――この二人が、イカサマ師!?

 重女はふんぞり返りながら酒を飲んでいるツギハギの顔の男と、テーブルの上で滑らかにカードをシャッフルしているフジワラの顔を交互に見比べた。
 佇まいも言動も粗野なツギハギはともかく、物腰の柔らかなフジワラがイカサマを働いているなんてとても思えなかった。ましてやこの二人がコンビを組んでいるなど。

 ――それは確かなの?
 『ああ。今までの動きではっきりした。奴らはイカサマを働いている。と、いっても大した仕掛けじゃない』
 ――どういうこと?

 ふう、と黒蝿は溜め息をついた。そんなこともわからないのか、と馬鹿にしているように。

 『今から俺の“感覚”をお前のと合わせる。それで直接確かめてみろ』

 え? と聞き返すまでもなく、急に視界がぎゅうんと広がった。
 視覚、触覚、聴覚、嗅覚、全ての感覚が広がり、酷く鋭敏になった。目に入るもの、聞こえる音、肌に触れる空気の流れ、ホールの匂いまで、全てが情報となり重女の脳に入り込んできた。それは人間の処理能力を超えており、重女は酷い酩酊にも似た混乱に陥った。

 『どうした』
 ――気持ち悪い。くらくらして……吐きそう……
 『なら、同調を少し緩和する』

 焦点の合わないギラギラした万華鏡のような視界は、徐々にどぎつい色合いが薄れていき、耳元のノイズは晴れて、不必要な情報は遮断された。これなら耐えられる。重女は口許を押さえながら、いまや黒蝿のとほぼ同じになった視力で、フジワラのシャッフルしているカードを見た。

 ――あ!

 それは、ただのトランプカードではなかった。

 一枚一枚が“液体”で構成されている。水の精霊・ウンディーネの身体を変化させて作られたカードは、見た目も質感も本物のそれと同じである。勿論、違いなど人間には全く分からない。ただの人間なら。
 気づかなかった自分が間抜けに思えるくらい、あまりにも単純なイカサマだ。使役する仲魔をカードに変化させていただけ。それなら自分の思い通りのカードを配れる。

 『だが、ディーラーのフジワラは悪魔召喚師ではないな』
 ――なんで分かるの?
 『悪魔召喚師は体内の気の巡りが独特なんだ。自身のマグネタイトを仲魔に与えているからな。フジワラの気は一般人と変わらない』
 ――なら、もしかして悪魔召喚師は……

 「お好きなところへどうぞ」

 フジワラは赤いカットカードをツギハギ男へと渡した。プレイヤーにはシャッフルし終わったカードの束に、任意の所へカットカードを入れる権利がある。今回はツギハギ男の番である。
 ツギハギ男がカットカードを束に差し込んだ、その時。
 ぐにゃり、とカードが変化した。形が変わったのではない。カードがツギハギ男からマグネタイトをもらい、“喜んで”いる。少なくとも重女にはそう見えた。
 ――間違いない。悪魔召喚師はツギハギ男のほうだ。
 でも、ツギハギ男が悪魔召喚師なら、フジワラはどうやってカードを操っている?

 「それでは、始めます」

 プレイヤーが次々とベットしていく。重女もチップを置きながらフジワラの一挙一動を凝視した。
 フジワラが左手でカードシューからカードを抜き取り、プレイヤーに配ろうとする。その時、左手のごつい銀の時計から、何か微細な電流のようなものが流れた。“それ”はカードに――正確にはカードに化けたウンディーネに伝わり、フジワラの思い通りのカードになる。
 もうイカサマのトリックは分かった。ツギハギ男の仲魔のウンディーネがカードに変身し、ディーラーのフジワラが、左手の時計からマグネタイトに似た電流のようなものを発し、カードの数字を自由に変化させる。
 わかってしまえばなんてことはない、イカサマともいえないチープなトリックだ。

 ――あんな仕掛けがわからなかったなんて……
 『だから、お前ひとりに任せるのは心配なんだ』

 重女はむっとしたが、あの仕掛けを見抜けなかったのは事実だ。強くなったと思っても、まだまだ自分は半人前だ。
 さて、イカサマの正体は分かった。だがどうやって彼らに勝つ? 正攻法では勝てない。なら――

 『決まってる。“イカサマにはイカサマを”だ』

 黒蝿が自信たっぷりに、「作戦」の内容を重女に告げた。奴らのイカサマに対抗する策を。

 ―――

 『あ、スペードが揃ってる』

 重女はわざとらしく、手札のカードを指さして嬉しそうな声をあげた。フジワラと、ツギハギ男、スーツの青年に巻き髪女が怪訝そうにこちらを向く。

 『次にもう一回スペードが来たら、三枚もスペードが揃っちゃう。そしたら凄いなあ。もしかして配当が三倍になっちゃうかも?』
 「残念ながら、ここのハウスルールでは印(スーツ)が揃っても意味はございません」

 フジワラが淡々と告げた。声音は穏やかだが、顔は苦笑している。ルールブックで確認しただろう、とでも言いたげだ。だが構わず重女は続けた。

 『そうかあ、残念。スペードは尖っているから少し怖いな。ハートかクラブが来ればいいのに』

 全く意味不明な言動に、テーブル中に失笑が漏れた。皆の冷たい眼差しを受けながら重女は作り笑顔をひくつかせた。

 (なんで私がこんなことを……)

 そっと、重女は自分の足元を確認した。テーブルの下の影は静かにフジワラへと伸びている。幸いここのテーブルの照明は暗い。影が変化しても分かりにくいし、そもそも誰も他人の影の事など気にかけていないだろう。

 ――俺がお前の影に同化して、カードシューにとりつく。そしてウンディーネに圧力をかけてカードを無理やり変える。お前はフジワラとツギハギ男の気をひいて影から注意を逸らさせろ。

 これが黒蝿の策であり、重女に下した命令だった。
 カードシューに収まっているウンディーネを力ずくでこちらの任意のカードに変えるという、至極簡単な策だったが、ばれたら一発で終わりだ。慎重に黒蝿は影をテーブルの下からカードシュー目指して伸ばしていき、重女はフジワラ達にばれないよう間抜けな素人のふりをして彼らの気を引く。なるべく不自然にならないよう重女は喋り続けた。

 『あ、お兄さんの手札、ハートのクイーンがある。いいなあ』

 スーツの男の手札を指さし、重女はさも嬉しそうにはしゃいでみせた。スーツの男は巻き髪女と唖然とした表情で顔を見合わせた。一体この子は何を言ってるんだ、という風に。

 「ステイ」

 ツギハギ男が手を振ってステイした。そして重女の方を見た。重女はにっこりとほほ笑んで見せたが、その笑顔がわざとらしかったので、ツギハギ男は不気味そうに眉を寄せた。一体この子はどうしたんだ、緊張で頭でもいかれちまったのか、とでも言いたげな顔だ。
 自分の演技のクサさに顔を赤くしながら、重女は人差し指でテーブルを二回叩き、『ヒット』と要求した。来たカードはクラブの7。23でバスト。

 『クラブは丸いな。そういえばクラブのキングはアレキサンダー大王なんだっけ』

 プレイヤーの三人は、もう重女のおかしな言葉を無視した。影は徐々にカードシューへ近づいている。もう少しだ。

 「お嬢さん、トランプに興味があるのですか?」

 フジワラが急に話しかけてきたので、重女は少し驚きつつも、『はい』と答えた。影に気づかれた様子はない。大丈夫だ。

 「どのスーツが好きなのかな?」
 『スペード……かな』
 「おや珍しい。貴女くらいの年頃の女の子は、てっきりハートを選ぶと思ったのに」

 言いながらもフジワラの手は止まらない。ヒットを要求してきた青年と巻き髪女にカードを配る。青年は22、女は24で両方ともバストであった。

 『昔、スペードは私の星座のふたご座を意味すると聞いたので』
 「よくご存じで。ならば、絵札ならどれが好きかな?」

 重女は少しだけ迷って、『クイーン、です』と答えた。一体彼はなんでこんな事を聞いてくるのだろう。やはり先程の演技がクサかったから怪しんでいるのだろうか。

 「スペードのクイーンは、ギリシャ神話の戦いの女神、バラス・アテナを意味します。彼女は勇敢な女神であると同時に、非情に気性が激しかったとも言われています。そして、スペードのクイーンは、創作上で悪女を意味することが多い」

 悪女、と言われ、重女は少しだけ息を飲んだ。もしかして、私がやろうとしていることに気付いている?

 「そして女王には、王子が傍にいるものだ」
 『……なにが言いたいのですか?』

 ふ、と笑いながら、フジワラはホウルカードをオープンした。アップカードの“スペードのクイーン”と、ホウルカードの“スペードのジャック”、合わせて20。21でブラックジャックであったツギハギ男の一人勝ちだ。

 「このカードは貴女“達”のようだ。女王と、女王を守る騎士」

 ディスカードとチップを集めるフジワラを見ながら、重女は背筋が凍るのを感じた。今のは、けん制だ。自分は自由にカードを操れるということの。そして、“貴女達”という単語。まさか――

 「そのイヤリングはとても“変わった”形をしていますね」

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