重女の目尻からつっと涙が頬を伝った。それは、歓喜の涙。
 その様子を見た大柄な黒人、シド・デイビスは眉根を寄せた。

 「誰だ? 君は?」

 え、と重女は目を見開いた。重女とシドの視線が交差する。
 よく見ると、シドの姿は鞍馬山で別れた時とは違い、頬がこけて皺も目立つ。初めて会った時は二十代後半くらいの若さだったのに、今では体格こそがっしりしているが、顔は六十代後半か七十代くらいの老人である。

 (ああ、そうか、あれから随分と時が経ってるから……)

 確かに容姿は老いてはいるが、重女は自分を見下ろしている人物がシドだと確信していた。
 黒い肌、緑の瞳、そして――首から下げている銀の十字架。
 あのデザインの十字架のペンダントは、私とアキラとシド先生しか持っていない。三人の絆の証。
 そういえば重女の十字架のペンダントがない。確かに首から下げていたはずなのに、何故か今はない。もしかして没収されたのだろうか。

 『あ、あの……大分時間が経っちゃたけど、私だよ。■■■』

 チョーカーから出る機械音声を聞き、シドの眉の間の皺が深くなる。
 そうだった、私は黒蝿に名前を奪われていて、自分の名は声に出すことも文字で書くことも出来ないのだった。

 『あ、あの、教会で私達会ったよね? 聖書も貰ったし、神様の事や悪魔や天使の事とか色んなこと教えてくれたよ。そして一緒に鞍馬山に……』

 シドは何も言わない。周りの医者や男達は怪訝な顔で重女を見ている。

 『あ、あと、それから――』
 「すまないが、君の事を思い出せない」

 重女の言葉を遮りシドは冷たく言う。その声音と表情は重女の知っている温厚なものではなく、まるで虫けらでも見るように見下ろしている。何故? 何故そんな冷たい顔をしているの?

「九楼、重女さんだね。君は私を別の誰かと間違えているのでは?」
『ち、違う! 間違えていない!』

 聞くに堪えかねて重女は声を荒げた。起き上がろうとしたが手足を拘束している革ベルトがそれを邪魔した。

 『だ、だってシド先生、私とアキラに十字架のペンダントをくれたよね? 三人お揃いのペンダント。今シド先生が首から下げているのと同じ』
 「!」

 シドの眼が少し見開かれた。無表情の仮面が少し割れ、少しの驚愕の色が顔に現れた。

 「ミスター・デイビス。この子と知り合いですか?」

 部下らしき男がシドに聞いてくる。シドは顎に手を当て何かを考えている。その癖も昔のシド先生と同じだ。やっぱりこの人はシド先生だ。
 なのに先生は私の事を覚えていないようだ。やっぱり五十年近く会ってないから私とアキラの事を忘れちゃったのだろうか。

 「……………」

 じっと、じっくりとシドはストレッチャーの上の重女を見る。眼鏡の奥の瞳は初めて会った時と同じ深い緑色だが、その色が少し濁っているような気がした。

 「……悪いね、重女さん、だっけ? 私と出会ったと言っているが、私は残念ながら覚えていない」
 『そんな!?』

 重女は落胆した。きっとシド先生も、どんなに時が経っても私達のことを覚えてくれていると思っていた。でもそれは私だけだ。シド先生にとって私とアキラはそこらへんのただの子供と思っていたんだ。私はずっとシド先生の事を覚えていたのに……

 「ミスター・デイビス。これがその子の所持品です」

 部下らしき男がうやうやしく箱を捧げる。その箱には重女が身に着けていたもの、ワインレッドのワンピース、少し大きめのサイズのハイヒールにバック、バックの中に入っていた化粧品やハンカチや穿いていたパンスト、ポケットティッシュまでもが入っていた。
 その中に確かにあった。重女が肌身離さずつけている、シドのと同じデザインの十字架のペンダントが。
 シドはそれを手に取り、じっくりと眺めた。

 「確かに私のと同じようだが……やはり私は君のことを覚えていないよ」
 『……!』

 まるで自分の身体が奈落へ落とされたかのように、強烈な虚脱感が重女を襲った。そんな……私はシドに会いたくて、話がしたくて何度もアマラ経絡で色んな時間を辿ってきたのに、折角会えたのに、こんなのって……

 「まあこの事は後にしておこう。それより“赤玉”の生産状況が追いついていないと聞いたが?」
 「はい、そうです。神経伝達物質はいくらでも採取できるのですが、肉の方が足りないのです。やはりもっと“畑女”と“種男”を増やしたほうが……」

 シドは完全に重女に背を向けて部下と何か話し合っている。重女は静かに泣いた。先程とは違う、悲しみの涙が頬に新たな筋をつける。

 ――なんで? シド先生……私はどんなに貴方に会いたかったか。なのに……こんなのって……

 「ねえ、君」

 ぐすぐすと泣いている重女の顔をシドは覗く。こんな顔を見られたくなく思わず横を向いた。涙を拭いたい。だけど手足が拘束されているので出来なかった。

 「君は、なんでアマラ経絡をあんなに造りだしたんだい?」

 シドが問う。なんでそんなことを聞くんだろう。それは元の世界に戻って貴方に会うため。しかし重女は答えなかった。だって、そんなこと言っても私のことを忘れてしまった貴方には伝わらないから。

 「私達はね、ずっと君がアマラ経絡をつくって時空を横断していたのを知っていた」

 重女は驚愕のあまり目を大きくした。知っていた? 私達がアマラ経絡を造って時間移動を繰り返していたのを。

 「本来、アマラ経絡を使って歴史に干渉するのは許されない。それに、いくつもの経絡が開きっぱなしだと、そこから悪魔が出てきて人間を襲う可能性があるからね。君が造り上げた経絡を閉じていくのはなかなか骨が折れたよ」

 あ、と重女は気が付く。そういえば私は経絡を造りっぱなしにしていた。経絡はいつも自然に閉じていたからそういう仕組みなのだと思っていた。だから、シドが毎回閉鎖してくれていたなんて思ってもみなかった。でも――

 「アマラ経絡を無作為に造りだすのは褒められたものじゃない。本来なら君はとっくに我々に捕らえられているはずだった。でもヤタガラス上層部は君を“わざと泳がせることにした。”どうしてだと思う?」

 わざと泳がされていた? いくつものアマラ経絡を造った私は本来なら捕まえられて裁かれなくてはいけないらしい。でもなぜ“泳がされて”いた?
 返答に詰まった重女を見ながら、シドはふう、と溜め息をついて、額に手を当てる。

 「それはね、君が平安時代にアマラ経絡を結んだことと関係する。
 君は気づいていないだろうが、霊鳥・八咫烏を使って当時の帝を悪魔から救っている。
 八咫烏を従える君を天からの遣いと勘違いした帝は、あの稀代の陰陽師阿部晴明を筆頭に、「ヤタガラス」という魔をもって魔を討つ組織を結成した。それが、我々の組織「ヤタガラス」の前身というわけだ」

 口の中が緊張でカラカラだ。平安時代に黒蝿を使って百鬼夜行から人助けしたことは覚えているが、まさかその人物が帝だったとは。
 これでわかった。私が捕縛もされず「ヤタガラス」に泳がされていたのは――

「もうわかったかい? 君が起こした行動で、「ヤタガラス」は生まれたのだよ。
 当時の文献にも残っていた。帝が百鬼夜行という鬼や悪魔の行列に襲われたとき、天照大神の遣いが八咫烏を従え、帝を救ったと書かれてあった。この遣いが、時間移動を繰り返していた君だと上層部は見抜いていた。だから君への干渉が何一つなかったのだよ。君がいなくては我々「ヤタガラス」も生まれないからね」

 なんと言葉にすればいいのかわからなかった。私がアマラ経絡で時空を旅したせいで現代に影響が出るだなんて、ちょっと考えればわかるはずなのに。今までその可能性を考えなかった自身を恥じた。

 「でも、それも今回で終わりだよ」

 重女はまたしてもシドを凝視した。まるで悪戯がすぎた子供に罰を与える教師の様に、その声音は冷たい。
 するとシドが手を伸ばしてきて、重女の首に指を這わせた。その感覚にぞくりと肌を粟立たせると、次の瞬間、首元の咽喉マイク入りチョーカーが無理やり外された。

 「!?」

 声の出ない口をぱくぱくさせながら重女は抗議しようとしたが、ひゅう、ひゅうと喉は木枯らしのような音しか出さない。今奪われたチョーカーがないと声が出せない。シドもそれを知っているからチョーカーを奪ったんだ。

 「もう君は用済みってわけだよ。九楼重女。君は“赤玉”の材料を産んでもらう」

 ―――

【クラブ・ミルトン:コンピュータルーム】

 暗号解読された機密文書「悪魔召喚簡易化による“赤玉”製造プロジェクト」の概要を読み終えたフジワラは絶句していた。
 簡単に言うと、“赤玉”なる物質を製造し、悪魔召喚師ではない普通の人間にも、赤玉を悪魔に渡すだけで簡単に悪魔を従えることが出来る、という計画だ。
 この計画はとても古く、1960年代後半から始まっている。一時冷戦の影響や人手不足、そして景気破綻により中止されたが、去年からまたこのプロジェクトは再開された。責任者の名前はシド・デイビスと書かれている。

 ここまでならちょっと変わった計画にしか見えないが、問題は“赤玉”の製造方法についてだ。

 赤玉製造に必要なのは、人間の肉と、ドーパミンなどの神経伝達物質。その二つを混合することによって生み出される。
 人間の肉で最も質がいいのは生まれたての赤ん坊の肉だ。“種男”と“畑女”と渾名された男女を交配させ、畑女の胎内の赤子に促進剤を打ち、十月十日を待たずして出産させ、その嬰児の肉と、ヤタガラスが選んだ被検体、成長期の少年少女の脳内から抽出された神経伝達物質を混ぜ合わせれば赤玉の完成だ。

 こみ上げてくる怒りと生理的嫌悪感を我慢して、フジワラは続きを読んだ。

 それによると、神経伝達物質を吸い上げるのは一度ではなく二度、三度と何回かに分けて行うらしい。それは一度に抽出すると物質が壊れてしまう可能性があるのと、被験者の神経伝達物質を一度に全部抽出されると、彼、彼女らは廃人となってしまい「処分」しなくてはいけない。そうするとこの計画が外部に漏れる恐れがある。
 こんな倫理観に欠ける計画が世間に知れたら、世論は「ヤタガラス」を叩くだろう。それを避けるため、このクラブで毎週パーティを開き、被検体の少年少女らを招いて、彼らに気付かれないよう少しずつ神経伝達物質を「リフレッシュ」の時間に採取する。

 (成る程、だから私が見たパーティ帰りの客はどこかおかしかったのか)

 あんな子供相手になんてむごい事を……フジワラは眉をしかめ、パソコンの画面をスクロールしていく。そこにはこの計画の報告が書かれていた。

 ≪被献体M-16、抽出歴一年:脳内環境:B(※前頭葉に損傷軽微)≫
 ≪被献体F-19、苗床から苗を収穫。:脳内環境:C(※海馬に損傷確認)≫
 ≪新たな被献体6名入所。うち3名を畑女と種男に登録≫
 ≪被献体F-18、苗の芽吹きを確認。しかし流産。新たな種男と交配させる≫

 読んでいて胸がムカムカしてきた。畑女と種男、そんな呼び名で赤玉の材料たる嬰児を産ませ、その事を“苗床から苗を収穫する”と表現している。これじゃあ牛や豚などの家畜と同じじゃないか。やはり「ヤタガラス」は外道そのものだ。国を守る超国家機関が聞いて呆れる。
 とにかく、このデータを抽出し、公の場に公表しないと。今こうしている間にも被害者は増え続けているのだから。
 データ抽出のための用意をフジワラが行っている時、急に耳のインカムに通信が入った。「はい、こちらフジワラ」

 〈フジワラ、無事か!?〉

 ツギハギの大きな声が鼓膜を揺らす。良かった、ツギハギ達は無事だったのか。

 「こっちは現在コンピュータールームにてデータ採取にとりかかっているよ」
 〈データ?〉
 「このクラブでの、いや、「ヤタガラス」の悪事の証拠さ」

 応答しながらフジワラの手は止まらない。凄いスピードでキーボードを打っている。

 〈やっぱりあったか。どうもきなくせえと思っていたんだ。それは違法薬物のか?〉
 「いや、ちょっと違う。詳しくはここを出てから言うよ。長くなりそうだしね。それより、そっちこそ大丈夫かい?」
 〈ああ……まあな。無事あいつを倒したぜ。傷一つおっちゃいねえよ〉

 少しだけツギハギの声のトーンが落ちた。なんだ?

 「なにかあったのかい?」
 〈べ、別になんでもねえよ! それよりあのお嬢ちゃんはどうした? まだ合流できていないのか?〉
 「ここのデータ抽出が済んだら合流するよ。それにしても心配だな。彼女、危険な目にあっていなければいいんだけど」
 〈その事だが……〉

 急にフジワラとツギハギの会話に誰かが入ってきた。やたノ黒蝿だ。
 
 「やあ、黒蝿君。無事でなにより」
 〈ああ、それよりあいつの気配が感じない。数十分前を最後に行方が分からなくなっている〉

 フジワラは思わずキーボードを叩く手を止めた。

 「気配が消えたって……それってまさか……!」
 〈恐らく、何者かに拉致されたんだろう。そして魔法の使えない場所に連れて行かれたか……〉

 フジワラは眼鏡を取り、汗でべたべたの手と顔を拭いた。ブラックジャック対決の時、重女に渡したハンカチで。後に重女は、律儀にやや恥ずかしそうに洗って返してくれた。その時見せた年相応の柔らかい照れ顔がフジワラの脳内に焼き付いている。

 「それは穏やかじゃないね、目立つ行動は避けたかったけど、重女さんを見捨てるわけにはいかない。黒蝿君、ツギハギ、彼女を救出に行ってくれ」
 〈あんたはどうするんだ?〉
 「私はさっき言った通り、ここでヤタガラスのデータを抽出するよ。僕が助けにいっても足手まといだろうからね。重女さんの救出は君たちに任せるよ」
 〈了解した〉
 〈まかせとけよ相棒! お嬢ちゃんは必ず救出するからよ!〉

 それを最後に通信は途絶えた。あの二人の戦闘能力ならどんな敵でもやっつけるだろう。問題は重女だ。黒蝿も感知できない場所に連れて行かれた……それは何の理由で?
 フジワラはふとさっき見た情報の中に、“畑女”という単語があったのを思い出した。赤玉の材料となる赤子を産ませるために“種男”と交配させられる存在。

 ――まさか!

 ぞっと、全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。まさか、「ヤタガラス」は重女さんを“畑女”にするために別室に連れて行かれた――!?

―――

 シドが薄ら笑いを浮かべながら退室していく。部下の男と一緒に。待って、貴方には聞きたい事、話したいことが山ほどあるの――
 しかしその言葉は声にならなかった。咽喉マイクをはがされ、声を出せない状態に戻った重女には、他者に気持ちを伝えることができない。そうこうしているうちに、重女の乗せられているストレッチャーに、医師や重女と同じスモックの様な簡易服を着ている男数名が集まってきた。男達の目は虚ろで、どこを向いているか分からなかった。

 「可哀想だとは思うけど、これはミスター・デイビスの命令なんだよ。君を新たな畑女にしろって」

 畑女? なんだろうそれは。どこかで聞いたような気もするが……

 すると急に医師が重女のスモックの腕の部分を捲し上げる。医師の手には注射器が握られていた。
 注射器をみせられ、ざわっとした危機感が重女の脳を刺激した。やばい、これはやばい! 逃げなくちゃ!
 しかし必死に逃れようとしても手足の拘束ベルトは一向に緩まず、ストレッチャーがぎしぎしと音を立てただけ。暴れる重女を他の医師や男達が押さえる。そうこうしているうちに二の腕をゴムで縛られ、血管の位置を確かめた医師は、重女の皮膚に針を突き刺した。

「――――!!」

 薬剤が体の中に入ってくると、強烈な眠気が沸き上がってくる。同時に身体が弛緩し、重女は目蓋をあけていられない。眠ってはだめだ、自分を強く持て、誘惑に惑わされちゃ駄目だ。
 そう、いつだってそうしてきたじゃないか。強くなければ。強くなければ母やアキラを守れない。私が強くなって、私達を傷つける者をやっつけなきゃ。

 ――やめて、そんなことしないで!

 母の声が聞こえる。仕事帰りにたまに米兵を家に上げさせていたお母さん。プライベートでも、母は身体を売っていた。だけど中には乱暴な客もいて、そういう時、母は客を拒絶する。だが誰も母のいう事を聞いてくれなかった。客を喜ばすため、母は不承不承に事に及ぶ。
 母の拒絶の声を、重女はドア越しに聞いていた。私がもっと強かったら、きっとお母さんを助けてあげられたのに。
 悔しい。力がないってこんなにも惨めで辛い事なのか。

 ――私が君達を愛している。それが理由だよ

 暴言を吐いてしまった私に、シドが十字架のペンダントをくれた。私達のことを愛している? なら何故私を拘束するの? 何故何も覚えていないの?
 甘い香りがする。脳までとろけてしまいそうな濃厚な甘い匂い。匂いは重女の心の奥まで届き、そして感情を増幅させる。

 ねえ、なんで私はこんなに弱いのかな? 大切な人も守れず、信じていた相手にも裏切られた。悔しい。私に、もっと力があれば――

 ――貴女が持つのは花ではなく、その“剣”が相応しい。戦いの女王は、武器を持って戦うからね

 今度はフジワラの声が聞こえた。ブラックジャック対決の時、彼は重女のことをスペードのクイーンだと比喩していた。あの時のカードは、スペードのクイーンに、スペードのエース。スペードのエースは剣を意味している。強い力の象徴たるカードは、今、手元にある。

 そうだ、私は強い力を手に入れたんだ。どんなものでも切り裂く最強の剣。これならどんな敵でも殺せる。

 ――重女さん。黒のスペードのエースには死の意味もある。強い力は貴女を助けてくれるだけじゃなく、扱いを間違えると、とてつもない不幸を招くかもしれない

 またしてもフジワラの声。大丈夫だ。私は間違えたりしない。この剣で私達を貶めてきた奴ら全員を殺すことが出来る。もう何も出来なくて泣いていた昔の自分とは違うんだ!
 私はスペードのクイーン、戦いの女王。そして今、最強の武器たるスペードのエースを手に入れた。

 ――私は、もう負けない!!

 ―――

 重女のスモックを脱がしはじめていた医師は、彼女の異変に気が付いた。
 彼女の周りに黒い風の様なものが巻き上がる。風はそれ自体が意思を持っているかのごとく、重女のストレッチャーの周りに渦を巻いている。

 「なんだこれは!? 魔法か?」
 「いや、そんな事はあり得ない。この部屋は一切の魔法が封じられるようにしてある」
 「しかし、これは一体……」

 おろおろと戸惑っている医師の一人の脳天に、黒い剣が刺さった。闇を凝縮したような濃い黒い剣。医師は何が起きたかわからないまま死んだ。床に血だまりが広がり、脳漿が散らばる。

 「なんだ! なにがおきたんだ!」

 そう言った医師も、今度は黒い剣で袈裟切りにされた。身体を真っ二つにされた医師は血を噴水のように溢れだして絶命した。
 白く、清潔であった部屋は今や血と臓物で汚れている。革ベルトによる拘束を解いた重女はぴちゃり、と血だまりに足をつけた。黒い剣を持ったままで。

 「お、お前! 一体何をした! どうやって拘束をとき――」

 そう言った男も心臓を貫かれた。男は苦悶の表情のまま絶命し、重女の足元に倒れた。
 男の手がたまたま重女の白い足に触れたので、重女は少し眉を寄せ男の死体を蹴った。まるで汚物を見るかのような暗い瞳で重女は男達の死体を睥睨した。
 それから、椅子にぐったりと拘束されている少年少女たちの頭に刺さった管を全部抜いてやった。そして管が繋がれている冷蔵庫のような大きな箱を、剣で斬りつける。何度も斬りつけると、箱は火花を散らし、その機能を停止させた。

 重女は先程殺した医師の内ポケットを探る。あった、リボルバーM60が。

 回転式拳銃を握った途端、重女は精神が高揚するのを感じた。その気持ちに呼応するかのように、黒い影がぐるぐると重女の周りでじゃれ合う犬の様に回る。

 ――ほら、やっぱり。今の私は強い。もう無力な子供じゃない。この銃と剣さえあれば、どんな奴らもひれ伏させることが出来る!!

 重女は返り血にまみれたまま、スモックと裸足のままで部屋から抜け出した。微笑を浮かべたままで。

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