京の都、帝のおわす御所の謁見の間。
 当代きっての陰陽師一族である阿部家の当主、阿部晴明は帝に呼ばれていた。

 「面をあげい」
 
 簾越しの下知に、晴明は平伏の姿勢から顔をあげる。
 正直、晴明は、憂鬱であった。
 今、彼の心を占めているのは例の一族のことである。“鬼切り一族”と称される彼らとは、この間の朱点童子討伐隊選考会にて初めて戦ったのだが、そこで晴明は、彼らの力を目のあたりにした。
 彼らは自分と同じ力を使ってきた。“花乱火”に“凰招来”、治癒呪まで使い、晴明率いる精鋭に見事勝って見せた。
 あの一族は朱点童子に呪いをかけられ、約二年程で死に至る。そして人との間に子を成せない。その為異形のものと交わり、人ならざる力を身につけているのだとか。
 自分と同種の者を見つけた――晴明の心は躍った。この私と同じ力を持つ者がいる。阿部家にとりいり、生まれ持っての素質をあますところなく発揮し、ついには阿部家の当主となり「晴明」の名を継ぎ帝の信頼を得た自分と、同等かそれ以上の力を持った彼らなら、自分の“目的”を果たすための“人柱”になってくれるだろう、その為の策略を練ろうとしているところに、この呼び出しだ。晴明は溜息を吐きたいのを我慢し、貼りついた笑みを浮かべた。

 「この間の遠征でな、余は不思議なものを見た」
 「不思議なもの、でございますか?」
 
 晴明は聞き返した。不思議なもの、とはなんであろう?

 「八咫烏だ」
 
 どこか夢見心地の声色で、帝は呟いた。

 「……ヤタガラス? あの、霊鳥・八咫烏、でございますか?」
 
 天照大神の使いと言われる霊鳥。桓武天皇の時代に現れ、天皇を熊野国から大和国まで導いたあの霊鳥を、この方は見た、というのか? あれは神話の中の存在かと思っていたのだが。
 簾で表情は見えないが、幼くして即位し、感情過多なところのあるこの方のことだ。どこか遠くを見る目つきをしているのだろう。

―――

 帝が東国へと 視察へ向かったとき、“それ”は現れた。
 急に辺りの空気が変わったかと思うと、牛車の動きが止まった。何事か、と問いかけても従者の答えはなかった。異変に気づき、帝は牛車の簾をあげた。

 そこは、異世界であった。

 昼であったはずの辺りは暗く、まるで真夜中のようだ。その中を人ならざる者達が灯火を手に跋扈している。
 腹が異常に膨れ上がった餓鬼、口が耳元まで裂けた女、武者の格好をした骸骨、琵琶の顔の女、角の生えた巨躯の醜い男……鬼や付喪神たちが行列を成し歩いている。
 「曲者!」と叫んでも、供の祈祷師の姿はなかった。従者どころか牛車の牛すらいない。ここにいるのは鬼達と帝だけ。
 
 百鬼夜行――帝の頭にそんな単語が浮かんだ。

 鬼や妖怪が群れ歩くというその現象は、凶兆であるという。そして、それを目撃したものは、死に至ると。
 ぞくり、と肌が粟立った。護身用に身に着けている懐刀を取り出す間もなく、獲物を見つけた鬼達は帝に襲い掛かってきた。

 すると、いきなり鬼達が燃えた。

 紅蓮の炎を発生させたのは、黒い鳥。その鳥は鴉。しかも三本足である。
 八咫烏――神話で聞いたあの霊鳥が目の前にいる! 神の使いと名高い霊鳥を前に、帝は生まれて初めて跪いた。

 八咫烏は、ある人物の元に寄り添った。その人物は、金色の髪と青い瞳の異相の少女であった。

 天照大神が顕現したのか、と一瞬思ったが、その少女はボロボロの藍色の単衣を身につけていた。とても神が顕現した姿とは思えない。
 髪と目の色を除けば、その姿は下賤の女のものである。何者か、と帝が問いかける間もなく、少女は鬼の行列を指差す。すると八咫烏が飛び立ち、突風を起こし、炎を吐き出す。
 八咫烏が動くと、鬼達がみるみるうちに倒れ、逃げ惑う。炎は鬼を焼き、風は瘴気を吹き飛ばす。
 
 やがて鬼達は消滅し、百鬼夜行は終わった。

 百鬼夜行の鬼を滅した少女は、八咫烏を肩に乗せ、ちらりと帝を一瞥すると、黒い風に乗り消え去った。
 その間、帝は呆然と見ているしかできなかった。
 神の使いである八咫烏が現れ、鬼を倒した。しかもその八咫烏を従えていたのは、小汚い格好に身を包んだ不思議な少女――
 現実世界に戻り、従者に安否を聞かれても、帝の胸の高鳴りは収まらなかった。

―――

 「その時余は思った。これは神託だと。京だけではなく、この日ノ本を蝕む全ての鬼を滅せよ、という神の御言葉だとな」

 白昼夢のような話を聞き、晴明は眉をしかめる。簾の向こうで、帝が扇子を構える音が聞こえた。

 「阿部晴明」
 「はっ!」
 「そちに命ずる。この日ノ本を魔なる者から守るための特別組織を結成せよ。身分の貴賤は問わぬ。そなたが長となり、少しでも陰陽の心得がある者、素質がある者を集めよ」

 既に陰陽寮には阿部家や賀茂家他、血筋も身分も高い優れた陰陽師が何人も所属しているというのに、身分の貴賤は問わぬ、ときた。それは恐らく、帝が見たという八咫烏を従えた少女が、下賤の格好をしていたからであろう。この方はどこか夢見がちな気質がある。
 本音を言えば、そんな気まぐれなどに関わりたくはなかったが、帝の命には逆らえない。「謹んで、拝命致します」と、晴明は平身低頭しながら答えた。
 うむ、と帝が満足そうに頷いた。

 「して、晴明よ。その組織の名はなにがよいかのう?」

 ひく、と晴明の片頬が無意識にひくつく。そんな事ご自分で考えればよいものを。ただでさえ気まぐれな思いつきで作られた組織を任されうんざりしているのに。晴明は脱力した様子を隠し答えた。

 「……でしたら、“ヤタガラス”はいかがでしょう? お上は八咫烏にお命を救われたのでしょう? 八咫烏は太陽神・天照大神の使い。日ノ本の闇を晴らし光をもたらす者が属する組織の名にはふさわしいかと」

 晴明のやる気のない発案に、帝は心打たれたらしい。「成る程……光をもたらす者……確かに……」と呟いている。

 「それは良い名だ! では今から組織の名を“ヤタガラス”と名付ける! 晴明よ、太陽神の使いである霊鳥の名に恥じぬ人材を集めよ。期待しておるぞ」
 「はっ!」

 再び平伏し、晴明はやっと謁見から解放された。謁見の間から出た晴明はふう、と御所の庭園を眺めながら長い溜息をついた。
 ヤタガラス、か。まずは陰陽寮に所属している陰陽師や陰陽得業生から優れている者を選ぶか。その後は市井から素質のある者を見つける。
 播磨国に優れた陰陽師集団がいると聞いた。他には京から西の方にある“骸ヶ原”という鬼の出没する平原の隅の集落にも異能使いがいるらしい。あとは――あの朱点童子に呪いをかけられた“鬼切り一族”、彼らも「ヤタガラス」に相応しい能力の持ち主であろう。早速遣いを派遣しなければ。やれやれ、忙しくなる。自分の“目的”を果たすのは当分先になりそうだ。晴明は遠くの大江山に目を凝らした。
 
 その時、かあ、かあ、と烏が鳴きながら晴明の頭上を飛び去っていった。自分を鼓舞するかのようにも馬鹿にするかのようにも聞こえるその鳴き声に、晴明は無意識に飛び去る烏を睨みつけた。

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