぞ!」

 途端、走査台に乗せられた重女が激しく震えた。ただの肉体反応であったが、真っ青な顔が、重女の命がつきてしまう寸前であることを物語っていた。
 絶命してしまえば、悪魔合体プログラムは使えない。アキラは焦った。

 「早く押せ!!」
 「だから……!」
 「男の約束だろ!? お前を男と見込んで言ってるんだ! 姉ちゃんを死なせるな!」

 アキラは首からさげている十字架のペンダントを黒蝿になげて寄越した。かつてシドに貰った重女とお揃いの十字架。幼いころの姉弟の思い出の印。
 重女の鼓動が弱まっていく。彼女の死はもう間近だ。

 「やれ!! 黒蝿!!」
 「――――!!」

 黒蝿は歯を食いしばり、握りしめた拳を起動スイッチに叩きつけた。
 瞬間、重女とアキラの身体が走査され、その身体は電子信号に一時的に分解される。
 ビービーと警告音が響く。電脳空間が血のように真っ赤に染まる。

 『ああ……やはりエラーだ! 何が起こるんだ!?』

 ミドーの嘆きを無視し、黒蝿はただ走査台を見続けた。
 アキラから託された、十字架のペンダントを握りしめながら―――

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